貧弱の英雄

カタナヅキ

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最終章

第1032話 エルマの矢

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(まずい……これ以上に深く刺されるとマジで死ぬかもしれないね)


腹部に鎌が突き刺さったテンは苦痛の表情を浮かべながらも、意識が飛びそうになるが、気合で堪えてこの状況を打開する方法を考える。

鎌はテンの腹部に突き刺さったが、思っていたよりも傷は浅い。しかし、これ以上に押し込まれれば内臓が傷つき、下手をしたら死んでしまう。


(早くこいつを抜かないと……!!)


攻撃を受けた時にテンは強化術を解除してしまい、彼女は自力で身体を動かそうとするが上手く動けない。黒蟷螂の鎌は普通の剣とは違い、本物の鎌のように曲線のように曲がっているで一度突き刺さると上手く抜けない。


(まずい、このままだと本当に死ぬ……誰か、手を貸しな!!)


声を上げる事もできないテンだったが、彼女は必死に目配せするとここでルナが気づき、彼女はテンが助けを求めている事に気付くと、思いがけない行動を取る。


「テン!!」
「ぐはぁっ!?」
「キィイッ!?」


テンに目掛けてルナは突っ込み、無理やりに彼女の身体から鎌を引き抜く。刃が引き抜かれるとテンの腹部から血が迸り、一方で黒蟷螂の方は獲物を仕留めきれなかった事を知ると再び二人に襲い掛かろうとした。


「キィイッ!!」
「まずい、行かせるな!!」
「私達も戦うんだ!!」
「御二人には近づけさせないっす!!」


黒蟷螂に対してエリナ達も動き出し、彼女達が邪魔をしてくれたお陰で黒蟷螂の注意はテンとルナから離れる。他の女騎士達が黒蟷螂を相手をしている間、テンは傷を受けた箇所に手を押し当てて止血し、どうにか再生術で身体を直そうとする。

先ほどの強化術の発動でテンは大分魔力を消耗したが、ここで治療しなければ死ぬのは目に見えており、どうにか残された魔力を消費して再生術を発動させる。他の者たちも手持ちの回復薬を取り出してテンの治療を行おうとした。


「テン!!すぐに治すからな!!」
「や、止めな……あたしは平気だよ、こんな所で回復薬を無駄にするんじゃない……」
「何を言ってるんだ!!本当に死ぬぞ!?」
「いいからいう事を聞きな……こうなった以上、あたしはもう戦えない」


ルナが回復薬を使用しようとするのを止め、テンは憎々し気に黒蟷螂に視線を向けた。黒蟷螂は女騎士達を相手に鎌を振るい、その攻撃に対して女騎士達は苦戦を強いられていた。


「キィイイイッ!!」
「うわぁっ!?け、剣が……」
「皆さん、離れてください!!そうしないと矢を撃ちこめないっす!!」
「そ、そう言われても……わあっ!?」


黒蟷螂は四つの鎌を振り回して女騎士達の武器や防具を破壊し、迂闊に近づく事もできなかった。エリナも人が集まっている中では矢で攻撃する事も難しく、そもそも矢を放ったとしても黒蟷螂の反射神経ならば回避や防御は容易い。

自分でもどうしようもない黒蟷螂を、他の女騎士がどうにかできるはずがないとテンは判断し、このままでは船に乗っている者達は全滅してしまう。それを避けるためにテンは必死に頭を巡らせ、この状況を打破する方法を考えていると、不意に声が聞こえてきた。


「テン……」
「アリシア!?あんた、まだ意識が……」
「奴が……レイラを殺した相手です」
「……何だって?」


何時の間にかテンの元にアリシアが赴き、彼女は斬られた腕を抑えながらも黒蟷螂に視線を向け、冷や汗を流しながらもテンに告げた。


「貴女が刺された傷口……前にも見た事があります。レイラも貴女と同じ傷を受けて死んでいました」
「まさか……」
「ええ、恐らく奴は魔物使いに使役されている魔物……そしてレイラを殺した犯人です」
「あいつが!?」
「何だと……では、奴がっ!!」


遂にレイラを殺害した犯人を見つけたルナとランファンは憤怒の表情を浮かべ、テンも反射的に立ち上がろうとしたが腹部に痛みが走って上手く立てない。


「く、くそっ……あの蟷螂がレイラを殺した奴だっていうのかい!?」
「ええ、間違いありません」
「くそったれが!!」


レイラを殺した犯人を見つけられたというのにテンはまともに身体が言う事を聞かず、他の者たちも悔し気な表情を浮かべる。悔しい事に黒蟷螂は彼女達では太刀打ちできず、このままでは聖女騎士団が全滅してしまう。

ここに魔法の使い手がいれば良かったのだが、生憎と聖女騎士団の中で魔法を使える人間は数人しかおらず、その中の誰も黒蟷螂を確実に倒せる魔法を覚えている者はいない。ここにマリンやマホがいれば黒蟷螂を倒せたかもしれないが、生憎とマホは王都で療養中、マリンは隠れ里に向かった。


(こんな時にあいつがいれば……!!)


