貧弱の英雄

カタナヅキ

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嵐の前の静けさ

第963話 新種ゴーレム

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(誰もいないのは好都合だけど、食料も何も残っていないのは困ったわね)


井戸の水で喉は潤す事はできたが、肝心の食料は残念ながら村には残っていなかった。手持ちの食料は既に尽きたアンは困った表情を浮かべ、仕方なくを呼び出して食料になりそうな生き物を捕まえさせようかと考えた。

だが、彼女が魔物を呼び出す前に村の中に轟音が鳴り響く。何事かとアンは視線を向けると、村の中に残っていた建物の一つが崩壊して崩れ去る光景を彼女は確認する。


(今のは……!?)


自然に建物が崩れたとは思えず、アンは現場へ向かう。そして彼女が見たのは崩壊した建物の中から瓦礫を押し退け、ゆっくりと立ち上がる漆黒の物体だった。



――ウオオオオオッ!!



瓦礫を振り払いながら立ち上がったのは全身が漆黒に染まったゴーレムである事が判明し、今までに見た事もない色合いのゴーレムを見てアンは驚く。ロックゴーレムやマグマゴーレムなどはアンも見た事は有るが、今回のゴーレムはどちらとも違う色合いをしていた。


(あれはゴーレム?しかもあの色合いは……亜種?)


全体が漆黒に染まったゴーレムを確認するとアンは身を隠し、遠目から様子を伺う。ゴーレムは破壊した建物の瓦礫を拾い上げ、口元に運び込む。


「アガァッ……」
「っ……!?」


破壊した建物の瓦礫を口に運んだゴーレムにアンは驚き、基本的にゴーレム種は鉱石を好んで食べるが、漆黒のゴーレムが口にしたのは建物を建設する際に利用される石材である。

石材を口にした漆黒のゴーレムはしばらくの間は咀嚼していたが、やがて味が気に入らなかったのか吐き出してしまう。それを見たアンはゴーレムの行動に戸惑い、それでも気づかれない様にゆっくりと近づく。


(外見はロックゴーレムと似ているけど、形が微妙に違う……)


漆黒のゴーレムの外見はロックゴーレムと似てはいるが、ところどころが出っ張っており、肩や肘や背中に黒色の水晶の様な物が埋め込まれていた。それが気になったアンは近づいて様子を観察しようとすると、村に別の鳴き声が響く。


「ゴォオオオオッ!!」
「ウオオッ……!?」
「なっ……!?」


村の出入口に現れたのはマグマゴーレムであり、それに気づいた漆黒のゴーレムは振り返る。アンは身を隠しながら二匹のゴーレムの様子を伺う。

マグマゴーレムは漆黒のゴーレムに近付くと、同族であるにも関わらずに攻撃を仕掛ける。拳を握りしめて全身を発熱させながら漆黒のゴーレムに叩き込む。


「ゴオオッ!!」
「オオッ……!?」


殴りつけられた漆黒のゴーレムは溶岩の拳を受けて怯み、数歩ほど後退る。その光景を見てアンは落胆した。外見が漆黒に染まっている事からゴーレムの亜種だと思われたが、マグマゴーレムの攻撃で怯んでいるようでは大した能力は持ち合わせていないのかと思った。


(ただの色違いのゴーレムなら配下にする必要はないわね。なら、やっぱりマグマゴーレムの方を……!?)


当初の予定通りにアンはマグマゴーレムを従えさせようと考えた時、彼女はマグマゴーレムの肉体の異変に気付く。先ほど攻撃を仕掛けたマグマゴーレムの拳から先が消えてなくなっており、何が起きたのかとマグマゴーレムは混乱する。


「ゴアッ!?」
「……ウオオオッ!!」


拳がなくなったマグマゴーレムに対して漆黒のゴーレムは近づき、両腕で拘束してきた。マグマゴーレムは必死に逃げ出いそうとするが、この時に漆黒のゴーレムは口元をマグマゴーレムの胸元に押し付け、勢いよく吸い込む。


「ウゴォオオオッ!!」
「ゴオオッ……!?」
「なっ!?」


マグマゴーレムは漆黒のゴーレムに飲み込まれ、溶岩で構成された肉体は瞬く間に吸収されてしまう。それを確認したアンは動揺し、何が起きているのか理解するのに時間が掛かった。

やがてマグマゴーレムの肉体を吸いつくした漆黒のゴーレムは、全身を発熱させると身体に埋め込まれていた「黒水晶」が赤く光り輝く。その輝きを見たアンは水晶の正体が「魔石」や「魔水晶」の類であると見抜き、漆黒のゴーレムは水晶を赤く光り輝かせると口元から火炎放射を放つ。


「アガァアアアアッ!!」
「っ……!?」


火炎放射というよりは最早「光線」に近い威力の放射を行い、射線上に存在した村の建物を吹き飛ばす。その威力は火竜の火炎の吐息にも匹敵し、やがて炎が収まると漆黒のゴーレムはその場を立ち去る。


「ウオオオッ……!!」
「…………」


立ち去っていく漆黒のゴーレムの姿を見てアンは冷や汗が止まらず、同時に彼女は笑みを浮かべる。グツグ火山に赴いた理由はマグマゴーレムを捕獲するためだったが、彼女はマグマゴーレムを凌駕する新種のゴーレムを最初に発見した人物となった――





