魔法使いじゃなくて魔弓使いです

カタナヅキ

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第33話 巣立ちの時

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――世界樹の元へ戻ったレノは泉の前に立ち、弓を構えた状態のまま立ち尽くす。集中力を高めるために目を閉じて世界樹の魔力を間近に感じとる。


(近くで感じてみると分かる。この世界樹は未だに成長してるんだ)


何百年も前に植えられた世界樹は今尚も成長をしており、その世界樹の放つ魔力によって周りの植物も影響を受けていた。泉に生えている光苔も元々はただの苔だったが、世界樹の魔力を吸収したことで独自の進化を行う。

化物魚が変貌したのは泉に生えている苔を口にしたことが原因だと思われ、世界樹の魔力を吸い上げた苔を食したことでただの魚が化物のような姿に変異した。それを考えたら世界樹は決して放置はできず、アルの一族が世界樹を守り続ける役目を与えられた理由を悟る。


(師匠はずっとこの世界樹を守り続けてきたんだ)


偶にアルが姿を消す時があったが、彼女は世界樹の元に訪れて様子を伺っていたのかもしれない。彼女は世界樹に生物が近寄らないように配慮し、もしも世界樹の影響を受けて進化した生物が居たとしたら始末してきたのだろう。


(ただの魚があんな風に変化するんだ。もしも力の強い魔物が世界樹に近付けば……)


普通の魚でも魔物のように恐ろしい風貌に変化したことを考えれば、元から危険な力を持つ魔物が近付いたら大変な事態に陥る。それを考慮してアルは森に暮らしており、何十年も世界樹を守り続けてきた。そしてレノは彼女の代わりに世界樹に巣食う化物魚の討伐を任された。


(師匠は自分の代わりに俺をここへ置いたんだ。それなら期待に応えないと!!)


師の代わりにレノは化物魚を討伐することを誓い、泉に隠れているはずの化物魚の位置を探す。まずは魔力感知を行い、世界樹の魔力に紛れて隠れている化物魚を探す。

少し前までのレノならば膨大な魔力を放つ世界樹のせいで化物魚の魔力を感知するなどできなかった。しかし、魔力感知の技術を磨けば魔力をことができる。


(……見えた!!)


世界樹から放たれる光の中に一か所だけ違う色合いの光を確認したレノは弓を構え、付与魔法を発動させた。使用するのはいつも扱う風属性の魔力ではなく、ただ光を放つだけのの魔力を宿す。


「ここだっ!!」


泉に構えていた弓をレノは狙いを変えて上空に目掛けて矢を放つ。聖属性の魔力を宿した矢は泉の中に沈むと、閃光のように光り輝く。この光は矢に宿った魔力が拡散したことを意味しており、この数日の間にレノは聖属性の魔力の新しい使い方を編み出していた。

光苔に紛れていた化物魚は閃光に晒された途端、驚いたように泳ぎ回る。それを確認したレノは新しい矢を番え、動き回る化物魚に狙いを定めた。


(終わりだっ!!)


動かない標的を狙うのは簡単なことだが、レノは敢えて化物魚を刺激して逃げ回させる。水中で高速に動き回る敵を仕留められないようなら弓の名手であるアルの弟子など名乗れず、敢えてレノは自分に条件を課して矢を射抜く。


付与エンチャント!!」


今度こそ風属性の魔力を付与させてレノは矢を撃ちこみ、放たれた矢は水中にいる化物魚の元へ真っ直ぐに向かっていく――





――しばらく経った後、レノはアルが待つ家へと戻ってきた。アルは家の前で薪割りを行っており、戻ってきたレノを見て汗を拭いながら迎え入れる。


「何だい、もう戻ってきたのかい。大したもんだね」
「……師匠」


レノは背負っていた化物魚をアルに差し出すと、頭部に矢が突き刺さった状態のまま絶命した化物魚を見てアルは笑みを浮かべる。最後の一射でレノは化物魚を仕留めることに成功し、アルの元へ戻ってきた。

化物魚を地面に置くとアルは頭に突き刺さった矢を引き抜き、大切そうに握りしめる。彼女の行為にレノは不思議に思うが、アルは化物魚を仕留めた矢を預かる。


「この矢はあんたとの思い出として家の中で飾っておくよ。これでお別れと考えると寂しいもんだね」
「お別れって……」
「もう準備はできている。家の中に入りな」


アルの言葉にレノはどういう意味なのか尋ねる前に彼女は家の中に通す。家に入るとレノが最初に見たのは机の上に並べられた様々な道具と新しい衣服だった。


「あんたのために色々と用意してやったよ」
「師匠、これって……」
「もうあんたは立派な男に育った。あたしの力が無くても一人で生きていけるだろう?」


少し前にアルはレノが一人前の男になるまでは育てると告げたが、彼女は自分の課題をやり遂げた時点で自分から彼教えることはないと判断した。だからレノが戻ってくる前に旅支度を用意し、明日には家を出るように告げる。


