貧弱の英雄

カタナヅキ

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嵐の前の静けさ

第957話 退散

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「「「ゴォオオオッ……!!」」」
「な、なんだ!?」
「こ、こいつら……止まったぞ?」
「どうなってるんだ!?」


兵士や冒険者に攻撃を繰り出していたロックゴーレムの集団が唐突に停止し、その様子を見て戦っていた者達は戸惑う。城壁の上に立っていたエルマも異変に気付き、彼女さえも何が起きたのかと分からなかった。

何時の間にか時刻は夕方を迎えていたらしく、ロックゴーレム達は太陽が沈む光景を確認すると、その場で地面を掘り始める。その行為に兵士と冒険者は唖然とするが、ロックゴーレムは地面の中に潜り込む。


「な、何だ!?こいつら、何をしてるんだ!?」
「まさか……逃げたのか!?」
「いったいどうして……」


戦況を有利に運んでいたにも関わらず、ロックゴーレムの集団が地面に潜り込んで姿を消した事に誰もが戸惑う。エルマも何が起きたのか理解できなかったが、敵が消えた瞬間に緊張の糸が切れたのか大勢の人間がその場にへたり込む。


(……勝った?)


状況的に考えれば街を襲撃したロックゴーレムは退散し、被害はあったが無事に街を守り通す事はできた。エルマは自分の矢を撃ち尽くしている事に気付き、もしも戦闘が続行していればと思うとぞっとした。

彼女の扱う矢は普通の矢ではなく、事前に魔力が込めやすいように紋様を刻む。つまり、矢を失っていれば彼女は戦う事はできなかった。だからロックゴーレムが退いて一番命拾いしたのは彼女かもしれない。


(いったいどうして……)


ロックゴーレムが退いた事でエルマは安心したが、あまり喜んでばかりはいられない。本当にロックゴーレムが退散したのかは分からず、もしかしたら自分達の隙を伺うために隠れただけかもしれないと彼女は警戒する。

しかし、エルマの予想に反してその日はいくら待とうとロックゴーレムが現れる事はなく、無事に夜を迎える事ができた――





――城壁の防衛に成功したマホ達は街を収める領主の屋敷に招かれ、身体を休める事にした。3人とも疲労困憊だったが、特にマホは二つの城壁の守護のために無理をしてしまう。

ベッドに横たわったマホの元にエルマとフィルは訪れ、城壁で起きた出来事を話す。エルマが守護した西側の城壁以外でも同時刻にロックゴーレムの集団が退散したらしく、それを知ったマホは難しい表情を浮かべる。


「そうか……夕方を迎えた途端にロックゴーレム共は退いたという事か」
「いったい、奴等は何だったのでしょうか……」
「私の目には太陽が下りる前にロックゴーレムが逃げた様に見えましたが……」


街を襲撃してきたロックゴーレムの集団が退散した理由は未だに分からず、現在は倒す事に成功したロックゴーレムの調査を行っていた。


「こちらがマホ魔導士が破壊したロックゴーレムの残骸から発見された核です……壊れた破片を繋ぎとめた結果、やはり紋様が刻まれていたようです」
「おおっ、よく直せたのう」
「老師、この紋様は……」


兵士が集めた核の残骸を繋ぎ合わせた結果、街を襲撃したロックゴーレムの核には紋様が刻まれていた。しかも以前に発見した魔物の死体と同じく、死んだはずのバートンの「鞭の紋様」で間違いない。


「これはどういう事でしょうか?あのロックゴーレム達は魔物使いに操られていたという事でしょうか?」
「待ってください!!生身の生物ならばともかく、ロックゴーレムのような魔物も魔物使いは操れるのですか!?」
「うむ……前例がなかったわけではない」


魔物使いが操れるのは生身の肉体を持つ魔物だけではなく、ゴーレム種の様な生身の肉体を持たない存在も従える事が発覚した。但し、ゴーレム種の場合は本体の核その物に紋様を施す必要があり、その方法は決して簡単ではない。

街を襲撃したロックゴーレムの3分の1はマホが倒したが、その全てのゴーレムの核に紋様が刻まれていた形跡があった。この事から「鞭の紋様」は只の模様《シンボル》ではなく、魔物使いが魔物を服従する際に刻む必要がある印の可能性が出てきた。


「老師、これからどうしますか?」
「どうするも何もこの状態ではまともに戦う事もできん……こんな事ならばゴンザレスとガロも呼べば良かったな」
「もしも奴等がまた現れたら……」
「その時は……覚悟する必要があるのう」


