貧弱の英雄

カタナヅキ

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砂漠の脅威

第924話 フィルの屈辱

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「そこまで!!勝者、ナイ!!」
「「「おおおおっ!!」」」


審判役を務めるアッシュがナイの勝利を宣言すると、観戦していた人間達が割れんばかりの拍手を行う。その一方で敗北したフィルの方は膝を崩して項垂れてしまい、その姿を見たハマーンは少しだけ不憫に思った。


「やれやれ……この敗北はしばらくは引きずりそうじゃな。下手をしたら心が折れてしまうかもしれんな」
「ふんっ……この程度で心が折れる様なら黄金級冒険者を名乗る資格はねえよ」
「あれ、ガオウさん!?先に船に乗っていたんじゃ……」
「ちょっと忘れ物しただけだよ」


試合の途中で立ち去ったと思われたガオウも何時の間にか元に戻っており、彼は膝を崩したフィルを見て鼻を鳴らす。彼とは昔からの付き合いだが同情はせず、声をかける事もせずに先に船へ向かう。

模擬戦を勝利したナイはフィルの元に近付き、彼から回収した鎖の魔剣を差し出す。そのナイの行為にフィルは悔しそうな表情を浮かべるが、黙って鎖の魔剣を受け取る。


「これ、返すね」
「…………」
「じゃあ、俺はこれで……」


ナイは武器を返却すると他の者と共に船へ向かい、観戦していた者達もそれぞれの作業に戻る。しかし、フィルだけは鎖の魔剣を手にしたまま動こうとせずにしばらくは項垂れていた。


「あいつ……大丈夫なのかい?」
「何だかちょっと可哀想……」
「でも、先に突っかかったのはあの人でしょう?なら仕方ないわよ、少し厳しいけど自業自得よ」


テンはフィルの様子を見て彼を放置して大丈夫なのかと思ったが、誰も彼を慰めに向かう人間はいない。ナイを小馬鹿にした態度を取っていたせいで他の人間から疎まれ、そんな彼が敗北しても誰も気遣わない。


「フィル君……」
「リーナよ、言っておくが今の彼に声をかけてはならんぞ。お前が慰めれば逆に心が傷つくだろう」


リーナはフィルに声を掛けようか迷っていたが、先に父親のアッシュがそれを止めた。フィルはリーナに惚れているのは間違いなく、自分が無様な敗北した後に片思いしている相手に慰められたら立ち直れないかもしれない。

試合に負けはしたがフィルの実力は黄金級に恥じぬ事は証明され、彼を連れて行く事に関しては誰も文句はない。しかし、先の敗北でフィルの心は深く傷つき、任務までに彼が立ち直るかどうかは分からなかった――





――全ての積荷を運び終えて準備が整うと、遂に飛行船スカイシャーク号が動き出す。船員は船に乗り込むと造船所の天井が開かれ、飛行船が浮上する。


「ハマーン船長!!方向転換が終了!!いつでも出発できます!!」
「うむ……では発進させるぞ!!」
「……船長?」


操縦席にはハマーンが乗り込み、当たり前の様に「船長」と呼ばれている事に今回の部隊の指揮者であるバッシュは疑問を抱くが、この船を動かせるのはハマーンだけなので船長という言葉は相応しいかもしれない。

航空士が地図を確認して目的地までの距離と方向を計測し、飛行船の噴射機を作動させて遂に船が動き出す。噴射機から凄まじい勢いで火属性の魔力が噴き出されて加速する。


「王子、最初の加速の時は振動が強いからしっかりと座っていてくだされ」
「ああ、分かった……うおっ!?」


ハマーンの説明の際中に飛行船は加速し、まだ座る前だったバッシュは危うく転倒しそうになったが、遂に飛行船は最初の目的地である「マル湖」という名前の湖に向けて出発した――





――同時刻、船の一室では試合に敗北したフィルが鎖の魔剣を机の上に手放し、彼は壁際に嵌め込まれた鏡を覗いていた。自分自身の顔を確認してフィルは酷い表情をしている事に気付き、歯を食いしばる。


「この屈辱……絶対に忘れないぞ」


拳を握りしめたフィルは鏡に向けて叩き込み、鏡が割れて破片が床に散らばる。この後、彼はある事件を引き起こす事になる――





――飛行船スカイシャーク号の移動速度は旧式のフライングシャーク号よりも早く、最初の目的地に定めた「マル湖」という湖まで瞬く間に辿り着く。

このマル湖はかつてイチノに向かう際にフライングシャーク号を着水させた場所でもあり、円形上の巨大な湖だった。スカイシャーク号は到着すると早々に船を下ろし、燃料の補給と飛行船に取り付けている風属性の魔石の入れ替えを行う。


