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過去編 《運命の悪戯》
過去編 悪魔の子
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――王国の歴史の中でも最悪の殺人鬼として語り継がれるアルバートンは聖女騎士団の手で葬られた。しかし、彼が経営していた孤児院の子供は一人を除いて全員が犠牲になる。
ただ一人だけ生き残った少女は王国が手厚く保護したが、ある時に彼女は姿を消してしまう。捜索は行われたが彼女は発見には至らず、人々の間ではアルバートンの呪いで少女は死んでしまったのではないかと噂される。
しかし、少女は呪われたわけでもなければ何者かに攫われたわけでもなく、彼女は自分の意思で都を離れ、辺境の地に辿り着く。
「……こんな場所に村があるなんてね」
「ギギィッ……」
成長した少女が辿り着いた場所は王国の辺境に存在する小さな村であり、彼女の傍にはゴブリンの姿があった。本来ならば人間に害を為すゴブリンだが、彼女はアルバートンから授かった技術でゴブリンを従える。
――少女の正体はアルバートンの実の娘であり、彼女は父親と同じように「魔物使い」の才能を持っていた。彼女は魔物使いの才能を生かしてゴブリンを従えさせ、共に旅をしてきた。
彼女の本当の名前は「アン」母親が覚えやすいようにありきたりの名前を名付けた。彼女は両親から愛されていたとはいえず、小さい頃にアンは母親に捨てられ、偶然にも実の父親が経営する孤児院に預けられる。
アルバートンは彼女の母親とは結婚せず、そもそも娘が居た事も知らなかった。彼が身分を偽って暮らしていた時に母親と出会い、自分達が同じような境遇である事を知って意気投合して関係を持つ。
しかし、アンの母親が身籠った時にはアルバートンは事件を起こして姿を消してしまい、母親は自分の相手が犯罪者だと知って衝撃を受ける。相手が相手だけに周囲の人間も助けてくれず、彼女は結局は産んだ子供を捨てて逃げてしまう。
捨てられたアンはしばらくは母親の親族に育てられていたが、犯罪者の娘だと気持ち悪がられて結局は孤児院に預けられた。アルバートンはアンと遭遇した時、彼女の出生を聞いてすぐに自分が関係を築いた女の娘だと気付く。
『まさか子供を産んでいたとは……だが、これはこれで面白い』
孤児院の経営者としてアルバートンは他の人間に怪しまれないために表向きは優しい人間を演じていたが、実の娘であるアンにだけは本性を晒す。彼はアンが自分と同じく魔物使いの才能を持ち合わせている事に気付くと、彼は気まぐれにアンの才能を鍛える事にした。
『我々には生まれ持った才がある。それを生かさずに隠して暮らすなど愚かな事だとは思わないか?』
アンはアルバートンから直々に指導を受け、魔物を従えさせる方法を教わる。父親以上にアンは魔物使いの才能があったらしく、たった一年で彼女は父親を越える魔物使いとなった。
しかし、父親から魔物使いの技術を授かったアンはこれ以上に彼から学ぶ事はないと判断すると、即座にアンはアルバートンが思いもよらぬ行動を起こす。彼女は聖女騎士団に手紙を書いて送り込み、アルバートンの正体を知らせる。
『貴様……何のつもりだ!!この私に逆らうつもりか!?』
『逆らう?おかしな事を言わないで、用済みになったら捨てるのは当たり前でしょ?貴方だって私の母親を捨てた癖に……』
『おのれ……!!』
聖女騎士団が孤児院に到着した日の早朝、アルバートンはアンの企みに気付いた。彼はアンが自分を裏切った事に憤るが、彼女を殺そうにも既にアンは父親以上の存在と化していた。
『大丈夫、貴方は私の言う事に従っていれば死にはしないわ』
『貴様……何を考えている!?』
『言い争っている暇はないんじゃないかしら……もうそろそろ騎士団が辿り着く頃よ』
『ちぃっ……!!』
聖女騎士団が自分の元に迫っている事を知ったアルバートンは凶行を行い、自分が捕まる前に孤児院の子供達を殺しつくす。だが、手を下したのは確かに彼だが子供達が死ぬように仕向けたのは間違いなくアンだった。
『お前、気持ち悪いな……いつも鼠に餌をやってるだろ』
『あんた何を考えてるのよ……不気味ね』
『こっちに来るな!!』
孤児院に拾われた時、アンは他の子供達に馴染めずに彼等からいじめられていた。実の母親から捨てられ、再会した父親は自分の事を娘だとは思わず、せいぜい使い勝手のいい道具に育て上げようとした。そして孤児院の子供達からも受け入れられなかったアンは復讐を誓う。
『全て……壊してやるわ』
アンは父親から魔物使いの技術を学び、これ以上に彼から教わる事はないと判断すると聖女騎士団を利用して彼を追い詰める。この時に孤児院の子供達を父親に殺害させる事でアンは復讐を果たし、そして父親を悪役に仕立て上げて彼女は自分をたった一人だけ生き残った被害者として誰からも怪しまれずに生き延びる事に成功した。