今回の襲撃を乗り越えられたのは運が良かったとしか言いようがなく、再びロックゴーレムの集団が襲撃を仕掛けたら今度は防ぐ手立てはない。頼りになる魔導士のマホは魔力切れで碌に身体も動けず、フィルもエルマだけでは対処はできない。しかし、三人の不安とは裏腹にその日を境にゴノの街が襲われる事態は訪れずなかった。




――地中に潜り込んで姿を消したロックゴーレム達は街を離れると、草原に存在する丘に辿り着く。丘の上には人影が存在し、全身をローブで覆い隠した人物が座っていた。

この人物こそが街にロックゴーレムを襲撃させた黒幕であり、史上最悪の犯罪者と謳われたアルバートンの血を継ぐ人物だった。彼女の名前は「アン」今では父親を越える魔物使いへと成長していた。


「……思っていたよりもやられたようね」
「「「ゴオオッ……」」」


帰還したロックゴーレムの数を確認してアンは3分の1ほど倒された事を知り、それでも気分を害した様子はない。ロックゴーレムを従えるために苦労させられたが、この程度の数がやられようと彼女にとっては些細な問題だった。


(命令通りに夕暮れを迎える前には戻ってきた……やっとこいつらも使える手駒になったわ)


アンは昨夜のうちにロックゴーレムに三つの命令を与え、それを実行するかどうか確かめるために彼等にゴノの街を襲撃させた。まず一つ目の命令が「瓦礫に擬態して身を隠す事」この命令を受けたロックゴーレムはトロールに破壊された城壁の瓦礫に擬態して一晩中身を隠す。

二つ目の命令が「昼時を迎えたら人間を襲え」この命令を受けたロックゴーレムは昼時を迎えると、擬態を止めて兵士へ襲い掛かった。マホ達は気付かなかったが、ロックゴーレムの狙いは最初から街の中に侵入する事ではなく、城壁を守護する兵士や冒険者を狙って行動を起こしていた。

そして最後の命令は「夕暮れを迎えたら自分の元に戻る」この三つの命令をロックゴーレムは果たし、時間は掛かったがアンは「忠実な手駒」を手に入れた。


(父でさえも三つの命令を与えて実行させる事はできなかった……もう私は父を越えた)


普通の魔物使いは服従させた魔物に命令を与える場合、せいぜい与えられる命令は一つだけである。しかも知能が低い魔物はまともに命令を従わない事もある。

例えばコボルトやファングなどの魔獣系は相手に襲い掛かる場合、本能のままに従って相手に攻撃する。これらの魔物に相手を「襲え」という命令は従うが、戦う相手を「殺すな」や「生け捕りにしろ」という命令で従えさせるのは難しい。

魔獣系の魔物は戦闘の際は本能のままに攻撃するため、主人である魔物使いの命令でも聞く耳を持たない。仮に従えさせる事ができるとしたら「ミノタウロス」などの知能が高い存在しかおらず、逆に「オーク」などの知能が低い魔物はそもそも命令をまともに従わない。

ロックゴーレムの場合は知能はそれほど高いとは言えず、本来であれば魔物使いが服従させる魔物としては不適合だと言える。しかし、アンは十数年の時を費やして魔物使いの腕を磨き、遂には複雑な命令でも従える完璧な手駒を作り出す事に成功した。


(もう私に従わない魔物はいない……それにいざという時はあいつがいる)


自分の命令を完璧に遂行したロックゴーレムの集団を見てアンは魔物使いの能力を極めた事を自覚し、丘の裏側で寝入っている生物に視線を向ける。この生物こそがアンにとっての最高にして最強の魔物であり、どんな相手が現れようと負ける気がしない。


(けれど実験のためとはいえ、手駒をいくつか失ったのは惜しい……そろそろ新しい手駒を補充する必要があるわね)


今回の実験でアンは従えさせたロックゴーレムの3分の1を失ってしまい、それを補うために新しい魔物を従えさせることにした。彼女は地図を取り出してこの付近に出没する魔物を確認すると、とあるに注目した。


(……この場所なら新しいゴーレムも手に入りそうね)


ゴーレム種は主に山岳地帯に生息するため、火山にもゴーレム種がいる可能性は高い。アンは失った魔物の補充を兼ねて「グツグ火山」と地図に記された場所へ向かう。




――後にこの時の彼女の選択が王国の歴史を変える事になる。
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