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人間の国

第27話 加護と刻印

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――人間を下等種族と見下す魔族だが、皮肉にも彼等が最も恐れる存在は「加護」と呼ばれる能力を与えられた人間であった。加護とは人種のみ手に入る力であり、加護を得た者は人を越えた存在、即ち「超人」と化す。

加護には様々な種類があり、その中でも身体能力を強化する加護を持つ者は常識外れの力を得られる。モウカの場合は「剛力の加護」を取得し、この加護は人間の限界を遥かに超えた力を手にする。彼女がその気になれば魔族のミノタウロスやサイクロプスにも張り合える腕力を発揮できた。

但し、加護を得るためには条件が幾つかあり、誰もが加護を与えられるわけではない。そもそも加護とは元から持っている能力を高めるだけの能力でしかなく、モウカの場合は加護を受ける前から優れた筋力を身に着けていたからこそ「剛力の加護」を得られた。



加護の本質とは人間が持つであり、仮にモウカが剣士ではなく魔術師だとした場合、魔法の力を高める加護を与えられていた可能性が高い。そして加護を受けられるのは天性の才能を持つ人間、つまりはのような人間にしか与えられない。



「あんたら大丈夫かい……って、よく見たら昼間の学生じゃないかい」
「あ~!?学園で私達を置いてけぼりにした人!!」
「モウカさん、でしたよね?」


モウカはナイトとハルカに気付くとばつが悪そうな表情を浮かべ、本来ならば彼女が学園まで出向いて二人の入学手続きの手伝いをする役目を与えられていた。それなのに仕事中に昼寝して職務を果たせなかった事を詫びる。


「悪かったね、あんたらを放っておいて……けどまあ、こうして助けてやったんだからチャラでいいだろ?」
「はあっ……それよりもこいつは魔族ですよね?どうして魔族が王都に?」
「さあね、それはあたしも知りたい所だよ。だけど、ここ最近で王都に辻斬りが現れたんだ。恐らく犯人はこいつだったんだろうね」
「ううっ……怖かったよ」


緊張が解けたのかハルカはへたり込んでしまい、今日だけで色々とあり過ぎた。ナイトも怪我を負っており、そんな二人を見てモウカは頭を掻く。


「本当ならあんたらにも事情聴取したいところだけどね。大分疲れている様子だね」
「ええ、まあ……かなりきついです」
「ナイト君、怪我してるの!?私が治してあげるよ!!」


ナイトがインキュバスにやられた怪我をハルカが回復魔法で治療する間、モウカは自分が真っ二つに切り裂いたインキュバスの死体を確認する。そして背中に髑髏の紋様が刻まれているのを見て眉をひそめた。


「こいつ、魔王の刻印が刻まれてるね」
「こくいん?」
「……魔王が自分の配下に刻む紋様の事だよ」
「へえ、あんたガキの癖によく知ってるね」


インキュバスに刻まれた紋様は元々は彼が仕えていた魔王が刻んだ物であり、刻印を刻まれた魔族は人間の「加護」のように特別な力が芽生える。


――魔王の刻印を刻まれた魔族は魔力が増大し、外見も変化する事が多い。加護の場合は元々持っている力が極限に高められるが、刻印の場合は新しい能力を手に入れる場合が多い。

例えばナイトの師匠であるライラは武闘派で有名な先代魔王から刻印を授かり、彼女はサキュバスでありながら魔族の中でも強靭な肉体を持つサイクロプスやミノタウロスとも張り合える力を得た。

但し、刻印を刻めるのは魔族の中でも魔王と呼ばれる存在だけであり、仮に魔王が死んだ場合は刻印の効力は消えてしまう。また、別の魔王に刻印を刻まれたとしても同じ能力が手に入るとは限らない。他にも追放される魔族は刻印の力を封じられ、他の魔王から刻印を授かる事はできない。そして刻印を刻まれた魔族は魔王に生殺与奪の権利を掴まれている。

刻印が刻まれた魔族は特別な力を与えられる一方、魔王に命を預けた立場となる。仮に魔王が刻印を刻んだ魔族を殺したいと願えば、身体に刻まれた刻印によって命を奪われる。他にも刻印を刻まれた魔族は何処へ逃げようと魔王が居場所を察知できるため、裏切りは許されない。