勿論、拘束された際にアルバートンもアンの正体を晒した。だが、苦し紛れの言い訳としか思われず、誰も彼の話を信じなかった。アンはあくまでも悲劇の被害者であり、彼女は誰にも怪しまれる前に姿を消す。
「……愚かな男ね」
「ギギィッ?」
「何でもないわ」
失った片耳に手を当てながらアンは呟くと、ゴブリンが不思議そうに見上げてきた。アルバートンがアンを人質にして片耳を削ぎ落したのは彼なりの復讐だったのかもしれない。
アンを救った聖女騎士団は彼女の治療も行ったが、生憎と現場に居合わせた団員は回復魔法は扱えず、任務でもなかったので市販の回復薬しか持ち合わせていなかった。怪我を治すだけならばともかく、破損した肉体の一部を再生する場合は特製の回復薬が必要だったため、アンの片耳は失われたままだった。
右耳が存在しない彼女は髪を伸ばして隠しているが、時折に痛みを感じる事がある。怪我自体は完全に治ったが、当時の事を思い出すとアンは失われた右耳の幻肢痛に苦しむ。
(鬱陶しい……死んでも尚、私を困らせないでちょうだい)
父親に対する愛情など一片の欠片も残っていないはずだが、彼の事を思い出す度にアンの失われたはずの耳に痛みが走る。この幻肢痛を抑えるためには完全に父親の事を忘れるしか方法はなく、彼女は王都を離れたのは新しい場所で新しい生活を送り、誰にも束縛されない自由な生き方を手に入れるためだった。
「この村は……人が多すぎるわね」
辺境の地に辿り着いたアンだったが、彼女の目的は人里離れた場所で誰の力も借りずに一人で生きていくつもりだった。もう他の人間と接触して暮らす事は嫌な彼女は村から離れようとした。
しかし、村を離れようとした途端、アンは気配を感じ取って彼女の傍に仕えていたゴブリンも武器を構える。アンは気配の方向に振り返ると、木々の間からファングが姿を現す。
「グゥウウッ!!」
「ギギィッ!!」
「……面倒ね」
コボルトが姿を現した瞬間にゴブリンはアンを庇うように身構えるが、それに対してアンはコボルトに視線を向け、ある事に気付く。
「毛並みが黒い……亜種ね」
「ガアアッ!!」
コボルトの通常種は灰色の毛皮だが、アンの前に現れたコボルトは毛皮が黒色であり、亜種である事を見抜いたアンは自分を庇うゴブリンに視線を向ける。
彼女が使役するゴブリンは命令には絶対忠実で逆らう事はできない。しかし、いかに自分に忠実であろうとたかがゴブリンではこれからの旅路にアンは不安を感じていた。そんな時に都合よく現れたコボルトに対してアンは残酷な考えを思いつく。
「戦いなさい」
「ギギィッ……!?」
「さあ、早くしなさい」
アンからの命令にゴブリンは驚いた表情を浮かべるが、彼女はゴブリンを睨みつけるとゴブリンの首筋に紋様が浮き上がる。魔物使いが契約を交わした魔物には身体の何処かに「契約紋」と呼ばれる紋様が浮き上がり、この契約紋を刻まれた魔物は命令に逆らうと紋様が激痛を引き起こす。
「ギィアアアアッ!?」
「ガアッ!?」
痛みのあまりにゴブリンは気が狂ったかのように悲鳴を上げ、その様子を見たコボルト亜種は驚く。アンの命令通りにゴブリンは武器を手にしてコボルト亜種へと襲い掛かり、その様子をアンは澄ました顔で見届ける――
――数分後、アンの目の前では血塗れになって倒れたゴブリンと、片膝を着いて首元を抑えるコボルト亜種の姿があった。普通ならば通常種のゴブリンにコボルト(しかも亜種)が後れを取る事は有り得ない。
だが、魔物使いと契約を交わした魔物は成長が早く、アンが従えていたコブリンは「上位種」に近い戦闘力を持ち合わせていた。それでもコボルト亜種には遠く及ばないが、アンの命令を受けたゴブリンは死力を尽くしてコボルト亜種と戦い、倒す事はできなかったが怪我で動けなくなるまで追い詰める事に成功した。
「ギィアッ……」
「…………」
ゴブリンは既に立ち上がる気力も残されておらず、アンに対して助けを求めるように手を伸ばす。しかし、自分のために命懸けで戦ったゴブリンに対してアンは冷めたい瞳を向け、一言だけ告げる。
「お前はもういらない」
「ッ……!?」
アンの言葉を聞いたゴブリンは目を見開き、この時に首に浮かんでいた紋様が消えてしまう。魔物使いの施す契約紋は魔物使いの意思で効力を消す事が可能であり、アンが「いらない」と告げた時点で彼女とゴブリンの契約は打ち切られた。
契約紋が消えたという事はアンはゴブリンを完全に見捨てた事を意味しており、彼女は膝を着いているコボルト亜種の元へ向かう。ゴブリンはそんな彼女に対して必死に助けを求めるが、既にアンの興味はコボルト亜種に向かれていた。
「さあ、私に従いなさい。そうすれば貴方に力を与えるわ」
「ガアッ……!!」
疲労困憊のコボルト亜種にアンは手を伸ばし、新たな契約を交わす。その光景をゴブリンは見届け、やがて意識を失う。
ゴブリンが目を覚ました時、彼が最初に見たのは美しく光り輝く「満月」だった。意識を取り戻したゴブリンは自分が生きている事に驚き、痛みに耐えながら身体を起き上げる。
――どうして?何故、自分は生きている?
