貧弱の英雄

カタナヅキ

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番外編 獣人国の刺客

第887話 英雄の噂

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カノンは空き地から抜け出すと、酒場に赴く前に服を着替える事にした。先ほど英雄には顔を見られてしまい、格好も知られたので彼女は「変装」の技能で別人に成りすます。

暗殺者として姿を隠蔽する技能は一通り覚えており、彼女の鞄はアルトが所持する「収納鞄」だった。鞄の中には色々な道具を持ち歩いており、その中には変装用の化粧道具も入っている。観光客に化けた彼女は自分がまずは何をするべきか考える。


(情報屋に聞くのが一番だけど、大臣の話だと王都へ送り込まれた部下は情報屋を探そうとしただけで捕まったとか言ってたわね)


大臣の腹心であるリョフイは部下に情報屋を探させたが、それが仇となって彼は部下が王国に所属する「黒面」なる組織に勘付かれ、危うく捕まりかけたという話は聞いている。

リョフイが前々前に王都へ赴いた時は「ネズミ」という情報屋がいたらしいが、前回にリョフイが訪れた時はネズミは見つからず、部下が下手に探し回ったせいで黒面と英雄に見つかって退散する羽目になったと聞いている。だから彼女は情報屋を頼りにせず、とりあえずは酒場で英雄に関する情報の聞き込みを行う事にした。


「貧弱の英雄?ああ、皆知ってるぜ……でも、その呼び方は止めておけよ。こっちではあの人は竜殺しと言われているんだ」
「竜殺し……ね」


カノンが聞き込み調査を行った結果、彼女が知れたのはナイはこの国では「貧弱の英雄」という異名よりも「竜殺し」という異名の方が有名になりつつあり、名前の由来は文字通りに彼は火竜をも打ち破ったという事実からこのような名前が付けられたという。


「その噂、本当なの?人間があの火竜を殺せるなんて信じられないわね」
「まあ、他の国から来た人は信じられないのも無理はないだろうな。けどな、半年前に来てたらそんな台詞は言えなかっただろうな。わりと最近までは街中に本物の火竜の死骸が横たわっていたんだぞ。あれを見たら絶対に納得しただろうな」
「火竜の死骸……」


少し酔っ払った客から聞いた話によると、王都では火竜が討伐された後、しばらくの間は死骸は街中に存在して誰もが確認できたらしい。死骸が解体されるまでの間、大勢の人間が火竜の死骸を実際に目の当たりにした。

火竜の死骸は見事に首元が切断されており、その首が後に獣人国の王都へ送り届けられた代物で間違いはない。ちなみに首を送りつける様に提案したのはこの国の魔導士らしく、王国の戦力を知らしめるためだけに貴重な火竜の首を送り込む事に流石に国王も難色を示したが、アッシュ公爵の賛成もあって魔導士の案が通ったらしい。


「あの死骸を見た人間は誰も疑わねえよ。あの切り取られた火竜の首……あれを思い出すだけで身体が震えちまう」
「……でも、別に英雄一人で倒したわけじゃないんでしょう?」
「そりゃそうだけどよ……でも、間違いなく火竜の首を切り落としたのは竜殺しなんだぜ?俺も剣士だから分かるが、あの首は間違いなく剣の攻撃で切り落としたんだ」
「俄かには信じがたいわね……」
「俺だってあんな死骸を見なければ信じられなかったよ」


火竜の恐ろしさを知っている見た人間ほど、火竜の首を切り落とす剣士が実在するなど信じられなかった。だが、カノンが話を聞いた剣士によれば火竜の首の切口を見れば切り落としたという話を信じるしかないという。


「火竜に止めを刺したのは間違いなく竜殺しだ。しかも聞いて驚くなよ?竜殺しはまだ成人年齢にも達していないんだとよ。全く、世も末だぜ」
「…………」


カノンはナイの英雄譚を聞かされても信じられず、この酔っ払いの男が自分を騙しているのかと思ったが、ほら話だとしてもあまりにも内容が突拍子過ぎて逆に真実味を感じさせる。


「……英雄に関してもう少し色々と聞かせてくれる?」
「ああ、いいぜ。火竜以外にもゴブリンキングとか、リザードマンとか、最近だとガーゴイルとかも倒したという噂もあるからな。話し相手がいなくて寂しかったんだ、色々と教えてやるぜ。でも、まさかただで教えてもらおうとは考えてないよな?」
「え、ええ……勿論、ここの酒代は私が払うわ」
「へへ、気前が良いな」


暗殺対象の情報収集のため、仕方なくカノンは引きつった笑みを浮かべながら酔っ払いの男から情報を聞き出すため、彼に酒を奢ってこれまでのナイに関する噂を聞く事に成功した――





