貧弱の英雄

カタナヅキ

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嵐の前の静けさ

第979話 モモの考え

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同時刻、王城ではイリアの研究室にアルトとモモの姿があった。新薬の開発を行っていた時に現れた二人にイリアは面倒ながらもお茶を出して用件を尋ねる。


「それで、わざわざ二人がここへ来た理由は何ですか?」
「二人というか、僕はただの付き添いだよ。君に用事があるのはモモの方なんだ」
「イリアさん!!お願いがあるの!!」
「ちょ、抱きつかないでください!!その無駄に大きい脂肪の塊を押し付けられても困ります!!私への当てつけですか!?」
「落ち着くんだ!!」


モモが抱きついてくるとイリアは自分よりも圧倒的な質量感を誇る胸を押し付けられ、苛立ちを抑えきれずに怒鳴り返す。そんな二人をアルトは慌てて割って入り、モモがわざわざイリアの元に訪れた理由を問う。


「モモ、どうしてイリアに会いたかったんだい?わざわざそんな荷物まで用意して……」
「ナイ君から聞いたんだけど、イリアちゃんも飛行船に乗るんだよね」
「ええ、まあ……」


魔導士であるイリアも今回のマグマゴーレムの討伐作戦に参加を命じられており、彼女は後方支援を任されている。ちなみにアルトは今回は同行せず、王城で皆の帰りを待つ事が決まっていた。流石に国王も大事な子供三人を危険地帯に送り込むのは避けたい。

ナイからイリアが今回の作戦に参加すると聞いた時、モモはある決意を固めて彼女の元に訪れた。モモが目的を果たすにはイリアの協力が必要不可欠だった。


「イリアさん!!私も一緒に飛行船に連れて行って!!」
「無理です」
「即答!?」


覚悟を決めたモモはイリアに自分も飛行船に乗せる様に頼み込んだが、彼女は即座に断った。そのあまりの反応の早さにモモは驚くが、話を聞いていたアルトは彼女に説明する。


「モモ……飛行船に乗れるのは王国関係者だけなんだよ」
「で、でも私はテンさんとナイ君と仲が良いよ!?」
「そういうのじゃ駄目ですね。まあ、貴女が優れた回復魔法の使い手という事は知っています。連れて行けば色々と役に立ちそうですけど……」
「それなら……」
「ですが、今回の作戦は途轍もなく危険なんです。一般人を連れて行くわけにはいきません、足手まといになりかねませんから」


回復魔法の使い手は貴重ではあるが、モモはあくまでも一般人であるために危険な場所へ連れていく事はできない。いくら彼女に頼まれようとイリアはモモを連れて行く気はない。


「貴方がナイさんといい感じの関係を築いていても、テンさんに実の娘のように可愛がられていても、アルト王子に妹のように可愛がられていても駄目です。一般人を連れて行って危険に晒したら今度こそ私は魔導士の地位を剥奪されます」
「そ、そこを何とかできないの?」
「無理です。もう、これ以上に邪魔するなら帰って下さい。ほら、媚薬でも惚れ薬でもあげますから……」
「さらっと凄い事を言っていないかい?」


イリアはモモの背中を押して研究室から出そうとするが、モモもここで引くわけにはいかず、彼女は諦めずにイリアに縋りつく。


「そこを何とか!!」
「ちょ、しつこいですよ!?そんなに胸を押し付けても私にそっちの気はありませんから!!」
「お願いぃっ!!」


自分にしがみついて離れないモモにイリアは必死に力を込めるが、密かにテンに鍛え上げられたモモの身体能力は凄まじく、まるで万力の如く締め付けてきた。


「お願いしますぅううっ!!」
「あたたたっ!?ちょ、離して!!内臓が破裂しますって!?」
「モモ、止めるんだ!!めっ!!」
「いや、そんな小さい子供を叱りつけるような怒り方で止めないでください!?」
「何でもするからぁああっ!!」


意地でもモモはイリアから離れる様子はなく、このままではイリアの身体が破裂しかねないとき、アルトは名案を思い付く。


「そ、そうだ!!イリア、彼女を助手として雇うのはどうだい!?」
「じょ、助手!?」
「前にもナイ君のために特製の魔石を作った事があるじゃないか!!あの時のようにイリアに協力してもらったらどうだい!?」
「えっ?魔石?」


モモはかつてナイの役に立とうと「煌魔石」なる特製の魔石の製作を行った事があり、その時にイリアにも協力して貰った。イリアとしては煌魔石を作る過程で色々と実験したかったのだが、アルトに言われて彼女は頷く。


「そ、そうですね……なら、私の仕事を手伝う事を条件に助手として雇っても構いません!!」
「本当に!?」
「た、但し私の言う事には絶対に従ってください!!とりあえず、ほら離れて!!」
「わんっ!!」
「そんな犬みたいに……」


イリアの命令にモモは素直に従い、彼女から解放されたイリアは息を荒げながらもモモに顔を向け、とりあえずは約束する。


「きょ、今日から貴女を助手として雇います。その代わりに私の言う事はちゃんと従ってください」
「うん!!約束するよ!!」
「はあっ……これは大変だけど面白い事になってきたな」