――火山に向けてナイ達が出発してから翌日の昼、遂に目的地であるグツグ火山の麓までナイ達は辿り着いた。この時にナイは火山に到着した途端、異様な寒気を覚えた。


「くしゅんっ、なんでこんなに寒いんだろう。前に来た時は暑かったのに……」
「クゥ~ンッ……」
「ぷるぷるっ?」


以前に飛行船で訪れた時はグツグ火山は真夏のような気温だったが、何故か今は真冬の様に山全体の気温が下がっていた。ナイはマントで身を包みながら村がある方向へ向かう。


「うわ、酷いなこれ……ゴーレムの仕業かな?」
「ウォンッ……」
「ぷるるっ……」


村に辿り着くと殆どの建物が崩壊しており、その大半が焼け崩れていた。恐らくはマグマゴーレムの仕業だと思われ、村人がいなくなった後にマグマゴーレムが押し寄せて村を焼き尽くしたと聞いている。

話を伺った限りでは村人は全員が避難済みらしいが、崩壊した村を見る限りは村人が戻っても元通りの生活を送るのは難しい状態だった。ナイは念のために村中を歩き回り、比較的に無事な建物を探す。


「この建物は……他と比べて壊れてはいないな。二人とも、ここで待っててね」
「ウォンッ!!」
「ぷるぷるっ(早く戻ってきてね)」


ナイは損壊を免れた建物を発見すると、外にビャクとプルミンを待たせて中の様子を伺う。建物の中から人の気配は感じられず、中の様子を調べると余程慌てて出て行ったのか随分と荒らされていた。


(そういえばここは村長の屋敷だったな)


飛行船で訪れた時にバッシュが村長と会合した家である事を思い出し、どうやら彼の家だけは奇跡的に無事だったらしい。ナイは村長の家の様子を確認してから出て行こうとした時、外からビャクの鳴き声が響く。


「ウォオオンッ!!」
「ビャク!?」


ナイに異変を知らせるかのようにビャクは大声で鳴き声を上げると、すぐにナイは外へ飛び出す。この時にビャクは既に戦闘態勢に入っており、プルミンは彼の足元に隠れていた。


「ぷるぷるっ……」
「グルルルッ……!!」
「二人ともどうしたの!?」


背中に抱えている旋斧に手を伸ばしながらナイはビャクとプルミンの元へ近づくと、彼等が正面を睨みつけている事を知って視線を向けた。しかし、予想に反して視線の先には何も存在せず、敵らしき姿は見当たらない。

ビャクとプルミンが何に気付いたのかを探るためにナイは「気配感知」の技能を発動させると、地中の方から異様な気配を感知する。即座にナイは旋斧を抜いて構えると、地面が盛り上がって内部から全体が漆黒に染まったゴーレムが出現する。


「ウオオオオッ!!」
「うわっ!?」
「ガアアッ!!」
「ぷるぷるっ……!!」


漆黒のゴーレムが地面から出現すると、ナイは驚愕の声を上げ、ビャクは威嚇を行い、プルミンは怯える様にナイの足元に避難する。姿を現した漆黒のゴーレムはナイ達に視線を向けると、警戒するように態勢を低くして身構えた。


「オアアッ……!?」
「ゴーレム……なのか!?」
「グルルルッ……!!」


今まで出会ったどんなゴーレムとも異なるゴーレムの登場にナイは戸惑い、それでも旋斧を構えると、ビャクは全身の毛皮を逆立てながら警戒態勢に入る。プルミンはナイの足元で身体を震わせ、漆黒のゴーレムに怯え切っていた。

得体の知れぬゴーレムの出現にナイは戸惑うが、ビャクの反応とプルミンの怯え具合を見て只者ではないと判断する。その一方でゴーレムの方もナイ達を見て警戒態勢を取り、迂闊に近づく様子はない。


(何なんだこいつ……ゴーレムの亜種?)


魔物に関する知識はナイもそれなりに勉強してきたが、全体が漆黒で染まったゴーレムなど聞いた事も見た事もない。それに身体の至る所に「黒水晶」のような物が埋め込まれており、直感でナイは黒水晶の正体が魔石の類だと見抜く。


(あの黒い水晶みたいのは魔石か?けど、闇属性の魔石みたいに禍々しい魔力は感じない……だけど、嫌な予感がする)


長年の魔物との対戦経験でナイは初めて遭遇する魔物でも、優れた直感で危険性を感じ取り、どのように戦うべきか冷静に考えた。その一方でビャクの方も野生本能で目の前のゴーレムの危険性を見抜き、主人であるナイに注意するように促す。


「ウォンッ!!」
「分かっている……こいつは危険だ。プルミンは下がってろ」
「ぷるぷるっ……」


ナイの言う通りにプルミンは先ほどナイが入っていた村長の屋敷に避難すると、改めてナイは旋斧を構えて漆黒のゴーレムと向き合う。漆黒のゴーレムは見る人間に警戒していたが、睨み合い続ける事に焦れたのか先に攻撃を仕掛けてきた。


「ウオオオッ!!」
「避けろっ!!」
「ウォンッ!?」


拳を振りかざして接近してきたゴーレムに対してナイはビャクに声をかけると、二人は左右に跳んでゴーレムが振り下ろした拳を交わす。ゴーレムの拳が地面に叩き付けられ、軽い振動が大地に広がる。
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