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人間の国

第28話 超人モウカとの手合わせ

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「――まさかあんたみたいなガキに喧嘩を売られる日が来るなんてね。まあいい、部下を扱くのも飽きてたから相手をしてやるよ」
「あの……喧嘩じゃなくて手合わせなんですけど」


ナイトはモウカに連れられて人気のない空き地に辿り着き、手合わせの準備を行う。まさかこんなにも早くに加護持ちの人間と出会えるとは思わず、今の自分の実力がどれほど通じるのか確かめる絶好の機会だった。


(この人は強い。今まで出会った人間の中で一番だ……もしかしたらライラさん並かも)


モウカの戦いぶりを見て自分の師匠であるライラと同じぐらいの実力者だと判断し、最初からナイトは全力で戦うつもりだった。徹夜のせいで体調は万全だとは言い切れないが、次にモウカと手合わせする機会はいつ訪れるか分からないため、この好機を逃すわけにはいかない。

手合わせの前に二人は入念に準備運動を行い、この時にモウカはナイトの身体を見る。格闘家の割には線が細い体型だが、身体の柔らかさは尋常ではなく、常人では真似できない角度まで身体を折り曲げる。


「よいしょっと……」
「あんた随分と身体が柔らかいね。良く見たら顔も女の子みたいだし、実は性別を偽ってるんじゃないだろうね」
「ち、違いますよ!!ほら、どう見ても男でしょう!?」


モウカの指摘にナイトは怒った風に上着を脱いで自分の身体を見せつけると、確かに見た目は男の子に見える。しかし、実際にはそこいらの女性よりも身体が柔らかく、肌も綺麗だった。


(格闘家の割には随分と綺麗な身体をしているね……それに男の癖に妙な色気まで感じさせる。変な気分になる前に始めた方がいいかもね)


お互いに準備を整えるとナイトとモウカは向き合い、余裕のつもりなのかモウカは構えを取らずに立ち尽くす。


「先手はあんたに譲ってやるよ。全力でかかってきな!!」
「……行きますっ!!」


自分の攻撃を敢えて避けずに受けるつもりのモウカに対し、遠慮なくナイトは正面から突っ込む。相手が生身の人間ならば普段は加減するが、剛力の加護を持つモウカならば躊躇なく攻撃を繰り出せる。

駆け抜けながら拳を握りしめ、一本拳の状態で硬魔を発動させ、インキュバスに深手を負わせた「尖硬」をモウカの腹部に目掛けて放つ。


「はああっ!!」
「うぐっ!?」


モウカの腹部にナイトの尖硬が的中し、普通の人間ならば確実に腹が貫かれる威力だが、まるで鋼鉄のように鍛え抜かれたモウカの腹筋は貫けなかった。


「ふんっ!!」
「うわっ!?」


モウカが腹を突き出しただけでナイトの腕の方が弾かれてしまい、攻撃を受けたはずのモウカの腹には傷一つなかった。魔族のインキュバスでも深手を負わせた一撃だが、加護持ちのモウカには全く通じなかった。


「いちちっ……思ったよりもやるじゃないか。もう少し威力が強かったら朝飯を吐き出してた所だよ」
「な、何て硬さ……ご飯に鉄でも混ぜて食べてるんですか!?」
「阿保かっ!!そんなもん食べるわけないだろ!?」


尖硬が通じなかった事にナイトは動揺を隠せず、事前に理解していたつもりだがモウカの肉体は人間離れした頑丈さと耐久力を誇る。普通の人間なら確実に致命傷を与えられる攻撃でも、彼女には掠り傷さえ与えられない。

剛力の加護を与えられたモウカは普通の人間とは肉体の構造が異なり、彼女は全身に鋼鉄並の硬度を誇る「筋肉の鎧」をまとっているのに等しい。もしもモウカに損傷を与えるとしたら鋼鉄を破壊する程の攻撃力が必要となり、残念ながらナイトの実力では今のモウカに傷一つ与えられない。


(俺の力だけじゃ勝てない……なら、この人の力を利用するんだ!!)


自分が仕掛けても損傷を与えられないと判断したナイトは防御の構えを取り、モウカの方から仕掛けるのを待つ。自分よりも圧倒的な力を持つ相手との戦闘はミノタウロスのゴンゾウとの訓練で慣れており、彼女が攻撃を仕掛けた瞬間に「流拳」で反撃に移る準備を行う。


「そっちが来ないのならこっちから行くよ!!」


攻撃を止めたナイトにモウカは自ら動き、右腕を振り回しながら迫る。それを見てナイトは両手に硬魔を発動させて反撃の準備を行う。


(この人の攻撃を生身で受けるのは無理だ!!それなら流魔拳で――!?)


