貧弱の英雄

カタナヅキ

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最終章

第1011話 育ての親として

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「聖女騎士団のレイラが殺されたというのは本当の話かい?」
「……事実です。ネズミさんはレイラさんの事を知ってましたか?」
「情報屋を舐めるんじゃないよ、テンの奴と仲がいい娘だった事は知ってるよ。けど、まさか聖女騎士団に手を出したのがバートンの娘だったとはね……」
「何か知ってるですか?」


ネズミの口ぶりにナイは違和感を覚え、バートンの事を知っているのかとナイは問うと、彼女は渋い表情を浮かべて昔の事を語る。


「あんまり思い出したくもない相手なんだけどね……バートンの事はあいつが騎士団に捕まえる前から知ってたよ」
「えっ!?」
「奴はあたしと同じ鼠型の魔獣を操っていたからね。大分昔、あたしがある街で情報屋を営んでいた時、あいつの情報を知りたいという奴が来てね。それでバートンの事を調べたんだ」
「そ、それでどうなったんですか?」
「危うく死にかけたよ……あいつを調べようと不用意に近づいたせいであたしは奴の鼠達に襲われ、命からがら逃げ延びたんだ。あの時は逃げるのに苦労したよ、死体を偽装したりね……」
「ぎ、偽装って……」
「おっと、勘違いするんじゃないよ。あたしは偶然、浮浪者の死体を発見してそれにあたしの服を着させて逃げただけさ。あいつに従っていた出来の悪い鼠達は人の顔なんてよく覚えてないから、あたしの服を着た浮浪者の死体を見つけた途端に喰らいつくし、バートンの所へ戻っていったよ」
「ええっ……」


ネズミは過去にバートンと因縁があったらしく、彼女は実は聖女騎士団がバートンを発見する前から正体を知っていたらしい。しかし、その情報を漏らさなかったのはバートンに自分が生きている事を悟られないようにするためであり、結局は彼女は街を離れて逃げ延びたという。

バートンにアンというの名前の娘が居る事はネズミも最近知ったが、そのアンが聖女騎士団に手を出したと聞いて彼女は居ても立っても居られずに王都へ戻ってきた。しかし、王都へ戻ってきたというのにテンは聖女騎士団を率いて王都を離れた事を知り、仕方がないので彼女はナイを待ち伏せして姿を晒した。


「本当はテンの様子を見に来ただけなんだけどね……あの子はどんな様子だい?」
「……表面上は普通な態度を取り繕っていました。でも、やっぱりレイラさんを殺したアンが許せないみたいです。片っ端から闇ギルドの残党を捕まえてはアンの情報を持っていないのか聞き出そうとして、酷い暴力を行ったとか……」
「大分精神的に参っているようだね……たくっ、世話のかかるガキだよ」


ナイから話を聞いたネズミはため息を吐き出し、彼女にとってはテンは娘同然で今まで身を隠していたのはテンのためである。仮にも聖女騎士団の団長が裏稼業を営む情報屋のネズミと繋がりがある事を知られれば大問題となり、それを他人に悟られないようにネズミは王都を離れて生活していた。

しかし、テンにとっては大切な仲間だったレイラが殺されたと知り、テンの性格を把握しているネズミは彼女が冷静でいられるはずがないと思って王都へ戻ってきた。そしてネズミはナイに身を晒したのは彼女が新しく従えた「白色の鼠」が理由だった。


「ナイ、あんたはこの鼠の元の飼い主に心当たりはあるかい?」
「元の飼い主?それってまさか……」
「この鼠はね、本来ならこの地方には存在しない種なんだ。それなのにこの王都にいるって事は、誰かがこいつを外部から連れてきたという事になる」
「チュウッ……」


ネズミの言葉に白色の鼠は首を傾げ、そんな鼠の頭を指で撫でてやり、ネズミはこの魔銃を連れ出した魔物使いの正体を話す。


「こいつを王都へ連れてきたのは間違いなくアンだよ」
「アン……やっぱり」
「この鼠の名前は「白鼠《びゃくそ》」あたしが従えている灰鼠の亜種さ、自然界でも滅多に見かけない希少種だよ」
「白鼠……」


白鼠は灰鼠の亜種であり、ネズミですらも見たのは初めてだという。その白鼠を大量に従えている魔物使いのアンをネズミは心底恐ろしい存在だと感じた。


「亜種を従えるだけならともかく、亜種を繁殖させて増やす事なんてあたしにもできない。恐らく、そのアンという魔物使いはあたしなんかよりも腕は上だろうね」
「ネズミさんよりも!?」
「そもそもあたしは一種類の魔物を従えさせる事しかできない。バートンの奴だって同じさ、それなのにそのアンとやらは白鼠やゴーレムや他にもやばいのを従えているんだろう?正直に言って化物だよ、その娘は」


