貧弱の英雄

カタナヅキ

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砂漠の脅威

第927話 怪獣

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(この反応……森の中にいる生き物たちの中でも一番強い)


毒霧の影響でマル湖の周辺に広がる森で暮らす生き物たちは弱っている中、ナイはたった一つだけ大きくて強い反応を感じ取る。この毒霧が蔓延する森の中で最も強い気配と魔力を放つ生物を彼は探知した。

距離はそれほど離れてはおらず、恐らくは一キロほど離れた場所に潜んでいる。この時にナイは方向を確認してマホ魔導士が事前に告げた「北側」であると確認すると、自分が探知した反応がポイズンタートルだと確信する。


『こっちです!!付いてきてください!!』
『見つけたのか!?』
『よし、行くぞ』
『ちっ……』


ナイが指示を出すと他の者たちも後に続くが、フィルだけは自分よりも早くにポイズンタートルの気配を感知したナイに気に入らなそうな表情を浮かべていた。


『こっちの方です、まだ動きはありません』
『動いていないという事は俺達に気付いていないのか?』
『この毒霧のせいで敵も私達の姿が見えないんだろう』
『なんとも間抜けな奴ですね……自分の生み出した霧で敵の姿を捉えられないなんて』


ナイが感知した反応は微動だにせず、距離を縮めても特に動きはない。リンの予想ではポイズンタートルも霧のせいで自分達の姿を捉えられず、警戒心が薄れている可能性が高い。

ポイズンタートルからすれば毒霧を生み出した時点で地上の生物が毒で動けないと思っていても不思議ではなく、まさか自分の毒霧を無効化する道具を偶々持っていた人間が現れるなど想像もつかないだろう。だが、ナイ達の方も距離が縮まるにつれて緊張感が増していく。


『待て……おい、何か聞こえないか?』
『聞こえる?』
『何か音が聞こえたのか?』


移動の途中で人間よりも聴覚が優れている獣人族(犬型)であるガオウだけは何か音を聞き取り、彼は全員に静かにするように促す。ガオウの行動に3人は従うと、彼は頭に生えている獣耳に手を添えて音を聞き分ける。


『こいつは……悲鳴だな』
『ひ、悲鳴?』
『何の悲鳴だ?』
『おいおい……マジかよ、こいつはオークの鳴き声だ。多分、オークの奴が喰われてるぜ』
『オークだと?はっ、相手も食事中という事か……』


オークの悲鳴を耳にしたというガオウの言葉にフィルは既にポイズンタートルが獲物を捕食していると判断する。確かに彼の予想は間違ってはいないだろうが、ガオウは聞こえてきたオークの悲鳴の数に顔色を青くする。


『おいおい、マジかよ……一匹や二匹じゃないぞ、こいつはオークの群れを捕食してやがる』
『群れを……捕食?』
『どうでもいい!!音のした方向はどっちだ!?』
『たくっ、うるせえガキだな……こっちの方からだ』


ガオウは音のした方向を指差すと、その方向はナイが感じ取った気配が存在した。どうやらガオウが聞き取ったオークの群れの悲鳴は、ポイズンタートルと思われる生物の気配を感じ取った場所だった。


(オークの群れをポイズンタートルが捕食しているのか……)


状況的に考えてポイズンタートルは既に毒霧に侵されて身体が動けないオークの群れを捕食している事は間違いない。正確な敵の位置を把握した途端、フィルは鎖の魔剣を握りしめて先走る。


『やっと見つけたか……先に行きます!!』
『なっ!?待て、勝手な行動は……』
『馬鹿野郎!!先走るんじゃねえっ!!』
『フィルさん!?』


フィルは鎖の魔剣を手にした状態で先に移動すると、他の三人は慌てて後を追いかける。フィルは他の誰よりも早くにポイズンタートルの元に辿り着き、始末する事で自分の手柄にしようと考えていた。

出発前にフィルはナイとの模擬戦で敗れて大勢の人間に無様な姿を晒してしまい、その事を彼は恥に思っていた。しかし、ここでポイズンタートルを仕留めれば自分の功績は認められ、他の者を見返す事ができる。そう考えたフィルは一足先にポイズンタートルの元へ向かう。


(ふん、何がポイズンタートルだ。厄介な能力は持っているようだが、この仮面があれば問題なんて……!?)


他の者に追いつかれる前にフィルはポイズンタートルを見つけ出して探し出そうとした時、唐突に霧の中から巨大な影が出現した。最初にその影を見た時はフィルは自分が大きな崖にでも突き当たったのかと思ったが、彼が見た影の正体は全身が緑色の苔のような物で覆われた巨大生物だった。



――フゴォオオオオッ!!



その生物は外見は亀と非常に似ているが、大きな違いがあるとすれば顔の部分は亀というよりも蜥蜴のような形をしており、更には背中の甲羅の部分はまるで火山を想像させる形をしていた。身体中の至る所に緑色の苔が生えており、尻尾も異様なまでに長い。

今までに見た事がない異形な形をした生物の登場にフィルは戸惑い、その一方で彼に追いついたナイ達も唖然とした。


『な、何だこいつは!?』
『馬鹿、声を出すな!!』
『もう遅い……気づかれているぞ』
『えっ……』


魔物というよりも最早「怪獣」という表現が正しく、遂にはポイズンタートルを発見したナイ達は声を漏らしてしまう。ポイズンタートルの頭がゆっくりとナイ達の方へ振り返り、遂に敵もナイ達の存在を視認する。

ポイズンタートルの全長は10メートルは軽く超えており、その大きさは火竜やゴブリンキングやゴーレムキングに次ぐ。しかもポイズンタートルの口元は血に染まり、歯の隙間にはオークの腕らしき物が挟まっていた。



――フゴォオオオオッ!!



