貧弱の英雄

カタナヅキ

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砂漠の脅威

第918話 それぞれの準備

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「――おらぁっ!!」
「わあっ!?」
「きゃんっ!?」
「おおっ、またテンの勝ち~!!」


聖女騎士団の管理する訓練場にてヒイロとミイナはテンに指導を受けていた。指導と言っても実際の所は一方的に組手を仕掛けられたのだが、二人がかりでもテンには敵わなかった。


「くっ……あ、相変わらずの馬鹿力ですね」
「むうっ……そろそろ勝てると思ったのに」
「ふん、あたしの事を甘く見るんじゃないよ!!腐ってもあたしは団長なんだよ、あんたらみたいなひよっ子に負ける程に腕は落ちてないよ!!」
「テンは容赦ないな~」


テンに敗れたヒイロとミイナは悔しそうな表情を浮かべるが、そんな二人に対してテンは堂々と胸を張る。そんな三人の様子を他の騎士団員も見つめて話し合う。


「あの二人も前よりは腕を上げたようだが、まだテンには及ばないか」
「テンの奴も勘を取り戻してからはたくましくなった。まだ昔ほどではないが、それでも全盛期の力を取り戻しつつある」
「そうですね、とはいってもヒイロとミイナにも勝ち筋はありました……あの二人がテンに勝てないのは実力の問題だけではありません」


聖女騎士団の中でも上位の実力者であるレイラ、ランファン、エルマの三人はテンとミイナとヒイロの戦いを見て各々が感想を言い合う。

レイラの見立てではヒイロとミイナは腕は上げてはいるがテンには及ばず、ランファンによればテンも全盛期だった頃の実力を取り戻しつつある。しかし、エルマから見ればヒイロとミイナがテンに勝てない理由は別にあるという。その理由はテンの口から直接語られた。


「あんたらがあたしに勝てない理由、それは勝利への執着心が足りないからだよ」
「しゅ、執着心?」
「どういう意味?」
「知り合いと戦うからってあんた等は無意識に力を抑えてるんだよ。その証拠にヒイロ、どうしてあんたはお得意の魔法剣を使わないんだい?ミイナ、あんたがよく使う斧も何で使わなかったんだい?」


テンの指摘にヒイロとミイナは驚き、今回の訓練はあくまでも組手であって別に本気で殺し合うわけではない。魔法剣にしろ、魔道具にしろ、そんな物を使用すればいくらテンでも命が危ない。

しかし、テンからすればヒイロとミイナの気遣いは彼女にとっては侮辱でしかなく、自分よりも実力が上の相手に手加減して勝つつもりなのかと怒鳴りつける。


「いいかい、あんたら!!あたしは強いんだ、あんたらみたいなひよっ子に心配される謂れはないよ!!l戦うんだったら全力で来な!!」
「そんな無茶苦茶な……」
「本当に死ぬかもしれないのに……いいの?」
「いいからさっさとかかってきな!!」


テンの言葉にヒイロとミイナは顔を見合わせ、二人は覚悟を決めた様に各々の武器を取り出してテンに全力で向かう――





――同時刻、アッシュ公爵の屋敷ではリーナは父親のアッシュと訓練用の武器で戦っていた。普段から時間がある時はアッシュはリーナの指導を行っていたが、最近は増々腕を上げたリーナに対してアッシュは手加減抜きで戦う。


「やあああっ!!」
「ふっ、中々の槍捌きだ。だが、その程度では俺には勝てんぞ!!」
「うわぁっ!?」


槍を回転させながら繰り出してきたリーナに対してアッシュは冷静に槍を躱し、薙刀を振り払う。リーナは獣人族並の身軽さでアッシュの薙刀を回避すると、即座に距離を取って槍を構える。


「お前の「螺旋槍」は確かに凄まじい威力だ。だが、回転する際に意識を集中し過ぎて槍を繰り出す際に隙が生じる」
「ううっ……そんな事を言われても」
「嘆く暇はないぞ!!そんな調子ではお前の想い人を守れないぞ!!」
「っ!?」


父親の言葉にリーナは目を見開き、いくら尊敬する父親と言えどもナイの事を口にした彼に黙ってはいられず、今まで一番の速さで槍を繰り出す。


「ナイ君は……僕が絶対に守る!!」
「ぬおっ!?」


予想外のリーナの行動にアッシュは咄嗟に薙刀を構えるが、この時にリーナは駆け出しながらも槍を高速回転させ、螺旋槍を必殺技へと昇華させた――





――その頃、王城の研究室にてイリアが新薬の開発を行っていた。彼女は上級回復薬を上回る薬を作り出すために実験を行い、最近の彼女が目に付けたのは陽光教会が生産している「聖水」と呼ばれる代物に目を付けていた。

この世界の聖水とは文字通りに聖属性の魔力を宿す液体であり、これを利用すれば「呪詛(闇属性の魔力の別称)」の類を浄化できる。例えば死霊使いが使役する「死霊人形」などの存在に聖水を与えれば死体に宿っていた呪詛が打ち消され、浄化する事もできる。また、アンデッドや死霊《ゴースト》などの魔物にも有効的な効果を与えられる。

