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森で出会った女の子

第28話 回転の極意

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「よし、困った時は爺ちゃんの手帳だ!!きっとエルフの女の子を助ける時に役立つ技も書いてあるはずだ!!」
「そんな具体的な技があるの……?」


急に手帳を読み始めたレノにコトミンは困惑するが、数ページほど捲るとタケルが描いたと思われる技を繰り出す際の図が記されていた。それを見てレノは不思議に思う。


「何だろうこれ……へえ、か」
「どうかしたの?」
「いや、この技を覚えることができたら赤毛熊も倒せるかもしれない」


手帳の中で現時点のレノの魔操術でも再現できそうな技を発見し、早速だが練習を行うために外へ出る。すると外にはボア子が大樹の前で横たわっており、扉から二人が出てくると嬉しそうな鳴き声を上げる。


「フゴフゴッ!!」
「うわっ!?な、何すんだ!?」
「ボア子はずっとあなたを心配してたから……」


元気になったレノの姿を見てボア子は嬉しそうに駆けつけ、大きな鼻を押し付けてきた。じゃれついてくるボア子を宥めながらレノはコトミンに尋ねる。


「コトミン、この辺で硬くて大きな物はある?」
「……それならあっちの方に川原があるから、そこに行けば石や岩がたくさんある」
「あっちか……よし、案内してくれるか?」
「フゴゴッ♪」


レノの言葉にボアは嬉しそうに屈み、背中に乗るように促す。レノが乗り込む前にコトミンが先に乗り、自分の後ろに乗るように促す。


「ボア子は足は速いけど、乗りこなせるようになるまで時間が掛かる。私が一緒に乗れば無茶な走り方をしないから後ろに乗って」
「うん、それはよく知ってるよ……」
「フゴッ?」


山を下りる時や森に連れて来られる際にレノはボア子に乗ったが、あまりの移動速度に何度も振り落とされそうになた。コトミンの言葉に甘えてレノは彼女の後ろに乗り込み、川原まで案内してもらう――





――二人を乗せたボア子は森の中を駆け抜け、目的地の川原に到着した。事前の説明通りに川原には大きな岩があちこちに存在し、新しい技の練習には打って付けだった。


「うん、これぐらいの大きさの岩なら練習にぴったりだ」
「何をするつもり?」
「魔力でこの岩を削り取るんだよ」
「魔力……魔法じゃなくて?」
「フゴフゴッ……(←美味しそうに川の水を飲む)」


レノの言葉を聞いてコトミンは首を傾げ、魔術師ならば普通なら魔法の練習を行う。しかし、無職の魔術師と呼ばれたタケルを尊敬するレノは意地でも魔法を覚えるつもりはない。

最初にレノは右手に魔力を集中させ、形状変化の技術を用いて手錠に記されている「とある武器」の形に魔力を整える。コトミンはそれを見て不思議に思う。


「……何それ?」
「さあ……爺ちゃんの手帳には「ドリル」としか書いてないんだよ」
「どりる?」



――タケルの手帳に記されていたのはこの世界には存在しない「ドリル」を模倣した技だった。利き手に魔力を集中させて螺旋状の刃を作り出し、それを高速回転させながら叩き込むという恐ろしい攻撃法である。

元々は岩石のように硬い魔物を倒すために作り出された技であり、習得できれば赤毛熊が相手でも通用すると思われた。だが、レノは右手に纏った螺旋状の刃を見て疑問を抱く。



「形はそれっぽくはできたけど、どうやって回転させるんだ?」
「手帳にやり方は書いてないの?」
「う~ん……書いてない」


手帳には魔力で形成した螺旋刃《ドリル》を回転させながら相手に攻撃すると書かれているだが、肝心の螺旋刃を回転させる方法は書いていなかった。一番大事な部分を書き忘れるタケルにレノは呆れる。


「仕方ないな、色々と試してみるか」
「頑張って、私は今夜の晩飯を吊り上げる」
「うぉいっ!!何処から取り出したその釣り道具!?」


レノが練習を始めようとするとコトミンは近くの岩の上に座り込み、いつの間にか用意していた釣竿を川の中に垂らす。ボア子も暇なのか昼寝を始め、仕方なく一人で練習に集中する。