流拳と硬魔を組み合わせて反撃の準備を整えた様とした時、一瞬にしてモウカの姿がナイトの視界から消え去る。そして彼の背後からモウカの声が掛かった。


「こっちだよ!!」
「くぅっ!?」


一瞬で背後に回り込んだモウカにナイトは目を見開き、反射的に左半身に魔力を流し込んで硬魔を形成する。次の瞬間、モウカが振り払った裏拳がナイトの左脇腹に直撃し、あまりの威力にナイトの身体が吹き飛ぶ。


「がはぁっ!?」


インキュバスに吹き飛ばされた時よりも強烈な衝撃を受けたナイトは地面に叩きつけられ、それを見たモウカは自分の拳を見つめる。


「へえ……当たる直前に右に飛んであたしの拳の威力をいくらか殺したね。それに倒れた時に受け身を取って衝撃を最小限に抑えたね」
「はあっ、はあっ……げほげほっ!!」


殴られた脇腹を抑えながらナイトは立ちあがり、どうにか構えを取ろうとするが身体が言う事を聞かない。ただの一撃でナイトは戦闘不能寸前に追い詰められた。

正面からモウカが攻撃を仕掛けてくると思い込んでいただけに、背後に回り込まれて不意を突かれてしまい、反撃を仕掛ける暇もなく吹き飛ばされてしまった。


(くそっ!!硬魔は範囲が広いと防御力が低下するとはいえ、たった一撃でこんな有様なんて……)


硬魔で防いだにも関わらずにナイトは立っているのもやっとの状態であり、そんな彼を見てモウカは頭を掻く。


「ちょいとやり過ぎたかね。まだやれるかい?」
「だ、大丈夫です……」
「全然大丈夫には見えないけどね……でも、続けるのなら手加減はしないよ」


拳を鳴らしながらモウカは再びナイトへ迫り、また攻撃を受けたら二度と耐え切れないと判断したナイトは構えを変えた。


(目で追い切れないのなら……感覚を研ぎ澄ませろ。あの人の魔力の流れを感じ取るんだ)


モウカが仕掛ける前にナイトは彼女の魔力を感じ取り、次はどのように攻撃を仕掛けてくるのかを待つ。魔力感知の技術を磨けば相手の居場所を探し当てるだけではなく、攻撃の予測にも利用できる。

顔を伏せた状態でナイトは目を閉じると、モウカの体内に流れる魔力のみを感じ取る。加護を与えられた人間は魔力量も常人とは比べ物にならず、彼女は右手と両足に魔力を集中させている事に気づいた。


(また移動して殴りつけるつもりか!?)


魔力の流れを見極めてモウカの次の行動を予測し、今度は見失わないように目を見開く。予想通りにモウカはナイトに目掛けて正面から突っ込み、右拳を振りかざす。


「うおりゃあっ!!」
「っ――!!」


正面から顔面を殴りつけようとするモウカに対し、事前に両手を構えていたナイトは硬魔を発動させて受け止める。彼女の拳の衝撃が体内に駆け巡り、全身の筋肉を利用して相手の攻撃の力を流動し、右足を突きあげてモウカの顎を蹴り上げる。


「だああっ!!」
「ぐふぅっ!?」


予想外の反撃を受けたモウカは顎を打ち抜かれ、後ろ向きに倒れそうになった。だが、両足と腹筋に力を込めて立ち直ると、怒りの表情を浮かべながらナイトに手刀を放つ。


「このっ!!」
「うぐっ……」


顎に一撃を喰らっても踏み止まったモウカはナイトの頭に手刀を叩きつけようとしたが、既にナイトは最後の反撃で力を使い果たして地面に倒れた。モウカは慌てて手刀を止めると、自分の口元に手を伸ばして血を流している事に気が付く。


(まさか!?こんなガキの攻撃であたしが血を流すなんて……やるじゃないかい!!)


最後の反撃でナイトはモウカに損傷を与える事に成功したが、身体が痺れて動けなかった。モウカは口元の血を拭うと倒れたナイトに手を伸ばす。


「このあたしに血を流させるなんて大した奴だね。学園を卒業したらうちに来ないかい?」
「あははっ……遠慮しておきます」


差し出された右手にナイトはどうにか自分の手を伸ばすと、モウカの力を借りて立たせてもらう。折角ハルカに怪我を治して貰ったのにまたもや深手を負い、後で彼女に治してもらう必要があった。


「手合わせ、ありがとうございました……色々と勉強になりました」
「そうかい、あたしも久々に楽しめたよ」


ナイトはモウカに頭を下げて空き地から離れると、そんな彼の後ろ姿をモウカは見つめる。加護も受けていない人間にまさか怪我をさせられる日が来るとは思わなかった。


「ナイト、か……今年は面白いが入ったね」


警備隊の隊長を勤める前はモウカは勇者学園に通っており、彼女は在学時に加護を授かった人間だった――
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