貧弱の英雄

カタナヅキ

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最終章

第1019話 アンの幼少期

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――生まれた時からアンは異能の他に特別な技能を持ち合わせていた。それはまだ習ってもいない言語や文字を理解する能力であり、しかも彼女の場合は人間以外の種族の言葉も理解する事ができた。

アンがまだ小さかった時、他の人間から距離を置かれていた。その理由は人間よりも動物と遊ぶ事を彼女は好み、孤児院で飼育されていた動物達は彼女に異様なまでに懐いてしまう。


『ねえ、見て……またアンの所に猫が集まっているわ』
『あの子、不気味よね……いつも動物とばかり遊んでる』


孤児院で暮らしていた子供達はアンの傍に常に動物がいる事に不思議に思い、どんな動物もすぐにアンに懐いた。正確に言えば懐くというよりも彼女の言葉に従い、まるでアンと心を通わせている様に見えた。


『ちょっと、あんた……今日、この子の餌をやるのを忘れてたでしょ?』
『えっ!?し、知らねえよ!!』
『惚けるんじゃないわよ!!この子がのよ、あんたこの間も餌を出し忘れたって!!』
『な、何だよ!!急に怒鳴りやがって……』
『いいから謝りなさいよ!!この子、お腹を空かせてるのよ!!』
『クゥンッ……』


ある時にアンは孤児院で勝っている犬の世話役を任されていた男の子に怒鳴りつけ、彼女が暮らす孤児院では子供達が当番制で動物を飼育する事が決まっていた。しかし、彼女が話しかけた相手は子供達の中でも一番年上で気性が荒く、サボり癖のある少年だった。


『ほら、早くこの子に謝りなさいよ!!』
『う、うるさい!!お前、年下の癖に生意気だぞ!!』


自分よりもずっと年下のアンに怒鳴りつけられた少年は彼女の言葉に怒り、彼女を突き飛ばそうとした。しかし、少年が伸ばした瞬間、犬が彼女を守ろうと腕に噛みつく。


『ウォンッ!!』
『ぎゃあああっ!?』
『……ふん、いい気味よ』
『ちょっと、何の騒ぎですか!?』


犬に噛みつかれた少年は悲鳴を上げ、騒ぎを聞きつけた大人達が集まる。彼等の目にはアンの目の前で犬に噛みつかれた少年が泣きわめき、それを見た大人達は慌てて犬を引き剥がそうとした。


『こら、離れなさい!!』
『おい、引き剥がせ!!』
『どうしたんだ!?いつもは大人しいのに……うわっ!?』
『グルルルッ……!!』


無理やりに引き剥がされた犬は口元に血を滴らせ、まるでアンを守るように彼女の前に立つ。少年は危うく腕が引きちぎれかねない程の重傷を負い、この時の大人達はまるで犬がアンの指示に従っているように見えて不気味に思った――





――結局は少年を怪我させた犬は強制的に街の兵士に引き取られた。アンは最後まで犬を庇おうとしたが、子供を襲った犬を孤児院で世話できるはずがなく、無理やりに連れていかれる。


『ほら、こっちに来るんだ!!』
『キャインッ!?』
『止めて!!その子は悪くないの、あいつが私を襲おうとしたら庇っただけなの!!』
『何を言ってるんだ、ほら離れなさい!!』
『いや、離してっ!!』
『いいから言う事を聞きなさい!!』


強制的に犬は兵士達に連れ出され、アンはそれを止めようとしたが他の兵士に取り押さえられる。しかし、この時にアンが兵士に捕まったのを見て犬が反応し、彼女を助けようとした。


『いや、離して!!!!』
『ウォオンッ!!』
『うわっ!?こ、こいつ急にどうしたんだ!?』
『おい、離れろっ!!早く連れていけ!!』


まるでアンの言葉に反応するように犬は必死に抵抗し、兵士を振り払って彼女の元に向かおうとした。しかし、兵士が数人がかりで抑え付け、無理やりに犬を連行する。

今回は何も起きなかったが、この一件で孤児院の人間達もアンの「能力《ちから》」の片鱗を感じ取り、彼女を気味悪く思う――





――その日の晩、アンは孤児院の屋根裏部屋にて一人悲しく泣いていた。一番の友達だと思っていた犬が兵士に連れていかれ、彼女は悲しくて仕方なかった。


『う、ううっ……酷い、酷いよ』
『チュチュッ……』
『……鼠さん?』


一人で泣いているとアンは何処からか鼠の声が聞こえ、彼女が顔を上げるとそこには一匹のが立っていた。まるでアンの事を心配するように鼠は彼女の顔を覗き込み、そんな鼠の行動にアンは涙を止めて笑みを浮かべる。


『ねえ、鼠さん……私の?』
『チュイッ……』


アンが人差し指を差し出すと、その指に鼠は手を重ね合わせた。普通の子供ならば鼠は恐れて逃げ出したところだが、鼠は彼女のように従う。アンは気付いていなかったが、彼女の前に現れたのは「白鼠」と呼ばれる魔獣である事を――




――魔物使いのアンは生まれた時から動物と言葉を交わす事ができた。そして彼女が言葉を交わせるのは動物だけではなく、とも言葉を交わす事ができるのを自覚したのはこの時が初めてだった。

