貧弱の英雄

カタナヅキ

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嵐の前の静けさ

第1003話 討伐再開

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――ハマーンが旋斧と岩砕剣を打ち直している頃、討伐隊は再編成されてグマグ火山へ向かう準備を整えていた。今日中に火口に辿り着き、火山に生息するマグマゴーレムの掃討を完了させるために入念に準備を行う。

幸運な事に風邪を引いて倒れていたゴウカも目を覚まし、起きて早々に大量の飯を食べると完全復活を果たす。体調も万全らしく、飯を食べ終えた途端に元気を取り戻した彼は討伐隊に参加する事を伝えた。


「ふはははっ!!我、復活!!我、復活!!我、復活!!」
「この人、大丈夫ですか?色々な意味で……」
「ま、まあ……元気そうでなによりじゃないですか」


いつも以上にテンションが高いゴウカに他の者は引いてしまうが、彼が討伐隊に参加するのであればこれ以上に心強い存在はいない。甲冑とドラゴンスレイヤーを装備したゴウカが加わり、後はナイが加われば鬼に金棒なのだが、ここで問題が起きた。


「あれ?ナイさん、いつもの武器はどうしたんですか?」
「それが……ハマーンさんに打ち直して貰ってるんだけど、まだ時間が掛かるらしくて」
「仕方ないからあたしの退魔刀を貸してやったのさ。そのお陰であたしは留守番だよ」


ナイはテンの退魔刀を背負った状態で参加し、彼の代わりにテンが留守番役として残る事になった。旋斧と岩砕剣がないのであればナイの武器の代わりになるのはテンの退魔刀ぐらいしかなく、彼女も武器を貸す以上は討伐隊に参加できない。

生半可な武器ではナイの力に耐え切れずに壊れてしまうため、大剣型の魔剣を所持しているのはテンとゴウカの二人だけであり、流石にゴウカのドラゴンスレイヤーを借りるのは無理があるのでテンの退魔刀を貸して貰う。退魔刀は大分前にナイも扱っていた時期もあり、昔よりも大剣の戦いに慣れているので今ならば完璧に使いこなせる。


「退魔刀をナイさんが扱うんですか……ですが、魔剣は正当な所有者でなければその能力を発揮しないのでは?」
「それは分かってるだけどね、あたしが行くよりナイが行った方が戦力的には心強いだろう?それにこの退魔刀ならマグマゴーレムをぶった切っても壊れる事はないからね」
「すいません、少しの間借りておきます」
「まあ、いいさ。もしもハマーン技師が旋斧と岩砕剣を打ち直したらすぐに持って行ってやるよ」
「ふむ……我々が居ない間、飛行船の警護はお前に任せるぞ」


討伐隊が飛行船を離れる間、テンは飛行船の警護を任せられる。彼女以外に飛行船に残るのは現在は鍛冶を行っているハマーンと、彼の傍から離れないガオウ達だった。


「兄上、皆様……今回は私達も同行します」
「リノ、お前が無理に付いてくる必要はないぞ」
「いいえ、私も銀狼騎士団の団長です。この地に出向いておきながらずっと飛行船に引きこもっているわけはいけません。それに私には頼りになる護衛がいます」
「この命に代えてもリノ様をお守りします」
「拙者も同じでござる」


リノの言葉にシノビとクノがバッシュの前に跪くが、バッシュはシノビに対して鋭い視線を向け、彼がマグマゴーレムが襲来した時に自分が出ていくのを邪魔した事は忘れていない。


「シノビ、今日の出来事を忘れるなよ。お前が相応の功績を上げれば許可してやる」
「……肝に銘じておきます」
「忘れるな、貴様はリノの配下だ。貴様が失敗すればリノの責任となる……くれぐれも注意しておけ」
「はっ!!」


シノビはバッシュの言葉に頷き、そんな二人をリノは心配した様子で眺める。先の一件でバッシュはシノビの認識が一変し、もう彼の事は只のリノの護衛とは思わない。

もしもシノビがまた自分の邪魔をしたり、あるいは大きな失敗をすれば彼は次期国王としてリノの傍にシノビを置くつもりはない。しかし、逆にシノビが功績を上げれば彼とリノの関係を認めてやってもいいと考えていた。


