貧弱の英雄

カタナヅキ

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嵐の前の静けさ

第959話 王都

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それから数日後、王都に飛行船が帰還すると造船所には聖女騎士団と兵士達が出迎え、その中にはナイを迎えに来たモモの姿もあった。だが、彼女は戻ってきた人間達からナイがゴノへ残った話を聞かされて衝撃を受ける。


「ええええっ!?ナイ君、帰ってこないの!?」
「すまない……色々とあってナイ君はゴノに残る事になったんだ」
「す、すいません……」
「いったい何があったんだい?土鯨は倒す事ができたんだろう?」


アルトとヒイロからナイが戻ってこない事を伝えられたモモは落胆するが、テンは任務は果たされたのにナイが戻らないのか気になり、詳しい事情を聞く。

テンもかつてはバートンと対峙した人間の一人であり、アルトは彼女にも話しておくべきだと判断した。そしてゴノの街を襲撃した魔物にバートンの「印」が刻まれていた事を伝えると彼女は酷く動揺した。


「鞭の紋様だって!?そんな馬鹿な……バートンは確かに死んだはずだよ!!」
「テン、落ち着きなさい。気持ちは分かりますが、間違いありません」
「エルマ……その紋様は本当にバートンが書き残した印だったのかい?」


テンと同じく王妃に仕えていたエルマもバートンの事はよく知っており、彼女もバートンを捕縛する際に同行していた。だからゴノの街を襲撃したトロールやロックゴーレムに刻まれた「鞭の紋様」がバートンの印と全く同じ物だと断言する。


「間違いありません、あの印はバートンが魔物を従えさせるために記していた契約紋です」
「そんな事、あり得るのかい?まさかバートンの奴に後継者でもいたのか?」
「そこまでは分からぬ。しかし、バートンと何かしらの縁がある人間の仕業なのは間違いないじゃろう」
「…………」


マホの言葉にテンは考え込み、聖女騎士団がバートンを捕まえた後は彼を尋問してこれまでの悪事を全て吐かせた。しかし、尋問の際にバートンが気になる事を言っていた。


「そういえばあいつ、捕まった後は黙り込んでいたけど……処刑される前に気になる事を言っていたね」
「気になる事?」
「あいつ、処刑前日にこんな事を言ってたんだよ。確か……私を殺しても、いや、とね」


王都にてバートンの処刑が実行される前、テンは彼の監視を行っていた時にバートンが残した言葉を思い出す。当時はただの負け惜しみだと思って特に気にかけもしなかったが、今となっては彼の言葉が気にかかった。

自分を殺せば取り返しのつかない事態に陥る、それだけを告げてバートンは処刑された。彼の言葉を知っているのは監視を行っていたテンと、彼女から報告を受けた王妃だけである。その王妃も死んでしまったため、テンだけがバートンの遺言を記憶していた事になる。


「私を殺せば取り返しのつかない事になる、か。他に何か言ってなかったのかい?」
「いいや、処刑が決まった日の前日に急に私にだけ話しかけてきたのさ。あたしがどういう意味なのか尋ねても、その後は気が狂ったように笑うだけで何も話さなかったよ」
「今となっては……ただの負け惜しみとは思えんな」


バートンの言葉を知ったマホ達は難しい表情を浮かべ、彼が何を言い残したかったのか気になった。しかし、既にバートンは処刑されている。王国では罪人の死体は即焼却されるため、死霊魔術師だろうとバートンを蘇らせる事はできない。

色々と謎を残して死んだバートンにテンは苛立ちを抱き、こんな事ならば処刑前に無理やりにでも言葉の意味を吐かせるべきだったかと考える。後悔しても今更遅く、重要なのはこれからの事だった。


「それでナイの奴はいつ戻ってくる予定なんだい?」
「少なくとも飛行船の点検が終わるまでは戻る事はできん。どうも今回の遠征で無理をし過ぎたようで、飛行船の整備に時間が掛かるとハマーン技師が言っておったぞ」
「えっ!?じゃあ、ナイ君にはすぐに会えないの!?」
「まあ、整備といっても一週間程度で終わるそうじゃ。整備が終了次第、迎えの船を出す。あの飛行船ならばすぐに迎えに行けるじゃろう」
「10日ぐらい経過すればナイ君も戻ってくるよ」
「10日か……はあっ、ヒナちゃんに無理を言って迎えに来たのにな~」
「な、なんかごめんね……」


10日後にはナイも一旦王都に戻ってくるという話を聞いてモモも落ち着くが、話を聞かされたテンは腕を組んだまま考え込み、どうにも嫌な予感が拭えなかった。



モモを先に帰した後、テンは聖女騎士団を集めて会議を行う。その中には魔導士のマホも含まれ、彼女はトロールとロックゴーレムの核に刻まれた紋様を書き写し、当時バートンを知っている女騎士達に確認を行う。


