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プロローグ 《魔術師と弟子》

第9話 魔物の生態

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「うおおおおっ!!」
「ギュイッ――!?」


化物兎の頭部に目掛けて鉈を繰り出した瞬間、山の中に金属音が鳴り響く。レノは後方に吹き飛び、粉々に砕けた鉈の破片が散らばる。


「がはぁっ!?」


地面に倒れたレノは右腕に激痛を覚え、右肩が脱臼してしまった。しかも魔力を消耗したのか意識が薄らぎ、このままでは気絶するのも時間の問題だった。


(やばい、殺される……爺ちゃん、助けて……)


気を失う前にレノはタケルに助けを求めるが、やがて完全に意識を失った――





――しばらくすると血相を変えたタケルが山道を駆け上がり、気絶しているレノの元に訪れる。彼は魔力感知でレノの魔力が徐々に弱まっていることに気付き、急いで彼の元に駆けつけた。


「レノ!!無事か!?」
「うっ……」


タケルはレノを抱き上げると彼が右腕を脱臼していることに気が付き、粉々に砕けた鉈が落ちていることに気が付く。そしてを発見した。


「こ、この兎はまさか……魔物か!?」


レノが意識を失う前に繰り出した鉈は化物兎の頭をかち割ったが、衝突した際に刃は粉々に砕け散り、鉈を持っていた右腕も脱臼するほどの衝撃を受けた。タケルは死んだ化物兎の頭に生えている角を見てただの兎ではないと見抜く。

化物兎の死骸からタケルは角を掴み取り、それを無理やりに引きちぎる。どうして山の中に魔物がいるのかは気になったが、今はレノを安全な場所に連れて行く必要があった。


「おい、しっかりしろ!!すぐに助けてやるからな!!」
「……腹減った」
「何!?こいつめ……心配かけさせおって!!」


寝言と同時に盛大な腹の音が鳴り響き、そんなレノを心配していたタケルは拍子抜けしてしまう。しかし、こんな子供が魔物を倒したことに驚く。


(まさかたった一人で魔物を倒すとは……こいつめ、いつの間にそこまで成長していた)


レノを背負いながらタケルは最後に化物兎の死骸に振り返り、嫌な予感を抱く。この山に住んでから数十年が経過するが、一度も魔物を見かけたことはない。それが現れたということはが訪れようとしているのかもしれない。


「考え過ぎか……」


腹をすかせた弟子を連れてタケルは山小屋へと戻った――





――山小屋に戻るとレノは目を覚まし、脱臼の治療を行う。タケルは力尽くで外れた肩を元に戻す。


「ふんっ!!」
「いたたたたっ!?爺ちゃん、痛いよ!?」
「たわけ!!これぐらいの怪我で男が泣きわめくな!!」


肩を嵌め直す際に激痛に襲われたが、どうにか右腕は元に戻った。あまりの痛みにレノは涙目を浮かべるが、何故かこんな状況でも無性に腹が減る。


「ううっ、腹減った……爺ちゃん、飯は?」
「のんきな奴だ。まずはお礼ぐらい言わんか」
「……助けてくれてありがとうございます、お爺様」
「き、気色悪い!!もういいからこれでも食ってろ」


レノとしては丁寧にお礼を言っただけなのにタケルに気持ち悪がられ、彼が作った鍋に夢中に食べる。目を覚ました途端に今までにないほどの空腹に襲われ、夢中にレノは鍋の中身を平らげてしまう。


「ふぃ~腹いっぱいだよ」
「全く、儂の分まで食べおって……それで身体の調子はどうだ?」
「うん、右腕はちょっと痛いけど平気だよ。他は別に怪我してないしね」


食事を終えるとレノは身体を確認し、特に大きな怪我は負っていなかった。化物のように恐ろしい兎に襲われたが、結局のところはレノは化物兎の攻撃は何だかんだ全て避けていた。

化物兎に襲われた際にレノはタケルから教わった「魔力感知」のお陰で命拾いし、攻撃を仕掛ける前に化物兎が魔力を高めると気付いたお陰で、事前に予測して攻撃を躱すことができた。そのことをタケルに伝えると、彼は感心したような呆れたような表情を浮かべる。


