上 下
21 / 86

第21話 魔力隠蔽

しおりを挟む
アルとの距離が縮まるとゴブリンは石斧を強く握りしめ、確実に仕留めるために後頭部に狙いを定めた。アルはゴブリンに気が付いていないのか振り返る素振りも見せず、好機と判断したゴブリンは襲い掛かろうとした。


「ギィッ――!?」


しかし、飛び掛かろうした瞬間にゴブリンは何者かに後ろから頭を掴まれた。気配も何も感じなかったゴブリンは混乱に陥り、何者が自分を捕まえたのかと恐怖を抱く。

ゴブリンを捕えたのは姿を消したはずのレノだった。彼はアルから離れたふりをして何時の間にかゴブリンの後方に回り込み、アルに襲い掛かろうとしたゴブリンを捕まえる。ゴブリンは逃げる暇もなく首元を締め付けられ、石斧を手放してしまう。


「アガァッ!?」
「ふんっ!!」


首元を締め付けられたゴブリンは必死に逃れようと暴れるが、レノは強化術を発動させてゴブリンの首を絞めつける。やがてゴブリンは白目を剥いて動かなくなり、それを確認したレノはゴブリンを手放す。


「ふうっ……師匠、囮役ありがとうございました」
「……もう終わったのかい?」


アルはゴブリンが背後から迫ってきていることは気付いていたが、敢えて気付かないふりをしてゴブリンの注意を引いていた。先ほどレノがアルに頼んだのは自分の代わりに猪を背負わせて囮になってほしいと頼み、作戦は成功して尾行していたゴブリンを仕留めることができた。

矢を受けてもゴブリンは諦めずに尾行を再開したことはレノも気づいており、確実に始末するためにアルに囮役を頼む。自分は一旦離れるふりをして尾行しているゴブリンの後方に回り込み、アルに襲い掛かる前に仕留めるのがレノの作戦だった。


「たくっ、師匠に囮を任せるなんて図々しい奴だね」
「でも師匠なら襲われても平気でしょ?」
「舐めるんじゃないよ!!ゴブリン如きに私がやられるはずないだろ!!生意気なことを言ってないでさっさと運びなっ!!」
「うわわっ!?」


作戦を終えたアルはレノに対して猪を放り込み、慌ててレノは猪を受け止める。強化術を発動していなかった押し潰されていたところだった。アルの代わりにレノは猪を運ぶと、残ったアルは倒れたゴブリンに視線を向ける。


(こいつが尾行しているのは私も気づいていたが……あいつ、自分が何を仕出かしたのか分かってるのか?)


最初に作戦を聞いた時はアルはレノがゴブリンを始末すると聞いて少し心配していた。ゴブリンは魔物の中では力は弱いが知能は高く、気配を感じ取るのを得意とする。一流の狩人でもゴブリンを仕留める時は慎重に行動しなければならず、アルでさえもゴブリンを仕留める時は油断できない。


(このゴブリンはレノに背後を取られるまで気づきはしなかった……つまり、あいつは気配を完璧に殺して近付いていた。だが、そんな芸当をあの年齢のガキができるのか?)


魔物の中でも気配を感知するのに優れたゴブリンが簡単にレノに背後を取られたことにアルは違和感を抱き、どんな方法でレノはゴブリンの後ろに回り込んだのか気になった。彼女はゴブリンが自分の背後に近付いた時の出来事を思い出す。


(ゴブリンが後ろに回り込んでいるのは私も気づいていた。だが、レノの奴がゴブリンの後ろに回り込んでいたのは……分からなかった)


囮役を引き受けた際にアルは念のために気配を感じてゴブリンの位置を掴んでいた。ゴブリンはアルに気付かれていないと思っていたが、実際にはアルはゴブリンが接近していることには気づいていた。だが、ゴブリンの接近には気づけたのにレノの気配は感じ取れなかった。


(レノの気配を感じたのはあいつがゴブリンを捕まえた時だ。いきなり気配が増えた時は正直びびったけど……)


アルがレノの存在に気が付いたのはゴブリンを捕えた瞬間であり、それまでは確かにレノの気配は微塵も感じられなかった。エルフである自分でさえもレノの気配を感じられなかったことに彼女は少なからず動揺しており、いったいどんな方法でレノが気配を巧妙に隠していたのか気になる。


(本当に何を仕出かしたんだこいつ?)