この聖水は回復効果もあるが回復薬と比べて即効性はなく、その代わりに聖属性の魔力を一時的に高める効果がある。つまりは聖属性の魔力を使用する魔法を強化する効果もある事を示す。


「ふっふっふっ……もう少しで完成しますよ、最高傑作(予定)が!!」
「や、やっとかい……」


研究室にて実験を行っていたのはイリアだけではなく、彼女の手伝いとして半ば強制的にアルトも実験に付き合っていた。彼も出発前に色々と準備があるので忙しいはずなのだが、イリアはアルトの都合を無視して彼に実験を突き合わせる。

イリアほどではないアルトも薬学の知識はあり、彼女の実験の手伝いをされていた。本来であればイリアの師であるイシ当たりが適任なのだが、彼は今は別件で忙しくて手が貸せない状況だった。


「ほら、アルト王子!!へばってないで最後の工程ですよ!!」
「最後の工程と言われても……今度は何をするつもりだい?」
「和国の仙薬の製造法を参考にして今度は丸薬に造り替えます!!」
「そ、そんな事ができるのかい?」
「できるんじゃなくて作るんです!!」


ここまでの実験でイリアが作り出したのは「聖水」と「上級回復薬」の薬を兼ね合わせた薬であり、その薬を更に和国の仙薬と同じ方法で「丸薬」へと造り替える事を宣言する。

聖水と上級回復薬の効果を併せ持ち、更には和国の仙薬(丸薬)のように持ち運びやすく、簡単に飲みやすい薬を作り出すのがイリアの目的だった。この薬が完成すればイリアの生涯の目標である「精霊薬」の製造に一歩近づく。


「さあさあ、今夜は徹夜ですよ!!」
「こ、今夜も徹夜なのかい……全く、君は普段は軟弱なのにどうして実験の時は体力が無限大になるんだい」
「ほらほら、泣き言を言ってないで手伝ってください!!そうでないと私の特性のドーピング薬を飲ませますよ!?」
「お、横暴過ぎる……」


仮にも王子であるアルトをイリアはこき使い、飛行船が出発する前に彼女は何としても新薬を開発するために実験を続けた――





――その一方でナイの方は商業区にてモモとヒナと共に買い物に付き合っていた。買い物といっても二人の仕事の手伝いであって遊びに来たわけではなく、食材の買い出しのために訪れていた。

剛力の技能を持つナイを頼りにヒナとモモは次々と食材を買い込んでいくが、この時に香辛料の類が随分と高騰化している事にヒナは不満を告げる。


「ちょっと叔父さん!!どうしてこんなに香辛料が高くなってるのよ!?ぼったくりじゃないの?」
「いや、悪いがこの値段が今の適性価格なんだよ。うちが取り扱っていた香辛料は殆どが巨人国から輸入していた物だからね……その巨人国の輸入品が今は手に入らない状況だから値段の方も高くしないとうちも生活できないんだよ」
「そうなんですか……ヒナさん、こればかりは仕方ないよ」
「え~……これじゃあ、色々と料理できないよ~」
「むううっ……分かったわよ、この値段で買うわ!!」


王国に暮らす人々が利用する香辛料は巨人国から輸入される香辛料が大半を占め、現在はアチイ砂漠に出現した魔物のせいで香辛料の類も碌に輸入できない状況だった。今の所は香辛料の価格が高騰化で済んでいるが、その内に全く香辛料が手に入らない事態に陥るかもしれない。

状況が状況なのでヒナも店主には強く言い出せず、仕方なく彼女は金を払って必要な分の香辛料を購入する。しかし、こんな状況が何時までも続けば白猫亭の経営が傾いてしまう。


「全くもう!!土鯨だかなんだか知らないけどそいつのせいで大損よ!!ナイ君、絶対に土鯨を倒してきてね!!」
「う、うん……頑張るよ」
「ナイ君、気を付けてね。本当なら私達も一緒に行けたらいいけど……」
「それは駄目よ、今は一番忙しい時期なんだから今度ばかりは一緒に行く事はできないわ」


モモとしてはナイのために飛行船に同乗したい所だが、彼女はあくまでも一般人なのでそれは認められない。いくらモモがテンに鍛え上げられて凄腕の治癒魔法の使い手だとしても一緒に連れて行く事はできない。

それにナイとしてもモモをわざわざ危険な場所には連れて行く事はできず、彼女を安心させるためにナイはモモと約束する。


「大丈夫、必ず戻ってくるからモモはここで待っていて……戻って来た時、モモの美味しい手料理を食べたいな」
「う、うん!!分かったよ!!腕によりをかけて作るからね!!」
「ナイ君……本当に気を付けてね。必ず戻ってくるのよ」
「約束するよ」


ヒナとモモはナイの言葉を聞いて安心するが、ナイとしても今度の遠征では不安な点があった。これまでにナイはゴブリンキングや火竜、他にも様々な脅威と相対してきたが、今回の敵は過去最大の敵になりうるかもしれない。

本当ならば気軽に生きて戻るという約束をしてはいけないかもしれない。しかし、二人を安心させるためにナイは必ず生きて戻る事を告げる。


(必ず生きて帰るんだ)


心の中でナイは生きて帰って約束を果たす事を誓う――
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