貧弱の英雄

カタナヅキ

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最終章

第1020話 三つ目の巻物

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――十数年前、自由を手に入れたアンは魔物を従えて旅に出た。そして彼女が辿り着いた先が王国の辺境の地、かつては和国の領地であった「ムサシ地方」だった。このムサシ地方にアンは辿り着いた時、山の奥に存在する廃村を発見した。

この廃村こそが「シノビ一族」が管理していたであり、魔物に滅ぼされた後にアンは偶然にもこの場所に辿り着く。当時はまだ魔物に滅ぼされたばかりで里に暮らしていた住民の死体が散らばっており、彼女は「コボルト亜種」を従えた状態で訪れていた。


『こんな山奥に村があるなんて……何か見つけたらすぐに教えなさい』
『ガアッ……』


コボルト亜種を連れたアンは村の中を探索し、金目になりそうな物を探す。この時に彼女は大きな屋敷を発見し、中に入るとコボルト亜種が何かを感じ取ったのか床板を引き剥がす。


『ガアアッ!!』
『これは……地下室?』


床板を引き剥がすと地下に繋がる階段を発見し、アンは階段を降りると地下室に辿り着く。そして地下には代々のシノビ一族の長が書き残した歴史書が保管されていた。

翻訳の技能のお陰でアンは和国の文字も解読する事ができたため、彼女はこの隠れ里がシノビ一族が管理している事、そして彼等が和国の子孫だと知る。


『和国……そういえば大昔、そんな国があったと聞いた事はあるわね。という事はこの村は和国の子孫が作った村?』


和国の事はアンも父親から昔聞かされた事があり、彼によると大昔に魔物に滅ぼされた国だと聞かされていた。実在した国なのは確かだが、その存在を知る人間は今の時代にはあまりいない。

地下には代々のシノビ一族の長が書き残した歴史書が保管されていたらしく、この時に彼女は歴史書の中に「妖刀」の記述を発見する。妖刀とは王国では「魔剣」に該当する武器であり、このムサシ地方の何処かに和国が栄えていた時代に作り出された大量の妖刀が隠されている事を知る。


『妖刀ね……興味はないわ』


当時のアンは妖刀がこの地に封じられていると知ってもあまり興味は湧かず、彼女は歴史書を粗方読み終えると立ち去ろうとした。しかし、この時に彼女は歴史書ではない巻物を発見した。


『これは……暗号の解読方法?』


アンが手に入れた巻物にはシノビ一族に代々伝わる暗号の解き方が記されており、悩んだ末にアンはこの巻物だけは持って帰る事にした――





――時は現代に戻り、アンは隠れ里で見つけた巻物と王城から盗み出した二つの巻物を取り出す。この二つの巻物にはそれぞれ暗号が記され、その暗号を重ねる事で文章が出来上がる。その文章の意味を読み解けるのはシノビ一族だけだったが、アンは隠れ里から暗号文の解き方が記された巻物を偶然にも持っていた。


「まさかこの巻物を使う日がくるなんてね……」


アン自身もこんな巻物を持っていて何の役に立つかと思っていたが、折角手に入れた代物なので今まで肌身離さず持ち合わせていた。彼女は三つの巻物を並べて翻訳の技能で文章を読み解く。


「獣の王の住処に妖の刀を封じる……なるほど、そういう意味ね」


文章を読み解いたアンはかつて自分が拠点にしていたムサシノ地方の事を思い出し、彼女はムサシノ地方の地理は把握していた。そして文章に記された「獣の王」の存在にも心当たりがあり、彼女は冷や汗を流す。

どんな魔物も従えてきたアンだったが、彼女は一度だけ仲間にする事を失敗した魔物が存在した。その魔物は牙のような形をした岩山を根城としており、最初にその魔物の姿を見た瞬間、アンは初めて魔物に対してという感情を抱いた。

これまでにアンはどんなに恐ろしい見た目をした魔獣を目の前にしても恐れる事はなかった。彼女は言葉が通じる相手ならば心を通わせ、自分の配下にする事ができる自信があった。しかし、その生き物を初めて目にした時、彼女は生まれて初めて魔物に対して恐怖を抱く。

あの時はアンは従えていた魔物を犠牲にして逃げ切る事に成功したが、もしも彼女の判断が遅ければ間違いなく殺されていた。それほどまでに危険な相手であり、当時のアンではどうしようもない相手だった。


「まさかあれが住んでいる岩山に妖刀が封じられているなんてね……」


アンは三つの巻物を見つめて眉をしかめ、何百年もシノビ一族が隠していた妖刀の在り処を知る事ができた。しかし、その場所に行くには彼女は唯一自分の配下に従えられなかった存在が居る。


(あれを従えるのは骨が折れるわね……けど、時間はないわ)


自分が王城に忍び込み、追手が派遣されている事はアンも予想していた。この国に滞在できる時間は限られている事を悟ったアンは、もう一度ムサシ地方に赴き、かつて自分が配下にできなかった存在と戦う時が来たと覚悟を決める。


