魔法使いじゃなくて魔弓使いです

カタナヅキ

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第25話 修行の終わり

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「――何処に行きやがったんだい!!あのくそガキめっ!!」


時は少し前に遡り、怒りと焦りが入り混じった表情を浮かべたアルが森の中を駆け巡っていた。アルはレノが家を抜け出したことを知って慌てて彼を探しに森に入り、あちこち駆けまわってようやくレノの足跡を見つけて後を追う。


「あの馬鹿、私の言葉を無視して勝手に一人で行きやがって……くそったれ!!」


アルは今夜は身体を休ませるように忠告したにも関わらず、自分の言葉を無視して勝手に森に飛び出したレノに激怒したが、彼の足跡を追う中でアルはとんでもない物を発見した。


「あん!?なんだこいつら……まさかレノが殺ったのか!?」


レノの足跡を追っていくとゴブリンの死骸を発見し、矢で急所を射抜かれて死んでいるのを確認するとレノの仕業だと判断する。今の彼ならばゴブリン程度に苦戦することはないと思っていたが、それにしても見事に急所を貫いていることにアルは感心する。


(最近はあいつの弓の稽古を見てなかったけど、ここまで腕を上達させていたのか。これなら10匹を仕留めろなんて言わずに30匹ぐらい始末するように言えば良かったかもしれないね)


ゴブリンの死骸を確認して今のレノならばゴブリン程度の相手ならば敵ではないと思ったが、彼女はゴブリンの傍に異様な大きさの足跡を発見して目を見開く。


(何だこの足跡は……まさか、上位種か!?)


死骸の傍でホブゴブリンの足跡を発見したアルは背筋が凍り、状況的に考えてレノはゴブリンと交戦している最中にホブゴブリンと遭遇したのは間違いない。いくら弓の腕を上げたといっても相手がホブゴブリンならば今のレノでは太刀打ちできない。

ゴブリンの上位種であるホブゴブリンは非常に厄介な生物であり、通常種のゴブリンよりも力が強くて動きも素早い。今のレノでは手が余る相手なのは間違いなく、慌ててアルはレノを大声で呼びかけた。


「レノ!!何処にいるんだい!!近くにいるなら返事をしやがれ!!今なら怒らないから出てきな!!」


必死にレノを呼びかけるアルだったが返事はなく、ホブゴブリンの足跡を頼りに後を追いかける。しばらくすると遠くの方で樹木が折れる音が鳴り響く。


(こっちか!?)


エルフは人間よりも聴覚が優れているので音を頼りにアルは移動すると、森の中でホブゴブリンと対峙するレノの姿を捕えた。レノはホブゴブリンに対して弓を構えており、一方でホブゴブリンはレノを見て驚いたように顔面を覆う。


(まさかあいつ、弓だけで仕留めるつもりかい!?そんなの無理に決まってんだろ!!)


ホブゴブリンは普通のゴブリンよりも皮膚が硬く、至近距離から矢を撃ちこんだとしても倒せる相手ではない。しかもホブゴブリンは唯一の弱点となりえる顔面を守っていた。

アルならばホブゴブリンを仕留めるならば眼球を狙い、仮に仕留めきれなくても目を潰せば相手は隙だらけになる。しかし、ホブゴブリンも目元を狙われるのを恐れて両手で顔だけは隠す。


(止めろ!!撃っても怒らせるだけだって分からないのか!?)


顔面以外を狙っても全身が硬い皮膚で覆われているホブゴブリンでは致命傷にはなり得ず、唯一の弱点である目元を塞がれれば為す術はない。だが、弓を構えたレノは迷いなくホブゴブリンのに撃ちこむ。


「喰らえっ!!」
「グギャッ!?」
「ばっ――!?」



レノが放った矢はホブゴブリンの胸元、正確には心臓がある位置を狙って撃った。だが、矢は頑丈な皮膚の表面に突き刺さっただけであり、心臓までは絶対に届かない。

相手が普通のゴブリンならば矢は皮膚を貫いて心臓まで届いていたかもしれないが、上位種であるホブゴブリンには通じない。アルは考えも無しにレノがホブゴブリンの胸元に矢を射たことに焦る。


(あの馬鹿!!そんなもんが通じるはずがないだろうが!!)


見ていられずにアルは背中に手を回して自分の弓を取り出そうとするが、いつも背負っているはずの弓がないことに気が付く。彼女はレノに自分の弓を貸したままであることを思い出し、持ってきているのは短刀ぐらいしかない。


(しまった!?阿保は私か!?)


レノを探すのに必死で弓も持ち出さずに森の中に入ってしまったことに気付いたアルは後悔するが、既にホブゴブリンはレノを殺すために近付いていた。


「グギィイイッ!!」
「レノ!?逃げろ!!」
「まだだっ!!」


ホブゴブリンがレノに迫る姿を見てアルは大声をあげるが、当のレノ本人は新しい矢を番えてホブゴブリンに構えた。今度こそ自分の顔面を狙うつもりかと慌てて下げていた腕を上げたホブゴブリンだったが、レノの狙いは先ほど同じく胸元に矢を撃ちこむ。


「もう一発!!」
「グギャアアッ!?」
「なっ……まさか!?」


レノが撃ちこんだ矢はホブゴブリンの胸元に突き刺さったままであり、同じ箇所に目掛けてレノは矢を撃ちこむ。その結果、ホブゴブリンは先に撃たれた矢にさらに矢が突き刺さり、それを見たアルは目を見開く。