どうして自分が生きているのかゴブリンも不思議に思ったが、すぐに彼は自分の主人だったアンを探すが、気絶している間に既に去ってしまったらしい。そして自分が負傷させたコボルト亜種の姿もなく、自分が見捨てられた事を悟るとゴブリンは怒り狂う。
――許せない、あの人間の女……絶対に許さない!!
自分を見捨てて立ち去ったアンにゴブリンはこれまでにない怒りを抱き、同時に肉体に変化が起きた。ゴブリンの身体が徐々に膨れ始め、骨が軋む音が鳴り響く。
ゴブリンは自分自身の肉体の変化には気づか、口元に違和感を感じて手を伸ばす。すると自分の口に狼の毛のような物が張り付いている事に気付き、コボルト亜種との戦闘で悪あがきに喰らいついた事を思い出す。
――美味かった、あの獣の肉……
ゴブリンは戦闘の最中にコボルト亜種に喰らいつき、肉の一部を喰らった。その影響なのかゴブリンの肉体は変化し始め、遂には上位種のホブゴブリンと進化を果たす。
通常種のゴブリンは雑食で他の動物の肉を食べる事はある。しかし、満足な栄養を得られないとゴブリンは上位種へと進化を果たせない。この世界には数多くのゴブリンがいるのにどうしてホブゴブリンに進化を果たす者が一部しか存在しないのかというと、その理由はゴブリンが頭が良い反面に「臆病」な生物だからである。
大抵のゴブリンは自分よりも上の存在と対峙した時、恐れを抱いて逃げ出してしまう。武器や罠の類を利用できる知能があるにも関わらず、ゴブリンは自分よりも圧倒的な力の差が存在する敵を前にしたら怯えて動けない。
しかし、ゴブリンが上位種に進化するためには大量の栄養を必要とするため、人間や動物などのような生き物では殺して食しても満足な栄養分は得られない。だからこそホブゴブリンに進化するためにはゴブリンは自分よりも強い存在、即ち他の魔物を食すことが必要不可欠だった。
――欲しい、もっとあの肉が……欲しい!!
コボルト亜種は魔獣の中でも上位に位置する危険種だが、その肉体の栄養分は猪や熊などの比ではなく、ほんのわずか喰らっただけで死の淵に立たされていたゴブリンは息を吹き返した。
コボルト亜種の肉を喰らった事で奇跡的に助かったゴブリンは立ち上がると、上位種のホブゴブリンに完全に進化を果たす。この時点でホブゴブリンは初めて自分の肉体の変化を自覚すると、驚いた表情を浮かべながら満月を見上げる。
――力が湧きあがる!!
今なら跳ぶだけで空に浮かぶ月にでも届くのではないかと思う程、ホブゴブリンは高揚感を抱く。初めての進化にホブゴブリンは興奮を抑えきれず、同時に自分がより大きな力を手にした事でホブゴブリンは自分を見捨てたアンを思い出す。
――復讐してやる、人間め!!
自分を見捨てたアンの事を思い返すだけでホブゴブリンは人間に対する復讐心を抱き、必ずや自分の手でアンを殺して他の人間共を根絶やしにする事を誓う。
しかし、いくら力を身に付けたといっても一人だけではどうしようもできず、ホブゴブリンは冷静になって今後の事を考える。ホブゴブリンに進化した際に脳も発達し、より高度な知能を手に入れたホブゴブリンはこれから自分が何をするべきか考えた。
――人間は侮れない、また操られるかもしれない。なら仲間を増やすんだ
人間に恨みを抱きながらも決してホブゴブリンは人間の力を舐めてはおらず、アンと旅を同行していた時に人間がどれほど厄介な存在なのか思い知っていた。
ゴブリンも群れで行動する修正があるため、仲間の重要性はホブゴブリンも理解していた。人間と戦うためには自分は群れの主となり、新しい仲間を作らねばならない。その考えに至ったホブゴブリンは早速行動に移そうとした時、草むらから狼の唸り声が響く。
「グルルルッ……!!」
「ガアアッ……!!」
「ウォオオンッ!!」
「ッ……!?」
ホブゴブリンの血の臭いに引き寄せられたのか、草むらから現れたのはファングの群れだった。ホブゴブリンは進化を果たしたとはいえ、今だに自分が血塗れである事に気付き、ファングの群れは彼を取り囲む。
まだゴブリンだった頃ならばファングの群れに囲まれれば怯えて何もできなかったかもしれない。しかし、ホブゴブリンは自分の前に現れたファングの群れを見て笑みを浮かべ、口元から大量の涎を垂らす。
――こいつらの肉は美味いのか?
