貧弱の英雄

カタナヅキ

文字の大きさ
上 下
998 / 1,110
嵐の前の静けさ

第977話 英雄と最強

しおりを挟む
『ぬうっ……大した力だな』
「くぅっ……!?」
「おい、何やってんだい!!さっさと離れなっ!!」
「これこれ、喧嘩はいかんぞ」


ゴウカはナイの肩を掴む力を強め、その万力のような握力にナイは反射的に背中の岩砕剣に手を伸ばす。しかし、それを見ていたテンとマホが間に割って入って止めた。

ナイは両肩の痛みを感じた時にゴウカの圧倒的な腕力を思い知らされ、彼が戦ってきた中で最強の敵と言えば魔物を除けば「リョフ」だった。だが、ゴウカはそのリョフに匹敵する、あるいはそれ以上の力を持つかもしれない。


(この人、やっぱり強い……途轍もなく)


恐らくはナイの両肩は痣が残っているはずであり、もしもテンとマホが止めなければどうなっていたか分からない。その一方でゴウカは自分の両手に視線を向け、改めてナイと向き合う。


『はっはっはっ!!前に会った時よりも更に力を増したようだな!!面白い……ならば吾輩とお主、どちらが上か力比べしようではないか!!』
「何を馬鹿な事を言ってんだい!?」
「お主、約束を忘れたのか?騒ぎを起こせばまた監獄に送り戻すと言ったであろう」


ゴウカの発言にテンは怒鳴りつけ、マホも流石に眉をしかめていた。彼の仮釈放を提案したのはマホだが、こんな場所でナイとゴウカを戦わせるわけには行かない。


『まあ、そう硬い事を言うな!!こちらもずっと監獄にいたせいで身体が鈍っている!!調子を取り戻すには誰か相手にしてもらうのが一番だ!!』
「ちっ、これだから脳筋は……だったらあたしが相手をしてやるよ!!」
「こりゃっ、お主も何を言うておる」
「あ、あの……」
「お~い、お主等!!儂の船の前で何をしとるんじゃ!!」


何故か引き留め役のテンもやる気になりかけていたところ、飛行船の方から声が掛かった。全員が見上げると、飛行船の甲板からハマーンが見下ろしていた。


「ハマーンさん!?どうしてここに?」
「どうしてもなにもこの船の整備しておるに決まっとるだろう。そもそもこの船を管理を任されておるのは儂だぞ」
『おおっ、ハマーンか!!久しぶりだな!!』
「おう、ゴウカ!!儂の作った特製の甲冑の具合はどうじゃ?」
『うむ、中々だな!!ちょいと股間の辺りがむず痒いが……』
「はっはっはっ!!後で調整してやるわい!!」


ハマーンとゴウカは昔からの仲でゴウカが以前に装着していた甲冑もハマーンが製作した物である。彼は甲板から降りるとゴウカと拳を合わせ、久しぶりの再会を喜び合う。


「こうしてお主がまた外に出られる日が来るとは思わんかったぞ」
『はははっ!!言ってくれるではないか!!それにしても相変わらず小さいな?』
「やかましいっ!!お主がでかいだけじゃっ!!」


基本的にドワーフは人間よりも小柄な種族のため、身長を馬鹿にされる事を嫌う者が多い。ゴウカの軽口に対してハマーンは彼の脛の当たりを蹴りつけるが、ゴウカ自身は全く気にした様子はない。

ハマーンが仲裁してくれたお陰で事なきを得たが、マホとしてはあのままナイとゴウカが戦った場合はどうなるのか少しだけ気になった。


(ふむ、か……)


ナイはこの国が誇る「貧弱の英雄」一方でゴウカは王国の歴史上でも「最強の冒険者」この二人が仮に本気で戦った場合、どちらが勝つのか想像がつかない。

力だけならばゴウカの方が圧倒的に上だと思われるが、ナイはこれまで普通ならば絶対に勝てない相手と戦い続けて勝利してきた。彼ならばあのゴウカを倒せるのではないかと期待を抱いてしまう。しかし、そんな興味本位で二人を戦わせるわけにはいかなかった。


「ゴウカ、お主の武器は儂が預かっておる。大分使い込んでボロボロだったから研ぎ直してやったぞ」
『おおっ!!それは有難い!!で、何処にあるのだ?』
「この船の中にある儂の工房じゃ」
「工房?そんなのがあるのかい?」
「この飛行船の開発を頼まれた時、特別に許可を貰って作ったんじゃよ。ナイ、お前さんの旋斧も強化も終わったぞ」
「えっ……」
『ほほう、武器を強化していたのか』


飛行船内にはハマーンの工房があるらしく、そこにはゴウカから預かっていた「ドラゴンスレイヤー」とナイの「旋斧」がある事をハマーンは告げる。しかもナイの旋斧は約束通りに強化してくれたらしく、その話を聞いた途端にゴウカは興奮した様子でナイの背中を叩く。


『よし、では早速受け取りに行こうではないか!!』
「そ、そうですね……」
「爺さん……余計な事を」
「はあっ……」
「な、なんじゃい……儂、何か仕出かしたか?」


何も事情を知らないハマーンは周りの人間の反応に戸惑い、それでも彼は飛行船内の自分の工房まで全員を案内した――





――飛行船の工房は船底の部分にあるらしく、しかもかなりの広さを誇る。ハマーン以外には彼の弟子も出入りし、船の整備や運転以外の時は彼はここで作業を行っている。


「ほれ、持っていけ」
『おおっ!!我が相棒、ピカピカになったな!!』
「それを直すのは苦労したぞ……後で代金は請求するからな」
『はっはっはっ!!捕まった時に財産は没収された!!ツケにしておいてくれ!!』
「全く、しょうがない奴じゃのう」
「それならば儂が払おう。ゴウカの釈放を提案したのは儂じゃからな」
「いやいや、マホ殿が気を遣わんでくれ。こいつの装備を直したのだからなんとしてもこいつに払わせる」
『うむ!!必ず返すから安心してくれ!!』


