貧弱の英雄

カタナヅキ

文字の大きさ
上 下
763 / 1,110
王国の闇

第749話 イーシャンの仙薬

しおりを挟む
「――よし、上手くいったぞ!!」
「ぬおっ!?イーシャンよ、こんな時間に何を騒いでおる!?」
「あ、ああ……すまねえ、起こしちまったか?」


時刻は夜明けを迎えた時、イーシャンは馬車の中で大声を上げ、その声を耳にして起きたドルトンは彼に声を掛ける。街から戻ってからイーシャンは馬車に引きこもり、何らかの薬を調合していた。

イーシャンの周囲には調合器具が並んでおり、その中には上級回復薬や聖水といった一般人では簡単に手に入らない高級な薬まで入っていた。しかし、イーシャンはどうやらそれらを材料にして何か新しい薬を作り出している様子だった。


「薬の調合か?何を作っておる、お主がそこまで騒ぐという事はそれほど調合が難しいのか?」
「ああ……俺が若い頃に作ろうとした薬なんだが、その時は失敗してな。借金までして素材を集めたのに上手くいかなかった。けど、今なら作れると思ってな……ようやくいくつか成功した所だ」
「ほう、それは良かったな。ところでどんな薬を調合したのだ?」
「仙薬だ」
「せんやく……?」


聞きなれない薬にドルトンは戸惑うが、彼の手元には液体の薬ではなく、粉薬のような物を作っている事が判明する。この世界の薬は殆どが液状だが、イーシャンは作り出そうとしているのは粉薬を固めた物らしく、彼は頭を掻きながら説明する。


「仙薬というのは昔、和国という国の薬師だけが作り出せた薬だ」
「和国……かつてゴブリンキングに滅ぼされたという伝説の国の事か」
「そうだ。俺も若い頃は色々な国の薬の使い方を学んでいたんだが、昔読んだ本によると和国の薬師が作った「仙薬」というのはなんだ」
「丸薬?」
「ああ、戦闘の際中に回復薬や魔力回復薬を飲む込むのも大変だろう?特に激しい戦闘の時なんか飲み物を飲んでいる暇なんてないはずだ。だが、この丸薬の場合は口に含んで噛み潰すのも良し、そのまま飲み込むだけでも効果を発揮する。だから戦闘では使いやすい代物なんだ」
「なるほど……それは一理あるのう」


ドルトンは元々は冒険者であり、確かに若い頃の彼は戦闘中に薬の類を使用する事の危険性を理解していた。特に命を脅かす存在を前にして回復薬の類を飲む行為の危険性はよく知っている。

魔物達も馬鹿ではなく、呑気に薬の類を飲み込もうとする人間を見かけたら真っ先に命を狙う。傍に仲間が居て他の人間が援護できる状況ならばともかく、たった一人で魔物に囲まれた状況では回復薬の類を飲むのも難しい。

一番の問題は怪我などの場合は回復薬は飲むよりも怪我口に振りかける方が効果的である。しかし、戦闘の際中に悠長に怪我に回復薬を浴びせる暇はない。そこでドルトンは回復薬の代わりとなる新しい薬の開発を行う。


「その仙薬という丸薬を作れば戦闘中でもすぐに回復できるのか?」
「ああ、そうだ。丸薬一つ分に回復薬一本分の効果がある。それに丸薬を種類分けすれば状況に応じて対応できるからな」
「対応?」
「例えばこいつは市販の回復薬から作り出した丸薬だ」
「ほう、これが仙薬か……」


ドルトンに対してイーシャンは生成に成功した丸薬を見せつけると、見た目は緑色のビー玉のような形をしており、実際に触れてみるとそれなりの硬さがあり、これを噛み砕く事で回復薬を同じ効能を発揮するという。


「それでこいつが街で売っていた上級回復薬の仙薬だ」
「ほう、確かに色合いが違うのう」


回復薬と上級回復薬を素材にした丸薬は微妙に色合いが異なり、上級回復薬の方が濃い緑色をしていた。他にもイーシャンは聖水や魔力回復薬の仙薬を作り上げたらしく、それぞれが白と青の色合いの丸薬だった。


「こいつを使い分けて使用すれば戦闘でも役立つと思ってな。ナイのためにコツコツと作って持ってきてたんだよ」
「お主、そんな物まで用意しておったのか……」
「へへっ、あんたやアルほどじゃないが……俺もあいつとは長い付き合いだからな」


イーシャンはここまでの道中にナイの役に立つだろうと信じて仙薬の調合を行い、彼は丸薬を詰めた瓶を取り出す。そんな彼を見てドルトンは笑みを浮かべ、言われてみれば彼はドルトンとアルに次いでナイと付き合いが長い事を思い出す。

アルとドルトンにとってはナイは息子代わりの存在であり、イーシャンにとってもナイは小さい頃から知っているため、放っておくことなどできなかった。それに彼はヨウの予知夢を聞いた時からナイの身を案じて密かに作っていた。


「上級回復薬が買えたのは助かったぜ。騒ぎが起きる前に買い込んどいて正解だった」
「そうか……しかし、もう夜も遅い。しっかりと休んでおけ」
「ああ、そうさせてもらうぜ……うおっ!?」
「な、何じゃっ!?」


馬車の外から大きな物音が聞こえ、悲鳴のような声をも耳にした。何事かとドルトンとイーシャンは馬車の外へ抜け出して様子を伺うと、そこには予想外の光景が広がっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

処理中です...