「せいぜい頑張る事だな……よし、出発するぞ!!」
『はっ!!』


バッシュ王子が命令すると、討伐隊は遂にグマグ火山に向けて出発を開始した。今回はフィルもヒイロもミイナもルナも同行しており、戦力は前回よりも強化されている。

不安があるとすればナイはテンから借りた退魔刀では魔剣の力は使えない事であり、魔法剣の類は当てにはできない。それでも彼が討伐隊の中でもゴウカに次ぐ戦力である事に変わりはなく、連れて行かないわけには行かない。


(今日で終わる……絶対に勝って帰らないとな)


ナイは今日一日でグマグ火山に生息するマグマゴーレムとの決着がつくと予想し、緊張を隠せない。今回は頼りにしていた旋斧も岩砕剣も扱えないが、それでも彼は仲間と共に戦う事を決めてグマグ火山に向けて歩む。

飛行船の船首から討伐隊がグマグ火山に向けて出向く光景を確認する小さな影があり、その影は飛行船を降りて討伐隊の後を追うように移動する。それに気づかずにテンは甲板から火山に向かう者達を見送る。


「ふうっ……昔のあたしなら何が何でも付いて行ったんだろうけどね」
「どうした急に?」
「いや、我ながら随分と丸くなったと思ってね」
「確かに若い頃と比べれば太ったな」
「そういう意味じゃないよ!!バカタレが!!」


茶々を入れる同世代の団員達の言葉にテンは怒鳴りつけるが、彼女は不意に昔のことを思い出す――





――王妃ジャンヌの妊娠が発覚して彼女が出産を迎えるまでの間、聖女騎士団は一時的に副団長であるテンが団長代理を務めた。ジャンヌが安心して出産できるようにテンは聖女騎士団を率いる事になったが、ある日の晩に他の仲間に相談を行う。


「家族って、何なんだろうね」
「ん?」
「どうした急に……」
「どういう意味ですか?」


テンの前にはレイラ、ランファン、アリシア、エルマが集まっていた。この四人はテンと特に親しい間柄であり、酒場に行くときは一緒になる事が多い。

急に誘いを受けて呼び出された四人はテンの言葉の意味が分からずに首をかしげるが、テンは自分の生まれが特殊であるせいで「家族」という物が良く分からない。


「あたしは両親の顔はもう覚えてない。育ての親も何処かに消えちまうし、王妃様が母親みたいなもんだと思ってた」
「そうだったんですか……」
「王妃様が母親なんて恐れ多い事を……」
「だが、言いたい事は分かる」


これまでテンは王妃の事を母親のように慕っていたが、その王妃が本当に子供を産むと知って複雑な気持ちを抱く。まだ生まれてもいない子供に嫉妬しているような気分を味わい、それが嫌になって他の者に柄にもなく相談する。


「あんたらは家族はいるのかい?」
「両親も祖父母も元気だ。弟と妹が四人ずついる」
「私は小さい頃に両親に捨てられた」
「生きてるとは思います」
「私の場合は捨てられたようなものですから……」


テンが他の人間に家族がどんな存在なのか聞くと、ランファンにとって家族とは大切な存在だが、幼い頃に捨てられたレイラは両親を今でも恨み、アリシアの場合は里を離れてから全く会っておらず、連絡も取っていない。エルマの場合はあまり思い出したくはない存在だと語る。

家族といっても人それぞれでどのような存在なのか違い、テンにとっての家族は実の両親よりも育て親の「ネズミ」の方が思い入れが深い。そして今の彼女にとっての家族はジャンヌなのだが、そのジャンヌが本当の子供を産むと聞いた時からテンはやるせない気持ちを抱く。


