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最終章
第1028話 もう一つの故郷
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「――ムサシ、か」
「ウォンッ?」
「ぷるぷるっ?」
ナイはビャクとプルミンと共に窓の外を眺め、もう間もなく「ムサシ地方」へ到着する事に不思議な気持ちを抱く。ムサシ地方はナイが子供の頃に暮らしていたイチノの隣に存在し、彼が暮らしていた村からそれほど離れてはいない。
子供の頃にナイは森の中で捨てられていた所を猟師のアルに拾われ、彼が暮らしていた村に住み始めた。今思えば生活は楽ではなかったが、それでもアルや友達のゴマンも一緒に居たので幸せな日々だった。
もしもナイが赤毛熊に殺されたアルの仇を討つために村を離れなかった場合、今もゴマンや他の村の人は生き残れたのかと考えてしまう時がある。しかし、いくら考えても答えは分からない。
村を滅ぼしたホブゴブリンの集団はナイが倒したが、仮にあのまま村に住み続けるのは難しい。既にナイの村の近くの山ではゴブリンが集まり、ゴブリンキングが誕生していた。あのままナイが村に残って守り続けたとしてもゴブリンの軍勢やゴブリキングにナイ一人で太刀打ちできたとは思えない。
それでもナイが村を守っていれば他の村人がイチノへ逃がす事ぐらいはできたかもしれない。しかし、逃げたとしてもイチノにゴブリンの軍勢が迫れば結果は同じであり、結局は助からなかった可能性も否定できない。
(考えても仕方ないとは分かっているけど……)
もしも自分があの時にこんな風に行動していれば、と考えた所で現実に変わりはない。ゴマンは死亡し、親しい村人はいなくなった。それは悲しい事ではあるが、ナイは彼等を失った反面に他の人々と巡り合えた。
仮にナイが陽光教会に世話になっていなかった場合、魔物に街を襲われたイチノは大きな被害を受けていた。恐らくはドルトンとイーシャンも魔物に殺されていただろう。その後にナイは旅を出る事もなく、その場合は王都に暮らす人々と出会う事もなかった。
ナイが王都に辿り着かなければグマグ火山の火竜の討伐も果たせず、王国を裏から牛耳っていた宰相やシャドウや白面が今尚も国を支配していたかもしれない。
(よくよく考えると凄い事をやって来たんだな……)
自分の人生を思い返してナイは村で暮らしていた頃と比べるととんでもない生活を送っている事を知り、苦笑いを浮かべてしまう。どうしてこんなにも昔の事を思い出すのかと自分で不思議に思い、ナイは窓を見つめて外の風景を眺める。
(……あの人は母親だったのかな)
以前にナイは自分が見た夢を思い出し、その夢では見知らぬ女性がナイの事を優しく抱きしめた。その女性の事はナイは誰なのか分からなかったが、もしかしたら彼女が自分の母親ではないかと思う。
ナイは幼少期に森に捨てられていた所を拾われ、アルによればナイの両親は彼を森の中に捨てた酷い連中だと思い込んでいた。実際にそれが事実なのかは分からず、どうしてナイをわざわざ人里から離れた森の中で捨てたのか、そしてわざわざ手紙を残したのか、色々と謎を残したまま消えてしまった。
赤ん坊だったナイは手紙を読んでおらず、生前のアルも手紙の内容は教えてくれなかった。だが、アルの反応から手紙には自分を見捨てるような文章が記されていたのだとナイは気付いており、少し前までナイは実の両親から嫌われていたと思い込んでいた。
(夢の中の人が本当に母親だとしたら、どうして手紙は……)
自分の夢に出てきた女性をナイは母親ではないかと思い、あの女性が自分に対して酷い事をしたとは思えない。しかし、アルが嘘をつく理由はなく、そもそも夢に出てくる人物が本当に母親なのか分からない。もしかしたらナイは自分にとって都合のいい母親像を想像して夢に出てきただけかもしれない。
(……僕の家族は爺ちゃんだけだ)
気を取り直してナイはアルが弟のエルのために作ったペンダントを取り出す。このペンダントはアルが作った玩具であり、エルと別れる時に受け取った代物だった。
「爺ちゃん、見守っててね」
ペンダントを首に下げてナイは気分を切り替えるために頬を叩き、ここで彼は窓の外を見ると遂に「イチノ」の街並みが見えてきた。飛行船はイチノの上空を通り過ぎ、この時にナイは街を見下ろしながらここに暮らす人々を思い出す。
(用事が終わったら皆と会いに行けるかな?)
