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最終章
第1057話 英雄と悪魔
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「アン!!」
「……やっぱり、尾行していたのね」
「グギャッ……!?」
ナイが姿を現すとアンは驚いた様子もなく振り返り、地面を掘っていた牙竜は顔を上げる。どうやらナイが尾行していた事をアンは気付いていたようだが、牙竜の方はナイの存在を感知していなかったらしい。
シノビに渡された臭い消しの香草のお陰でナイは牙竜に気付かれる事はなかったが、アンの方は尾行されている事に薄々と気付いていた。彼女は自分を追いかける白狼種《ビャク》の気配を感じ取り、それを知っていながら敢えて何も対処しなかった。
「誰かが追いかけてくるとしたら、貴方と狼ちゃんだと思っていたわ」
「……何をするつもりだ」
「見ての通りよ……この地に眠る緑の巨人を復活させる」
「止めろっ!!」
「グゥウウウッ……!!」
アンの言葉にナイは武器に手を伸ばすが、それを見た牙竜は唸り声を上げて彼に襲い掛かろうとした。しかし、その牙竜を行動を止めたのはアンだった。
「止めなさい」
「グギャッ……!?」
「私の命令が聞けないのかしら?」
牙竜がナイに襲い掛かろうとした瞬間、アンが言葉を口にした途端に牙竜は苦し気な表情を浮かべる。額に浮かんだ「契約紋」が光り輝き、牙竜はその場で倒れ込む。
(牙竜を……止めた?これが魔物使いの能力なのか)
契約紋を刻まれた魔物は主人の言う事に逆らえず、それが竜種であろうと例外ではない。アンの命令に逆らおうとした牙竜は全身が麻痺したように動けない。
「下がりなさい」
「グギャアッ……!?」
「言う事を聞けない子はいらないわ」
もう一度アンが命令を与えると牙竜の身体は自由に動けるようになり、即座にその場を下がった。その光景を見ていたナイはアンが竜種である牙竜を完全に服従化させた事を思い知り、改めて彼女の能力の厄介さを思い知らされる。
テンの養母であるネズミも魔物使いであるが、彼女によれば「アン」は自分とは比べ物にならない化物だと表現していた。その言葉に嘘はなく、彼女とアンでは能力に大きな差がある。
「驚かせて悪かったわね。貴方とは一度、ゆっくりと話がしたいと思っていたわ」
「話?いったいどうして……」
「覚えていないのも仕方がないけど、貴方と私は初めて会ったのは16年以上前よ」
「16年……!?」
ナイはアンの言葉を聞いて動揺を隠せず、一方でアンの方は16年前の出来事を思い出す。アンは赤ん坊のナイを抱きかかえた女性の死体を発見し、自分が見捨てれば赤子の命はないと思ったアンは仕方なく彼を連れ出す。
その後、アンは子供を別の場所に移動して山で狩猟をしていたアルを発見し、彼が赤子に気付くように細工した。結果から言えばアルとナイが出会えた切っ掛けを作ったのはアンという事になる。
(あの時の赤ん坊が随分と成長したわね……)
どうしてアンがナイの存在に気付いたのかと言うと、ナイがこの世界でも比較的に珍しい黒髪であった事、そして彼が「忌み子」と呼ばれる存在だと気付いていたからである。
――アンは「水晶石」と呼ばれる能力値を確認する魔道具を持っている。この魔道具を利用してアンは自分の能力の強化を行い、赤子を見つけた時に彼女はナイの能力値を調べて彼が「貧弱」という技能を所持している事を知った。
最初に貧弱の技能を確認した時、アンは彼が世間一般では「忌み子」と呼ばれる存在だと知り、誰かに拾われた所で碌な人生は送れないと確信した。しかし、わざわざ救った命を見捨てる事に彼女は躊躇し、結局は偶然居合わせたアルにナイを見つけさせて保護させた。
しかし、それから十数年後に王国に「貧弱の英雄」なる存在が誕生した時にアンは衝撃を受けた。噂に聞く英雄は「貧弱」の技能持ちでしかも黒髪の少年だと知り、あの時に自分が助けた赤子が英雄とまで人々に尊敬される存在に成長した事に彼女は驚く。