師匠でありながらレノがどんな方法を用いて気配を完璧に隠していたのか気にかかり、アルは家に戻り次第にレノが何をしたのか尋ねることにした――





――猪を持ち帰った後、レノは料理の準備を行う。最近はレノが料理を任されることが多く、昔と比べて料理の腕前も上達した。


「うん、美味い。大分料理の腕も上達したじゃないかい」
「でも……師匠と比べたらまだまだです」
「あははは、世辞なんか要らないよ」


猪鍋を二人で味わいながらしばらくの間は雑談を行うが、食事を終わりを迎えるとアルは率直にレノに尋ねた。


「レノ……お前、ゴブリンを始末した時に何をしたんだい?」
「え?何の話ですか?」
「いいから答えろ。どうやってゴブリンを始末したのか教えな」


いきなり話題が変わったことにレノは不思議に思うが、アルが真剣な表情を浮かべているのを知って冗談で聞いているのではないと知って真面目に答える。


「別に大したことはしてませんよ。師匠が囮になってくれたお陰でゴブリンの奴が隙を見せたから、後ろからこっそり近付いて始末しただけです」
「こっそりね……どうやって近寄った?」
「どうって言われても……」


レノは特にゴブリンに迫る時に特別な移動法を行ったわけではなく、普通に近付いて仕留めたつもりだった。だが、アルは納得しない。


「私は歩いている最中も気配を探っていた。それなのにお前の気配を感じたのはゴブリンを捕まえた時だ。それまでどうやってお前は気配を隠していたんだい?」
「気配?あっ、もしかして……」
「何をしたのか思い出したか!?」


アルの話を聞いてレノは何かを思い出したように声を上げ、どんな方法で気配を完璧に消していたのかをアルは問う。しかし、返ってきた答えはアルの予想の斜め上の返答だった。


「気配を消したつもりはありませんけど、俺は魔力を隠して近付いてました」
「は?魔力を……隠す?」
「はい、獲物を仕留める時は直前まで魔力を抑えるようにしてるんです」
「……何を言ってるんだい?」


レノは気配を消す方法を身に着けた自覚はなく、自分は魔力を抑える方法を利用していたことを伝えるとアルは驚愕した。


(魔力を……だって!?こいつ何時の間にそんな術を身に着けていたんだ!?)


さらりとレノは言ったが魔力を抑えるのは簡単な話ではない。魔力とは生物の生命力その物であり、それを隠し通すのは簡単なことではない。

この世界ではどんな生物も魔力を宿しており、魔物などの生物は特に魔力を多く持って生まれている。大昔はこの世界には魔物は存在しなかったが、突然変異で魔力を多く持って生まれた動物が誕生し、その動物が独自の進化を果たして普通の動物とは姿形が異なる生物へと変貌した。それが魔物の起源ではないかと言われている。

魔力は魔法の力を生み出すだけではなく、生物の進化に関わる程の重要な力だった。その魔力を制御するのは並大抵のことではなく、魔法に優れた種族であるエルフであるアルでさえも他人に感じ取れない程の魔力を抑える術を身に着けるために10年以上の時を費やした。


(私でも魔力を他の奴等に感知できないほどに抑える術を身に着けたのは50か60の頃だぞ!?それをこんなガキがもう身に着けたのか!?)


アルは見た目は若々しいが実年齢は100才を越えており、彼女が魔力を抑えられるようになるまで相当な年月を費やした。それなのに子供であるはずのレノが魔力を抑える方法を既に身に着けていたことに驚くが、あることを思い出す。


(いや、待てよ……そうか、こいつは人間だから私と違って生まれた時は大した魔力は持ってなかったね)


エルフと人間では生まれた時の魔力量は大きな差があり、魔力量が大きいエルフほど魔力を制御するのが困難だった。一方で魔力量が少ない人間の場合はエルフよりも魔力の制御は難しくはなく、レノの場合は魔力量が少ない時点で魔力を抑える方法を習得していたと考えればアルも納得できた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)

荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」 俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」 ハーデス 「では……」 俺 「だが断る!」 ハーデス 「むっ、今何と?」 俺 「断ると言ったんだ」 ハーデス 「なぜだ?」 俺 「……俺のレベルだ」 ハーデス 「……は?」 俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」 ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」 俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」 ハーデス 「……正気……なのか?」 俺 「もちろん」 異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。 たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...