魔法使いじゃなくて魔弓使いです

カタナヅキ

文字の大きさ
上 下
29 / 86

第29話 弓魔術

しおりを挟む
――初めて風属性の付与魔法を試してから数日が経過し、付与魔法と弓矢を組み合わせた攻撃法をレノは「弓魔術」と名付けた。弓魔術は矢に宿した魔力の分だけ効果が大きく変化し、多めに魔力を注ぎ込めば樹木を貫通する程の威力を誇るが、その代わりに矢の精度は落ちてしまう。

最初の実験の時にレノは樹木に目掛けて矢を放ったが、調べてみるとレノが射抜いた矢は的から大きく外れていた。最近は弓矢の練習で的から外したことは一度もなかったレノだが、どうやら付与魔法を施したせいで矢の狙いが大きくずれたらしい。


(どんなに威力があっても的に当たらなければ意味ないんだ)


時は現在に戻り、川で魚を取りに来たレノは練習した弓魔術の成果を試すために岩の上から川を見下ろす。弓を構えながら付与魔法を発動する準備も行い、緊張した様子で川の中を泳ぐ魚を探す。


(大丈夫、あんなに練習したんだ。上手くいくはず……今だっ!!)


視界に水中を泳ぐ魚を捕えたレノは矢を番えると、付与魔法を発動させて撃ちこむ。使用するのは風属性の魔力であり、矢は目にも止まらぬ速度で発射された。川の中に放たれた矢は水中でも速度を全く落とさずに突っ込み、泳いでいた魚を射抜く。


「当たった!!」


川の中から矢が突き刺さった魚が浮かび上がり、それを見てレノは感激の声を上げた。喜んだ理由は魚を仕留めたからではなく、無駄な被害を生み出さずに矢を放てたからである。

最初に風属性の魔力を宿した矢を放った際、予想外にも樹木をへし折ってしまった。威力は凄まじいがその代わりに命中精度が大きく下がり、実戦で使うには大きな不安があった。ホブゴブリンのような巨体の相手との戦闘ならば通じるかもしれないが、一角兎などの小さな魔物の場合は当てられる自信はない(仮に当てられたとしても矢の威力で死骸が粉々に吹き飛ぶ)。

そこでレノはこの数日の間に弓魔術の練習に没頭し、どの程度の魔力を注げば命中精度も下げずに適確な射撃ができるようになるのか試した。そして遂に命中精度を殆ど下げず、それでいながら今までの射撃よりも素早く威力もある矢を撃てるようになった。


「上手くいって良かった……それにしてもこの矢、水中でも殆ど速度は落ちなかったな」


水中に突っ込んだ際も矢は移動速度を落とさずに直進し、泳いでいる魚が逃げる暇もなく仕留めた。もしかしたら付与魔法の効果で移動中の矢は風の魔力を纏っており、その魔力が水を弾いて移動したお陰で速度を保っているように見えた。


(水中でも速度を落とさないのはいいな。これなら魚を取り放題だ)


練習の成果が出たことにレノは嬉しく思い、水面に浮かんだ魚を回収するともう一度試してみることにした。今度はもっと大きな魚を狙い、狙いを定めるために川に視線を向ける。


「お、次はあいつにしよう」


川を泳いでいる魚の中からレノは大きめの魚を選び、再び弓を構えて準備を行う。先ほどのように矢を射かけようとした際、後ろから聞き覚えのある声が響く。


「おい、レノ!!釣竿も持って行かずにどうやって魚を取るつもりだい!!」
「うわぁっ!?」


いきなり後ろから声をかけられたレノは驚き、いつの間にか釣竿を手にしたアルが近付いていた。彼女はレノが魚釣りに出向いたはずなのに釣り道具を忘れたことに気付いて届けに来たのだが、声をかけたのが最悪のタイミングだった。

急に声をかけられたせいでレノは集中力が乱れてしまい、先ほどよりも多めに魔力を矢に付与してしまう。矢に付与された風属性の魔力が先端に集中し、螺旋状の風の渦巻へと変貌する。そして矢が弓から離れた瞬間、凄まじい勢いで川の中に矢が突っ込んだ。




螺旋状の風の魔力をまとった矢が水面に衝突した瞬間、凄まじい水飛沫が上がった。まるで川の中で爆発でも起きたかのように激しく水が溢れ、岩の上に立っていたレノの身体に大量の水が降り注ぐ。




「ぶはぁっ!?」
「な、何だ!?何が起きたんだい!?」


水飛沫を浴びたレノは岩の上から滑り落ちてしまい、そのまま川の中に突っ込む。それを見たアルは何が起きたのか理解できず、慌ててレノが落ちた川に駆け込む――





――川の中に沈んだレノをアルはどうにか救出すると、二人は服を脱いで焚火で身体を温める。家に戻らなかったのはレノが捕まえた魚を焼いて食べるためであり、服を乾かすついでに串刺しした魚を焼く。