自分の救った子供が国の英雄として讃えられている事を知ったアンは戸惑う一方、少しだけ嬉しくもあった。彼と自分の境遇は似通っており、アンの場合も「翻訳」の技能のせいで幼少期から他の人間に不気味がられ、まるで「忌み子」のように扱われていた時期がある。
人間の屑みたいな父親に利用され、その父親を裏切って彼女は自由を得た。しかし、彼女の事を受け入れる人間に出会った事はなく、ナイと違ってアンは自分の事を助けてくれる人間と巡り合えなかった。
アンはナイと自分が鏡のような存在であり、片方は国の英雄、もう片方は史上最悪の犯罪者の娘、自分と同じような境遇なのにナイだけが明るい人生を送っている事にアンは嫉妬していた。
「貴方の噂を聞いた時から、私はずっと羨ましいと思っていた」
「羨ましい?」
「私と貴方は同じ境遇よ。実の親を失い、生まれ持った能力のせいで普通の人生を生きられる事ができない。それなのにどうして貴方は私と違うの?私と貴方の何が違うというの?」
「それは……」
アンはナイと対話を求めたのは彼に答えを聞くためであった。自分は普通の人間のように暮らす事もできないのに、何故自分と同じ境遇であるはずのナイは普通の人間以上の生活を送れるのか、彼女はそれを確かめるために牙竜に攻撃をさせるのを止めた。
彼女の話を聞いてナイはアンが自分と同じような立場の人間だと知った。しかし、彼女と自分に大きな違いがあるとすれば、それは自分の周りには助けてくれる人たちがいた事だと語る。
「確かに僕は忌み子として他の人間に距離を置かれていた。僕の一番の親友だって、最初の頃は忌み子の僕を気味悪がっていた」
「それはそうでそうでしょう。貴方は普通じゃないわ」
「そうかもしれない。だけど、爺ちゃんは見捨てなかった。忌み子の僕を大切にしてくれて、それで忌み子だからって生きるのを諦めないように色々と教えてくれたし、厳しく鍛えてくれた。そのお陰で僕は強くなれたし、他の人を守るぐらいの力を手に入れた」
「他の人間を……守る?」
「僕の人生が普通の人間とは違うのはこの「貧弱」の技能せいだった。だけど、この技能がなければ僕はここまで生きてこれなかった。今ならはっきりと言える、この技能は呪われてなんかいない!!この貧弱のお陰で僕は今日まで生き延びる事ができた!!この能力のお陰でたくさんの大切な人たちができた!!その人たちに助けられてきたからこそ僕は英雄と呼ばれるようになったんだ!!」
ナイの言葉にアンは目を見開き、彼女にとってはナイの言葉が到底信じられなかった。ナイの事はアンは自分と同じ立場の人間だと思っていたが、アンとナイの違いは彼女は自分のためだけに能力を使い、ナイは人のために能力を使ってきた事だった。
もしもアンが「翻訳」の技能を利用し、周りの人間を助けてきたのならば今の彼女とは違った人生を送れたのかもしれない。それこそナイのように「英雄」と呼ばれる存在になれた可能性だってある。しかし、今更そんな事を告げられても遅く、もうアンは引き返せない場所まで来ていた。
「……これ以上、貴方と話をしていても意味はなさそうね」
「アン、もう止めるんだ……ダイダラボッチを復活させても必ず使役できるとは限らない」
「それはどうかしらね、私はこれまでに一度だって狙った獲物は逃がした事はないわ……それに貧弱な貴方が国を救う英雄になれたのなら、私は国を亡ぼす悪魔にもなれるわ」
「っ……!!」
ナイはアンの説得は不可能だと察すると、背中に抱えていた旋斧と岩砕剣を両手で構える。それを見た牙竜はアンを守るために彼女の傍に移動すると、今度はアンも牙竜の行動を止めずに逆に命令を与える。
「もうこれ以上、貴方と話す理由はない……殺しなさい!!」
「グギャアアアアッ!!」
「うおおおおっ!!」
戦闘は避けられないと判断したナイは牙竜を相手に逃げる事はせず、旋斧と岩砕剣の刃を重ね合わせて攻撃を繰り出す。それを見た牙竜は前脚を振りかざし、鋭い爪を放つ。
牙竜の爪とナイの両手の大剣の刃が衝突した瞬間、激しい金属音と振動が地面に伝わる。ナイは後方へ吹き飛ばされ、牙竜は前脚が痺れて追撃が行えない。
(くぅっ……何て力だっ!?)
