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プロローグ 《魔術師と弟子》

第2話 度胸試し

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――レノがタケルに連れてこられた場所は渓谷だった。二つの崖の間には橋が架けられ、その橋の上からレノは渓谷に流れる川を見下ろして足が震える。橋から落ちれば確実に死ぬ高さであり、こんな場所に連れて来られたレノはタケルに怯えながら尋ねた。


「じ、爺ちゃん!!ここ何なんだよ!?」
「ここか?儂はこの橋を度胸試しの橋と呼んでおる」
「ど、度胸試し!?」


タケルが案内した橋は今にも崩れそうなほどに古びており、この場所にレノを連れてきたのはタケルが彼の覚悟を確かめるためである。


「お前が本当に魔術師になりたいとしたら……この橋から飛び降りろ!!」
「ええっ!?」
「どうした?飛び降りるのが怖いのか?言っておくが魔術師ならばこの程度の高さを落ちた所で怪我一つせんぞ」
「そ、そんなの嘘だ!?」
「まあ、信じるかどうかはお前次第だ……どうしても飛び下りれないのならば諦めて帰るんだな」


橋の真ん中辺りで立ち尽くするレノにタケルは厳しく言い放ち、もう一度だけレノは下を見下ろす。一応は川は流れているが、どう考えても飛び降りて助かる高さではないことは子供でも理解できた。

タケルがこの橋を「度胸試しの橋」と名付けたのは理由があり、極稀にレノのように彼の元に訪れて魔法を志願する人間が現れた時、彼等の覚悟を確かめるために最初にこの場所に連れて行く。最後にタケルが弟子入りを志願されたのはもう20年以上も前の話だが、結局はこの橋を飛び下りた人間は誰一人いない。


(さあ、早く諦めて戻ってこい。子供のお前がこの橋を飛ぶのは無理だ)


大人でも飛び下りることを断念した高さの橋なので、タケルはレノがすぐに諦めて戻って来ると考えた。しかし、橋の上でレノは立ち尽くしたまま動かず、そんな彼を見てタケルは最初は怖気づいて動けないのかと思った。


「どうした?怖くて足が動けんのか?迎えに行ってやろうか?」
「……さい」
「何じゃと?」
「うるさぁいっ!!」


橋の上からレノは大声をあげ、大量の涙と鼻水を垂らしながらもタケルに振り返る。それを見てタケルは彼を追い詰めたと気が付き、自暴自棄になったレノは橋の上から本当に飛び降りようとした。それを見て慌ててタケルは止めようとした。


「ま、待て!!落ち着け、儂が悪かった!!本当に落ちるぞ!?」
「うおおおおっ!!」


レノは気合の雄叫びを上げながら橋から身を乗り出すと、それを見たタケルは慌てて彼を止めようと自分も橋に乗ってしまう。しかし、タケルが乗り込んだせいで橋が大きく揺れてしまい、体勢を崩したレノは真っ逆さまに落ちていく。


「うわぁああっ!?」
「しまった!?」


落下したレノにタケルは腕を伸ばしたが、彼の身体を掴み取れずに渓谷に流れる川に向かって落ちていく。レノはもう駄目かと思ったが、タケルは橋の上から叫ぶ。


「小僧!!手を伸ばせ!!」
「っ!?」


落下中に聞こえてきたタケルの言葉に従ってレノは手を伸ばすと、誰かに手を掴まれた感覚を抱く。既にレノは地上に流れる川から数メートルも離れていない位置まで落下していたが、に腕を掴まれたかのように身体が浮かんでいた。


「はあっ、はあっ……無事か、小僧!?」
「ううっ……な、何?どうなってるのこれ?」
「すぐに引き上げてやるからな!!」


レノは自分の身体が浮かんでいることに戸惑い、その様子を見て安堵したタケルは自分の腕を引き上げる動作を行う。するとレノの身体が急速に浮き上がり、タケルの元にまで引き寄せられる。


「わああっ!?」
「おっとっと……もう大丈夫だぞ」
「な、何……今の!?まさか魔法!?」


橋に戻ってきたレノをタケルは両手で抱きかかえると、助けられたことに礼を言う余裕もないほどにレノは混乱していた。そんな彼にタケルは苦笑いを浮かべ、一先ずは橋から移動して安全な場所に彼を戻す。


「全く、まさか本当に飛び込むとは……冷や冷やさせおって」
「じ、爺ちゃんが飛べと言ったんだろ!?それよりもさっきのは何だよ!?」
「……儂の魔力でお主の腕を掴んで掬い上げただけじゃよ」


レノは自分がどうして助かったのか訳がわからなかったが、タケルはレノの腕を掴んで説明を行う。何時の間にかレノの腕には誰かに掴まれたような跡が残っていた。

落下中にレノは誰かに腕を掴まれる感覚を抱いたのは気のせいではないと気付き、自分の腕に残った跡を見てタケルが何かしたのだと確信する。


「まさか爺ちゃん……腕を伸ばせるの!?」
「はっはっはっ!!そんなことができるはずがないだろう。それともお前は儂の腕が伸びたのを見たのか?」
「い、いや……見てないけど」


救出された時にレノは自分の腕を誰かが掴んできた感覚を確かに感じとったが、肝心の自分の掴む手は見えなかった。しかし、橋の上でタケルが腕を上げる動作を行った後に自分の身体が引き寄せられる光景は目にしていた。このことからタケルが自分を助けてくれたのは間違いないと思うが、どんな方法で助けてくれたのかが想像できない。


「分かった!!爺ちゃんが風の魔法で俺を救ってくれたんだね!?」
「生憎だが風属性の魔法で人を浮かばせるような高等な技術を儂は持ち合わせておらん。そういう魔法はエルフの専売特許だからな」
「じゃあ、どうやって助けてくれたの!?」
「……お主にはこれが見えんか」


レノの目の前でタケルは掌を開いて見せつけるが、レノの目には彼の掌以外には何も見えない。いったい何をしているのかと不思議に思うと、タケルは掌を開いた状態のまま古びた橋に向ける。


「この橋はもう必要ない」
「え?」
「よく見ておけ……かあっ!!」
「うわっ!?」


掌を橋に向けた状態のままタケルが雄たけびを上げると、橋が壊れて渓谷に落ちていく。それを見たレノは何が起きたのか理解できず、呆然と壊れた橋を見下ろす。


「こ、これも魔法!?」
「違うと言っておるだろうに……これは魔法ではない、じゃ」
「魔力……?」


タケルの言葉にレノは意味が分からなかったが、そんな彼の肩に手を置いてタケルは山小屋に帰ることを伝える。


「さあ、戻るぞ。今日からお前は儂と暮らすんじゃ」
「それって……」
「弟子として認めてやろう。これからはこき使ってやるからな」
「や、やった!!」


レノが大人でも怖気づく高さの橋を飛び下りた以上、その度胸を認めてタケルは彼を弟子にすることにした。レノは魔術師の弟子になれたことを喜ぶが、彼が思い描いていた魔術師の弟子とは想像を超える生活と苦労を味わうことになる――
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