魔法使いじゃなくて魔弓使いです

カタナヅキ

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第30話 最後の課題

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「あんたを拾った時、亡くなった両親の代わりにがあたしが大人になるまであんたを守ると誓った」
「師匠……」
「だけど、もう今のあんたはあたしにただ守られるだけの子供じゃなくなった。弓の腕前も上達し、狩人としての技術も覚えた。魔法だって使えるようになったあんたを子供扱いはできない」
「でも、俺は師匠からまだ色々と学びたいです!!」


レノはアルと別れることを嫌がったが彼女は首を振る。いつまでも人間をこの森に住まわせるわけにはいかず、近いうちに出て行くように促す。


「別にお前のことを嫌いになったわけじゃないよ。だけどね、この森に人間をいつまでもおくわけにはいかない。他のエルフに知られたら面倒なことになるし、そもそも人間とエルフだと寿命に差がある。あたしは老人になって先に死ぬお前の姿なんて見たくないよ」
「そんな……」
「大丈夫さ、お前は一人で生きていられるだけの力を身に着けた。それだけの弓の腕があれば狩人以外にも色々な仕事に就ける。人間のあんたは人間の世界で生きていくのが一番なんだよ」
「…………」


森の中で暮らしている時にレノは両親と一緒に住んでいた頃を思い出し、外の世界を恋しいと思ったことは一度や二度ではない。だが、急に森から出て行けと言われても納得はできず、レノとしてはまだまだアルから教わりたいことはたくさんあった。

子供でいる内はアルもレノの世話を見るつもりだったが、自分の予想を超えて成長していくレノを見てアルは別れの時は近いと思った。しかし、いきなり別れと言われてもレノが納得するとは思わず、彼女はある課題を出すことにした。


「師匠としてあんたに最後の課題を出してやるよ」
「え?」
「エルフの秘術を特別に見せてやるよ」


アルは乾いた服を着こむとレノに付いてくるように促し、いったい何をするつもりかと不思議に思いながらもレノも彼女の後に続く――





――アルが連れ出したのは森の奥地にある泉だった。この泉は過去に何度かレノも連れてこられたことがあり、泉の中心には大樹が生えていた。


「ここって……」
「前にも何度か連れてきた事があるだろ。あたしの一族がこの森を守っている理由はあの大樹を守るためさ」


泉の中に生えている大樹を守護することがアルの一族に課せられた使命であり、この大樹はエルフにとっては重要な物らしく、何があろうと守らなければならない大切な樹木らしい。


「あんた、世界樹のことは知ってるかい?」
「世界樹……それってあの有名な?」


世界樹とは世界が誕生した時に同時に生まれた樹木だと伝えられた有名な神木だった。子供の頃にレノが読んだ絵本にも描かれており、世界樹はこの世界に繁栄をもたらす存在だと語られていた。


「そうさ、といってもここに生えているのは世界樹の子供なんだけどね。何百年か前はこの場所は雑草一本も生えない荒れ果てた土地だった。だけど、世界樹の苗をここに植えたことで緑豊かな土地に変貌したんだ」
「ええっ!?」
「その話が事実かどうかはさておき、この世界樹には特別な力が宿っている。その証拠に泉を見てみな、凄い物が見れるよ」
「凄い物?」


アルの言葉を聞いて不思議に思ったレノは泉を覗き込むと、水の底に光り輝く何かを見つけた。よくよく観察すると輝いているのは苔だと判明し、泉の底には光り輝く苔が大量に生えていた。


「暗くても泉の中が良く見えるだろう?だけど、この苔が光り輝くのはこの場所だけなんだ。苔を回収して別の場所に持っていくとすぐに光は消えてしまう」
「へ、へえ~……変わった苔ですね」
「この苔は大樹から漏れ出た養分を吸収して成長してるんだ。そしてこの苔を主食にする厄介な奴が泉に生息していてね……あんまり顔を覗かせると噛みつかれるよ」
「え?」


