貧弱の英雄

カタナヅキ

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番外編 獣人国の刺客

第892話 迷宮都市

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――白面や火竜の騒動の際に被害を受けた城下町の復興は完了し、飛行船に関しても修理を終えて造船所へと戻す事に成功する。

これでひと段落ついたかに思われたが、次の問題はナイに対する処遇だった。ナイは現在は復興の手伝いという名目で王国騎士団と共に活動していたが、実を言えば彼は正式に王国騎士に加入したわけではない。

事件が起きる前は仮入団という形で金狼騎士団や銀狼騎士団に加入した事もあったが、事件のせいで他の騎士団の仮入団は中止となった。

ナイの実力と功績を考えれば彼が望めば王国騎士になる事は容易く、実際に金狼騎士団や銀狼騎士団からも勧誘されており、アルトが率いる白狼騎士団も彼が成人年齢を迎えた時に正式に王国騎士団と認められている。そのためにアルトからもナイは白狼騎士団の団長として加入しないかとも誘われていた。



現在の王国はシン宰相の息子にして大将軍でもあり、同時に王国騎士団の中でも最強を誇る「猛虎騎士団」の団長を務めたロランは国家反逆の罪に問われて収監された。そのために猛虎騎士団は実質的に解散状態に陥り、騎士達は国境に送り返されて守備を任せている。

ロランは確かに大罪を犯したシンの息子ではあるが、彼はアルトの説得で父親を見限って事件の解決にも尽力した事で死罪は免れた。しかし、だからといって全ての罪が許されたわけではなく、現在は元黄金級冒険者のゴウカと共に監獄に収監している。

表向きは宰相としてこの国を支え続けたシン、大将軍にして猛虎騎士団の団長を務めたロラン、そして最強の魔導士であるマジクを失った現在の王国は人材不足であった。そこで王国側としては有能な人材が喉から手が出る程に欲しいため、貧弱の英雄であるナイの勧誘を行う。


「はあっ……また手紙か」


白猫亭の一室にてナイは机の上に山積みされた手紙を見てうんざりとした表情を浮かべ、その手紙の殆どは王都内の貴族からの手紙だった。前回の祝賀会以来、ナイと顔を合わせた貴族から手紙が連日のように送り届けられた。

手紙の内容はナイに対して王国貴族たちが自分の屋敷に招き、この機会にお互いに仲を深めたいという旨が記されていた。普通ならばナイのようなに貴族がわざわざ手紙を送る事など有り得ないが、世間の間ではナイはもう一般人とは認識されていない。


「どうすればいいんだろう……」


ナイは王都へ赴いた目的は自分がしたい事を探すために訪れたという理由もあり、この王都に訪れてから色々な事があったが、未だに自分が何をしたいのかナイには分からなかった。


(王国騎士、冒険者、傭兵……う~ん、どれもぴんとこないな)


送りつけられた手紙の中には王族からの手紙も含まれ、アルトだけではなくバッシュやリノからの王族からの手紙も含まれている。バッシュは前々からナイの事は気に入っている節があり、顔を合わせる度に自分の騎士団に加入する様に勧誘してくる。

リノの場合はナイはあまり認識はないが、恐らくは副団長のリン辺りが彼女を説得して手紙を書かせたのだろう。普通の人間ならば王族からの勧誘の手紙を受け取った時点で恐れ多い事だと考えるだろうが、ナイは三人の手紙を見ても心が決まらない。


(騎士なんて柄じゃないし……やっぱり、狩人が一番に性に合うかな)


ナイは色々と考えた末に自分が一番向いている職業は子供の頃から行っている「狩人」の職業ではないかと考えるが、この王都では狩人という職業はない。魔物や動物を狩って欲しければ冒険者に頼むのが当たり前の事である。


(いったいどうすればいいんだろう。流石にそろそろ返事を書かないとまずいよな……)


王族や貴族からの手紙を何時までも無視するわけにもいかず、とりあえずは手紙の内容を確認してから返事だけは書こうとした時、意外な人物からの手紙を発見した。


「あれ……これ、イリアさんからの手紙?」


手紙の中には何故か魔導士のイリアの署名がされた手紙が含まれており、彼女は王都からではなく、別の街から手紙を送りつけていた。


「何だこれ……迷宮都市?」


手紙の内容を確認すると彼女は現在は王都を離れているらしく、王国内の領地に存在する「迷宮都市」と呼ばれる場所に滞在している事が発覚した。そして手紙の内容は彼女が迷宮都市に訪れるまでの経緯が記されていた――