「王妃様が子供を産むなんて今でも想像できないよ……どんな子が生まれるんだろうね」
「何だ、つまりお前は王妃様が子供を産んだら、自分の事を放っておいて子供ばかり可愛がるんじゃないのかと心配しているのか?」
「まるで子供ですね」
「うるさいね、ぶっ飛ばすよ!?」
「止しなさい、そんな事で喧嘩なんて……」
「子供が生まれようと王妃様は変わる事はないだろう。無論、私たちばかりに構う事もなくなるかもしれないが、それは仕方がない事だ」
「分かってるよ、そんな事は……」


ランファンの言葉にテンは深々と溜息を吐き出し、彼女にとって育て親のネズミとはぐれてからと呼べる存在はジャンヌだけだった。そのジャンヌが本当の家族ができると知った時、テンは彼女が自分とこれまで通りに接してくれるのか不安だった。

いつまでも子供のままではいられない事はテンも分かっているが、それでも彼女は寂しい気持ちを抱く。そんなテンに対して彼女と同じように今は家族がいないレイラはある提案を行う。


「テン、お前は新しい家族が欲しいか?」
「は、はあっ!?何を言い出すんだい、あんた……」
「お前程の年齢ならそろそろ男を作ってもいいだろう。ランファンを見習え、こいつは私達を置いてもう結婚したんだぞ」
「むっ……照れるな」
「……今だに信じられません」


ランファンは既にこの時から結婚しており、後に「ゴンザレス」を授かる。聖女騎士団の中では誰よりも早く結婚していた。


「あたしは男なんぞに興味はないよ!!まあ、あたしよりも腕っ節が強い奴なら考えなくもないけどね」
「なるほど、巨人族の男が好きか」
「なんで巨人族限定なんだい!!」
「お前に腕力で勝てる人間の男なんかそうそういないだろう……いや、そういえばリョフという冒険者が最近有名らしいが、興味はないのか?」
「知ってるよ、前に会った事がある。けど、あいつは駄目だね……ぞっとする」
「そうか、好みじゃなかったか」
「いや、そういう話じゃなくてね……なんというか、不気味な奴だったよ」


テンは本能的にリョフという男の危険性を感じ取り、近寄りたくない相手だと考えていた。実際に彼女の予感は当たっており、少し前にリョフはジャンヌといざこざを起している。


「男が駄目なら……養子でも取るか?」
「だから、そういう話じゃないと言ってんだろ!?」
「家族が欲しいんだろう?なら作ればいいだろう」
「なんでそうなるんだい!?」
「男も駄目、子供も駄目なら……よし、それなら私達で家族になればいいわけだ」
「はあっ!?何を言い出すんだい!?」


レイラの言葉にテンだけではなく、他の者たちもどういう意味なのかと彼女に視線を向ける。するとレイラは自分の腕を伸ばして短剣で肌を少し切りつけると、テンに短剣を渡す。


「ほら、お前も腕を切れ。間違っても切り過ぎるなよ」
「な、何だい急に……」
「いいから切るんだ、そして私の傷口と合わせろ」
「こ、こうかい?」


言われるがままにテンはレイラの指示通りに従うと、二人は傷口を合わせた状態で向かい合う。そしてレイラは笑みを浮かべて答えた。


「ほら、これでお互いの血が体の中に入った。つまり私達は同じ血が通った姉妹になったわけだ」
「……何言ってんだい、あんた?もう酔ってるのかい?」
「酔ってないよ、傭兵の間では親しくなった人間の間ではこうして血を通わせる事があるんだ。傭兵はいつ死ぬか分からない職業だからね、だから家族も残せるとは限らない。けど、この方法なら簡単に家族を作れるのさ。分かりやすく言えば義兄弟の誓い……いや、義姉妹の誓いだね」
「ほう、それは面白そうだな」
「なら、私達もやりましょうか」
「テン、良かったですね。これで四人も姉ができたじゃないですか」
「そうか、年齢的に考えてテンが一番下の妹になるのか」
「ちょ、ふざけんじゃないよ!!何を勝手に……ああ、もう!!あんたらと家族なんて御免だよ!!」


レイラの提案に他の者たちも乗っかり、その場で義兄弟ならぬの誓いを行う。この日のテンは勝手に自分の姉を名乗る彼女達に焦ったが、決して嫌な気持ちではなかった――
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