既にナイは強化術を発動させているが、自分の全力の攻撃を受けても牙竜は怯んだ程度であり、攻撃を受けた爪も少し欠けた程度だった。予想はしていたが単独で挑むにはあまりにも強大な存在だった。
それでもナイはアンを止めるために牙竜と戦うしかなく、この戦闘に勝利しなければアンは牙竜を利用してダイダラボッチの封印を解く。そうなれば本当に王国が滅びかねない。
「うおおおおっ!!」
「グアアアアアッ!!」
王国を守るためにナイは全力で挑み、牙竜もナイに対して全力で挑む。貧弱の英雄と300年以上も生きた獣の王の戦いが始まった――
「……やっぱり、尾行していたのね」
「グギャッ……!?」
ナイが姿を現すとアンは驚いた様子もなく振り返り、地面を掘っていた牙竜は顔を上げる。どうやらナイが尾行していた事をアンは気付いていたようだが、牙竜の方はナイの存在を感知していなかったらしい。
シノビに渡された臭い消しの香草のお陰でナイは牙竜に気付かれる事はなかったが、アンの方は尾行されている事に薄々と気付いていた。彼女は自分を追いかける白狼種《ビャク》の気配を感じ取り、それを知っていながら敢えて何も対処しなかった。
「誰かが追いかけてくるとしたら、貴方と狼ちゃんだと思っていたわ」
「……何をするつもりだ」
「見ての通りよ……この地に眠る緑の巨人を復活させる」
「止めろっ!!」
「グゥウウウッ……!!」
アンの言葉にナイは武器に手を伸ばすが、それを見た牙竜は唸り声を上げて彼に襲い掛かろうとした。しかし、その牙竜を行動を止めたのはアンだった。
「止めなさい」
「グギャッ……!?」
「私の命令が聞けないのかしら?」
牙竜がナイに襲い掛かろうとした瞬間、アンが言葉を口にした途端に牙竜は苦し気な表情を浮かべる。額に浮かんだ「契約紋」が光り輝き、牙竜はその場で倒れ込む。
(牙竜を……止めた?これが魔物使いの能力なのか)
契約紋を刻まれた魔物は主人の言う事に逆らえず、それが竜種であろうと例外ではない。アンの命令に逆らおうとした牙竜は全身が麻痺したように動けない。
「下がりなさい」
「グギャアッ……!?」
「言う事を聞けない子はいらないわ」
もう一度アンが命令を与えると牙竜の身体は自由に動けるようになり、即座にその場を下がった。その光景を見ていたナイはアンが竜種である牙竜を完全に服従化させた事を思い知り、改めて彼女の能力の厄介さを思い知らされる。
テンの養母であるネズミも魔物使いであるが、彼女によれば「アン」は自分とは比べ物にならない化物だと表現していた。その言葉に嘘はなく、彼女とアンでは能力に大きな差がある。
「驚かせて悪かったわね。貴方とは一度、ゆっくりと話がしたいと思っていたわ」
「話?いったいどうして……」
「覚えていないのも仕方がないけど、貴方と私は初めて会ったのは16年以上前よ」
「16年……!?」
ナイはアンの言葉を聞いて動揺を隠せず、一方でアンの方は16年前の出来事を思い出す。アンは赤ん坊のナイを抱きかかえた女性の死体を発見し、自分が見捨てれば赤子の命はないと思ったアンは仕方なく彼を連れ出す。
その後、アンは子供を別の場所に移動して山で狩猟をしていたアルを発見し、彼が赤子に気付くように細工した。結果から言えばアルとナイが出会えた切っ掛けを作ったのはアンという事になる。
(あの時の赤ん坊が随分と成長したわね……)
どうしてアンがナイの存在に気付いたのかと言うと、ナイがこの世界でも比較的に珍しい黒髪であった事、そして彼が「忌み子」と呼ばれる存在だと気付いていたからである。
――アンは「水晶石」と呼ばれる能力値を確認する魔道具を持っている。この魔道具を利用してアンは自分の能力の強化を行い、赤子を見つけた時に彼女はナイの能力値を調べて彼が「貧弱」という技能を所持している事を知った。
最初に貧弱の技能を確認した時、アンは彼が世間一般では「忌み子」と呼ばれる存在だと知り、誰かに拾われた所で碌な人生は送れないと確信した。しかし、わざわざ救った命を見捨てる事に彼女は躊躇し、結局は偶然居合わせたアルにナイを見つけさせて保護させた。
しかし、それから十数年後に王国に「貧弱の英雄」なる存在が誕生した時にアンは衝撃を受けた。噂に聞く英雄は「貧弱」の技能持ちでしかも黒髪の少年だと知り、あの時に自分が助けた赤子が英雄とまで人々に尊敬される存在に成長した事に彼女は驚く。
自分の救った子供が国の英雄として讃えられている事を知ったアンは戸惑う一方、少しだけ嬉しくもあった。彼と自分の境遇は似通っており、アンの場合も「翻訳」の技能のせいで幼少期から他の人間に不気味がられ、まるで「忌み子」のように扱われていた時期がある。