――イリアからの手紙の内容を確認した後、ナイはアルトの屋敷に赴いて彼に手紙の内容を話す。アルトはナイから受け取った手紙を確認して呆れた表情を浮かべる。


「迷宮都市、か……全く、最近姿を見せないと思ったらそんな場所に行っていたのか」
「アルトは迷宮都市の事を知ってるの?」
「ああ、実際に僕も何度か立ち寄った事がある。だが、あそこは正確に言えば都市じゃない」
「都市じゃない?どういう事?」
「一言で言えば廃墟さ、迷宮都市は元々は旧時代の王都だったんだが」
「旧時代……?」


アルトの話によれば現在イリアが滞在している「迷宮都市」は元々は遥か昔に栄えていた都だったという。現在の王都が作り出される前、かつては別の場所に都が存在した。

迷宮都市とはいってみれば王国が建国されてから最初期に作り出された都市であり、現在では「旧王都」と呼ばれている。大昔に王国は遷都しなければならない事態に陥り、別の場所に築かれた都市が現在の王都であるとアルトは語る。


「迷宮都市は元々は王国の最初の王都だったんだ。だけど、とある問題が起きて遷都する事になったんだ」
「どうして?」
「理由は簡単さ。迷宮都市に魔物が現れたのさ」
「えっ、魔物が……?」


王国の記録によれば迷宮都市内に魔物の大群が乗り込んで都市は壊滅状態に陥ったらしく、生き残った王族と人々は都市を脱出して新しい場所に都市を作るしかなかった。

魔物が現れたのならば冒険者や軍隊を派遣して倒して貰えばいいのではないかと思われるが、当時の時代はまだ「冒険者」という職業自体が存在せず、それに魔物に対抗する手段も碌に無かったためにどうする事もできなかった。


「魔物は一定の周期で大量発生する事は知っているね?」
「それって確か……前に教えてもらった「世界変異」だっけ?」
「そうそう」


この世界に存在する魔物は一定の周期で大量繁殖し、数を増やす事は一般人の間でも知られていた。実際にナイがまだアルに拾われたばかりの頃は魔物など殆ど見かけず、この数年の間に魔物は一気に数を増やした事になる。

当時の王都は魔物の大量繁殖によって都市にまで被害が及び、結局は別の場所に新しい都市を建設する以外に方法はなかった。当時は今の時代よりも魔物に対抗する手段は確立しておらず、遷都以外の選択肢はなかった。


「魔物の繁殖期が過ぎた頃には迷宮都市内の魔物も大分数を減らしたんだけど、もうその頃は新しい都市が出来上がっていたから、旧王都は放置されたんだ。だけど、迷宮都市内の魔物が全滅したわけじゃない。今の時代でも魔物達は住み着いているよ」
「え、そんな場所にイリアさんが……」
「大方、僕と同じように迷宮都市内に生息する魔物の素材が目当てだろうね。あの都市に生息する魔物はそこいらの野生の魔物よりも素材の価値が高いからね」


イリアからナイに送り込まれた手紙は要約すれば「暇なら素材回収の仕事を手伝ってください」という内容だった。彼女は迷宮都市内でしか採取できない素材回収のためにわざわざ出向いたらしく、しかもアルトに無断で出て行ったらしい。


「手紙によればイリアさんの目的は良質な魔石らしいけど……」
「ああ、そういえば迷宮都市にはゴーレムも存在したね。イリアの目的はゴーレムを倒して経験石を回収する事か……そういえば昔からの言い伝えでは旧王都に存在する古城、つまりは急時代の王国の王城には隠し財産があると言われてるよ」
「え、隠し財産!?」
「まあ、実際の所は隠し財産が本当にあるかどうかは怪しいけどね……僕も昔の記録を調べた限りでは王城に隠し財産があるなんて記録は残ってなかったよ」


人々の間では旧王都、現在では「迷宮都市」と呼ばれている場所に存在する古城(元王城)には秘宝が隠されており、それを目当てに迷宮都市に挑む冒険者や傭兵は後を絶たない事もアルトはナイに伝える。

アルトが調べた限りでは旧王都の古城にそのような隠し財産があるという記録は残っておらず、これまでの歴史上で秘宝を見つけ出した人間もいない。アルトも過去に何度か迷宮都市に足を踏み入れた事もあるが、隠し財産の手掛かりも掴めなかった。


「王都の古城は迷宮都市内でも危険な場所だからね。現在は立ち入り禁止区域に指定されているよ。入れるのは高階級の冒険者か、王国騎士か魔導士ぐらいだね」
「立ち入り禁止?どうして?」
「迷宮都市の古城には魔物が侵入してきた時の対策のため、城内に人造ゴーレムを配置されているんだ」
「人造ゴーレム……?」


初めて聞く名前のゴーレムにナイは不思議に思うと、アルトは古城に存在する特殊なゴーレムの説明を行う。
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