先に放った矢の後端に、後から放った矢の先端に当たることを「継ぎ矢」と呼ばれる。レノは最初から一発の矢でホブゴブリンが仕留められるとは思っておらず、同じ箇所に矢を撃ちこむことでさらに体内に矢を食い込ませる。


「グギィッ……!?」
「まだだっ!!」


二発目の矢が突き刺さった瞬間にホブゴブリンの顔色が代わり、一発目に突き刺さった矢が深く体内に食い込む。しかし、それでも倒しきれないと判断したレノは新しい矢を番えた。それを見てアルは彼が三本目の継ぎ矢に挑もうとしていることに気が付く。


(まさか当てるつもりか!?そんなの無理に決まってんだろ!!)


いくら距離が近いとはいえ、本来ならば継ぎ矢は簡単にできる芸当ではない。子供の頃から弓の訓練を行うエルフならばともかく、レノは普通の人間で数年前まではまともに矢も撃てなかった。

しかし、魔力を制御する方法を覚えてからはレノは格段に弓の腕前が上達してきた。本来ならば人間の筋力では扱うのが難しいエルフの弓も強化術を覚えてから扱えるようになり、毎日暇さえあれば弓の練習を行ってきた。これまでの努力を信じてレノは矢を撃ちこむ。


「当たれっ!!」
「グギャッ!?」


三本目の矢が放たれるとホブゴブリンは目を見開き、アルは最後に放たれた矢が先に当たった二つの矢に向かう光景を目撃した。一本目は皮膚に突き刺さり、二本目の矢が後端に刺さった事で体内に鏃が食い込み、そして三本目の矢が突き刺さると鏃は心臓部にまで到達した。



ッ―――――!?



ホブゴブリンの声にもならない悲鳴が森の中に響き渡り、あまりの絶叫に木々に止まって眠っていた鳥たちが逃げ出してしまう。三本目の継ぎ矢が当たったことで矢はホブゴブリンの心臓に到達し、やがてホブゴブリンは糸が切れた人形のように前のめりに倒れ込む。

動かなくなったホブゴブリンを見てレノは身体を震わせ、緊張の糸が切れたのか膝を着く。全身から汗が止まらず、疲労のせいでもう一歩も動けない状態に陥っていた。


「はあっ、はあっ……勝った」
「レノ!!無事かい!?」
「あ、あれ?師匠……何時の間に?」


レノはアルがいることに気が付いて驚いた表情を浮かべ、ホブゴブリンとの戦闘に夢中になっていたせいで彼女の存在に気付けなかった。アルは倒れたホブゴブリンの死骸に視線を向け、冷や汗を流した。


(私がこれだけの大物を仕留められたのは50才を越えた頃だぞ……それをこのガキは15にも満たない年齢で果たしやがった)


アルはたった数年でホブゴブリンを始末できるほどにレノが成長したことに動揺を隠せず、座り込んだまま動けないレノの元へ向かう。レノはアルに叱られるのかと思ったが、アルは意外にも手を差し出す。


「……ほら、さっさと立ちな」
「あ、はい……」


優しく手を伸ばされたレノは戸惑いながらもアルの手を掴むと、どうにか立ち上がることに成功する。レノが立つのを確認すると自分が貸した自分の弓を見た。

アルの弓は普段のレノが利用している練習用の弓よりも張力が強く、普通の弓とは比べ物にならない威力の矢を撃ちこめる。しかし、アルの弓は生半可な筋力では使いこなせず、いくら強化術で筋力を強化しても普通の人間の子供が扱える武器ではない。

レノが鍛えたのは魔力の技術だけではなく、肉体の方もしっかりと鍛えられていた。アルが普段から課していた訓練以外にも密かに身体を鍛えていたことは間違いなく、数年前とは比べ物にならないほどに体力も筋力も身に着けていた。


「たくっ、心配かけさせやがって……」
「あ、あの師匠……」
「何も言うんじゃないよ」


レノが倒したホブゴブリンを見下ろしながらアルは深々と溜息を吐き出し、これだけの大物を仕留めたレノの実力を認めないわけにはいかなかった。最初は単独でゴブリンを10匹ほど始末させるつもりだったが、ホブゴブリンを屠ったレノならばゴブリンなどいくらいても相手にならない。


「修行は終わりだ」
「あっ……」
「これでもう本当に私からお前に教えることはなにもないよ……本当によく頑張ったね」


アルは穏やかな笑顔を浮かべながらレノの頭を撫でると、そんな彼女にレノは瞳を潤ませる。こんな風に優しくされたのは初めてであり、大泣きしそうになるのをどうにか堪える。

涙を拭うレノを見てアルは苦笑いを浮かべながら夜空を見上げた。今夜は満月であり、夜でもレノの姿がはっきりと見えた。今から思えば彼を拾った日も満月だったことを思い出す。


(あの小さなガキが随分と大きくなったね……でも、そろそろお別れだね)


魔物に殺された両親の代わりにレノを拾い上げて立派に育て上げることにしたアルだったが、思っていた以上に早くレノは成長してしまった。もう彼に教えることはなくなった以上、いつまでもこの森におくわけにはいかなかった――
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