アンは生まれた時から人族(人間以外の人種も含む)の言葉だけではなく、動物や魔物といった生物の言葉を理解する事ができた。正確に言えば言葉を交わせるのはある程度の知能を持つ生物だけであり、昆虫などとは流石に言葉は交わせない。だが、犬や猫といった小動物でもある程度の意思疎通はできた。

この能力は「翻訳」と呼ばれる技能のお陰であり、彼女は生まれた時から翻訳の技能を持ち合わせていた。魔物使いの中には素質が高い人間は極稀に「翻訳」の技能を身につけて生まれる事があるが、彼女の場合は魔物使いの中でも特異な存在である。

生まれた時から彼女は習ってもいない言語や文字を理解できるため、他の人間の子供よりも学習能力が高く、そして動物や魔物と言葉を交わす事で自分に従えさえる事ができた。彼女の魔物使いの才能が開花したのは父親の指導のお陰だが、その父親を越える才能をアンは生まれた時から秘めていた。


『お前は素晴らしい……その能力、この父のために生かせ』
『……はい、お父様』


アンの父親であるバートンは彼女の才能を高く買い、自分のために役立てるように命じる。しかし、アンはそんな父親の事を軽蔑していた。自分よりも能力が低い癖に偉そうに命令する父親にアンは愛想を尽かす。


『使えない男……もう学ぶ事は何もないわね』


魔物使いとしての術を学ぶためにアンはバートンに従っていたが、彼女はバートンから人通りの技術を学ぶと父親を用済みだと判断し、孤児院の子供を手紙を書かせた。その手紙の内容は助けを求める内容であり、彼女が手紙を送りつけたのは子供好きで有名な聖女騎士団の団長ジャンヌだった。

どうしてアンは自分で手紙を書かなかったのかというと、彼女は自分が書くよりも他の子供を怯えさせた状態で手紙を書かせる方が都合がいいと判断した。実際に精神が追いつめられた子供の書いた文字は臨場感を感じさせ、手紙を読んだ人間に違和感を抱かせる。結果的にはアンの予想通り、ジャンヌは手紙を見て内容を信じてくれた。


『あ、あの……言われた通りに手紙、書いたよ?これで許してくれる?』
『ええ、貴方が花瓶を壊した事は誰にも話さないわ』
『う、うん……でも、この手紙ってどういう意味?これを読んだら先生が悪い人みたいなんだけど……』
『貴女は知らなくていい事よ……そうそう、他の人に話したらどうなるか分かるわね?』
『ひっ!?ご、ごめんなさい、ごめんなさい!!』


アンは手紙を書かせる際に孤児院の中で一番臆病な女の子を選び、彼女ならば手紙の内容を知っても他の子に告げ口をするはずがないと確信していた。手紙にはバートンのこれまでの悪事を書かせたが、バートンの本性を知らない彼女は手紙の内容など信じず、アンの悪戯だと思い込む。

彼女が他の子に話す可能性あるが、それを阻止するためにアンは彼女の弱みを握っていた。孤児院にはアンの指示に従う動物がたくさん存在し、常日頃から女の子の様子を観察させていた。そして彼女が勝手にバートンの部屋に入って花瓶を割った事をアンは知っていた。

尤も花瓶を割った犯人は女の子ではなく、事前にアンはバートンの部屋に白鼠を待機させ、女の子が部屋に入ってきた時に花瓶を割った。事情を知らない女の子は勝手に花瓶が割れて戸惑い、慌てて逃げ出した。しかし、アンはそれを隠れ見ていたと嘘をついて女の子を脅して手紙を書かせる。


『こんな手紙で本当に騎士団が来るかは分からないけど……でも、そうなったら面白いわね』


アンは聖女騎士団に手紙を送ったのは賭けであり、そして孤児院の元に聖女騎士団が本当に訪れた。しかし、ここで誤算だったのはバートンは街の警備兵とも繋がっており、聖女騎士団が迫っている事を知る。


『おのれ、どうやって嗅ぎつけた……今まで上手く隠れていたというのに!!』
『お父さん……どうするの?』
『ふん、心配するな。儂の邪魔者は何者であろうと排除する……この国の英雄だろうと関係ない』


バートンは迂闊にも娘であるアンにだけは聖女騎士団が迫っている事を知らせ、その話を聞いた時にアンは内心笑みを浮かべる。こうして父親は無謀にも聖女騎士団を迎え撃つための準備を行い、アンは彼と別れの時が近い事を悟った――





――昔の出来事を思い返しながらアンは父親に切られた片耳に手を伸ばす。バートンはアンを人質にして聖女騎士団を追い込もうとしたが、彼女達を脅す際に何の躊躇もなく彼は娘の耳を切り落とした。今でも切り落とされたはずの耳が痛む「幻肢痛」に苛まれ、アンは忌々し気な表情を浮かべる。

しかし、父親に片耳を切られた事に関してはもう恨んではいない。そもそもアンは父親を裏切った立場であり、この失った片耳は自由への代償だと彼女は考えていた。


「ふふっ……」


アンは机の上に王城から回収した二つの巻物を置き、更にそれとは別にを取り出す。これはかつてアンがにて手に入れた代物だった。
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