貧弱の英雄

カタナヅキ

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嵐の前の静けさ

第968話 強くなった理由

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「完敗です……やはり貴方は強い、尊敬します」
「あ、えっと……ありがとう」


フィルの賞賛の言葉にナイは意外に思いながら握手すると、二人は笑みを浮かべた。これまでに色々とあったがお互いに全力で戦った事でわだかまりが消え、今では友情のような物さえ感じていた。

各々の武器を回収するとフィルは改めてナイに視線を向け、見た限りでは自分と年齢はそう変わらないただの少年にしか見えない。しかし、その実は黄金冒険者の比肩する程の、あるいはそれ以上の実力を持つ人物なのだから人は見かけによらない。


「……ナイさんはどうやってそこまでの強さを手に入れたんですか?」
「強い?僕が……?」
「え、ええっ……何かおかしなことを言いましたか?」


ナイは呆気に取られた表情を浮かべるが、そんな彼を見てフィルの方が驚いてしまう。ナイは腕を組み、自分が「強くなった」という感覚を抱いた事は有るが、それでも自分が「強者」であるという自覚はなかった。


「う~ん……強い、強いか」
「あ、あの……何か変な事を聞きましたか?」
「いや……」


悩んだ末にナイは自分がではなく、を思い出す。彼の強さを求めたのは最初は自分のためではなく、養父のアルのためだと語る。


「僕が最初に強くなろうとしたのは爺ちゃんのためだったかな」
「爺ちゃん……ナイさんのお祖父さんの事ですか?」
「うん、正確に言えば本当のお祖父さんじゃなくて、赤ん坊の頃に拾ってくれたひとなんだけどね……」


ナイは自分の昔を語り、こうして自分の身の上話を他人にするのは実は初めてかもしれなかった――





――子供の頃のナイは生まれ持った「貧弱」という技能のせいで日付が変更する度にレベルが「1」に強制的に戻され、そのせいで年齢を重ねても他の子と比べて身体が弱かった。

今のナイならば考えられないが、昔は転んだだけで骨が折れるかもしれない程に身体が弱く、普通の人間のように生活するのも難しい状態だった。それでも養父のアルはナイが普通の人間と同じように暮らせるため、彼の身体を無理しない程度に鍛えてくれた。

レベルが上がらなくとも身体を鍛えれば筋力と体力は身に付き、色々な知識も授けてくれた。そのお陰でナイはレベル1でありながらも少しずつ身体が強くなっていき、猟師のアルの仕事を手伝えるようになった。



ナイの強さの原点は自分のためではなく、自分を心配してくれるアルを安心させるために彼は強くなろうと考えた。そして偶然にもナイは「貧弱」の技能の利用法を見出し、彼は魔物を倒してレベルを上げ、その際に得られる「SP」を利用して様々な技能を身に付ける。

どれだけレベルをリセットされようと新しい技能を身に付け、それを利用して更に強くなって次の技能を覚える。この頃からナイはアルのためではなく、自分の力で強くなれる事に楽しさを覚えて自発的に魔物を倒す様になった。



しかし、彼の運命が多き変わったのはアルが山から下りてきた「赤毛熊」に殺された時からだった。アルの仇を討つためにナイは毎日のように身体を壊しかねない無茶な訓練を積み、狂ったように強さを追い求めた。その結果、ナイは驚異的な速度で強くなれたかもしれない。

結果的にはナイは赤毛熊を屠る事に成功し、さらに強くなった。だが、そんな彼に待ち受けていた運命は悲惨で赤毛熊の討伐を行っている間に村を魔物に襲われ、彼は親しい友人も優しくしてくれた村人も全て失う。



一時期は自暴自棄になって陽光教会の元で世話になっていたナイだったが、再び彼が立ち上がったのは「ドルトン」のお陰だった。街に魔物が襲撃した時、ドルトンの身を案じたナイは教会を飛び出して再び戦いの道を選ぶ。

その後は無事にドルトンを救い出したナイは旅に出た後、王都へ辿り着いた彼は様々な人物と出会った。中には恐ろしい人間もたくさんいたが、それらを乗り越えてナイは今の強さを得られた。





「――僕が強くなれたとしたら、色々な人のお陰だと思う。爺ちゃんが鍛えてくれなかった強くなれなかったし、ドルトンさんが居なければ今頃も教会の世話になってたと思う。でも、やっぱり一番の理由は……」
「一番の理由は?」
「……成り行きじゃないかな」
「な、成り行き……!?」


ナイの返答にフィルは唖然とするが、当のナイ本人も他に理由を説明する事ができず、彼に申し訳ないと思いながらも素直に答えた。


「他に説明のしようがないから……でも、前にガオウさんが言ってたけど、強い人はたくさんの経験をしているんだって」
「あの男、ナイさんにまでそんな事を……」
「ガオウさんに聞いた事があるの?でも、僕は本当にその通りだと思うな」