こうしてモモはイリアの臨時雇いの助手として迎え入れられ、飛行船の同席が認められた――





――飛行船が出発する前日の晩、ある酒場で人々が盛り上がっていた。一般人の間にはマグマゴーレムの討伐作戦は伝えられていないが、それでも飛行船に荷物が運び出されているという噂は流れていた。


「おい、聞いたか?明日の朝に飛行船が飛ぶみたいだぜ」
「は?またかよ、今度は何処へ行くんだ?」
「さあな、だけど最近は多いよな。飛行船が飛ぶ事……」
「俺さ、王国騎士の知り合いがいるんだけど、どうやら全部の王国騎士団が乗り込むらしいぜ」
「何だよそれ……また問題事が起きたのか?」


各地区の王国騎士団が飛行船に乗り込む前に準備を整えている事も知られ、更には騎士団だけではなく、冒険者ギルドの方でも動きがある事も噂になっていた。


「冒険者ギルドの方も黄金級冒険者のマリンの行方を確かめられたそうだぜ」
「マリンって……あのマリンか?」
「そういえば最近は姿を見ないよな……まあ、前々から滅多に人前に現れる人じゃなかったけど」
「どうなってるんだろうな……」


酒場に集まった客は王国が何をしようとしているのか疑問を抱き、それでも答えは思いつかない。いくら考えた所で無駄な事は考えても仕方がないと判断し、彼等は酒を楽しむ事にした。

しかし、そんな彼等の会話を盗み聞きする者がいた。それは酒場の隅の席で一人で座る女性であり、彼女は他の客の話を聞いて目つきを鋭くさせる。


「……ご馳走様、お代は机の上に置いておくわ」
「あ、ありがとうござい……えっ!?お客さん、多すぎますよ!?」


女性は金貨を一枚置くと、そのまま酒場を立ち去る。従業員は彼女が食べた分の食事と酒を確認して支払額が多すぎる事に気付き、慌てて止めようとしたが彼女は無視して酒場を出た。


(飛行船が飛ぶ……少し調べる必要があるわね)


酒場を離れた女性はしばらくは街道を歩くと、路地裏に移動して人気のない場所に移動しようとした。しかし、そんな彼女の後を追う人物が居た。

女性が辿り着いた場所はナイがヒイロ達と初めて遭遇した建物に囲まれた空き地であり、彼女は後方を振り返って自分に付いてくる者達に声をかける。


「出てきなさい」
「……へっ、気づいていたか」
「姉ちゃん、随分と羽振りがよさそうだな……俺達にも恵んでくれよ」


姿を現したのはいかにも柄の悪そうな出で立ちの男達だった。その手には短剣が握りしめられ、彼等を見て女性は同じ酒場に居た客だと知る。どうやら自分が金貨で支払いして出て行ったのを見て、金目当てで尾行してきた小悪党らしい。


「私が金を持っていると思って付いて来たの?」
「その通りだ。あんな安い酒と飯だけで金貨を支払うなんて姉ちゃん、何者だ?何処かの貴族様か?」
「へへへっ……ここは滅多に人が来ないからな。いくら騒ごうと無駄だぜ」
「そうね……
「あん?」


女性の口ぶりに男達は疑問を抱くと、彼女は指を鳴らした。その行動に男達は何のつもりかと思ったが、直後に彼等は異様な気配を感じ取った。


「な、何だ!?」
「み、見られている!?」
「あら、中々勘が鋭いわね……大方、傭兵崩れの小悪党かしら」
「て、てめえっ!!何をしやがった!!」


男達は何処からか視線を感じ取り、しかも一人や二人などではなく、何十人、何百人の人間に見られているような感覚だった。あからさまに動揺する二人に対して女性は両腕を広げる。


「ほら、よく見なさい……をね」
「足元、だと……!?」
「う、うわぁあああっ!?」


女性の言葉に男達は視線を下に下ろした瞬間、いつの間にか自分達の周りに数百匹の「鼠」が集まっている事に気付く。彼等が感じた視線の正体はこの鼠達であり、女性は指をもう一度鳴らす。

次の瞬間に大量の鼠が一斉に襲い掛かると、男達は悲鳴を上げる暇もなく身体中を噛み付かれた。鼠達の前歯はまるで研ぎ澄まされた刃物の如く切れ味が鋭く、一瞬にして男達は肉を抉られ、骨を削り取られ、眼球を潰されてしまう。


『っ――――!?』


声にもならない悲鳴をあげながら男達は全身が喰いつくされるまで鼠の大群に群がられ、その様子を魔物使いのアンは冷めた目で見下ろす。


「つまらないわね」


10秒も経過しない内にアンの目の前にはずたずたに引き裂かれたの人間の衣服だけが残り、男達の肉体は跡形もなく消え去った。数百匹の鼠が彼等を食い尽くし、肉片一つ残さなかった。仮に他の人間にこの現場を見られても何が起きたのか理解できないだろう。

アンが再び指を鳴らすと鼠達は散らばり、彼女は空を見上げる。そして月に向けて彼女は手を伸ばし、笑みを浮かべた。


「もう少しで……届く」


その言葉の真意は彼女以外の人間には分からず、アンはその場を立ち去った――
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