イチノにはナイが世話になったドルトン、イーシャン、ヨウが暮らしており、王都へ戻る前にナイは三人と会えないかと考えた。
しかし、彼の気持ちとは裏腹にドルトン達はナイが戻ってこない事を祈る。その理由は彼が強大な敵と戦う事を知っているからだった――
「――くそっ……本当に着ちまった!!」
「ヨウ司祭……あの船か?お主が見たという飛行船は……」
「……ええ、間違いありません」
イチノの城壁にてドルトン、イーシャン、ヨウは集まって空を移動する飛行船フライングシャーク号を見上げていた。今朝方、ヨウはドルトンの元に赴いて予知夢を見た事を話し、その話を聞いたドルトンはイーシャンにも連絡する。
ヨウの予知夢通りに飛行船はイチノに現れ、そのまま通過しようとしていた。それを見たヨウは不安を抑えきれず、あの飛行船にナイが乗っていない事を祈った。
(ナイ、来てはなりません。貴方がその船に乗れば運命が……)
予知夢で見た限りでは飛行船に乗り合わせたナイは強大な存在と向かい合い、彼が立ち向かう場面でいつも目を覚ましてしまう。その敵はかつてイチノを襲撃したゴブリンキングを遥かに越える恐ろしい存在だとヨウは感じとる。
「あの飛行船、何処へ向かってるんだ!?」
「落ち着け、イーシャン……我々ではどうしようもできん」
「けどよ、ナイがあの船に乗っていたら……」
「仮に乗っていたとしても……あの子を信じましょう。私達にはそれしかできません」
ヨウの言葉にドルトンとイーシャンは黙り込み、ナイの事を心配なのはヨウも一緒だったが、もう既に三人が手出しできる問題ではなかった。飛行船を追いかけた所で三人がナイの力にはなれず、この街で彼が無事に戻ってくる事を祈る事しかできない。
(ナイ……儂は信じておるぞ、お前は過酷な運命を乗り越えて生き続けてきた。ならばきっと今回も生き残れる)
(負けるんじゃないぞナイ……お前が死んだらイーシャンが報われない)
(最後まで諦めてはいけません。ナイ、貴方はもう子供ではありません。自分の運命は自分で掴みなさい)
三人は飛行船を見てナイが生き残る事を祈り、その思いはナイに伝わったかは分からないが、彼等にできる事はナイを信じて待つ事だけだった――
――イチノの上空を通り過ぎた後、飛行船はナイの村を通り過ぎると、遂にムサシ地方へと到着する。ムサシ地方には山に囲まれた場所に湖が存在し、そこに飛行船を降ろす。
これまでは飛行船が降りる場所にはアンが罠として魔物を配置させていたが、今回は魔物の襲撃はなかった。念のために船には人員を残しておき、討伐隊はまずは拠点確保のためにシノビ一族の里を目指す。
「この船からでは目的地の牙山から距離が離れ過ぎている。地図を確認する限りではこの村……いや、シノビ一族の里が近い」
「こうして地図で見ると意外と離れていないんだな。よくその牙竜とやらに村が襲われなかったな」
「我々の知っている限りでは村が牙竜に襲われた事は一度もない。伝承によれば牙山に暮らす牙竜は山から離れられないと聞いている」
「竜種が近くにいるお陰で拙者達の村は滅多に魔物が近付いてこなかったでござる。けど、何故か拙者が子供の頃に魔物に襲われたのは気になるでござるが……」
「今はそんな事を言っている場合ではない。アンが牙山に辿り着く前に我々が妖刀を確保せねば……」
「うむ……では、出発するぞ!!」
ロランは飛行船の守護のために聖女騎士団を残し、他の騎士団と冒険者を引き連れてシノビ一族の里へ目指す。牙竜との戦闘の際中にアンが飛行船を襲撃してくるかもしれず、相応の戦力は残しておく必要があった。
聖女騎士団も飛行船に残ったのは飛行船にアンが乗り込んでくる可能性もあり、もしもアンの立場ならば邪魔な飛行船を一刻も早く排除したいと考えるはずである。こうしてムサシ地方へ辿り着いた討伐隊は本格的に動き出す――
「ウォンッ?」
「ぷるぷるっ?」