「儂が見た紋様はこの形をしておった」
「この紋様は……間違いない、あの時の!!」
「そんな馬鹿な……」
「むうっ……」


古参の団員であるアリシア、レイラ、ランファンは紋様を確認した途端に顔色を変え、この三人もバートンが魔物に書き残す契約紋の事を知っていた。

三人は直接的にバートンと接触した事はないが、彼が捕まった後に使役していた魔獣の死骸から契約紋を確認している。だからこそトロールとロックゴーレムに刻まれていた紋様がバートンが利用していた契約紋と同じ形をしている事に動揺する。


「あたしは魔物使いの事を良く知らないけど、魔物使いの連中は全員が同じ紋様の契約紋を刻んで魔物を使役するのか?」
「いや……それは有り得ない。魔物使いの契約紋は個人によって違うはずだ」
「しかし、バートンは間違いなく死んだ。万が一に奴が死霊使いに蘇らされたとしても、魔物使いの能力まで復活する事は有り得ん。そもそも死体の方も処分したからなのう……」
「いったいどういう事だい?あいつは間違いなく処刑された。まさかシン宰相があいつを密かに生かしてたとか……」
「それは有り得ん。シンにとってもバートンはこの国の害悪、殺す理由はあっても生かす理由はない」


シンはこの国を裏で支配していたが、決して悪人を許す程愚かな男ではない。彼はあくまでも王国にとって不利益な存在を消してきただけに過ぎず、バートンのような凶悪犯罪者を見逃す理由がない。

団員全員がマホの書き写した契約紋に視線を向けて俯き、新人の団員であるエリナは不思議そうに手を上げながら答えた。


「あの……ちょっといいですか?」
「エリナ?」
「実は私のおばあちゃんに聞いた事があるんですけど、確か魔物使いの契約紋は親子なら同じ契約紋になると聞いた事があります」
「何だと?」


エリナの言葉に驚いた表情を浮かべ、マホはこの時にエリナの「祖母」を思い出す。彼女の祖母はマホとも古い仲であり、彼女よりも年上で知識も豊富な人物だった。


「そういえばエリナ、お主の祖母はマリアだったな」
「マリア?」
「確かエルフの里の族長では……」
「はい、そうです。まあ、私の親は養子なんで血は繋がってないんですけど……」


エルフの里の族長であるマリアは実子は持たず、養子としてエリナの母親を引き取った。後に母親は結婚してエリナが生まれ、彼女はマリアの孫に当たる。

血は繋がっていないがマリアはエリナの事を両親以上に可愛がり、小さい頃から色々と教えてくれた。その中には魔物使いに関する知識も教え、彼女の話によれば親子同士ならば契約紋が全く同じに形になる事もあるという。


「魔物使いの間でも滅多にない事ですけど、実の親子が全く同じ契約紋を扱う事があるそうです」
「という事は……まさか、バートンの奴に子供がいたのかい!?」
「もしくはバートンの父親か母親が生きていたとも考えられるな」
「いや、それはあり得ぬ。バートンの両親は奴が子供の頃に殺されているはず……となると、子供の仕業か」


ここに来てバートンには子供がいた可能性が出てきた事にテン達は驚きを隠せないが、バートンが処刑される前日にテンは彼が告げた言葉を思い出す。


「まさか、あの言葉の意味は……」
「テン、どうかしたのか?」
「……こうしちゃいられない!!すぐに王城へ向かうよ!!」
「おい、テン!?急にどうした!?」


バートンの遺言、彼の契約紋を使う謎の魔物使い、そしてエリナの話を聞いてテンは全ての謎を解き明かす。バートンには隠し子が存在し、今回の一件はその子供の仕業で間違いない。

すぐに上の人間に報告へ向かおうとした時、彼女はここで何故か王妃の顔が浮かぶ。どうしてこの状況で王妃の顔が浮かんだのか分からずに彼女は立ち止まり、そんなテンを他の者は心配する。


「どうしたテン?」
「王城に行くんじゃないのか?」
「…………」


テンは他の者に声を掛けられても何も答えず、王妃と共にバートンを捕まえた日の事を思い出す。彼女はあの時にはっきりと聞いていた、バートンが王妃に氷漬けにされる直前に告げた言葉を――




『嫌だ、死にたくない……!!早く!!』



まるで誰かに助けを求めるようにバートンは叫んでいた光景を思い出した。当時は混乱して敵も味方も分からずに助けを求めたのかと思ったが、もしもあの言葉が自分をや王妃や他の騎士ではなく、別の人間に告げた言葉だとすれば話は変わる。

バートンを捕まえた時、たった一人だけ聖女騎士団ではない人間が一人だけ居た。その少女はバートンが処刑されてからすぐに姿を消し去り、捜索が行われたが結局は見つかる事もなく行方不明のままだった。



「まさか……あの時の娘がっ!?」
「テン!?」
「どうしたんだ!?」


テンは今の今までどうして気付かなかったのかと狼狽し、そんな彼女に他の仲間達が心配そうに視線を向ける。しかし、当の本人は自分がとんでもない失敗をしてしまったのではないかと嘆く。


(あの娘がバートンの子供だとしたら……)


動揺のあまりにテンは身体の力が抜けてしまい、椅子に座り込んでしまう。そんな彼女を見て他の者たちは只事ではないと悟り、何が起きたのか彼女の口から明かされるのを待つ――
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