「魔物を相手によく生き残れたな……大した強運だ」
「魔物?それって絵本に出てくる怖い怪物のこと?」
「そうだ。流石に知っておったか」


魔物と聞いてレノは父親が生きていた頃、小さい頃に読み聞かせしてもらった絵本を思い出す。その絵本には魔物と呼ばれる恐ろしい怪物が存在し、幾度も主人公に襲い掛かってきた。

絵本に出てくる魔物は空想上の生き物だとレノは思い込んでいたが、タケルによると魔物は現実に存在する生物であり、動物とは比べ物にならない恐ろしい存在だと語る。


「魔物は人間や動物よりも恐ろしい化物だ。見た目は弱そうに見えても油断してはらなん、奴等は恐ろしい力を持っておるからな」
「確かに俺を襲った兎もとんでもなかった……熊や猪が可愛く見えるぐらいだよ」


レノに襲い掛かった兎は見てくれは普通の兎と大して変わらず、違いがあるとすれば額に角があるぐらいだった。しかし、実際の戦闘力は本物の兎の比ではなく、樹木をへし折る程の突進力と人間を見ても恐れずに襲い掛かる狂暴性を秘めていた。


「お前が襲ったのは魔物の中でも力が弱い存在だ。名前は確か「一角兎《ホーンラビット》」といったはずだ」
「あ、あれで力が弱い!?熊や猪なんかより強いよ!?」
「動物なんかと比べるな。外見は似ていても中身は全くの別物だ」


タケルの話を聞いてレノは言われてみれば一角兎が小さいくせに妙に大きな魔力を有していたことを思い出す。野生動物よりも強い魔力を秘めていたので怪しいと思っていたが、ここで昔にタケルに言われた言葉を思い出す。

であり、魔物のような存在は野生動物よりも強力な魔力を宿している。外見は兎にそっくりでもレノを襲った一角兎は熊や猪よりも強力な魔力を持っていた。


「爺ちゃん、もしかして魔物は魔力が強いのばかりなの?」
「その通りだ。魔物に分類されている生物は例外なく野生動物よりも強力な魔力を宿しておる。お前を襲った一角兎もお前以上の魔力を所持していた」
「やっぱりそうか……俺、そんなのに襲われてよく生き残れたな」
「…………」


レノの言葉を聞いてタケルは黙り込み、気づいていないようだがレノは自分の力で一角兎を始末している。しかもタケルがまだ教えていない魔操術を無意識に使用しており、そのことを本人に伝えるべきか悩む。


「レノ、お前は魔物を見てどう思った?」
「どうって……凄い怖かったよ。見た目はわりと可愛いのにあんな恐ろしい力を隠していたなんて思わなかった」
「なら……もう一度出会ったらどう対処する?」
「もう一度?」


タケルの言葉にレノは考え込み、一角兎のことを思い返す。できれば二度と出会いたくはない相手だが、仮にもう一度遭遇した場合は自分はどんな風に行動するべきか考えた。


「あいつは突っ込んで攻撃を仕掛けてくるから、とくにかく疲れるまで逃げると思う」
「ほう」
「手元に武器があればあいつが疲れたところを反撃して倒す、これが一番の方法だと思う」
「……わざわざ倒すのか?疲れたところを逃げればいいじゃないか。あんな化物を倒して何の得がある?」
「勿論、どうしても勝てそうにないなら逃げるよ。だけど、あいつは野放しにしたら駄目だと思う。この山に魔物を住まわせたら大変な事になるよ」
「……そうか」


レノの言葉を聞いてタケルは安心した。魔物を恐ろしいと思う反面に決して臆病にはなっておらず、戦わなければならない時は戦うことを承知していた。そんな彼ならば教えても構わないと思い、タケルは衝撃の真実を話す。


「レノ、魔力を増やす方法を教えてやろう」
「えっ!?本当に?」
「ああ、その方法とは……生き物の命を狩ることだ」
「えっ……」


予想外の言葉にレノは動揺し、いったいどういう意味なのか尋ねる前にタケルは説明してくれた。
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