魔王から追放された魔族が他の魔王に受け入れられない理由は刻印のせいであり、仮に他の魔王に仕えたとしても刻印を上書きする事はできず、過去に仕えた魔王と敵対した場合は簡単に命を奪われる。それどころか刻印を封じられた魔族は真の実力を発揮できず、戦力としても期待はできない。だから既に他の者に刻印を刻まれた魔族を受け入れる魔王など存在しない。


(黒色の髑髏は追放者の証と魔王様は言ってたけど、こいつはやっぱり他の魔王に仕えていたのか)


通常の刻印は本物の髑髏のように白色だが、インキュバスに刻まれた髑髏は真っ黒に染まっていた。色が異なるのは魔王から刻印の力を封じられた証拠だった。ちなみにナイトも一応は魔王に仕える立場だが、。理由は不明だが刻印が効力を発揮するのは魔族だけである。


(こいつがもしも刻印の力を封じられていなければ、こんなに簡単に負ける事はなかったかもしれないな)


神に与えられた加護を宿す人間、魔王の刻印が刻まれた魔族、この両者が本気で戦えばどうなるのかナイトにも予想はつかない。昔にナイトはどうして魔族は加護が与えられないのかアイリスに聞いたことがあり、その時に彼女はこのように答えた。


『魔族が加護を得られない理由は神への信仰心がないからですよ』
『信仰心……ですか?』
『私達は人間が信仰する「神」という存在を信じていません。そもそも魔族は信仰という文化がありませんからね』


全ての魔族は「神」という存在を信じておらず、そのせいなのか神に認められた者だけが与えられるという「加護」を得られないというのがアイリスの推察だった。もしかしたら神を信仰する魔族がいたら加護を得られる可能性もあるが、魔族が魔界から地上に進出してから千年近い時が経過したが、誰一人として加護を得られた者はいない。


(魔族の皆は神様を信じていないから加護を与えられない。でも、それなら俺はどうなんだろう?)


ナイトは魔王に仕えているが人間であるため、自分が加護を得られるのか少し気になった。信仰心がない魔王に忠誠を誓う人間にも加護が与えられるかは分からないが、モウカの力を目の当たりにしてナイトは心が震える。


(これだけの力をもしも俺が手に入れれば……もっと魔王様の役に立てる)


魔族を圧倒する実力を見せつけたモウカにナイトは憧れにも似た感情を抱き、彼女のように自分も加護を得られたら強くなるのかと考える――





――その後、ナイト達は休む暇もなく屯所に連れ出されて事情聴取を行う。ナイトとハルカは人間の兵士に化けたインキュバスに騙されて殺されかけたと供述し、特に怪しまれる事もなく解放された。

インキュバスがナイトを狙った本当の理由はライラを誘き寄せるためだが、モウカがインキュバスを始末したためにナイトとライラが接触していた事を知る者はいなくなった。だが、当分の間はナイトは他の魔族と接触する時は周りの人間に見られない様に最善の注意を払う必要があると反省した。


「う~ん、ようやく解放されたね」
「はあっ……結局、夜が明けちゃったよ」
「悪かったね、こんな時間にまで付き合わせて……あんた達には色々と迷惑を掛けたし、お詫びと言ってはなんだけど宿屋まで送り届けてやるよ」


ナイトとハルカが外に出ると、既に馬車が待機していた。勇者学園が指定した宿屋まで二人を送り届けるためにモウカが用意していたらしい。


「ほら、乗りな」
「う~ん、眠いから到着するまで寝ててもいい?」
「ああ、構わないよ。おい、誰か毛布でも持ってきな!!」
「あ、それなら俺が持ってますよ」


眠気が限界を迎えたハルカは馬車の中で横になると、ナイトが鞄から取り出した毛布を被って眠り始める。そんな彼女の姿を見てナイトは考え込み、今ならばモウカと二人切りで話せる好機だった。


「あの、モウカさん……聞きたい事があるんですけど」
「ん?何だい?眠っている嬢ちゃんに悪戯するのを見逃せと言われても困るよ」
「そ、そんなことはしませんよ……」


ハルカを馬車に残してナイトは外に出ると、緊張した面持ちでモウカと向き合う。不思議そうな表情を浮かべるモウカにナイトは頭を下げて頼む。


「俺と……手合わせして下さい!!」
「……は?」


ナイトの発言にモウカは唖然とした――
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