貧弱の英雄

カタナヅキ

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王国の闇

第733話 黒仮面

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『……爺さん。随分と遅かったな』
「な、何者じゃ……!?」
『工場区中を探したが、やっぱりあんたのところの店の商品が一番だからな。ちなみにこいつらは俺達の邪魔をしようとするから始末させてもらった』
「貴様!!」


弟子達を始末したという黒仮面の言葉にハマーンは激昂するが、現在の彼は武器を手放し、しかも血塗れの状態で血も足りていない。戦おうにも力が入らず、足元がふらつく。

黒仮面はハマーンの様子と倒れているドリスとリンに視線を向け、笑みを浮かべる。だが、ここで彼は燦燦と光り輝く太陽を見上げると、不機嫌そうな表情を浮かべる。


『ちっ……仕方ない、ここは退くか』
「ま、待てっ……」


ハマーンは必死に黒仮面を引き留めようとするが、遂に体力の限界を迎えたらしく、意識を失う。その様子を黒仮面は見届けると、彼はその場を立ち去ろうとした。


『……イゾウがいればな』


最後に一言だけ告げて黒仮面は消え去り、その言葉を半ば意識が薄れた状態でハマーンは耳にしており、黒仮面の正体を見抜く。


「シャ、ドウッ……!!」


歩き去る黒仮面の正体がシャドウであるとハマーンは見抜いたが、彼はどうする事もできず、完全に気を失う――





――白面と王国騎士団の城下町で激闘が繰り広げられ、結果としては痛み分けになた。100人を越える白面が始末されたが、街の被害も大きく、何よりもテン、ドリス、リンの3人が倒れてしまった。

冒険者の方も被害が大きく、黄金級冒険者のガオウとハマーンも戦闘不能に追い込まれた。しかも黄金級冒険者のゴウカのせいで白銀級冒険者の殆どが戦闘不能の負傷を負わされていた。

時刻は夜を迎えると白面も姿を消え去り、残っていた王国騎士や警備兵も王城へと引き返す。今回の一件だけで王都内の戦力は大分削られてしまい、この報告を受けた国王は憤る。


「いったい何が起きている!?聖女騎士団はテンはどうした!?ドリスやリンはまだ戻ってこないのか!?バッシュはリノは無事なのか!?」
「落ち着いて下さい、国王陛下……兵士達が調査を行っています。間もなく報告が届くでしょう」
「むむむっ……!!」


国王は事態を把握できずに憤り、彼が市街地で騒動が起きている事を知ったのは少し前である。今日は何故か体調が優れず、彼は先ほどまで自室で眠っていた。

国王は朝に起きた時、給仕が出した紅茶を飲んだ時から異様な眠気に襲われ、ずっと部屋の中で眠っていた。そのため、バッシュが玉座の間に向かった時から既に彼は自室で休んでいなかった事になる。

当然だが国王がこの時間帯まで目を覚まさなかったのもシンの罠であり、給仕に眠り薬を仕込ませて国王を眠りに就かせた。目を覚ました時に国王は夕方を迎えている事を知って驚くが、シンは日頃の激務の疲れのせいで眠っていたと説明し、国王に現在の状況を伝えた。


「いったい何が起きておるのだ……バッシュとリノが攫われ、それに白面の討伐のたために出向いた王国騎士団の団長と副団長も不在じゃと?」
「まさか白面がここまで大規模な行動を取るとは……それにあの三人が敗れるとは考えにくいですが、状況的にも生きている可能性は低いでしょう」
「それは有り得ぬ!!王国騎士団は我が国最高の戦力なんだぞ!?それなのにどうして……」
「ご安心ください、先ほど連絡が届いたのですが、国境の警備を任していた猛虎騎士団がこちらへ帰還しております。早ければ明日にも辿り着けるでしょう」
「何!?猛虎騎士団が……だが、予定よりも到着が速過ぎるのではないか?」