テンは頭の中にエルマが思いつき、彼女の魔弓術ならば黒蟷螂に対抗で来たはずだった。しかし、エルマは意識を失ったマホから離れる事はできず、彼女は今回の討伐隊には参加していない。


「テン、どうすればいいんだ!?」
「教えてくれ、奴を倒す方法を……」
「テン……」
「くそっ……くそぉっ!!」


ルナたちに指示を仰がれてテンは悔し気な表情を浮かべて悪態を吐く事しかできず、彼女はやはり自分には「団長」など向いていないと思った。追い詰められた状況で冷静な判断など彼女には出来ず、ここで王妃の顔を思い出す。


(王妃様……やっぱりあたしに団長なんて無理だったんだ。あんたの代わりになんて私には……!!)


王妃の顔を思い浮かんだ途端にテンは弱気になり、レイラの仇を目の前にしたというのにどうすればいいのか分からない。そんな彼女の様子に他の者たちも気づき、不安そうな表情を浮かべる。


「ちくしょう!!ここに……!!」
「エルマさん?今、エルマさんの事を言いました!?」
「……エリナ?」


テンがエルマの名前を告げると、何故かエリナが反応してテンの元に向かう。彼女の行動にテン達は驚いていると、エリナは背中の矢筒から数本の矢を取り出す。


「出発前にエルマさんからこれを貰ったんです!!」
「こいつは……エルマの矢かい?」
「はい!!これを使えば私もエルマさんのように矢を撃つ事ができると思います!!」
「なんだって!?」


エリナが取り出したのはエルマが制作した特殊な矢であり、これを利用すれば彼女もエルマのように「魔弓術」を扱える事を話す。



――討伐隊が出発する前、実を言えばエルマも見送りに訪れていた。彼女も悩んだ末に今回の討伐隊には参加できず、王都に残ってマホを守る事を決めた。



しかし、レイラはエルマにとっても大切な友人であり、彼女の仇を討ちたい気持ちもあった。そこでエルマは討伐隊が出発するまでの間、エリナに自分の魔弓術の基礎と矢を与える。


『これを持って行きなさい、エリナ』
『えっ!?でもこの弓と矢はエルマさんの……?』
『私の力が必要だと思った時、それを使いなさい』


エルマからエリナは彼女の弓と矢を授かり、万が一にも聖女騎士団がエルマの力が必要な状況に追い込まれた時、エリナがエルマの代わりとして役目を果たすように頼まれていた。


「エルマさんの力が必要なら教えてください!!あたしが代わりにエルマさんの分まで頑張ります!!」
「あんた……撃てるのかい?」
「大丈夫です!!私もみっちりエルマさんに鍛えられましたから!!」


エリナの言葉にテンは顔色を変え、仮にエリナがエルマの魔弓術を再現できるのであれば黒蟷螂を倒せるかもしれない。テンはエルマが自分にも内緒でエリナに鍛えていた事を知り、悔しそうな表情を浮かべる。


「あの馬鹿……あたしに黙っていたなんて、本当に……最高の相棒だよ」
「テン?」
「よし、落ち込んでいる場合じゃないね!!エリナ、しっかりとあたしの言う事を聞きな!!」
「は、はい!!」


テンはエルマの気持ちを理解して意識を一変させ、今は泣き言を言っている場合ではないと彼女は立ち上がる。テンが心を持ち直した事で他の者たちも希望を抱き、改めて黒蟷螂に戦う意思を宿す。

黒蟷螂は女騎士達を相手に鎌を振りかざし、まだテン達の様子には気づいていない。このまま戦闘を続ければ女騎士達が被害を受けるのも時間の問題だが、テンは冷静に黒蟷螂の様子を伺う。


(あいつと戦うのに一番厄介なのは鎌じゃない……あの目だね、あの目のせいで私達の行動は常に見られている)


昆虫種との戦闘で最も厄介なのは虫の「複眼」であり、この複眼のせいで昆虫種は人間よりも遥かに広い視野を持つ。そのせいで死角から攻撃する事ができず、どんな攻撃にも対応されてしまう。


(せめて片目だけでも封じる事ができれば勝利はある……奴の目を封じればあたし達の勝ちだ)


テンは作戦を考えるとエリナに指示を与え、彼女にしっかりと狙いを外さないように注意する。


「いいかい、あたしの言った通りに撃ち込むんだよ。もしも狙いを外せばあんたの給料を減らすよ!!」
「うへぇっ……が、頑張ります!!」
「その代わりにもしも当てる事ができれば今月の給料は倍出す!!だから頑張りな!!」
「やった!!頑張ります!!」


エリナに弓を構えさせるとテンはまずは黒蟷螂の反応速度を伺うため、彼女に矢を放たせる。魔弓術が扱えるのであれば矢の軌道を変化させる事ができるため、いくら人が集まっていようと関係なく撃ち込める。


「よし、今だ!!」
「てやぁっ!!」
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
「な、なに!?」


エリナが矢を撃ち込むと、放たれた矢は軌道を変化させて黒蟷螂を取り囲んでいた女騎士達を避け、黒蟷螂の左目に目掛けて向かう。それを目視した黒蟷螂は鎌を振りかざして矢を切り裂く。


「キィイッ!?」
「ちっ、この程度じゃ駄目かい……どんどん撃ちな!!」
「はいっ!!」


予想通り、不意打ちであろうと黒蟷螂は視界に捉えた矢を見逃すはずがなく、エリナの矢は鎌で破壊されてしまった。それでも構わずにエリナは矢を撃ち続け、今度は別の角度から同時に二つの矢が迫る。
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