ナイが強くなった理由は様々な出来事を「経験」したからであり、彼の強さの秘密は「経験の力」としか言いようがない。しかし、それをよりにもよってフィルが一番嫌っているガオウの持論だと知ると、フィルは深々と溜息を吐き出す。


「……僕はあの男が嫌いです」
「うん、知ってる……けど、どうして嫌いなの?」
「それは……色々です」


フィルがガオウの事を嫌っているのはナイは知っているが、どうしてフィルがガオウの事を嫌っている理由は知らない事を思い出して尋ねる。しかし、フィルは答えたくはないのか顔を反らして何も話さない。

あくまでもナイが見た限りではフィルはガオウの事は嫌っているが、ガオウの方はフィルをぞんざいに扱いながらも何処となく彼の事を気にしている様子だった。人よりも観察力に優れているナイは二人の間に何かあったのではないかと思い、詳しく尋ねる事にした。


「どうしてフィルはガオウさんを嫌っているの?」
「……それは」
「教えてよ」
「うっ……」


他の者ならばともかく、尊敬しているナイの言葉にはフィルは断る事ができず、彼はまだ自分とガオウが獣人国で活動していた時の事を話す。


「僕とガオウは元々は獣人国の出身だという事は知ってますね?」
「うん、確か二人とも獣人国の冒険者として活動してたんだよね」
「はい。ガオウは僕よりも少しだけ早く冒険者になったんですが、獣人国にいる時も将来有望な冒険者として名前は知れ渡っていました」


ガオウは獣人国で冒険者だった時も有名だったらしく、フィルは一時期だけ彼に憧れを抱いていた事もあった。しかし、そんな彼が突然に獣人国を離れて王国へ向かったという話を聞いた。


「僕はガオウと同じ冒険者ギルドでしたが、突然にあいつが獣人国を離れると言い出したんです。あと少しで黄金級冒険者に認められる所であいつは獣人国を離れ、王国で黄金級冒険者になりました」
「え、そうだったんだ。でも、何で急に?」
「本人に問い質しても何も答えてくれませんでした。でも、あいつが獣人国を抜け出したせいで色々と大変な事になったんです。獣人国の黄金級冒険者は王国よりも少なく、黄金級に昇格するだけでも名誉なんです。それなのにあいつは黄金級の昇格間近で王国の冒険者になった……これは獣人国からすれば裏切りに等しい行為なんです」
「裏切りだなんて……」
「勿論、あいつにも事情があったのは分かってます。だけど、獣人国の冒険者からすればあいつのした事は許される事じゃないんです……僕もそう思っていました」


獣人国の冒険者達はガオウが王国の冒険者ギルドに移籍した事に憤慨し、その中にはフィルも混じっていた。よりにもよって憧れを抱いていた男の行動だけに彼は他の者よりも怒りは大きかった。

彼は種族は人間ではあるが、獣人国で生まれた身として自国に誇りを抱いていた。だからこそ獣人国の出身でありながら王国に行ったガオウを許せなかったという。


「あいつと再会した時、どうして獣人国を裏切ったのかを問い詰めました。そうしたらあの男は「裏切ったつもりはない、ただ俺のしたいようにしただけだ」と平然と答えたんです」
「ど、どういう意味?」
「聞いたところによるとガオウが王都のギルドに移籍した理由はどうやらゴウカという冒険者が関わっているようです」
「ゴウカさん?」


現在は監獄に収監されているはずのゴウカの名前が出てきた事にナイは意外に思うと、フィルはガオウが王国に出向いた真の理由を明かす。。


「どうやらあいつは獣人国に遠征していたゴウカと出会い、決闘を申し込んでコテンパンに敗れたそうです。だから再戦の機会を得るためにゴウカが獣人国を離れると自分も後を追いかける様に王国の冒険者ギルドに移籍したとか……」
「あ~……なるほど、ガオウさんらしいね」
「あの男は国よりも自分の誇りのために冒険者ギルドを移籍したんです。その話を知った時は腸が煮えくり返りましたが……今は少しだけあいつの気持ちが分かります」


フィルはガオウが移籍した理由を知って最初は怒りを抱いたが、先日にナイに敗れた時に彼の気持ちが分かった。ナイに完膚なきまでに敗北したフィルは自分自身が恥ずかしく、大勢の人間に失態を見せてしまった事に恥を抱く。

だからこそ彼は飛行船がポイズンタートルに襲われた時、恥を塗りつぶす程の功績を上げようと必死になっていたが、結局はまた他の人間に迷惑を掛けてしまう結果となった。しかも自分を敗北させたナイが一番の被害を受けた事に彼は情けなく感じる。


「あいつの事を許したわけじゃありませんけど、それでも少しだけあいつの気持ちが分かったような気がします……」
「そっか……何時か仲直りできるといいね」
「……嫌ですよ、そんなの。あいつと仲直りなんてぞっとします」


ナイの言葉を聞いてフィルは苦笑いを浮かべ、今更二人とも昔のように仲良くなりたいとは望んでいない。それでもフィルはこれ以上にガオウを恨む事を止め、前に進む事を誓う。
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