貧弱の英雄

カタナヅキ

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最終章

第1031話 黒蟷螂

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「うおらぁっ!!」


テンは食料が積まれた木箱を黒蟷螂に投げつけると、黒蟷螂は刃物のように鋭い漆黒の鎌を振りかざす。


「キィイッ!!」
「うおっ!?」
「な、なんて切れ味だ!?」


黒蟷螂はテンが投げつけた木箱を空中にて真っ二つに切り裂くと、それを見たテン達は動揺を隠せない。黒蟷螂の鎌の切れ味は金属製の刃に匹敵し、空中にて真っ二つにされた木箱から食料が飛び出す。

空中に散らばった食料を見て黒蟷螂は両手の鎌を動かすと、今度は切り裂くのではなく、刃に突き刺して自分の口元に運び込む。空中に浮かんだ食料を器用に鎌に差して自分の餌とする黒蟷螂を見てテン達は戦慄する。


「ギチギチギチッ……!!」
「き、気味が悪いぞこいつ!!」
「油断するんじゃないよ!!あの鎌には気を付けな!!」
「何事っすか!?」
「敵襲か!!」


甲板にテン以外の騎士達も集まり、彼女達は空中に浮かぶ黒蟷螂を見て驚愕した。黒蟷螂は甲板に聖女騎士団の団員が集まるのを見届けると、自ら甲板へ降りる。

自分に有利な空中ではなく、自ら甲板に降りて来た黒蟷螂の行動にテン達は冷や汗を流し、この時に全員が武器を構えて黒蟷螂を取り囲む。黒蟷螂は鎌に刺さった食料を全て喰らいつくすと、驚くべき行動を取る。


「キィイイイッ!!」
「なっ!?」
「うわぁっ!?」
「こ、これは……!?」


奇声を上げた途端に黒蟷螂の身体に新しい腕が出現し、合計で四つの鎌(腕)が出現した。通常種の蟷螂型の昆虫種は普通の蟷螂と同じ様に二つの鎌しか持ち合わせていないが、黒蟷螂は四つの鎌を生やしていた。


「何だいこいつは!?」
「気を付けてください!!ただの昆虫種ではありません……もしかしたら例の魔物使いが使役しているのかも!!」
「魔物使い!?レイラを殺した奴の手下か!!」
「ルナ、無暗に突っ込むな!!」


アリシアの言葉を聞いてルナは怒りを露わにして戦斧を振りかざし、黒蟷螂に対して攻撃を仕掛けようとした。しかし、黒蟷螂はルナの攻撃に対して二つの鎌を重ね合わせて刃を防ぐ。


「キィイッ!!」
「くぅっ!?こ、こいつ……!!」
「ルナの馬鹿力でも切れない!?」
「なんて硬さだ……!!」


聖女騎士団一の腕力を誇るルナの攻撃さえも黒蟷螂は防ぎ切り、鎌の方も刃毀れ一つない。それどころか黒蟷螂は防御に使用していない鎌を伸ばして反撃を繰り出す。


「キィイッ!!」
「うわぁっ!?」
「馬鹿、何してんだい!!」
「くぅっ!?」


ルナに向かってきた別の鎌に対して咄嗟にテンとアリシアが鎌を防ぐ。しかし、テンの退魔刀は鎌を弾く事はできたが、アリシアが所有するミスリル製のレイピアは攻撃を受けた際に砕けてしまう。


「そんなっ!?私の剣が……」
「アリシア、危ない!!」
「えっ……あぐぅっ!?」
「アリシア!?」


自分の武器を破壊されて取り乱したアリシアに対し、再び黒蟷螂は鎌を放つ。今度は受ける事ができずにアリシアは右腕を斬りつけられ、彼女の腕が飛ぶ。

アリシアの右腕が切り裂かれた光景を見て全員が呆気に取られ、アリシアが甲板に倒れ込むと彼女は斬りつけられた腕を抑えて悲鳴を上げる。


「あああああっ!?」
「ア、アリシア!?そ、そんな馬鹿な!!」
「おい、早く腕を繋げて回復薬を注ぎな!!まだ間に合うかもしれない!!」
「え、あっ……は、はい!!」


負傷したアリシアの元にランファンが駆けつけ、テンが彼女の斬られた腕を指差して指示を出す。慌ててエリナが斬られた腕を回収し、震えながらも切られた箇所に押し込んで回復薬を注ぐ。


「ギチギチギチッ……!!」
「こ、こいつ……よくもアリシアを!!」
「ぶっ殺してやる!!」
「待て、落ち着け!!冷静になるんだ!!」


ルナとテンはアリシアを傷つけられて怒りを抱き、彼女達は黒蟷螂に対して攻撃を仕掛ける。アリシアを抱えていたランファンは二人に落ち着くように告げるが、そんな 二人の攻撃に対して黒蟷螂は四つの鎌を利用して二人の攻撃を受ける。


「キィイイイッ!!」
「うわっ!?」
「こいつっ!?」
「そ、そんな……ルナさんとテンさんの攻撃まで防いだ!?」
「なんて力だ……こいつの力は巨人族並か!?」


黒蟷螂は左右から攻撃を仕掛けてきた二人に対して鎌を器用に重ね合わせて攻撃を防ぎ、軽く弾き返した。魔法金属並の鎌の切れ味に、テンとルナの攻撃を同時に受けて弾き返せる程の膂力を誇る黒蟷螂に誰もが動揺を隠せない。

攻撃を弾かれた二人は慌てて体勢を立て直し、再度攻撃を仕掛けようとした。しかし、その前に黒蟷螂は身体を回転させるように動かすと、四つの鎌を振り回しながら移動を行う。


「キィイイイイッ!!」
「うわぁっ!?」
「危ない!?」
「くそっ、こいつ……!!」


自分の身体を回転させて鎌を無茶苦茶に振り回す黒蟷螂に対し、甲板に居た人間は避ける事しかできず、下手に近付けば切り刻まれてしまう。まるでコマの如く回転しながら移動を行う黒蟷螂にテンは焦りを抱き、彼女はどのように対処するのかを考える。


(こいつの鎌の硬さは尋常じゃない……ミスリル製の武器を破壊するなんてどうなってるんだい!?)