ナイ達を視界に捉えた途端にポイズンタートルは鳴き声を上げ、背中の火山のような形をした甲羅の部分から白い煙を吹き出す。この煙の正体がマル湖の周辺を覆い込む「毒霧」で間違いなく、それを確認したナイ達は目の前の怪獣がポイズンタートルだと確信を抱く。


『ま、まさか本当にあの娘の話が本当だったとは……』
『これは大物だな……』
『あ、あっ……』
『フィルさん?どうしたんですか?』


ガオウとリンは冷や汗を流しながらも武器を構えるが、この時にフィルはポイズンタートルを前にして身体を震わせて武器も下ろしていた。その様子を見てナイは心配するが、彼は尻餅を着いてしまう。


『む、無理だ……こんな化物、倒せるはずが……』
『はっ!?おい、何を言ってんだ!!とっとと立ちやがれ!!』
『何をしている、殺されるぞ!?』
『フィルさん!!』


心が挫けたのか座り込んでしまったフィルを見てガオウは怒鳴り付け、リンは早く離れるように指示するが、既にポイズンタートルはフィルに目掛けて巨大な前脚で押し潰そうとしてきた。


「オオオオッ!!」
『ひいっ!?』
『馬鹿野郎、何をしてやがる!?』
『フィルさん、避けて!!』
『ちぃっ……!!』


フィルは押し潰されそうになりながらも身体が思うように動けず、それを見たリンが咄嗟に鞘から剣を抜く。リンはフィルに対して風属性の魔力で構成された斬撃を放ち、彼の背中に当てる事で吹き飛ばす。


『はあっ!!』
『ぐはぁっ!?』
『うおっ!?』
『リンさん!?』


リンの攻撃によってフィルは背中を斬りつけられるが、それを見たガオウとナイは驚いたが結果的には彼女の攻撃によってフィルは吹き飛び、ポイズンタートルが繰り出した前脚から逃れた。

もしもリンがフィルを吹き飛ばしていなければ彼は死んでいたのは間違いなく、上手く威力も調整していたのかフィルは背中を少し切られたが致命傷ではなかった。彼を助けたリンはため息を吐き出し、他の二人に注意を促す。


『大丈夫だ、今ので死にはしない。それよりも敵に集中しろ』
『お、おう……』
『また来ます!!』
「フゴォオオッ!!」


自分の攻撃を邪魔されたポイズンタートルは今度は尻尾を振り払い、周辺の木々を薙ぎ倒しながらナイ達の元へ放つ。せまりくる巨大な尻尾に対してナイ達は同時に空中に跳んで回避する。


『うひぃっ!?』
『くっ!?』
『うわぁっ!?』
「オオオオッ……!!」


ポイズンタートルは攻撃を躱されても構わずに一回転すると、ポイズンタートルの尻尾によって周辺の木々は全て破壊されてしまう。そのお陰で見通しが良くなり、余計な障害物も無くなった事で逆にナイ達は動きやすくなった。


『おいおい、なんて馬鹿力だ……こいつ、力はゴブリンキング級か?』
『だが、これで戦いやすくなった』
『フィルさんは……よかった、無事みたいです』
『ううっ……』


フィルは奇跡的にも倒れた木々に押し潰される事はなく、地面に落ちた木々の間にすっぽりと嵌まっていた。それを見たナイは安心するが、ポイズンタートルの方は自分の攻撃を躱したナイ達を見て増々に興奮する。


「フゴォッ……オォオオオオッ!!」
『はっ……あっちも完全にやる気になったみたいだな』
『これほどの巨体だったとは……倒すのに苦労しそうだ』
『でも、やるしかありません!!』


倒れたフィルは頼りにならない以上は三人だけでポイズンタートルに対処するしかなく、ナイ達はそれぞれの武器を構える。ポイズンタートルの方も木々を薙ぎ倒した事で思う存分に戦う事ができた。

先手を取られる形になったが今度はナイ達の方が動き出し、最初に仕掛けたのはガオウだった。彼はポイズンタートルの顔面に目掛けて直行すると、両手の鉤爪を振りかざして眼球を狙う。


『しゃあっ!!』
「フガァッ……!?」


ポイズンタートルの右目に目掛けてガオウは鉤爪を振り下ろすが、咄嗟にポイズンタートルは瞼を閉じてガオウの攻撃を受ける。ガオウの鉤爪は瞼に衝突した瞬間に火花が散り、驚いた彼は慌てて距離を取る。


『つうっ……なんて硬さだ!?並のゴーレムよりも硬いぞ!?』
『油断するな、次の攻撃が来るぞ!?』
『ガオウさん、避けて!!』


瞼の異常な硬さにガオウは戸惑い、攻撃を仕掛けたガオウの方が腕が痺れてしまう。ポイズンタートルの皮膚の硬さはガーゴイルよりも上回り、更にポイズンタートルは反撃を繰り出す。
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