コボルト亜種の肉を喰らった時にゴブリンは魔獣の肉の味を覚え、自らファングの群れに襲い掛かった。ファングの群れを蹴散らした後、ホブゴブリンは彼等の死骸に嚙り付く。しかし、いくら口にしようとゴブリンの時に味わったコボルト亜種の味には及ばず、それが不満なホブゴブリンは新たな獲物を探す。
ファングよりも強い獲物を探す道中、ホブゴブリンは山の奥に進む。そして遂に見つけたのが川辺で身体を休ませる「ボア」の姿だった。
「グギィイイイッ!!」
「フゴォッ!?」
ホブゴブリンはやっと発見した獲物に対して鳴き声を上げ、その声を聞いたボアはホブゴブリンに気付いて慌てて立ち向かおうとした。しかし、ボアが戦闘態勢に入る前にホブゴブリンは接近すると、その巨体に組み付いて力ずくで押し倒す。
「フンッ!!」
「プギャアアッ!?」
横倒しにされたボアはホブゴブリンに抑え込まれ、必死に暴れるがホブゴブリンは決して力を緩めない。ボアに一切の反撃の隙を与えず、ホブゴブリンは急所に目掛けて手刀を繰り出す。
「グギィイッ!!」
「フガァッ……!?」
ホブゴブリンへと進化した事で身体能力も大きく上昇しており、振り下ろした手刀はボアの急所を貫く。ホブゴブリンが腕を引き抜くと大量の血液が噴き出し、しばらくの間は暴れていたボアも血が抜けていくごとに力を失って動かなくなった。
完全に死んだ事を確認したホブゴブリンは、血に染まった自分の右腕に視線を向けて改めて自分自身の強さに驚く。少し前まではホブゴブリンはどこにでもいる非力なゴブリンでしかなかった。しかし、今のホブゴブリンはボアをも圧倒する力を身に付けていた。
「グギィイイイイッ!!」
勝利の雄叫びを上げながらホブゴブリンはボアに喰らいつくと、先ほどのファングとは比べ物にならない味の美味さに歓喜する。この日からホブゴブリンは魔獣を狩り、それを食す事で更なる力を求める――
――ホブゴブリンは様々な魔獣の肉を喰らい、時には命を落としかねないほどの敵と遭遇した。その相手は山の主である「赤毛熊」であり、流石のホブゴブリンも自分の死を覚悟する程の強敵だった。
「ガアアアアッ!!」
「グギィイイイッ!!」
赤毛熊との戦闘ではホブゴブリンは素手だけではなく、自作の石斧を手にしたホブゴブリンは赤毛熊に目掛けて石斧を叩き込み、遂には赤毛熊に膝を着かせる。
「ガアッ!?」
「グギャアアッ!!」
石斧で赤毛熊の片足を負傷させると、この好機を逃さずにホブゴブリンは赤毛熊に組み付き、恐るべき怪力で赤毛熊を持ち上げた。赤毛熊は必死にもがくがホブゴブリンは手放さず、そのまま力任せに放り込む。
「グギィイイッ!!」
「ガアアアッ――!?」
赤毛熊とホブゴブリンが戦っていた場所は渓谷であり、谷の底に目掛けてホブゴブリンは赤毛熊を投げ飛ばす。赤毛熊は悲鳴を上げながら谷底に落下し、やがて渓谷に流れている川に飲み込まれてしまう。
谷底に赤毛熊を投げ飛ばしたホブゴブリンは膝を着き、流石に今回の敵は手強く、身体中が傷だらけだった。赤毛熊と戦う前からホブゴブリンの肉体には魔獣との戦闘によって多くの古傷が残っており、それでも彼は遂に山の主を打ち倒した。
「グギィイイイイッ!!」
赤毛熊さえも倒したホブゴブリンは両腕を掲げ、その鳴き声に引き寄せられて彼の元に山の中に隠れていたゴブリン達が姿を現す。ゴブリン達は赤毛熊を打ち倒したホブゴブリンに動揺しながらも、彼の前に集まって跪く。
「ギギィッ……」
「ギィイッ……」
「ギィアッ……」
「グギィッ――!?」
自分の前に跪くゴブリンの群れを見てホブゴブリンは戸惑うが、彼等の考えている事はすぐに理解した。この山に暮らすゴブリン達はホブゴブリンこそが自分達の「主」に相応しいと考え、彼の前に跪いたのだ。
山中のゴブリンがホブゴブリンの元に集い、その光景を目にしたホブゴブリンは今までにない高揚感を抱く。今までは他の生物に怯えたり、従って生きていくしか経験がなかった。しかし、暴力《ちから》を手に入れたホブゴブリンは遂に自分に服従を求める同胞《ゴブリン》が現れた事に喜びを抱く。
――俺はこいつらの王だ!!
