貧弱の英雄

カタナヅキ

文字の大きさ
上 下
1,070 / 1,110
最終章

第1050話 行先

しおりを挟む
「――クゥ~ンッ」
「うわっ……モモ、くすぐったいよ」
「ウォンッ(誰がモモやねん)」
「って、ビャクか……モモのわけないよね」


ビャクに顔を舐められてナイは目を覚ますと、すぐに身体を起き上げて牙竜とアンの様子を伺う。まだ夜明け前らしく、牙竜もアンも休んでいる様子だった。

今ならば不意打ちもできるだろうが、最初の一撃で確実に仕留めなければ勝ち目はない。せめて仲間が他にいれば話は別だが、他の者たちが簡単に追いつく可能性は低い。


(本当に眠っていたのか……)


ナイはアンに視線を向け、彼女が実は自分達に気付いていて敢えて尾行させているのはでないかと考えたが、それならばナイが眠っている間に何らかの行動を移すはずである。


(そういえばアンは他の魔物を従えているのかな?確か、森の中に罠を仕掛けたのはアンの魔物だと言っていたけど……)


討伐隊の合流が遅れたのはアンが事前に森の中に送り込んだ魔獣が罠を仕掛け、そのせいで討伐隊の進行が遅れた。その話を聞いたナイは実は今もアンに服従する魔物が近くにいて潜み、自分達を監視しているのではないかと思ったが、相変わらず周囲に気配は感じない。

牙竜という存在のせいで森の中にも関わらず、動物、魔物、昆虫すらも牙竜という存在に恐れを為して近付かない。牙竜も自分を襲う存在が居ないと確信しているからこそ熟睡しているのかもしれない。


(今の所、動く様子はないな……こっちも身体を休めておくかな)


仮に眠っている間に牙竜に見つかると厄介な事態に陥るが、ナイ達は見つからないと判断した距離で身体を休めており、仮に見つかったとしても逃げ切れる自信はあった。

どうやら牙竜は森の中を移動する事は苦手らしく、道中で進行方向に存在する樹木を薙ぎ倒して進んでいた。牙竜が樹木を破壊して移動するのは森の中の移動に慣れていない事を意味しており、そもそも牙山は岩山で樹木の類は生えていない。


(森の中ならビャクの方が速く動けるはずだ)


平地ならば牙竜の移動速度に勝る魔獣はいないかもしれないが、障害物の多い森や山の中ならば白狼種のビャクの方が勝る。それを確信したからこそナイは相棒を信じて今のうちに身体を休めておく。


「ビャクも今のうちに眠っておいた方がいいよ。大丈夫、何かあったらすぐに起こすから」
「ウォンッ……」


ナイの言葉にビャクは頷き、彼が眠るまでの間はナイはビャクの傍にいる。ビャクが寝息を立てるとナイは牙竜とアンの様子を伺う。

頬を叩いて眠気を吹き飛ばすとナイは牙竜とアンの見張りを続行し、どちらも不審な行動を取っていないのか常に注意しておく。しかし、結局は何事も起きないまま深夜を迎えようとした――





――時刻が深夜を迎えた頃、ナイの目印を追って他の討伐隊の者達も追跡を行っていた。指揮を執っているのは大将軍のロランであり、黄金冒険者達の姿もあった。


「おい、こっちに目印があったぞ!!」
「こっちも見つけたでござる!!」
「ここもだ」


目印を発見したガオウが声をかけると、彼よりも先に歩いていたクノが声をかけ、更に彼女よりも前に進んでいたシノビが目印を発見した。


「やれやれ、坊主は何処まで行ったんだ?全然姿が見えねえな……」
『罠の可能性はないのか?実は他の奴が残した目印だったりとか……』
「いや、ナイが無抵抗で捕まったり、殺されるとは思えん。仮に見つかっていたとしても戦闘の痕跡ぐらいは残っているはずだ」
「それもそうですわね」


ロランの言葉にドリスも頷き、あのナイが簡単に敗れるとは思えない。しかし、相手が相手なだけに追跡を行う討伐隊もナイの身を案じる。


「ナイ君、大丈夫かな……無事だといいんだけど」
「心配しなくても大丈夫ですよ。ナイさんならばきっと大丈夫です」
「フィル、お前としては坊主が居なくなった方が都合がいいんじゃないのか?嬢ちゃんの恋人が居なくなるからな」
「ふ、ふざけるな!!僕はナイさんの事も尊敬しているんだ!!」
「はあっ……騒がしいぞ、敵に気付かれたらどうする?」