ゴウカは大剣型の「ドラゴンスレイヤー」を受け取り、研がれた刃を見て彼は満足そうに頷く。その一方でハマーンはもう一つの大剣を取り出す。


「ほれ、ナイにはこっちじゃ」
「これは……?」
「何だい、強化したなんて言う割には何も変わってないじゃないかい?」


ハマーンから手渡された旋斧を見てナイは不思議に思い、確かにテンの言う通りに旋斧は以前と特に変化は見当たらない。しかし、ハマーンは刃の根本部分を指差す。


「ここを見ろ、何か見覚えがある物が嵌め込まれているだろう?」
「えっ……あれ、これってもしかして?」
「お主が倒したから回収したじゃ」


旋斧の刃の根本部分には以前にナイが倒した「新種のゴーレム」の体内に埋め込まれていた黒水晶が嵌め込まれていた。これがハマーンの施した強化らしく、黒水晶を旋斧が取り込んだ事で性能がどのように変わるのかとナイは気になった。

ちなみにナイが倒した「新種のゴーレム」は話し合った結果、これからは「ブラックゴーレム」なる名前として呼ばれる事が決まった。見た目通りの名前なので憶えやすく、今後はブラックゴーレムと呼ぶ事に統一される。


「この黒水晶は魔力を蓄積させる事ができる。つまり、旋斧が吸収した魔力をそいつに封じる事ができるのじゃ」
「具体的にはどんな風に強化されたんだい?」
「今まで以上に魔力を吸収する事ができるし、魔石がなくとも吸収した魔力を黒水晶から引き出して使う事ができる。そして重要な点は二つの魔力を同時に宿す事もできる」
「えっ……二つの魔力を同時に?」


旋斧はこれまで吸収した魔力を利用して魔法剣を発動する場合、一つの属性しか魔力を引き出せなかった。しかし、黒水晶が旋斧に加わった事で理論上は二つの属性の魔力を発動する事ができるようになったという。


「例えば旋斧の刃に火属性の魔力を宿した場合、黒水晶に事前に風属性の魔力を宿しておけば同時に二つの属性の魔力を組み合わせた魔法剣が使えるはずじゃ」
「ちょっと待ちな!!そんな事が本当に可能なのかい?」
「ナイよ、お主はこれまでに二つの魔力を旋斧に送り込んだ事はないのか?」
「いや……多分、ないと思います」


ナイが覚えている限りでは魔法剣を発動する場合、基本的には魔石から引き出した魔力を単体でしか使った事がない。その理由としては魔石から魔力を引き出す場合、魔石の一つから魔力を引き出すのが限界だったからだ。

但し、火竜を倒した際に一時的にナイの魔剣は大量の火属性の魔力を宿した事があった。この時にナイが魔法剣を発動させようとすると、刃に宿った火竜の魔力と反応して特殊な効果を生み出したことがある。しかし、ナイ自身が二つの魔力を同時に操った事は一度もない。


「実際にできるかどうかは儂にも分からん。だから試しに使ってみてはどうじゃ?」
「そうですね、なら外に……」
『ちょっと待った!!』


外に出向いて強化された旋斧の試し切りを行おうとした時、ここでゴウカが止めに入る。全員が嫌な予感を浮かべてゴウカに視線を向けると、彼は嬉しそうに自分の胸を叩く。


『その試し切りの相手、吾輩が務めようではないか』
「……あんた、話を聞いていたのかい?今から魔法剣を試すんだよ。別に組手をする必要なんて……」
『だが、実際の戦闘で使えるかどうか試すには誰かに相手をしてもらうのが一番だろう?』
「それはそうかもしれませんけど……」
「ふむ、確かにナイの相手ができるのはお主ぐらいじゃのう」


ゴウカの発言にマホは考え込み、どのみちゴウカが完全に調子を取り戻すには誰かと戦うのが一番だと語っていた。仕方なく、マホはナイに相手をしてやるように促す。


「ナイ、すまんがこ奴の相手をしてやってくれ。責任は儂が持つ」
「はあっ……マホ魔導士がそこまで言うなら」
『はっはっはっ!!遠慮はいらんぞ、全力で斬りかかってこい!!』
「やれやれ……」


遂にナイと戦える事にゴウカは嬉しそうな声を上げ、そんな彼に全員が溜息を吐き出す――





――船内で戦うわけにもいかず、ナイとゴウカは造船所から離れて工場区内に存在する警備兵の屯所へ向かう。そこには既に銀狼騎士団が出発の準備を整えた状態で待機しており、副団長であるリンの姿もあった。

ナイ達はリンに事情を伝えて旋斧の試し切りを行いたい事、そしてゴウカが相手役を務める事を伝えると、リンはすぐに許可してくれた。ナイとゴウカが戦うと聞いた騎士達は興味を抱いて観戦に訪れる。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

王宮の幻花 ~婚約破棄された上に毒殺されました~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:47

家出少年ルシウスNEXT

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:541

俺クソビッチ化計画

BL / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:181

私、二度目は失敗しないので……!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:1,871

異世界転移、魔法使いは女体化した僕を溺愛する

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:633pt お気に入り:266

【本編完結】異世界に召喚されわがまま言ったらガチャのスキルをもらった

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:177pt お気に入り:296

カルドコットとリボーンドール

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

出稼ぎ公女の就活事情。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:772

処理中です...