水底に光り輝く苔を確認しようとレノは身を乗り出すと、突如として水中に影が現れた。アルはレノの首根っこを掴むと後ろに引き寄せた。


「ほら、出てきた!!」
「うわぁっ!?」
「シャオオオッ!!」


泉の中から出現したのは全身が緑色の苔に覆われた大魚であり、まるで獣のような鋭利な牙を生やしていた。大きさは1メートル近くはあり、あと少しでレノは噛みつかれるところだった。

苔を生やした大魚は水中に沈むと姿を消し去り、それを見てレノは心臓の鼓動が高鳴る。完全に油断していたレノは危うく自分が死にかけたことを悟り、顔色を青くした。


「な、何ですか今の化物!?」
「この間、大雨が降っただろう?それで近くに流れている川が氾濫して魚がここまで流されてきたのさ。多分、その魚が成長してああなったんだろうね」
「どういう原理で!?」
「さあね、この泉に魚を入れるとすぐにあんな化物に変異するんだ」


世界樹が生えている泉には生物に影響を与える特殊な力が宿っており、そのせいで普通の魚でも泉に入れただけでとんでもない変異を引き起こして化物と化す。


「こいつが厄介なのは全身に苔をまとっていることだよ。さっきも言った通り、ここに生えている苔は水の中から出すと普通の苔に戻るんだ。だけど、逆に言えば水中だと苔が常に光り輝く。そのせいであいつの居所がよく分からないんだよ」
「ほ、本当だ……何処にいるのか分からない」


泉の中は光り輝く苔の中でわりと見通しは良いのだが、先ほどの大魚は全身に苔を生やしていたため、水底に広がる苔に紛れて何処にいるのか全く分からなかった。アルはレノをここへ連れてきたのは彼に大魚の処理を任せるためだった。


「これが私からの最後の修業だよ。あんたはさっきの化物魚を仕留めるまで家に戻ってくるな」
「ええっ!?」
「倒すまでの間は飯は自分で何とかしな。それと一つだけ言っておくけど大樹を傷つけるような真似だけはするんじゃないよ。もしも枝一本でも折るような真似をしたら……あんたの腕をへし折るからね」
「ひいっ!?」


アルは一方的にレノに課題を与えると彼女は用意していた弓矢を渡す。それは2年前にアルがレノのために外の世界の知り合いに頼んで作って貰った新しい弓矢であり、ようやく渡す時が訪れた。


「ほら、受け取りな。新しいあんたの弓だよ」
「こ、これは?」
「この弓の弦は私の髪の毛を何本か繋ぎ合わせて作ってある。エルフの髪の毛の弦はよく飛ぶから気を付けるんだよ」
「師匠の髪の毛?」


言われてみてレノは弓の弦を確認すると、よくよく観察しないと分からなかったが確かに髪の毛を編んだ物だと分かる。エルフの髪の毛は弓の弦の材料としては最高の代物だとレノは商人でもあった父親から聞いた話を思い出す。

アルの弓は漆黒の塗装が施されているが、レノの弓は緑色の塗装が施されていた。弓の感触を確かめると初めて扱うとは思えない程にしっくりと手に馴染み、この弓ならば今までの弓よりも素早く遠くに撃てる気がした。


「この弓……凄い!!何だかしっくりきます!!」
「はっ、当然さ。そいつは私の髪の毛が編んであるからね。使いこなせないなんて言い出したらぶっ飛ばすよ」
「は、はあっ……でも、本当にありがとうございます。これ気に入りました」
「礼を言うのはまだ早いよ。そいつを使ってあの化物魚をなんとかしな」


新しい弓を手に入れたレノにアルは泉を指差し、水底の苔に紛れて姿を隠した大魚を始末するように命じる。レノは緊張した面持ちで泉を見つめ、自分が本当に先ほどの大魚を倒せるのか不安を抱く。
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