魔法使いじゃなくて魔弓使いです

カタナヅキ

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第26話 師匠からの餞別

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――翌日の早朝、アルはレノに魔法の儀式を施す。彼女は約束通りに魔法を覚えるために必要な材料を揃えてくれ、まずはレノの利き手である右手を机に縛り付けて固定する。


「いいか、絶対に動くんじゃないよ。もしも失敗したら二度と魔法は覚えられないと思いな!!」
「は、はい!!」
「……死ぬほど痛いけど我慢するんだよ」


儀式を行う前にアルはレノに猿ぐつわを噛ませ、事前に身体の感覚を麻痺させる特別な薬草を食べさせていた。右手には麻酔効果のある塗り薬を染み込ませており、既にレノは右手の感覚を失っていた。

これから行う儀式は激痛を伴い、事前に薬で身体の感覚を鈍らせていなければ耐え切れない。また、儀式の際中は動くことも許されないのでレノは縛り付けられた状態で行う。


「どんなに痛くても我慢しろ。どうせ後で再生術で怪我は治せるんだ……覚悟はいいかい?」
「っ……!!」


喋れないのでレノは頷いて意思を示すと、アルは緑色の金属の刃物を取り出す。この刃物は魔法金属と呼ばれる特殊な金属で構成された刃物であり、金属の名前は「ミスリル」と呼ばれている。

魔法金属とは文字通りに魔法の性質を持つ金属であり、アルが用意したミスリルは鋼鉄よりも10倍以上の強度を誇る。魔法金属は他にも複数存在するが、世界で最も流通しているのがこのミスリルだった。


「よし、十分に熱くなったな……始めるよ」
「…………」


ミスリル製の刃を炎で熱することで熱を帯びると、アルは冷や汗を流しながらレノの右手の甲に刃を剥けた。レノは目を開いたまま自分の甲に熱したミスリルの刃が近付くのを見て緊張する。


「歯を食いしばりな!!」
「むぐぅううっ!?」


アルは魔法書に記されている魔法陣と同じ紋様をレノの左手に刻み始め、熱した刃を押し付けられたレノは呻き声を上げる。事前に薬で身体の感覚を鈍らせているが、それでも想像以上の熱と痛みが同時に襲い掛かって暴れそうになる。


「耐えろ!!少しでも動いたら失敗するよ!!」
「うぐぐっ!?」


右手を大人しくさせなければ魔法陣を刻むことができず、儀式が終わるまでの間はレノは耐えなければならない。甲に魔法陣が焼き刻まれる感覚にレノは必死に耐え抜く。

魔法陣が刻み終えるまでの間はレノは熱と痛みに同時に襲われて意識を何度も失いそうになるが、それでも最後まで耐えて魔法陣が刻み終わる。アルはミスリルの刃を引き離すと、レノは熱と痛みから解放された。


「よく頑張ったね、あと少しだ!!」
「むぐぐっ……!!」


魔法陣を刻み終えても終わりではなく、熱が冷めないうちに次の工程へ進まなければならない。通常であれば魔法陣を刻んだあとは魔石と呼ばれる鉱石を押し当て、術者の体内に新しい魔力を送り込む。

普通の人間の場合は生まれた時に一つの魔力しか持ち合わせておらず、自分の魔力に適さない魔法を覚えることはできない。だから魔法の儀式で外部から新しい魔力を取り込む必要があった。


(さあ、ここからが本番さ)


レノの持つ魔力は「聖属性」と呼ばれる生物ならば誰しもが持つ属性の魔力だった。この聖属性の魔力は主に身体能力の強化や浄化などの魔法に適しており、攻撃魔法にはあまり向いていない。しかし、これからレノは儀式を行うことで別の属性の魔力を生み出す力を芽生えさせる。


(こいつは私からの餞別だ……しっかりと受け取れよ!!)


通常の儀式ならば魔力を宿した鉱石を加工して生み出す「魔石」と呼ばれる道具を使って体内に魔力を送り込むのだが、アルの場合は自らの魔力を利用してレノに力を与える。

エルフであるアルは生まれた時から人間には扱えない「風属性」の魔力を使いこなせる。アルは右手に意識を集中させて風属性の魔力を集中させてレノの甲に手を押し当てた。


「受け入れろ!!」
「うぐぅううっ!?」


魔法陣にアルが右手を押し付けた瞬間、レノは身体の中に何かが流れ込む感覚を抱く。初めて体内の魔力を感じ取った時と似た感覚を覚え、アルの魔力がレノの体内に流し込まれていく。


(ちぃっ……流石に熱いねっ!!)