元々はただの非力なゴブリンでしかなかったが、人間《アン》に対する復讐心だけでゴブリンはホブゴブリンと進化を果たし、そして更なる進化を迎えようとしていた。
その後、山中のゴブリンを従えたホブゴブリンは周辺地域の魔獣を狩りつくし、更なる進化を迎える。やがて進化を遂げたゴブリンの王は山の麓に存在する人間の村を襲い、住民を一名を除いて皆殺しにする。
しかし、皮肉にもこの取り逃がした一名の生存者が後に彼の命を絶つ存在となる事は誰も知らない――
ただ一人だけ生き残った少女は王国が手厚く保護したが、ある時に彼女は姿を消してしまう。捜索は行われたが彼女は発見には至らず、人々の間ではアルバートンの呪いで少女は死んでしまったのではないかと噂される。
しかし、少女は呪われたわけでもなければ何者かに攫われたわけでもなく、彼女は自分の意思で都を離れ、辺境の地に辿り着く。
「……こんな場所に村があるなんてね」
「ギギィッ……」
成長した少女が辿り着いた場所は王国の辺境に存在する小さな村であり、彼女の傍にはゴブリンの姿があった。本来ならば人間に害を為すゴブリンだが、彼女はアルバートンから授かった技術でゴブリンを従える。
――少女の正体はアルバートンの実の娘であり、彼女は父親と同じように「魔物使い」の才能を持っていた。彼女は魔物使いの才能を生かしてゴブリンを従えさせ、共に旅をしてきた。
彼女の本当の名前は「アン」母親が覚えやすいようにありきたりの名前を名付けた。彼女は両親から愛されていたとはいえず、小さい頃にアンは母親に捨てられ、偶然にも実の父親が経営する孤児院に預けられる。
アルバートンは彼女の母親とは結婚せず、そもそも娘が居た事も知らなかった。彼が身分を偽って暮らしていた時に母親と出会い、自分達が同じような境遇である事を知って意気投合して関係を持つ。
しかし、アンの母親が身籠った時にはアルバートンは事件を起こして姿を消してしまい、母親は自分の相手が犯罪者だと知って衝撃を受ける。相手が相手だけに周囲の人間も助けてくれず、彼女は結局は産んだ子供を捨てて逃げてしまう。
捨てられたアンはしばらくは母親の親族に育てられていたが、犯罪者の娘だと気持ち悪がられて結局は孤児院に預けられた。アルバートンはアンと遭遇した時、彼女の出生を聞いてすぐに自分が関係を築いた女の娘だと気付く。
『まさか子供を産んでいたとは……だが、これはこれで面白い』
孤児院の経営者としてアルバートンは他の人間に怪しまれないために表向きは優しい人間を演じていたが、実の娘であるアンにだけは本性を晒す。彼はアンが自分と同じく魔物使いの才能を持ち合わせている事に気付くと、彼は気まぐれにアンの才能を鍛える事にした。
『我々には生まれ持った才がある。それを生かさずに隠して暮らすなど愚かな事だとは思わないか?』
アンはアルバートンから直々に指導を受け、魔物を従えさせる方法を教わる。父親以上にアンは魔物使いの才能があったらしく、たった一年で彼女は父親を越える魔物使いとなった。
しかし、父親から魔物使いの技術を授かったアンはこれ以上に彼から学ぶ事はないと判断すると、即座にアンはアルバートンが思いもよらぬ行動を起こす。彼女は聖女騎士団に手紙を書いて送り込み、アルバートンの正体を知らせる。
『貴様……何のつもりだ!!この私に逆らうつもりか!?』
『逆らう?おかしな事を言わないで、用済みになったら捨てるのは当たり前でしょ?貴方だって私の母親を捨てた癖に……』
『おのれ……!!』
聖女騎士団が孤児院に到着した日の早朝、アルバートンはアンの企みに気付いた。彼はアンが自分を裏切った事に憤るが、彼女を殺そうにも既にアンは父親以上の存在と化していた。
『大丈夫、貴方は私の言う事に従っていれば死にはしないわ』
『貴様……何を考えている!?』
『言い争っている暇はないんじゃないかしら……もうそろそろ騎士団が辿り着く頃よ』
『ちぃっ……!!』
聖女騎士団が自分の元に迫っている事を知ったアルバートンは凶行を行い、自分が捕まる前に孤児院の子供達を殺しつくす。だが、手を下したのは確かに彼だが子供達が死ぬように仕向けたのは間違いなくアンだった。
『お前、気持ち悪いな……いつも鼠に餌をやってるだろ』
『あんた何を考えてるのよ……不気味ね』
『こっちに来るな!!』
孤児院に拾われた時、アンは他の子供達に馴染めずに彼等からいじめられていた。実の母親から捨てられ、再会した父親は自分の事を娘だとは思わず、せいぜい使い勝手のいい道具に育て上げようとした。そして孤児院の子供達からも受け入れられなかったアンは復讐を誓う。
『全て……壊してやるわ』
アンは父親から魔物使いの技術を学び、これ以上に彼から教わる事はないと判断すると聖女騎士団を利用して彼を追い詰める。この時に孤児院の子供達を父親に殺害させる事でアンは復讐を果たし、そして父親を悪役に仕立て上げて彼女は自分をたった一人だけ生き残った被害者として誰からも怪しまれずに生き延びる事に成功した。