黒蟷螂の鎌はミスリル程度の魔法金属の武器ではどうしようもできず、魔剣などの武器でなければ対抗すらできない。しかし、鎌以外の箇所ならば攻撃が通じる可能性もあり、テンはどうにかして黒蟷螂の鎌を避けて本体に攻撃を与える方法を考えた。

通常種の昆虫種よりも黒蟷螂が厄介なのは腕が四つもある事であり、攻撃を与えるにしても四つの鎌をどうにかしなければならない。テンはここで自分達の数の利を生かし、黒蟷螂が次に動きを止めた時に誰か四人に攻撃を仕掛けさせ、同時に四つの鎌を封じている間にテンが本体を仕留める作戦を思いつく。


「ランファン、アリシアの様子はどうだい!?」
「大丈夫だ、腕も繋がった!!だが、意識が……」
「それなら他の奴に任せな!!あんたも手伝いな、ルナもだよ!!」
「で、でも……こいつ、鎌で防ぐぞ!?」
「いいから聞きな!!こいつの鎌を抑えるだけでいいんだ!!馬鹿力のあんた等なら二人分の働きはできるだろう!!」


テンは聖女騎士団の中でも自分と同じく「腕力」に特化したランファンとルナに声をかけ、この二人ならば攻撃を仕掛ければ二人分の働きはできる。先ほどのように黒蟷螂は間違いなく、鎌同士を重ね合わせて攻撃を防ぐはずだった。

ランファンとアリシアが黒蟷螂の鎌を抑えている間にテンが止めを刺す。彼女は退魔刀を握りしめ、身体に負担は掛かるが強化術を発動させる準備を行う。


「あたしが一撃で仕留めてやる!!だからあんた達は何としてもそいつを抑えな!!」
「ああ、分かった!!」
「よし、やるぞ!!」


ルナとランファンはテンを信じて黒蟷螂の左右に移動すると、ここで回転していた黒蟷螂は動きを止め、自分を挟み込む形となったルナとランファンに視線を向ける。昆虫種は複眼なために人間よりも視野が広く、そのせいで黒蟷螂は全く頭を動かさずにルナとランファンの位置を掴む。


(こいつ、二人の様子まで完全に捉えているのかい!?くそっ……それでもやるしかないんだ!!)


目配せだけでテンはルナとランファンに合図を送り、同時に攻撃を行う機会を伺う。あまりの緊張感に周囲で見守っている女騎士達も冷や汗を流す。



(――今だ!!)



テンが合図するとルナとランファンは同時に動き出し、左右から棍棒と戦斧を振り下ろす。この二人の武器は頑丈な素材で構成されているため、簡単に破壊される事はない。黒蟷螂は左右から迫ったルナとランファンに大して鎌を重ね合わせて防御の態勢を取る。


「おりゃあああっ!!」
「ふんっ!!」
「キィイッ!?」


先ほどのように左右から攻撃された黒蟷螂は四つの鎌を重ねて攻撃を防ぎ、全ての腕を塞がれた。それを見たテンは強化術を発動させ、限界まで肉体を強化させて突っ込む。


「うおおおおっ!!」
「キィッ……!?」


テンは強化術で身体能力を上昇させて突っ込み、黒蟷螂を確実に倒すために退魔刀を振りかざす。狙うのは頭部であり、全力で大剣を振り下ろそうとした。



――しかし、彼女の振り下ろした退魔刀が頭部に衝突する前に黒蟷螂は身体を回転させ、ルナとランファンの武器を受け流す。この行為のせいでルナとランファンの体勢は崩れてしまい、自由を取り戻した黒蟷螂はテンに狙いを定める。



黒蟷螂の行為を見てテンは罠に嵌められたと知り、彼女は攻撃を中断しようとしたが、既に身体は大剣を振り下ろす行為を止める事ができなかった。黒蟷螂は二つの鎌を重ね合わせてテンの退魔刀を受けると、もう二つの鎌を伸ばしてテンの胴体を貫こうとした。


「キィイイッ!!」
「がはぁあああっ!?」
「テ、テンッ!?」
「そんなっ……」



テンの攻撃を受け止めた黒蟷螂は彼女の腹部に二つの鎌を突き刺し、甲板にテンの悲鳴が響く。それを見たルナとランファンは衝撃の表情を浮かべ、他の者たちも唖然とした。

しかし、黒蟷螂の刃は確かにテンの腹部を突き刺したが、貫通までには至らなかった。理由としては強化術の効果でテンの肉体は強化され、その影響で彼女の攻撃力が増して黒蟷螂は完全に攻撃を防ぎきれず、僅かに押し込まれていた。そのお陰でテンの腹部に突き刺さった刃は奥まで食い込まず、彼女は九死に一生を得た。
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