熱した魔法陣に右手を押し付けたせいでアル自身も掌に火傷を負うが、それでも彼女は構わずにレノに魔力を流し込む。風属性の魔力がレノの体内に流し込まれ、徐々に肉体に変化が起きる。


(何だこれ……どうなってるんだ俺の身体!?)


魔力が流し込まれた途端にレノの肉体の血管が浮きあがり、熱いような寒いような感覚が同時に襲い掛かった。自分の身体に何が起きているのか戸惑い、やがて心臓の鼓動が高まっていく。

今まで一つの魔力しか持ち合わせていなかった人間が新しい魔力を受け入れるのは並大抵のことではなく、もしも儀式が失敗すれば死に至る可能性もある。それでもアルはレノを信じて儀式を行う。


「しっかりしろ!!それでも私の弟子か!?こんなことでくたばるんじゃないよっ!!」
「うぐぅっ……!!」


アルの言葉を聞いてレノは意識を覚醒させると、自分の魔力と外部から送り込まれた魔力が交じり合う。二つの魔力が一つになっていく感覚を感じ取る。レノの異変に気付いたアルは掌を離すと、右手に刻まれた紋様が光り輝く。


「はあっ、はあっ……終わった、もう外していいよ」
「ぷはぁっ!?」


レノの猿ぐつわと右腕の拘束を外すと、全身から滝の様な汗を流しながら床に座り込む。アルも同様に汗が止まらず、しばらくの間は休み続けた。


(死ぬかと思った。でも、なんだろうこの感覚……今までと違う気がする)


新しい魔力を取り込んだせいかレノは疲れているはずなのに力が溢れるような感覚を抱き、右手に視線を向けるとアルから刻まれた魔法陣が緑色に光り輝いていた。


「これが……魔術痕?」
「そうだ……これでお前も魔法使いになれたわけだ」
「魔法使い……」


魔術痕が刻まれたことでレノは遂に魔法を覚えたことになるが、一つだけ気掛かりがあるとすれば右手に刻まれた魔法陣は再生術で治療した場合、怪我が治って魔法陣が消えてしまうのではないかと不安を抱く。


「あの……これって治して大丈夫なんですか?」
「はあっ?ずっとそのままでいるつもりかい?いいからさっさと治しな、放っておくと傷跡が一生残るぞ」
「はあっ……」


アルに言われてレノは再生術を施して右手の怪我の治療を行う。簡単な切り傷程度ならばすぐに治せるが、火傷の類は再生でも完全に回復するまで時間はかかる。しばらくして怪我が完璧に治るとレノは右手を確認した。

再生術のお陰で傷跡は完璧に治り、これで儀式は完全に終了した。ここからはレノが魔法を使えるかどうかであり、魔法書を開いて魔法の使い方を確認する。


「付与魔法……物体に魔力を宿す魔法」
「儀式を終えた以上はお前も魔法を使えるはずだ。こいつで試してみな」
「うわっ!?」


儀式の際に利用したミスリル製の短剣をアルは放り投げ、慌ててレノは短剣を右手で掴み取る。すると右手に違和感を覚え、何となくではあるが今ならば魔法を使えそうな気がした。


(今なら分かる気がする。魔法の使い方が……)


これまで魔力操作の技術を磨いたお陰かレノは魔法書を読まずとも無意識に魔法の使い方を理解していた。短剣の刃を親指と人差し指挟むと、右手に魔力を集中させて指先に送り込む。


「付与《エンチャント》」
「うわっ!?」


魔法書に記されていた呪文を唱えた瞬間、指先を通じて魔力がミスリルの刃に流し込まれた。これまでとは全く違う新しい魔力の使い方にレノは戸惑う。


(今まで魔力をこんな風に使ったことなんてなかった。魔力を放出……いや、この場合は解放かな?)


指先から流れでる魔力を見てレノは驚くが、魔力が流し込まれたミスリルの刃にも変化が起きた。
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