勿論、拘束された際にアルバートンもアンの正体を晒した。だが、苦し紛れの言い訳としか思われず、誰も彼の話を信じなかった。アンはあくまでも悲劇の被害者であり、彼女は誰にも怪しまれる前に姿を消す。
「……愚かな男ね」
「ギギィッ?」
「何でもないわ」
失った片耳に手を当てながらアンは呟くと、ゴブリンが不思議そうに見上げてきた。アルバートンがアンを人質にして片耳を削ぎ落したのは彼なりの復讐だったのかもしれない。
アンを救った聖女騎士団は彼女の治療も行ったが、生憎と現場に居合わせた団員は回復魔法は扱えず、任務でもなかったので市販の回復薬しか持ち合わせていなかった。怪我を治すだけならばともかく、破損した肉体の一部を再生する場合は特製の回復薬が必要だったため、アンの片耳は失われたままだった。
右耳が存在しない彼女は髪を伸ばして隠しているが、時折に痛みを感じる事がある。怪我自体は完全に治ったが、当時の事を思い出すとアンは失われた右耳の幻肢痛に苦しむ。
(鬱陶しい……死んでも尚、私を困らせないでちょうだい)
父親に対する愛情など一片の欠片も残っていないはずだが、彼の事を思い出す度にアンの失われたはずの耳に痛みが走る。この幻肢痛を抑えるためには完全に父親の事を忘れるしか方法はなく、彼女は王都を離れたのは新しい場所で新しい生活を送り、誰にも束縛されない自由な生き方を手に入れるためだった。
「この村は……人が多すぎるわね」
辺境の地に辿り着いたアンだったが、彼女の目的は人里離れた場所で誰の力も借りずに一人で生きていくつもりだった。もう他の人間と接触して暮らす事は嫌な彼女は村から離れようとした。
しかし、村を離れようとした途端、アンは気配を感じ取って彼女の傍に仕えていたゴブリンも武器を構える。アンは気配の方向に振り返ると、木々の間からファングが姿を現す。
「グゥウウッ!!」
「ギギィッ!!」
「……面倒ね」
コボルトが姿を現した瞬間にゴブリンはアンを庇うように身構えるが、それに対してアンはコボルトに視線を向け、ある事に気付く。
「毛並みが黒い……亜種ね」
「ガアアッ!!」
コボルトの通常種は灰色の毛皮だが、アンの前に現れたコボルトは毛皮が黒色であり、亜種である事を見抜いたアンは自分を庇うゴブリンに視線を向ける。
彼女が使役するゴブリンは命令には絶対忠実で逆らう事はできない。しかし、いかに自分に忠実であろうとたかがゴブリンではこれからの旅路にアンは不安を感じていた。そんな時に都合よく現れたコボルトに対してアンは残酷な考えを思いつく。
「戦いなさい」
「ギギィッ……!?」
「さあ、早くしなさい」
アンからの命令にゴブリンは驚いた表情を浮かべるが、彼女はゴブリンを睨みつけるとゴブリンの首筋に紋様が浮き上がる。魔物使いが契約を交わした魔物には身体の何処かに「契約紋」と呼ばれる紋様が浮き上がり、この契約紋を刻まれた魔物は命令に逆らうと紋様が激痛を引き起こす。
「ギィアアアアッ!?」
「ガアッ!?」
痛みのあまりにゴブリンは気が狂ったかのように悲鳴を上げ、その様子を見たコボルト亜種は驚く。アンの命令通りにゴブリンは武器を手にしてコボルト亜種へと襲い掛かり、その様子をアンは澄ました顔で見届ける――
――数分後、アンの目の前では血塗れになって倒れたゴブリンと、片膝を着いて首元を抑えるコボルト亜種の姿があった。普通ならば通常種のゴブリンにコボルト(しかも亜種)が後れを取る事は有り得ない。
だが、魔物使いと契約を交わした魔物は成長が早く、アンが従えていたコブリンは「上位種」に近い戦闘力を持ち合わせていた。それでもコボルト亜種には遠く及ばないが、アンの命令を受けたゴブリンは死力を尽くしてコボルト亜種と戦い、倒す事はできなかったが怪我で動けなくなるまで追い詰める事に成功した。
「ギィアッ……」
「…………」
ゴブリンは既に立ち上がる気力も残されておらず、アンに対して助けを求めるように手を伸ばす。しかし、自分のために命懸けで戦ったゴブリンに対してアンは冷めたい瞳を向け、一言だけ告げる。
「お前はもういらない」
「ッ……!?」
アンの言葉を聞いたゴブリンは目を見開き、この時に首に浮かんでいた紋様が消えてしまう。魔物使いの施す契約紋は魔物使いの意思で効力を消す事が可能であり、アンが「いらない」と告げた時点で彼女とゴブリンの契約は打ち切られた。
契約紋が消えたという事はアンはゴブリンを完全に見捨てた事を意味しており、彼女は膝を着いているコボルト亜種の元へ向かう。ゴブリンはそんな彼女に対して必死に助けを求めるが、既にアンの興味はコボルト亜種に向かれていた。
「さあ、私に従いなさい。そうすれば貴方に力を与えるわ」
「ガアッ……!!」
疲労困憊のコボルト亜種にアンは手を伸ばし、新たな契約を交わす。その光景をゴブリンは見届け、やがて意識を失う。
ゴブリンが目を覚ました時、彼が最初に見たのは美しく光り輝く「満月」だった。意識を取り戻したゴブリンは自分が生きている事に驚き、痛みに耐えながら身体を起き上げる。
――どうして?何故、自分は生きている?