魔物使いの視点でもアンの能力は異常らしく、通常の魔物使いは数種種の魔物を同時に使役する事は不可能だという。しかし、現実にアンは白鼠とブラックゴーレムを従えた状態で白猫亭を襲撃した。

ネズミの見立てではアンの魔物使いの腕は本物で彼女を越えるらしく、決して油断してはならない相手だと伝える。アンが白鼠とブラックゴーレム以外の魔物を従えている場合、王国最強の聖女騎士団でも分が悪い事を伝える。


「ナイ、もしもテンと会ったらあたしの言葉を必ず伝えておいてくれ。これ以上にアンを追うな、命が惜しければ手を引け……とね」
「伝えておいてくれって……ネズミさんはテンさんに会うつもりはないんですか?」
「今更どの面下げて会いに行けばいいんだよ。それにあたしも色々と事情があってね……今はあの子に会えないんだ」
「会えない?どうして?」
「……話しすぎたね、それじゃあ伝言は頼んだよ」
「ネズミさん!!」


ネズミはナイの最後の質問には答えず、彼女はそのまま立ち去ろうとした。それを止めようとナイは動いた時、大量の灰鼠が飛び出してナイとネズミの間に割って入る。


「「「チュチュッ!!」」」
「うわっ!?」
「あんた、あたしが犯罪者だって事を忘れてないかい?立場的にもあんたとあたしは敵同士……もう会う事はないよ」
「ネズミさん!!せめてテンさんと……」
「もう話す事はないよ……ああ、一つだけあた。テンによろしく伝えといてくれ」


一方的にネズミは別れを告げるとそのまま立ち去り、灰鼠達も周囲に散らばって逃げてしまう。残されたナイは慌ててネズミの後を追いかけるが、既に彼女の姿は見えなくなった――





――ナイと別れを告げた後、ネズミは下水道に移動していた。この場所ならば臭いで気づかれる事もなく、彼女はパイプを取り出して口元に運ぶ。

ネズミが王都に戻ってきた理由は先ほどナイに告げたようにテンの身を案じての行為だったが、実はもう一つだけ理由があった。それは彼女自身が死ぬ前に最後にテンを一目見たかったのだ。


「げほっ、げほっ……そろそろ、限界が近いね」


パイプを吸おうとしたところ、急に咳き込んだネズミはパイプを落としてしまう。この際に口元を覆った手に血が付着し、彼女は懐から「白面」を取り出す。

白面の暗殺者が身に着ける仮面をネズミは顔に押し込むと、しばらくの間は苦しそうな呻き声をあげるが、やがて仮面に取り付けられたの効果が現れたのか楽になる。


「……あと、この仮面も何回持つかね……」


ネズミは仮面を取り外すと、口元から血を流しながら虚ろな瞳で虚空を眺める。彼女はナイに自分が生き延びた理由を語る時、実は一つだけ話していない事があった。その内容とは彼女の身体には「毒」が仕込まれている事だった。

シャドウはネズミを生かす条件として白面の組織の暗殺者が体内に仕込む毒を彼女に飲ませた。その影響でネズミは定期的に特殊な解毒剤を口にしなければならず、彼女は仮面を利用して毒の進行を抑える。

この解毒剤は白面の組織が管理しており、その白面が壊滅した事で解毒剤を手に入れる手段を失った。ネズミは白面の暗殺者が利用する仮面を付けて今まで生き延びてきたが、もう限界が近かった。


(格好つけずに助けを求めれば生き延びる事ができたかもね……けど、そんなのはあたしらしくない)


白面の組織が壊滅した後、白面の暗殺者は全員が捕まったが彼等の毒を完全に打ち消す解毒薬は既に開発されている。それを作り出したのはイリアであり、彼女は白面に所属する暗殺者が大人しく投降する事を条件に解毒薬を渡した。

ネズミも白面が壊滅した時に大人しく投降しておけば毒で身体を侵される事もなかったが、その場合だと彼女の存在は当然ながらにテンに知られてしまう。ネズミはもうテンに合わせる顔はなく、彼女に真っ当な道を生きて欲しいが故に姿を消した。しかし、結局は自分の死期を悟るとどうしてもテンの顔が見たくなって王都に戻ってしまう。


(これも悪党の宿命かね……あたしにはお似合いの最後さ)


目的のテンと会う事もできず、毒で蝕まれる身体にネズミは苦笑いを浮かべ、もう間もなく彼女は死を迎える。仮に今から解毒薬を飲む事ができたとしても老齢で弱り果てた彼女の肉体は持たず、死ぬ事は避けられない。

それでもネズミはナイに伝言を伝えられただけでも満足し、彼女は死が訪れる時までこの王都で過ごす事にした。儚い希望だが、もしかしたらテンの気が変わって王都に戻ってくるかもしれない。

今の自分はテンを追いかける事はできないが、テンが戻ってくれば一目会う機会が訪れるかもしれない。その希望を捨てずに彼女は最後の時まで生き延びる事を決めた――
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