「出発は明日の朝にしな。今日の晩飯はご馳走を用意してやるよ」
「師匠!!俺は……」
「そんな顔をするんじゃないよ。前にも言っただろ、この森には本来は人間は立ち入れないんだ」


アルはレノを育ててきたのは子供だった彼を不憫に思い、亡き両親のために大人になるまで自分が代わりに育てると決意した。しかし、アルの予想よりも大分早くにレノは立派に成長し、もう自分が育てる必要はないと判断した彼女は森から出るように伝えた。


「レノ、あんたは人間だ。人間の世界で生きていくのが一番なんだよ」
「でも俺はまだ師匠に教わりたいことがいっぱいあります!!」
「何度も言わせるんじゃないよ。私からあんたに教えることは何もない……いい加減に親離れしな!!今があんたの巣立ちの時なんだよ!!」
「師匠……」


どんな理由があろうとアルは人間のレノをこれ以上に森に留まらせるわけにはいかず、彼を旅に出すために荷物をまとめておいた。彼女の意思が固いことを知るとレノは諦めて立ち去る覚悟を決めた。


「……今までお世話になりました」
「その台詞はまだ早いよ。明日の朝まではゆっくりしていきな……どうせ森を出たら二度と会えないんだからね」
「二度と……」
「エルフは本来は人間と交わることを禁止されてるんだよ。だから森から出たらあんたはもうここには戻ってこれない……いや、戻ってくるんじゃないよ」


森を出たら二度とアルとは出会えないと知ってレノは拳を握りしめるが、いつまでも彼女の世話になるわけにはいかない。アルが用意した旅の準備を見てレノは師匠の元を去る決意を固めた――




――その日の晩、レノは寝付けずにいた。自分の部屋の中で弓を構え、これまでアルから教わったことを思い返す。朝を迎えればレノは二度とこの家には戻らず、森の外の世界で生きていかなければならない。


「本当に一人で生きていけるのかな……」


アルは自分が教えられる技術を全て授けたと言ってくれたが、レノはたった一人で生きて行けるのか不安だった。頼れる家族はもう一人もおらず、育て親とのアルとも二度と出会えない。森を出た途端にレノはまた独りぼっちになってしまう。

不安を拭えずにレノはアルが用意してくれた荷物を確認しようかと思った時、付与魔法が記された魔法書も紛れていることに気が付く。この魔法書はアルの母親の形見で彼女にとっては大事な物のはずだが、それが荷物に入っていたことにレノは驚く。


「師匠、この本まで俺に渡してくれるなんて……ん?」


魔法書の中に一枚の葉が挟まれていることに気が付き、それを見たレノは目を見開く。葉には文字が記されており、アルが書いたもので間違いなかった。


「ははっ、師匠らしいや」


葉に記された文字を見てレノは苦笑いを浮かべ、明日への不安が一気に消え去り、最後の夜を過ごした――





――早朝を迎えるとレノは荷物をまとめた鞄を持って家を出る。既にアルが見送りのために待っており、彼女は森の外まで一緒には行かないことを告げた。


「私はここに残るよ。子供じゃあるまいし、一人で行きな」
「師匠……今まで本当にお世話になりました」
「ふんっ……さっさと行きな」


レノの言葉にアルは顔を反らして表情を見せず、そんな彼女に苦笑いを浮かべながらもレノは背中を向けて歩く。これでもうアルとは会えないことを考えると最後ぐらいは顔を見たかったが、我慢して歩き続ける。

アルはレノが去る姿を見送りながら黙り込み、その目には涙を貯めていた。顔を見せなかったのは自分の情けない泣き顔を見られたくないのだが、彼女も最後にレノの顔を見たいと思った。


(レノ……レノ!!)


心の中でアルはレノの名前を叫び、最後に振り返ってほしかった。だが、アルが名前を叫ぶ前にレノは立ち止まって腕を上げた。


「師匠……俺、頑張ります!!」
「えっ!?」
「絶対に挫けずに生きていきます!!」


昨日の夜にレノはアルが書いた葉に書かれていた言葉を思い出し、彼女を安心させるために大声で叫ぶ。葉にはただ一言だけ「挫けるな」という言葉だけしか書かれていなかったが、そのお陰でレノの心の中の不安は取り除かれた。

アルはレノの言葉を聞いて呆気に取られたが、すぐに意図を察して笑みを浮かべた。お互いに顔が見えないまま声をかけあう。


「その意気だよ!!どんな目に遭おうと挫けるんじゃない、矢のように真っ直ぐ飛んで生きるんだよ!!」
「はい!!俺、頑張ります!!」


別れる前にレノは力強く右腕を上げ、それを見たアルも右腕を上げた。二人は大粒の涙を流しながらもお互いに顔を見せず、別れを迎えた――
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