ナイはビャクとプルミンと共に窓の外を眺め、もう間もなく「ムサシ地方」へ到着する事に不思議な気持ちを抱く。ムサシ地方はナイが子供の頃に暮らしていたイチノの隣に存在し、彼が暮らしていた村からそれほど離れてはいない。
子供の頃にナイは森の中で捨てられていた所を猟師のアルに拾われ、彼が暮らしていた村に住み始めた。今思えば生活は楽ではなかったが、それでもアルや友達のゴマンも一緒に居たので幸せな日々だった。
もしもナイが赤毛熊に殺されたアルの仇を討つために村を離れなかった場合、今もゴマンや他の村の人は生き残れたのかと考えてしまう時がある。しかし、いくら考えても答えは分からない。
村を滅ぼしたホブゴブリンの集団はナイが倒したが、仮にあのまま村に住み続けるのは難しい。既にナイの村の近くの山ではゴブリンが集まり、ゴブリンキングが誕生していた。あのままナイが村に残って守り続けたとしてもゴブリンの軍勢やゴブリキングにナイ一人で太刀打ちできたとは思えない。
それでもナイが村を守っていれば他の村人がイチノへ逃がす事ぐらいはできたかもしれない。しかし、逃げたとしてもイチノにゴブリンの軍勢が迫れば結果は同じであり、結局は助からなかった可能性も否定できない。
(考えても仕方ないとは分かっているけど……)
もしも自分があの時にこんな風に行動していれば、と考えた所で現実に変わりはない。ゴマンは死亡し、親しい村人はいなくなった。それは悲しい事ではあるが、ナイは彼等を失った反面に他の人々と巡り合えた。
仮にナイが陽光教会に世話になっていなかった場合、魔物に街を襲われたイチノは大きな被害を受けていた。恐らくはドルトンとイーシャンも魔物に殺されていただろう。その後にナイは旅を出る事もなく、その場合は王都に暮らす人々と出会う事もなかった。
ナイが王都に辿り着かなければグマグ火山の火竜の討伐も果たせず、王国を裏から牛耳っていた宰相やシャドウや白面が今尚も国を支配していたかもしれない。
(よくよく考えると凄い事をやって来たんだな……)
自分の人生を思い返してナイは村で暮らしていた頃と比べるととんでもない生活を送っている事を知り、苦笑いを浮かべてしまう。どうしてこんなにも昔の事を思い出すのかと自分で不思議に思い、ナイは窓を見つめて外の風景を眺める。
(……あの人は母親だったのかな)
以前にナイは自分が見た夢を思い出し、その夢では見知らぬ女性がナイの事を優しく抱きしめた。その女性の事はナイは誰なのか分からなかったが、もしかしたら彼女が自分の母親ではないかと思う。
ナイは幼少期に森に捨てられていた所を拾われ、アルによればナイの両親は彼を森の中に捨てた酷い連中だと思い込んでいた。実際にそれが事実なのかは分からず、どうしてナイをわざわざ人里から離れた森の中で捨てたのか、そしてわざわざ手紙を残したのか、色々と謎を残したまま消えてしまった。
赤ん坊だったナイは手紙を読んでおらず、生前のアルも手紙の内容は教えてくれなかった。だが、アルの反応から手紙には自分を見捨てるような文章が記されていたのだとナイは気付いており、少し前までナイは実の両親から嫌われていたと思い込んでいた。
(夢の中の人が本当に母親だとしたら、どうして手紙は……)
自分の夢に出てきた女性をナイは母親ではないかと思い、あの女性が自分に対して酷い事をしたとは思えない。しかし、アルが嘘をつく理由はなく、そもそも夢に出てくる人物が本当に母親なのか分からない。もしかしたらナイは自分にとって都合のいい母親像を想像して夢に出てきただけかもしれない。
(……僕の家族は爺ちゃんだけだ)
気を取り直してナイはアルが弟のエルのために作ったペンダントを取り出す。このペンダントはアルが作った玩具であり、エルと別れる時に受け取った代物だった。
「爺ちゃん、見守っててね」
ペンダントを首に下げてナイは気分を切り替えるために頬を叩き、ここで彼は窓の外を見ると遂に「イチノ」の街並みが見えてきた。飛行船はイチノの上空を通り過ぎ、この時にナイは街を見下ろしながらここに暮らす人々を思い出す。
(用事が終わったら皆と会いに行けるかな?)