どうして自分が生きているのかゴブリンも不思議に思ったが、すぐに彼は自分の主人だったアンを探すが、気絶している間に既に去ってしまったらしい。そして自分が負傷させたコボルト亜種の姿もなく、自分が見捨てられた事を悟るとゴブリンは怒り狂う。
――許せない、あの人間の女……絶対に許さない!!
自分を見捨てて立ち去ったアンにゴブリンはこれまでにない怒りを抱き、同時に肉体に変化が起きた。ゴブリンの身体が徐々に膨れ始め、骨が軋む音が鳴り響く。
ゴブリンは自分自身の肉体の変化には気づか、口元に違和感を感じて手を伸ばす。すると自分の口に狼の毛のような物が張り付いている事に気付き、コボルト亜種との戦闘で悪あがきに喰らいついた事を思い出す。
――美味かった、あの獣の肉……
ゴブリンは戦闘の最中にコボルト亜種に喰らいつき、肉の一部を喰らった。その影響なのかゴブリンの肉体は変化し始め、遂には上位種のホブゴブリンと進化を果たす。
通常種のゴブリンは雑食で他の動物の肉を食べる事はある。しかし、満足な栄養を得られないとゴブリンは上位種へと進化を果たせない。この世界には数多くのゴブリンがいるのにどうしてホブゴブリンに進化を果たす者が一部しか存在しないのかというと、その理由はゴブリンが頭が良い反面に「臆病」な生物だからである。
大抵のゴブリンは自分よりも上の存在と対峙した時、恐れを抱いて逃げ出してしまう。武器や罠の類を利用できる知能があるにも関わらず、ゴブリンは自分よりも圧倒的な力の差が存在する敵を前にしたら怯えて動けない。
しかし、ゴブリンが上位種に進化するためには大量の栄養を必要とするため、人間や動物などのような生き物では殺して食しても満足な栄養分は得られない。だからこそホブゴブリンに進化するためにはゴブリンは自分よりも強い存在、即ち他の魔物を食すことが必要不可欠だった。
――欲しい、もっとあの肉が……欲しい!!
コボルト亜種は魔獣の中でも上位に位置する危険種だが、その肉体の栄養分は猪や熊などの比ではなく、ほんのわずか喰らっただけで死の淵に立たされていたゴブリンは息を吹き返した。
コボルト亜種の肉を喰らった事で奇跡的に助かったゴブリンは立ち上がると、上位種のホブゴブリンに完全に進化を果たす。この時点でホブゴブリンは初めて自分の肉体の変化を自覚すると、驚いた表情を浮かべながら満月を見上げる。
――力が湧きあがる!!
今なら跳ぶだけで空に浮かぶ月にでも届くのではないかと思う程、ホブゴブリンは高揚感を抱く。初めての進化にホブゴブリンは興奮を抑えきれず、同時に自分がより大きな力を手にした事でホブゴブリンは自分を見捨てたアンを思い出す。
――復讐してやる、人間め!!
自分を見捨てたアンの事を思い返すだけでホブゴブリンは人間に対する復讐心を抱き、必ずや自分の手でアンを殺して他の人間共を根絶やしにする事を誓う。
しかし、いくら力を身に付けたといっても一人だけではどうしようもできず、ホブゴブリンは冷静になって今後の事を考える。ホブゴブリンに進化した際に脳も発達し、より高度な知能を手に入れたホブゴブリンはこれから自分が何をするべきか考えた。
――人間は侮れない、また操られるかもしれない。なら仲間を増やすんだ
人間に恨みを抱きながらも決してホブゴブリンは人間の力を舐めてはおらず、アンと旅を同行していた時に人間がどれほど厄介な存在なのか思い知っていた。
ゴブリンも群れで行動する修正があるため、仲間の重要性はホブゴブリンも理解していた。人間と戦うためには自分は群れの主となり、新しい仲間を作らねばならない。その考えに至ったホブゴブリンは早速行動に移そうとした時、草むらから狼の唸り声が響く。
「グルルルッ……!!」
「ガアアッ……!!」
「ウォオオンッ!!」
「ッ……!?」
ホブゴブリンの血の臭いに引き寄せられたのか、草むらから現れたのはファングの群れだった。ホブゴブリンは進化を果たしたとはいえ、今だに自分が血塗れである事に気付き、ファングの群れは彼を取り囲む。
まだゴブリンだった頃ならばファングの群れに囲まれれば怯えて何もできなかったかもしれない。しかし、ホブゴブリンは自分の前に現れたファングの群れを見て笑みを浮かべ、口元から大量の涎を垂らす。
――こいつらの肉は美味いのか?
