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外の世界へ

第57話 エルフの弓使い

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「ウォーターランス!!」
「ウガァッ!?」


赤毛熊の腹部に水の槍が叩き込まれ、三メートルを超える巨体が大きく後退した。ミズネの繰り出した魔法は岩石をも打ち砕く破壊力を誇り、並の魔物ならば一撃で倒せる威力を誇る。しかし、赤毛熊は地面に両足を踏ん張って攻撃を耐えきると、彼女の放った水の槍を振り払う。


「ガアアアッ!!」
「……あんまり効いてない。私の魔法の中でも一番の威力なのに」
「ど、どうすんだよ!?」
「大丈夫、俺に任せて!!」


ミズネの魔法で赤毛熊が追い込まれた姿を見てナオは勇気を取り戻し、今度こそ避けられないように画面を拡大化させて繰り出す。まるで「壁」のように巨大化した壁が赤毛熊に迫り、今度は避けることもできずに正面から吹き飛ばされた。


「吹っ飛べっ!!」
「ウガァッ!?」


先の攻撃は威力を重視して画面の規模を小さくし過ぎたせいで避けられてしまったが、今回は画面を拡大化させて回避できないようにする。赤毛熊は川の中にまで吹き飛び、その様子を見ていたドルトンたちは歓声を上げた。


「す、凄い!!流石はナオ殿!!」
「あんな化け物を吹き飛ばすなんて!!」
「あんた、本当にすごい魔術師だったんだな!!」


商団の人間は赤毛熊を倒したと思って沸きあがる中、ナオは川に沈んだまま浮かんでこない赤毛熊に嫌な予感を抱く。先の一撃で仕留めたとは思えず、赤毛熊の気配と魔力が完全に消えた事に背筋が凍り付く。

川に落ちた赤毛熊は先ほどのように完璧に存在感を消し去り、ナオ達の隙を窺っているに過ぎない。もしも油断した姿を見せれば真っ先に襲い掛かるのは明白であり、ナオは今のうちに逃げるように促す。


「皆!!早く馬車に乗って!!」
「ど、どうされましたか?」
「説明は後で!!ほら、早く行って!!」
「兄貴の言う通りっすよ!!こんなところでもたついてたら死んじゃいますよ!!」
「わ、分かりました!!お前たち、早く行くぞ!!」


ナオとエリオの言葉に只事ではないと察したドルトンは部下に命令し、彼らは急いで馬車を発射させた。ナオは赤毛熊が襲ってくるのを警戒して画面を限界まで拡大化させ、襲撃に備えながらも皆と共に狼車に乗り込む。


「ネココ、俺が合図したら走らせろ!!」
「お、おう!!分かったぞ!!」
「ナオ、近くに他の魔物の気配はない。さっきの奴に怯えて逃げ出したみたい」
「先に逃げた馬車も無事ですよ。あたし、目には自信があるのでこの位置からでも見えます」
「マジかよっ!?」


エルフの弓使いであるエリオは人間離れした視力を誇り、森の中を突き進む馬車の姿も捉えることができた。彼の指示通りに動けば馬車を見失わずに追いかける事は可能であり、ナオは出発させるべきか悩む。


(これ以上に馬車と離れたら見失うかもしれない。でも、赤毛熊が追いかけてきたら……)


川の中に沈んだ赤毛熊が姿を現す様子はなく、しかたないのでナオは狼車を発進させた。幸か不幸か赤毛熊が追ってくることはなかったが、山を下りるまでは脅威は完全に去ったわけではない――





――しばらく森の中を進むと先に逃げた馬車と合流し、赤毛熊の襲撃を警戒しながらも先に進む。そしてついに山を下りて見晴らしの良い草原にたどり着くと緊張感から解放され、ナオ達は一息つくことができた。


「はあっ……こんなに疲れたのは初めてだよ」
「……私も」
「ウルもよく頑張ったな」
「ウォンッ!!」
「ぷるぷるっ」
「いや~皆さん、お疲れ様です。あたしの水筒を飲みますか?」


ナオ達は狼車の外に出ると草原で寝転がり、体力を取り戻すまでしばらく休むことにした。常に警戒しながらの移動は想像以上に精神的に肉体的にも負担が掛かり、しばらくは起き上がれそうになかった。


「皆様のお陰で助かりました。なんとお礼を言えばいいやら……」
「いえ、気にしないでください。ドルトンさん達は大丈夫ですか?」
「我々は問題ありません。皆様が護衛してくれたお陰です」


商団の人間たちはナオ達のお陰で怪我一つなく山を渡れた事に深く感謝したが、問題は山積みであった。ニノとサンノの堺に存在する山に赤毛熊という脅威が出現し、さらに橋は壊されてサンドワームが残した大穴の問題もある。

これらの問題を全て解決しない限りはニノとサンノの人の行き来は難しくなり、早々に街に戻って冒険者ギルドや警備兵に相談しなければならない。ここから先はのどかな草原が広がっているため、ナオ達の護衛の必要はなかった。


「ナオ殿、申し訳ございませんが我々は一足先にサンノの街へ向かわせてもらいます。赤毛熊の件も街の者に注意せねばなりませんので」
「あ、はい。俺たちのことは気にしないでください」
「街に到着したら是非私の店にお立ち寄りください。皆様のためにできる限りのお礼をいたしますので」
「お礼!?でかい肉か!?」
「私はローブが欲しい」
「あたしの分もいいんすか!?」
「勿論ですとも。あなたのお陰で赤毛熊の脅威を知れたのですから」


ドルトンは後で自分の店に来るように伝えると、サンノの街に向けて出発した。それを見送った後、ナオはエリオに振り返って彼の正体を尋ねる事にした。
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