「獣の王ね……それなら私は王を統べるよ」


机の上に置かれた巻物を手にしたアンは部屋の中の暖炉に視線を向け、躊躇せずに彼女は暖炉の中に巻物を放り込む。もう彼女にとって用済みの品物であり、暖炉の中で巻物は燃えていく――





――巻物を焼いた後、アンは昔の夢を見た。彼女が巻物に記された「獣の王」が根城にしている岩山に初めて訪れた時の出来事を追想し、当時の彼女は複数の魔物を従えていた。


『何よ、ここは……骨だらけじゃない』
『ギギィッ……』
『グゥウッ……』


アンは多数のホブゴブリンとコボルト亜種を従え、牙のような歪な形をした岩山に赴く。最初にアンが岩山に辿り着いて見た物は山の周りに大量の動物や魔物の骨が転がっている事を知る。

骨の山の中には大型の魔物の骨と思われる物も存在し、大分年月が経過している様子だった。この場所でどれだけの数の魔物が殺されたのかは不明だが、興味を抱いたアンは岩山に赴く。


『どうしたのよ、ちゃんと付いてきなさい』
『グギィッ……』
『ガウッ……』


しかし、アンが従えていた魔物達は岩山に近付く事を恐れ、アンが命令を与えると渋々と従う。そんな魔物達の反応に違和感を覚えながらも、この場所の秘密を解き明かすために彼女は岩山を登る。


(いったい何なのかしら、ここは……)


アンは岩山を調べるために歩いていると、不意に振動を感じ取る。最初は地震かと思ったが、遠くの方から唸り声のような音を耳にした。


(この音は……いびき?)


何処からか生き物の声が聞こえてきたアンは周囲を見渡し、近くに居るのかと探す。だが、彼女に従っていた魔物達は一斉に怯えて身体を身震いさせる。


『グギィイイ……!!』
『グゥウッ……!!』
『……何をそんなに騒いでいるのよ』


自分の従えた魔物達の怯えようにアンは疑問を抱き、彼女が連れているホブゴブリンもコボルト亜種もこの地方に生息する魔物と比べたら力が強く、仮に赤毛熊など魔物が現れたとしても十分に対処できた。

アンに従う魔物は野生の魔物よりも成長力が高まり、この場で本物の赤毛熊が現れたとしても脅威にはならない。それにも関わらずに魔物達は何かに怯えるように身体を震わせ、その反応にアンは不安を抱く。


『何に怯えているの?この近くに何かがいるの?何処にいるのよ』
『グギィッ……!?』
『早く教えなさい』


魔物達はどうやらアンが気づいていない存在を感知したらしく、彼女の命令を受けたホブゴブリンの一匹が恐怖の表情を浮かべながら指差す。アンは疑問を抱きながらも指差された方向に視線を向けると、そこには岩山があるだけだった。


『何よ、何もいないじゃない』
『グギィイッ……!!』
『……岩壁?』


岩山を指し示したホブゴブリンにアンは疑問を抱くと、ホブゴブリンはどうやら岩山その物ではなく、指差した岩壁自体を示している事に気付く。

アンは疑問を抱きながらも彼女は岩壁に視線を向けると、奇妙な違和感を抱く。ホブゴブリンが指差した岩壁は妙に盛り上がっており、色合いが微妙に異なる。指摘されなければ気付けなかったが、アンは即座に岩壁の正体が岩山に張り付いた「生物」だと知る。


(あれは……!?)


岩壁の正体が岩山に張り付いた巨大な生き物だとアンが気づいた瞬間、突如として岩山が震え始め、やがて岩壁から巨大な目玉が出現してアンを睨みつける。

目玉の正体は岩壁に擬態した大型の生物の瞳だと判明し、それを見た瞬間にアンは今まで体験したことがない恐怖を抱く。彼女は生まれて初めて魔物を恐ろしいと思い、気づいた時には身体が勝手に動いていた。


『私を守りなさい!!』
『グギィッ!?』
『ガアアッ!?』


走りながらアンは魔物達に命令を与えると、ホブゴブリンとコボルト亜種の身体に紋様が浮き上がり、契約紋が発動して強制的にアンの命令に従わされる。アンと契約を交わした魔物達は彼女を守るために動き出すと、岩壁に擬態していた生物はそれを見て咆哮を放つ。




――グガァアアアアアアッ……!!



アンが今までに聞いた事がない恐ろしい咆哮が岩山に響き渡り、彼女はこの時に振り返りもせずに全力疾走でその場を離れた。後方からアンが従っていた魔物達の悲鳴が響き渡り、彼女は命からがら当時従えていた魔物を犠牲にして生き延びた――





――岩山から奇跡的にアンは逃れた後、彼女は逃げるようにその地を離れた。今までどんな魔物でも自分に従えさせることができると考えていたアンだが、生まれて初めて自分でもどうしようもない存在を目の当たりにした。

当時従えていた魔物を全て失い、彼女はしばらくの間は洞窟の中に身を隠していた。何日も洞窟の外に出る事ができず、もしも岩山の魔物が追いかけてきたらと考えると怖くて外に出れなかった。

結局はアンが見つかった魔物が追いかけてくる事はなかったが、彼女は恐怖のあまりに二度と岩山には近づかず、逃げるようにその地を立ち去った――
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