イチノにはナイが世話になったドルトン、イーシャン、ヨウが暮らしており、王都へ戻る前にナイは三人と会えないかと考えた。
しかし、彼の気持ちとは裏腹にドルトン達はナイが戻ってこない事を祈る。その理由は彼が強大な敵と戦う事を知っているからだった――
「――くそっ……本当に着ちまった!!」
「ヨウ司祭……あの船か?お主が見たという飛行船は……」
「……ええ、間違いありません」
イチノの城壁にてドルトン、イーシャン、ヨウは集まって空を移動する飛行船フライングシャーク号を見上げていた。今朝方、ヨウはドルトンの元に赴いて予知夢を見た事を話し、その話を聞いたドルトンはイーシャンにも連絡する。
ヨウの予知夢通りに飛行船はイチノに現れ、そのまま通過しようとしていた。それを見たヨウは不安を抑えきれず、あの飛行船にナイが乗っていない事を祈った。
(ナイ、来てはなりません。貴方がその船に乗れば運命が……)
予知夢で見た限りでは飛行船に乗り合わせたナイは強大な存在と向かい合い、彼が立ち向かう場面でいつも目を覚ましてしまう。その敵はかつてイチノを襲撃したゴブリンキングを遥かに越える恐ろしい存在だとヨウは感じとる。
「あの飛行船、何処へ向かってるんだ!?」
「落ち着け、イーシャン……我々ではどうしようもできん」
「けどよ、ナイがあの船に乗っていたら……」
「仮に乗っていたとしても……あの子を信じましょう。私達にはそれしかできません」
ヨウの言葉にドルトンとイーシャンは黙り込み、ナイの事を心配なのはヨウも一緒だったが、もう既に三人が手出しできる問題ではなかった。飛行船を追いかけた所で三人がナイの力にはなれず、この街で彼が無事に戻ってくる事を祈る事しかできない。
(ナイ……儂は信じておるぞ、お前は過酷な運命を乗り越えて生き続けてきた。ならばきっと今回も生き残れる)
(負けるんじゃないぞナイ……お前が死んだらイーシャンが報われない)
(最後まで諦めてはいけません。ナイ、貴方はもう子供ではありません。自分の運命は自分で掴みなさい)
三人は飛行船を見てナイが生き残る事を祈り、その思いはナイに伝わったかは分からないが、彼等にできる事はナイを信じて待つ事だけだった――
――イチノの上空を通り過ぎた後、飛行船はナイの村を通り過ぎると、遂にムサシ地方へと到着する。ムサシ地方には山に囲まれた場所に湖が存在し、そこに飛行船を降ろす。
これまでは飛行船が降りる場所にはアンが罠として魔物を配置させていたが、今回は魔物の襲撃はなかった。念のために船には人員を残しておき、討伐隊はまずは拠点確保のためにシノビ一族の里を目指す。
「この船からでは目的地の牙山から距離が離れ過ぎている。地図を確認する限りではこの村……いや、シノビ一族の里が近い」
「こうして地図で見ると意外と離れていないんだな。よくその牙竜とやらに村が襲われなかったな」
「我々の知っている限りでは村が牙竜に襲われた事は一度もない。伝承によれば牙山に暮らす牙竜は山から離れられないと聞いている」
「竜種が近くにいるお陰で拙者達の村は滅多に魔物が近付いてこなかったでござる。けど、何故か拙者が子供の頃に魔物に襲われたのは気になるでござるが……」
「今はそんな事を言っている場合ではない。アンが牙山に辿り着く前に我々が妖刀を確保せねば……」
「うむ……では、出発するぞ!!」
ロランは飛行船の守護のために聖女騎士団を残し、他の騎士団と冒険者を引き連れてシノビ一族の里へ目指す。牙竜との戦闘の際中にアンが飛行船を襲撃してくるかもしれず、相応の戦力は残しておく必要があった。
聖女騎士団も飛行船に残ったのは飛行船にアンが乗り込んでくる可能性もあり、もしもアンの立場ならば邪魔な飛行船を一刻も早く排除したいと考えるはずである。こうしてムサシ地方へ辿り着いた討伐隊は本格的に動き出す――
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