貧弱の英雄

カタナヅキ

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嵐の前の静けさ

第970話 アンの誤算と英雄の帰還

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同時刻、ゴノの城壁の上では一人の女兵士が双眼鏡型の魔道具を利用してナイの姿を眺めていた。彼女はナイの戦闘の一部始終見ており、双眼鏡を下ろすと冷や汗を流す。


「あれが貧弱の英雄……噂以上ね」


警備兵に化けていたは自分が何年も育て上げたトロールの群れが、ナイの手で瞬く間に倒された事に衝撃を受けていた。王都から「貧弱の英雄」なる存在がゴノに訪れている事は知っていたが、まさかここまで強いとは夢にも思わなかった。

トロールの群れがゴノに襲撃を仕掛けようとしたのはアンの指示であり、彼女は既にゴノの街に「金狼騎士団」や「黄金級冒険者」が警護している事は知っていた。その中でも「貧弱の英雄」は王都で最も有名な武人と聞いていたため、彼女はどの程度の実力者なのか確かめるためにトロールの群れを仕掛ける。


(まさか私の僕が手も足も出ないなんて……あれはもう)


自分が育て上げたトロール達がナイに手も足も出ずに敗れる姿を見て彼女は悔しく思い、その一方でトロールが殺された事に悲しみの感情は一切抱かない。トロールが殺されたところで今のアンにとっては特に痛手はない。


(あのがここに居る限り、この街を襲うのは避けた方がいいわね)


ナイの強さを確認する事ができただけで大きな収穫であり、アンは早急に街から離れる事を決めた。彼女がトロールを街に仕向けたのは貧弱の英雄と呼ばれるナイの実力を確かめるためだけであり、目的を果たした以上はこの街に長居する理由はない。


(この国を壊すためにはあの英雄を何とかしないといけない……そのためにはやはりあれを育て上げる必要があるわね)


今の自分が従えている魔物だけではナイを倒すに戦力が足りないと判断したアンは、トロールよりも強力な魔物を僕に加えるために行動に移る。ナイを倒すためには生半可な力を持つ魔物を捕まえて育て上げた所でどうしようもなく、彼女はを殺せる程の力を持つ魔物を探す事を決めた――





――それからしばらく時間が経過すると、ゴノの街に飛行船が辿り着く。飛行船には王都から派遣された兵士達が乗り込み、彼等と交代という形でナイ達は飛行船に乗り込む。


「では後の事は任せましたわ」
「はっ!!この街の警護はお任せください!!」
「ふうっ、これでやっと王都へ戻れるな」
「良かった……皆は元気かな」
「ウォンッ!!」


ゴノの警護は王都から派遣された兵士達に任せ、ナイ達は遂に王都へ帰還できる。王都へ戻り次第に論功行賞が行われる予定のため、戻ってもすぐに身体を休めるのは難しそうではある。

それでも久々に王都へ帰れた事にナイは嬉しく思い、他の仲間と早く会いたいという気持ちを抱きながらナイは飛行船に乗り込む。しかし、この時にナイは誰かに見られているような気分を味わい、不意に後ろを振り返った。


「……?」
「どうかしました?」
「忘れ物か?早く取りに行ってこい」
「何か気になる事でも?」
「いや……気のせいでした」


ナイが立ち止まった事に他の者は不思議そうに尋ねると、ナイは首を振って飛行船に乗り込む。しかし、この時に飛行船に乗り込んだのはナイ達だけではなく、小型の鼠のような生き物が入り込んできた。


「チュチュッ……」


その鼠型の魔獣は飛行船に乗り込むとナイの後を追いかけ、誰にも見つからないように気を付けながらナイの行動を監視する――




「――おう、坊主。ここにおったのか」
「ハマーンさん!?運転は大丈夫なんですか?」


飛行船に乗り込んだナイ達を出迎えたのはハマーンであり、彼は飛行船の運転を任されているはずだがわざわざ迎えに来たのかとナイは驚く。


「今は整備中じゃ。飛行船が飛び立つまでもう少し時間が掛かる。それよりも儂に見せたい物があると聞いたが……」
「そうでしたわ。ナイさん、例のあれを……」
「あ、はい……どうぞ」


ナイは先日に自分が倒した「新種のゴーレム」から入手した「金属の塊」と「黒水晶」を差し出す。これらの素材はグツグ火山の鍛冶師達が調べたが、判明した事はこの二つを組み合わせる事で「魔力吸収」「吸収した魔力を蓄積」させる事しか分かっていない。