ガオウの軽口にフィルが本気で怒るが、そんな彼等を見てロランはため息を吐きながら注意する。ここは敵地だと考えた方が良く、常に警戒心を抱くように心がける。


「シノビ、ここは何処か分かるか??」
「ムサシ地方の端の方です……ここから少し進んだら王国のイチノ地方に入ります」
「イチノ?そうか、もうそんなところまできたのか」
「そういえばイチノはナイ君の故郷だって聞いてたけど……」


シノビによれば既にムサシ地方の外れにまで移動していたらしく、ここから先はイチノ地方へ移動する事になる。イチノと聞いてリーナはナイの故郷だと思い出す。

正確に言えばナイの出身はイチノ地方の端の方にある山村であり、彼はムサシノとイチ地方の境目でドルトンに拾われた。そして彼の故郷へ向けてアンは移動している事にシノビは疑問を抱く。


「兄者、アンの行き先はイチノ地方では?」
「そうかもしれん……しかし、解せんな」
「どういう意味だ?」
「このままイチノへ向かう理由が分からない。我々に逃げるならば他国へ向かう方が有利だ。それならばイチノではなく、南下して巨人国の領地へ向かうはずだ」
「……確かに気になるな」


シノビの言葉にロランは頷き、アンの目的が逃げる事ならばイチノではなく、巨人国に国外逃亡するのが確実だった。他国まで逃げられてはいくら王国と巨人国が同盟国と言えども討伐隊は他国まで追いかける事はできない。

アンの目的が国外逃亡ではない場合、彼女はこの国に留まるつもりだと考えるのが妥当だろう。しかし、残った所でアンの正体は既に知られており、指名手配されて平穏な生活を過ごす事はできない。ましてや牙竜という目立ち過ぎる存在を引き連れている以上、アンに平穏な時は過ごせない。


「奴の目的は何だ?」
「そういえば女王になるとかどうとか言ってましたが……」
「有り得ん、この国を受け継げるのは王族のみ……奴が牙竜を従えて国に反旗を翻そうとしてもどうしようもできん」


いくらアンが牙竜を従えて王国に反乱を企てたとしても、王国軍には牙竜は到底敵わない。確かに牙竜は竜種で恐ろしい存在だが、それでも王国軍が万全の状態ならば決して倒せない敵ではない。

先ほどの戦闘でも討伐隊の合流がもう少し早く到着していれば牙竜を始末できた。それどころかアンがナイの妨害を行わなければ、今頃はナイが牙竜の首を切り落としていただろう。仮にアンが牙竜以外の魔物を従えようとしても、これまでのように強力な魔物は従える事はできないはずだった。

アンは牙竜を従えるために黒蟷螂とブラックゴーレムという強力な手駒を捨てており、その事を自白していた。そこから考えるにアンは従えさせる魔物の数には限度があり、力が大きい魔物を従えるほどに他の魔物を従えさせるのは難しいのだろう。


(アンが仮に王国へ反乱を企てているとしても牙竜一匹だけではどうしようもできん……だが、なんだこの胸騒ぎは?)


ロランはアンが本当に王国を乗っ取るつもりなのかと考え、そんな事はできはしないと思い直す。しかし、どうにも嫌な予感が拭えない。自分は何か大切な事を見落としているのではないかと思い、他の者に意見を尋ねる。


「アンが何故イチノへ向かったのか……他に気になる者はいるか?」
「う~ん……イチノに他の仲間が隠れているとか?」
「仲間か……そうだ!!もしかして俺達を誘導して実は牙山に隠されている妖刀を取りに向かう仲間がいるとか……」
「それならば大丈夫ですわ。牙山の方にはリンさんの部隊に任せていますもの」


牙山に封じられた和国の妖刀の確保はリンの銀狼騎士団に任せ、仮にアンに仲間がいて彼女が討伐隊を誘き寄せている間に回収しようとしても、銀狼騎士団が見張っている限りは安全なはずだった。

現在の牙山は銀狼騎士団が出向いて妖刀の確保を行い、聖女騎士団も協力している。だからこそ妖刀が奪われる恐れはないが、ロランはどうしてもアンがイチノへ向かう理由が気になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...