――酒場にて情報収集を終えた後、カノンは商業区の方にある宿屋へと宿泊する。一般区にも宿屋はあるが、商業区を選んだのは一般区の人間に彼女は素顔を見られており、一応は変装しているが万が一の場合に備えて一般区から離れた商業区の宿屋に宿泊する。

一般区の宿屋と比べて商業区の宿屋は値段が高く、基本的には外部から訪れた商人や貴族などの金に余裕のある人間が泊まる事が多い。事前に受け取った前金も底を尽きそうになるが、今回の暗殺依頼を果たせばカノンも大金を手に入るので仕方なく宿泊する。


「獣人国と比べてこっちは物価が高いわね……その分に品質は高そうだけど」


机の上にてカノンは商業区で販売されている魔石を購入し、魔石弾の制作のためにヤスリで削り取っていた。魔石の類は破壊した場合、内部の魔力が暴発する危険性があるが、時間をかけてヤスリなどの道具で削る分には問題はない。

元細工師であるカノンは慣れた手つきで購入した魔石を削り取り、弾丸の形へと変化させていく。魔銃の難点は発射する魔石弾をカノン自身が削り取って作り出さなければならず、彼女は火属性以外の魔石を削り取って準備を行う。


(火属性の魔石弾だけだと駄目ね……またあの盾に跳ね返されないようにしないと)


昼間の戦闘にて火属性の魔石弾はナイの反魔の盾に跳ね返された事を思い出し、その対策としてカノンは今度は火属性以外の魔石を購入して準備を行う。魔石はかなり高値なので手痛い出費だが、背に腹は代えられない。

彼女が購入した魔石は風属性と闇属性であり、他にも普段から持ち歩いている魔石弾を机の上に置く。これらを使用してカノンは反魔の盾を所有するナイを倒す方法を考え、彼女は購入した王都の地図を開く。


「罠を仕掛けるとしたら……やっぱり、ここしかないわね」


カノンは路地裏を通った先にある建物に囲まれた空き地に視線を向け、その場所に筆を剥けて×印を書き込む。この場所にナイを誘導して確実に仕留める、それ以外に方法はないとカノンは考えた。


「今度はしくじらないわよ」


弾丸が装填されていない魔銃を額に押し当てた状態でカノンは精神を集中させ、この日の夜に彼女は全ての準備を終えて行動を起こす――





――夜を迎えるとカノンは早速だが行動を開始した。彼女が向かう先は白猫亭であり、今夜にもナイがこの宿屋に訪れるという話はカノンも聞いていた。

昼間の騒動のせいで白猫亭の周辺では頻繁に警備兵が巡回しており、その様子をカノンは建物の屋根の上に伏せて様子を伺っていた。暗殺者である彼女は「観察眼」の技能を習得しており、兵士の一挙手一投足を見逃さない。


(……見つけたわ、のこのこと歩いてるわね)


建物の屋根の上にてカノンは街道を歩くナイの姿を捉え、この時のナイは完全武装の状態だった。流石に昼間の一件で警戒してはいるらしく、ナイの姿を見てカノンは作戦の準備を行う。


(今度は外さないわ)


カノンは距離が離れている状態にも関わらず、街道を歩いているナイに向けて銃口を構える。この時に彼女は魔銃に装填したのは火属性の魔石弾であり、街道のナイはまだ気づいている様子はなく、彼女は躊躇せずにナイに向けて魔石弾を発射させる。


(くたばりなさい!!)


街道を歩いているナイはカノンの存在には気づいておらず、不意打ちならば仕留められる可能性もあると判断したカノンは魔石弾を発射させた。しかし、発砲の直前でナイは何かに気付いた様にカノンの方へ振り返る。

死線を幾度も乗り越えてきた事でナイは他の人間が発する「殺気」を敏感に感じ取り、この時にナイは建物の上で魔獣を構えるカノンを視認した。しかし、既にカノンは発砲の準備は整えていた。


「死ねっ!!」
「っ……!?」


カノンは魔石弾を発射させた瞬間、それを確認したナイは反射的に腰に装着していた「刺剣」を取り出し、それを魔石弾に目掛けて投擲する。この時にナイは「投擲」「命中」の技能を発動させ、見事に発射された魔石弾に刺剣を衝突させる。

空中にて刺剣と衝突した魔石弾は砕け散り、内部の魔力が暴発を引き起こして爆発する。その光景を見たカノンは衝撃を受けた表情を浮かべるが、即座に冷静さを取り戻して次の行動に移る。


(今のに反応するなんて……でも、問題ないわ!!計画通りよ!!)


不意打ちにも対処された事はカノンにとっても予想外だったが、彼女は事前に路地裏に下ろしていたロープを利用して地上へと降りる。この時にナイも路地裏の方に逃げ込むカノンの姿を確認して後を追いかける。
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