人間の屑みたいな父親に利用され、その父親を裏切って彼女は自由を得た。しかし、彼女の事を受け入れる人間に出会った事はなく、ナイと違ってアンは自分の事を助けてくれる人間と巡り合えなかった。
アンはナイと自分が鏡のような存在であり、片方は国の英雄、もう片方は史上最悪の犯罪者の娘、自分と同じような境遇なのにナイだけが明るい人生を送っている事にアンは嫉妬していた。
「貴方の噂を聞いた時から、私はずっと羨ましいと思っていた」
「羨ましい?」
「私と貴方は同じ境遇よ。実の親を失い、生まれ持った能力のせいで普通の人生を生きられる事ができない。それなのにどうして貴方は私と違うの?私と貴方の何が違うというの?」
「それは……」
アンはナイと対話を求めたのは彼に答えを聞くためであった。自分は普通の人間のように暮らす事もできないのに、何故自分と同じ境遇であるはずのナイは普通の人間以上の生活を送れるのか、彼女はそれを確かめるために牙竜に攻撃をさせるのを止めた。
彼女の話を聞いてナイはアンが自分と同じような立場の人間だと知った。しかし、彼女と自分に大きな違いがあるとすれば、それは自分の周りには助けてくれる人たちがいた事だと語る。
「確かに僕は忌み子として他の人間に距離を置かれていた。僕の一番の親友だって、最初の頃は忌み子の僕を気味悪がっていた」
「それはそうでそうでしょう。貴方は普通じゃないわ」
「そうかもしれない。だけど、爺ちゃんは見捨てなかった。忌み子の僕を大切にしてくれて、それで忌み子だからって生きるのを諦めないように色々と教えてくれたし、厳しく鍛えてくれた。そのお陰で僕は強くなれたし、他の人を守るぐらいの力を手に入れた」
「他の人間を……守る?」
「僕の人生が普通の人間とは違うのはこの「貧弱」の技能せいだった。だけど、この技能がなければ僕はここまで生きてこれなかった。今ならはっきりと言える、この技能は呪われてなんかいない!!この貧弱のお陰で僕は今日まで生き延びる事ができた!!この能力のお陰でたくさんの大切な人たちができた!!その人たちに助けられてきたからこそ僕は英雄と呼ばれるようになったんだ!!」
ナイの言葉にアンは目を見開き、彼女にとってはナイの言葉が到底信じられなかった。ナイの事はアンは自分と同じ立場の人間だと思っていたが、アンとナイの違いは彼女は自分のためだけに能力を使い、ナイは人のために能力を使ってきた事だった。
もしもアンが「翻訳」の技能を利用し、周りの人間を助けてきたのならば今の彼女とは違った人生を送れたのかもしれない。それこそナイのように「英雄」と呼ばれる存在になれた可能性だってある。しかし、今更そんな事を告げられても遅く、もうアンは引き返せない場所まで来ていた。
「……これ以上、貴方と話をしていても意味はなさそうね」
「アン、もう止めるんだ……ダイダラボッチを復活させても必ず使役できるとは限らない」
「それはどうかしらね、私はこれまでに一度だって狙った獲物は逃がした事はないわ……それに貧弱な貴方が国を救う英雄になれたのなら、私は国を亡ぼす悪魔にもなれるわ」
「っ……!!」
ナイはアンの説得は不可能だと察すると、背中に抱えていた旋斧と岩砕剣を両手で構える。それを見た牙竜はアンを守るために彼女の傍に移動すると、今度はアンも牙竜の行動を止めずに逆に命令を与える。
「もうこれ以上、貴方と話す理由はない……殺しなさい!!」
「グギャアアアアッ!!」
「うおおおおっ!!」
戦闘は避けられないと判断したナイは牙竜を相手に逃げる事はせず、旋斧と岩砕剣の刃を重ね合わせて攻撃を繰り出す。それを見た牙竜は前脚を振りかざし、鋭い爪を放つ。
牙竜の爪とナイの両手の大剣の刃が衝突した瞬間、激しい金属音と振動が地面に伝わる。ナイは後方へ吹き飛ばされ、牙竜は前脚が痺れて追撃が行えない。
(くぅっ……何て力だっ!?)
既にナイは強化術を発動させているが、自分の全力の攻撃を受けても牙竜は怯んだ程度であり、攻撃を受けた爪も少し欠けた程度だった。予想はしていたが単独で挑むにはあまりにも強大な存在だった。
それでもナイはアンを止めるために牙竜と戦うしかなく、この戦闘に勝利しなければアンは牙竜を利用してダイダラボッチの封印を解く。そうなれば本当に王国が滅びかねない。
「うおおおおっ!!」
「グアアアアアッ!!」
王国を守るためにナイは全力で挑み、牙竜もナイに対して全力で挑む。貧弱の英雄と300年以上も生きた獣の王の戦いが始まった――
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