「はあっ……弓魔術ね、あんたが最近こそこそと何かしてたとは思ってたけど、まさかこんな術を編み出していたなんてね」
「ううっ……すいません、隠すつもりはなかったんですけど」
「別に謝らなくていいよ。それにしてもあんた、相変わらずカナヅチだね……」
「うぐぅっ!?」


実を言えばレノは泳ぐのが大の苦手であり、川に行くときも浅瀬までしか身体を浸かれない。運動神経は高いのだが何故か水泳だけは大の苦手であり、先ほども川に沈んだ時はアルが助けてくれなかったら危なかった。


「魔法の練習もいいけど泳ぎの練習もやっておきな。こんな川ぐらいで溺れるようじゃいざという時に大変な目に遭うよ」
「す、すいません……これからは頑張ります」
「まあいい、ほら焼けたよ」


不幸中の幸いだったのはレノが矢を撃ち込んだ際に派手な水飛沫が上がり、そのせいか川の中を泳いでいた魚の何匹かが巻き込まれて陸に打ち上げられていた。お陰で今日は魚が食べ放題であり、服を乾かすついでに焼いた魚を二人は食べる。

食事しながらアルはレノに視線を向け、服を脱いでみて分かったが何時の間にかレノも男らしい体格になっており、毎日の厳しい訓練のお陰でしっかりと筋肉は身に着けていた。しかも見かけ倒しの筋肉などではなく、あらゆる運動に適した柔軟な筋肉を身に着けていた。


(こうしてみるとこいつも男なんだと意識させられるね……あの小さなガキが随分とデカくなったね)


成長したレノを見てアルは感慨深い表情を浮かべるが、その一方で寂しさを感じていた。アルがレノと一緒に居られる時間はもう長くはないことを語る。


「レノ……あんた、この森から出て行きな」
「えっ!?」


食事中にいきなり言われた言葉にレノは驚き、食べようとしていた魚を落としてしまう。真剣な表情を浮かべたアルはレノを森から追い出す理由を語る。


「この森はあたしの一族が何百年も管理してきた土地なんだよ。本来なら人間は立ち入ることも禁じられている場所なんだ」
「そ、そうだったんですか!?」
「まあ、うちの親父はいい加減な奴で管理がずさんになっていたせいで人間が時々立ち寄るようになったけど、本当なら人間を見つけたらすぐに追い返すのが私等の役目なんだよ」
「ならどうして師匠は俺を……」


立場的にはアルは森の守護者として人間が侵入してきたら追い出さなければならないのだが、彼女は両親を失って頼れる人間がいないレノを放置することはできず、仕方なく自分の手で育てることにした。


「エルフは人間を毛嫌いしているけれど、うちの母親は前にも言ったように変わり者で人間に興味があったんだよ。小さい頃からあたしに人間が面白い生き物だって言い聞かせたからあたしは他のエルフと違って人間に嫌悪感を抱いてはいなかった。それにエルフの掟で例え異種族であろうと危害を加えてはならないというのがあってね。だからあたしはあんたが大人になるまで育つことを決めたんだ」
「そ、そうだったんですか……」


アルがレノを拾って育てたのは彼がまだ子供だったからであり、もしも出会った当時にレノが大人だったら彼女は森から追い出していたという。しかし、両親を失ったばかりの幼い子供を可哀想に思って自分で育てることを決める。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々

於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。 今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが…… (タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!

IXA
ファンタジー
30年ほど前、地球に突如として現れたダンジョン。  無限に湧く資源、そしてレベルアップの圧倒的な恩恵に目をつけた人類は、日々ダンジョンの研究へ傾倒していた。  一方特にそれは関係なく、生きる金に困った私、結城フォリアはバイトをするため、最低限の体力を手に入れようとダンジョンへ乗り込んだ。  甘い考えで潜ったダンジョン、しかし笑顔で寄ってきた者達による裏切り、体のいい使い捨てが私を待っていた。  しかし深い絶望の果てに、私は最強のユニークスキルである《スキル累乗》を獲得する--  これは金も境遇も、何もかもが最底辺だった少女が泥臭く苦しみながらダンジョンを探索し、知恵とスキルを駆使し、地べたを這いずり回って頂点へと登り、世界の真実を紐解く話  複数箇所での保存のため、カクヨム様とハーメルン様でも投稿しています

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!! 「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草

ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)  10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。  親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。  同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……── ※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました! ※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※ ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

処理中です...