コボルト亜種の肉を喰らった時にゴブリンは魔獣の肉の味を覚え、自らファングの群れに襲い掛かった。ファングの群れを蹴散らした後、ホブゴブリンは彼等の死骸に嚙り付く。しかし、いくら口にしようとゴブリンの時に味わったコボルト亜種の味には及ばず、それが不満なホブゴブリンは新たな獲物を探す。
ファングよりも強い獲物を探す道中、ホブゴブリンは山の奥に進む。そして遂に見つけたのが川辺で身体を休ませる「ボア」の姿だった。
「グギィイイイッ!!」
「フゴォッ!?」
ホブゴブリンはやっと発見した獲物に対して鳴き声を上げ、その声を聞いたボアはホブゴブリンに気付いて慌てて立ち向かおうとした。しかし、ボアが戦闘態勢に入る前にホブゴブリンは接近すると、その巨体に組み付いて力ずくで押し倒す。
「フンッ!!」
「プギャアアッ!?」
横倒しにされたボアはホブゴブリンに抑え込まれ、必死に暴れるがホブゴブリンは決して力を緩めない。ボアに一切の反撃の隙を与えず、ホブゴブリンは急所に目掛けて手刀を繰り出す。
「グギィイッ!!」
「フガァッ……!?」
ホブゴブリンへと進化した事で身体能力も大きく上昇しており、振り下ろした手刀はボアの急所を貫く。ホブゴブリンが腕を引き抜くと大量の血液が噴き出し、しばらくの間は暴れていたボアも血が抜けていくごとに力を失って動かなくなった。
完全に死んだ事を確認したホブゴブリンは、血に染まった自分の右腕に視線を向けて改めて自分自身の強さに驚く。少し前まではホブゴブリンはどこにでもいる非力なゴブリンでしかなかった。しかし、今のホブゴブリンはボアをも圧倒する力を身に付けていた。
「グギィイイイイッ!!」
勝利の雄叫びを上げながらホブゴブリンはボアに喰らいつくと、先ほどのファングとは比べ物にならない味の美味さに歓喜する。この日からホブゴブリンは魔獣を狩り、それを食す事で更なる力を求める――
――ホブゴブリンは様々な魔獣の肉を喰らい、時には命を落としかねないほどの敵と遭遇した。その相手は山の主である「赤毛熊」であり、流石のホブゴブリンも自分の死を覚悟する程の強敵だった。
「ガアアアアッ!!」
「グギィイイイッ!!」
赤毛熊との戦闘ではホブゴブリンは素手だけではなく、自作の石斧を手にしたホブゴブリンは赤毛熊に目掛けて石斧を叩き込み、遂には赤毛熊に膝を着かせる。
「ガアッ!?」
「グギャアアッ!!」
石斧で赤毛熊の片足を負傷させると、この好機を逃さずにホブゴブリンは赤毛熊に組み付き、恐るべき怪力で赤毛熊を持ち上げた。赤毛熊は必死にもがくがホブゴブリンは手放さず、そのまま力任せに放り込む。
「グギィイイッ!!」
「ガアアアッ――!?」
赤毛熊とホブゴブリンが戦っていた場所は渓谷であり、谷の底に目掛けてホブゴブリンは赤毛熊を投げ飛ばす。赤毛熊は悲鳴を上げながら谷底に落下し、やがて渓谷に流れている川に飲み込まれてしまう。
谷底に赤毛熊を投げ飛ばしたホブゴブリンは膝を着き、流石に今回の敵は手強く、身体中が傷だらけだった。赤毛熊と戦う前からホブゴブリンの肉体には魔獣との戦闘によって多くの古傷が残っており、それでも彼は遂に山の主を打ち倒した。
「グギィイイイイッ!!」
赤毛熊さえも倒したホブゴブリンは両腕を掲げ、その鳴き声に引き寄せられて彼の元に山の中に隠れていたゴブリン達が姿を現す。ゴブリン達は赤毛熊を打ち倒したホブゴブリンに動揺しながらも、彼の前に集まって跪く。
「ギギィッ……」
「ギィイッ……」
「ギィアッ……」
「グギィッ――!?」
自分の前に跪くゴブリンの群れを見てホブゴブリンは戸惑うが、彼等の考えている事はすぐに理解した。この山に暮らすゴブリン達はホブゴブリンこそが自分達の「主」に相応しいと考え、彼の前に跪いたのだ。
山中のゴブリンがホブゴブリンの元に集い、その光景を目にしたホブゴブリンは今までにない高揚感を抱く。今までは他の生物に怯えたり、従って生きていくしか経験がなかった。しかし、暴力《ちから》を手に入れたホブゴブリンは遂に自分に服従を求める同胞《ゴブリン》が現れた事に喜びを抱く。
――俺はこいつらの王だ!!
元々はただの非力なゴブリンでしかなかったが、人間《アン》に対する復讐心だけでゴブリンはホブゴブリンと進化を果たし、そして更なる進化を迎えようとしていた。
その後、山中のゴブリンを従えたホブゴブリンは周辺地域の魔獣を狩りつくし、更なる進化を迎える。やがて進化を遂げたゴブリンの王は山の麓に存在する人間の村を襲い、住民を一名を除いて皆殺しにする。
しかし、皮肉にもこの取り逃がした一名の生存者が後に彼の命を絶つ存在となる事は誰も知らない――
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