「船長!!思っていたよりも噴射機の燃料の消費が激しいです!!やっぱり、移動速度に重点を置いたせいで燃料の方は前の飛行船よりも消費が早いようですぜ!!」
「ふむ、それは仕方あるまいな。こんな事を想定して燃料は余分に積んでおるが……」


噴射機の動力である火竜の経験石は半年前に討伐されたばかりの火竜の経験石を利用している影響なのか、旧式の飛行船と比べると火属性の魔力を吸い上げが激しい。その分に移動速度も上がるが想定以上に火属性の魔石の消費が激しかった。

一応は出発前にナイ達がグマグ火山にて良質な火属性の魔石を大量に集めてくれたが、この調子で消費すると燃料は一週間ほどで無くなってしまう。王都からアチイ砂漠に到着するまでは三日は掛かる事を想定すると、アチイ砂漠にて飛行船が活動できる時間は一日しかない。


「バッシュ王子、何処かで魔石を補給する事態に陥るかもしれませんがよろしいですかな?」
「何?アチイ砂漠で十分な量の火属性の魔石は回収していたんじゃないのか?」
「それはそうなんじゃが、この飛行船を動かすには火山のような場所で発見される高純度の魔力を蓄えた魔石しか利用できないんじゃ。だから万が一の事態に備えて余分に魔石を確保しておいた方が良いでしょうな」
「なるほど……だが、補給と言っても当てはあるのか?」


飛行船を動かすにはただの火属性の魔石では駄目らしく、火山のような熱帯の場所で採取できる魔石しか燃料として利用できない。しかし、アチイ砂漠に向かう途中で何処か火山のような場所があるのかをバッシュは問う。

ハマーンはすぐに航空士に地図を用意させて現在置を確認し、ここから一番近い火山は結局は「グマグ火山」だと判明する。だが、先日にマグマゴーレムの大群にナイ達が襲われたという話を聞いた時から今現在のグマグ火山に近付くのは危険過ぎた。


「グマグ火山に立ち寄れれば問題は解決するかもしれませんが、あの火山は現在はマグマゴーレムの大群が潜んでいる可能性が高い……となると、別の場所で魔石を確保する必要がありますな」
「ならば……この火山はどうだ?丁度、進行方向の途中にあるだろう?」
「ふむ……グツグ火山か」


バッシュは次の目的地の途中にある火山を発見し、この場所ならば魔石の補給場所として丁度いいのではないのかと思った。しかし、地図上に記されたグツグ火山を見てハマーンは眉をしかめる。


「どうした?顔色が優れないようだが……この火山はまずいのか?」
「いや、確かにこの火山なら飛行船の燃料になる魔石は手に入るでしょうな。しかし、この火山にはちと厄介な奴が住み着いておりましてな……」
「厄介だと?まさか、魔物が住み着いているのか?」
「ただの魔物なら良かったんですが……」


地図上に記されたグツグ火山を見てハマーンは頭を掻き、彼が何を気にしているのかとバッシュは疑問を抱くと、ハマーンの代わりに航空士が答える。


「実はこの火山には人が暮らしているんです。正確に言えばドワーフの集落があります」
「何だと?ドワーフが住み着いているのか?」
「はい、この火山はドワーフの集団が管理しています。だから火属性の魔石を補給する場合、彼等の協力が必要になるのですが……その、どうも普通のドワーフと違ってかなり金にがめつい奴等なんです」
「ほう……という事は魔石を買い取る場合は相当な金額を要求されるという事か」
「まあ、そうなりますな」


ハマーンはグツグ火山を見てため息を吐き出し、その様子を見てバッシュは彼とグツグ火山に暮らすというドワーフの集団と何か関係があるのかと思う。

今後の事を考えればグツグ火山に立ち寄ってドワーフの集落に赴き、彼等から火属性の魔石を購入するのが妥当だろう。しかし、グツグ火山に暮らすドワーフ達は王都に暮らすドワーフよりもがめつい性格らしく、相当な金銭を要求される可能性があった。


「王子様、交渉は儂がやります。しかし、もしも奴等が法外な値段を吹っ掛けてきたら……」
「構わん、国家の一大事だ。金の事は気にするな」
「そう言ってくれるとありがたいんですが……奴等、本当に遠慮しませんよ?相手がこの国を治める者だとしてもあいつらは気を遣いはしません」
「ほう……そこまで言われると逆に興味が湧いて来たな」


ハマーンの言葉を聞いて王国の領地に暮らしながらも王族の人間であろうと敬わないのは不敬だが、グツグ火山に暮らすドワーフにはそのような常識は通じないとハマーンは事前に注意する。
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