「たくっ、仕方ないな……よし、まずはこの岩で試すか」


右手に纏った魔力を硬質化させると、岩に目掛けて叩き込む。だが、螺旋刃は回転することもなく弾かれてしまう。


「あいてっ!?結構硬いなこの岩……力ずくで壊すのは無理そうだな」


力任せに殴っても岩は壊れないことを確認し、改めてレノは右手の螺旋刃を見て考え込む。硬魔の場合は魔力を硬化させるという性質上、この状態では螺旋刃を動かすこと自体がそもそも不可能だった。

硬魔を失敗したレノは今度は柔魔を試す。ゴムのように柔らかくする柔魔ならば螺旋刃を回転させることもできるのではないと期待するが、魔力を回転させようとした瞬間にレノの右手も捻じれてしまう。


「いてててっ!?腕がぁっ!?」
「……何してるの?」


自分の魔力で腕が捻じれかけたレノを見てコトミンは呆れた表情を浮かべ、恥ずかしさを覚えたレノは一旦解除して手帳を読み直す。


(う~ん、上手くいかないな……腕に魔力を纏わせる事自体が間違いなのか?)


手帳の図では術者が拳を繰り出すのと同時に螺旋刃が前方に飛んでいるように見えた。つまりは腕に魔力を纏うのではなく、に螺旋刃を形成して攻撃を仕掛けていた。


「こんな感じか?でも、ここからどうやって回転させるんだ?」


右腕を伸ばした状態でレノは螺旋刃を拳から数センチほど先に作り出し、ここからどうやって螺旋刃だけを回転させるのかを考える。下手に操作すると先ほどのように腕が捻じれる可能性もあり、慎重に考えなければならない。


「自分の魔力で腕がなんてシャレにならないからな……」
「はわっ!?」
「コトミン!?どうした!?」


練習中にコトミンの悲鳴が聞こえ、何事かとレノは振り返ると彼女は釣竿を持ち上げて面倒くさそうな表情を浮かべた。


「流木に釣り針が引っかかった。糸が絡まったから外すの手伝って」
「何だ……驚かせるなよ」


流木を釣り上げただけだと知ってレノは安堵するが、釣竿の糸が流木に絡まっている光景を見てレノは閃いた。


「それだ!!」
「……な、何?」
「フゴォッ!?」


急に釣竿を指差して大声をあげたレノにコトミンは戸惑い、昼寝していたボアも目を覚ます。レノは自分の腕がこと、そして流木が釣り糸を見て螺旋刃を回転させる方法を思いつく――





――拳の先に形成した螺旋刃を回転させる方法、それは硬魔と柔魔を使ことが重要だった。最初に硬魔で固めた螺旋刃を拳の先に移動させ、この後に柔魔を使用する。この時に重要なのは柔魔を発動させるのは螺旋刃以外の箇所であり、具体的には拳と螺旋刃の隙間の部分の魔力を柔魔で柔らかくする。そして柔魔の部分だけを操作して

魔力全体を操作するのではなく、部分的に魔力の操作を行うことで「硬魔」と「柔魔」を同時に使用して使い分ける。拳の隙間の部分の魔力だけならば捩じっても腕に影響はなく、攻撃時の時に捻じれた魔力を元に戻せば繋がっている螺旋刃も高速回転させることができた。


「うおらぁっ!!」
「はわっ!?」
「フゴォッ!?」


川原の岩に目掛けてレノは高速回転させた螺旋刃を繰り出すと、岩を抉ることに成功した。その光景を見てコトミンとボア子は驚くが、当のレノは納得いかなかった。


「くそ、失敗だ!!」
「失敗?どうして?」
「岩を破壊するつもりだったのに、少ししか削り取れていない。きっと回転が足りなかったんだ……それに発動までに時間が掛かり過ぎてる。もっと魔操術を磨かないと実戦では使えない」
「フゴォッ……」


コトミンとボア子から見れば十分に凄いと思えたが、レノは納得できずに練習を続ける――
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