ハマーンは二つの素材を受け取ると興味深そうに眺め、グツグ火山の鍛冶師達が書き記した資料を読んで頷く。王国一と呼ばれる彼でも始めて見る素材らしく、興味深そうにハマーンは金属の塊を持ち上げる。


「なるほど、これが隕石が落ちた場所に現れた新種のゴーレムの……」
「グツグ火山の鍛冶師さんの話によると僕の旋斧と関りがあるかもしれないと言ってたんですけど……」
「うむ、その辺は王都に戻ってから詳しく調べる必要があるな」


ナイの言葉にハマーンは頷き、彼は急いで飛行船の整備を終わらせて王都に存在する自分の鍛冶屋に戻る事にした――





――飛行船は何事もなく無事に王都へ到着すると、造船所の前にはナイを迎えに大勢の人間が集まっていた。その中にはなんと国王の姿もあり、ナイ達が飛行船から降りてくると全員が拍手しながら迎え入れる。


「よくぞ戻ってきてくれた!!我が国の危機をまたもや救ってくれた英雄に拍手を!!」
「「「うおおおおっ!!」」」


国王の言葉に大勢の兵士や騎士達が拍手を行い、そんな彼等の対応にナイは驚きながらも船から降りると、真っ先に国王が駆けつけてナイと握手を交わす。


「よくやってくれた!!お主はこの国の宝じゃ、すぐに王城へ戻って新しい勲章を授与したい!!」
「えっと……」
「陛下、英雄殿が困っておるぞ。それに勲章の授与は後にしてくれ」


予想外の国王の反応にナイは戸惑うと、彼の後ろからハマーンが訪れて国王に口を挟む。国王はハマーンの言葉に自分が興奮し過ぎたと悟り、咳払いして他の者も労う。


「おおっ、ハマーン技師よ。わざわざ忙しい所を迎えに行かせて悪かったな。ドリス、それに黄金級冒険者達よ。お主達も見事に役目を果たしてくれた」
「「「ありがとうございます!!」」」


三人は国王の言葉を聞いて頭を下げると、流石に相手が相手だけにガオウも失礼な態度は取れず、大人しく礼を言う。その間にナイはハマーンに腕を掴まれ、国王に何か言われる前に早々に立ち去る。

このまま残れば国王が次に何を言い出すか分からず、その前にハマーンはナイを連れて自分の鍛冶屋へ向かう事にした。そんな彼等の行動に気付いた他の者も後に続く。


「ナイ、あんたまたやってくれたそうだね。本当に大した男だよ」
「あいたっ!?」
「ナイ君!!やっと会えたね!!」
「久しぶりね、無事に戻ってきてくれて良かったわ」


テンはナイの背中を叩き、モモは嬉しさのあまりにナイに抱きつく。ヒナもナイが無事に戻ってきてくれた事に嬉しく思うが、そんな彼女達を押し退けてハマーンは自分の鍛冶屋に向けてナイを連れていく。


「感動の再会のところ悪いが、今は急いでるんじゃ。坊主が陛下に連れ出される前に儂の鍛冶屋へ移動させねば……」
「何だい爺さん、ナイに何か用事があるのかい?」
「正確に言えば坊主の旋斧を調べねばならん」
「えっ……?」
「ど、どういう意味ですか?」
「説明している暇も惜しい、ほれ行くぞ!!」


ナイと共にテン達も同行してハマーンの鍛冶屋へと向かい、造船所は工場区に存在するためハマーンの経営している鍛冶屋からはそれほど遠くない。

道中は特に何も起きず、目的地であるハマーンの鍛冶屋に辿り着くと、彼は自分の工房にナイ達を案内する。本来はハマーンの工房は部外者の立ち入りを禁止しているが、今回ばかりは特別にテン達も中に入れてもらう。


「爺さんの工房に来るのも久しぶりだね。おっ、こいつは制作中の剣かい?」
「相変わらずごちゃごちゃしてるわね。掃除したいわ……」
「わあ、いろんな魔石が置いてある~」
「こりゃっ!!勝手に触るでない、下手に触れたら大変な事になるぞ!!」


ハマーンの工房にテン達がそれぞれ感想を告げる中、ナイはハマーンに腕を掴まれて大きな机の前に移動させられる。ちなみに机の大きさはドワーフ用に設計されているため、人間が扱うには適していない。


「ほれ、まずはお主の旋斧をここへ並べてくれ」
「こうですか?」


ナイは言われるがままに机の上に旋斧を並べ、その横にハマーンはナイから事前に受け取った金属の塊と黒水晶を並べる。こうして並べてみると旋斧と二つの素材は色合いが違く、とても同じ金属は思えない。
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