猛虎騎士団が王都へ戻るという話に国王は驚愕し、確かに少し前に国王はで猛虎騎士団を一時的に王都へ帰還させるように命じた。その理由は白面の殲滅のためであり、この国最強の騎士団に帰還を命じた。


「ええ、の話によると明日か明後日には辿り着くそうでございます。陛下、ご安心くだされ。猛虎騎士団が戻れば白面如きに遅れは取りません。奴等全員を討ち取って見せるでしょう」
「うむ、そういえばロランは宰相の息子であったな。確かにあのロランならば……」


ロランは宰相の実の息子であり、その実力は王国騎士団の中でも一番といっても過言ではなく、若かりし頃のジャンヌと肩を並べたとさえ言われている。ロランは武芸だけではなく、戦上手でもあるため他国にも恐れられている。

猛虎騎士団が帰還するという言葉に国王は安堵するが、その表情を見てシンはほんの僅かではあるが口元に笑みを浮かべた。しかし、すぐに普段通りの表情に戻ると、彼は窓の外の月を見上げた。


(もう少しで我が計画は果たされる……この国のを全て排除できるのだ)


シンは猛虎騎士団が戻った時、自分の計画が完全に果たされると信じていた。しかし、彼は知らなかった。王都へ戻っている人間の中には彼の計画を打ち破れる可能性を持つ人間が居る事を――





――王国騎士団の中でも最強と謳われ、あの聖女騎士団と双璧を為したと言われる「猛虎騎士団」その騎士団の団長であるロランは大将軍も兼任しており、幾度も獣人国からの侵攻を防いだ。

獣人国の間では彼を恐れ、同時に敬われており、聖女騎士団が健在だった時でさえも猛虎騎士団の方が恐れられていた。大将軍であるロランはバッシュやリノの指導を行っており、ドリスやリンも見習い時代はロランに直々に鍛えられていた過去を持つ。

かつて獣人国は聖女騎士団が解散した後、これを好機と判断して王国に侵攻しようとしてきた。しかし、それを撃退したのが猛虎騎士団であり、大将軍であるロランは一騎打ちの末に当時の獣人国の軍隊を率いていた総大将を討ち取って勝利を収めた。

ロランの名声は獣人国ではジャンヌよりも有名であり、彼が健在の限りは獣人国の軍隊は王国の領地に一歩も足を踏み入れる事さえもできないと言われている。そんな猛虎騎士団だが、現在は王国にとっての重要拠点である国境を離れ、王都へ向けて進行していた。


「ロラン大将軍、この調子ならば明日には王都へ辿り着けるでしょう」
「……そうか」


部下からの報告を受けたロランは顔を上げ、彼が率いる猛虎騎士団は王都から馬で半日ほど離れた場所で野営していた。夜が明ければ出発を再開し、明日の夕方までには王都に辿り着ける予定だった。

ちなみにロランは40代後半であるが、その肉体は未だに衰えを知らず、身長は2メートル近くは存在し、筋骨隆々とした肉体を誇る。それでいて父親のシンとは目元がよく似ていた。


「それにしても急に我々に王都へ引き返せとは……いったい何が起きたのでしょうか」
「余計な事は考えるな、王命である以上は戻らなければならん」
「そ、そうですね……失礼しました」


猛虎騎士団の団員は今回の王都への帰還理由は国王からの命令であると聞かされており、実際はシンが国王を説得して呼び出した事はロランしか把握していない。


「ふうっ……お前達はもう休んでいい。少し、一人になりたい」
「分かりました。では何かありましたらお呼びください」
「失礼します」


ロランの言葉を聞いて騎士達は下がると、幕舎の中に一人残ったロランは昔の事を思い出す。まだ彼が若く、王国騎士になる前の頃、マジクとの会話を思い出す。


『ロラン、お前はもっと自由に生きたいとは思わぬのか?』
『それは……どういう意味でしょうか、マジク殿?』


ある時にマジクがロランの元に訪れ、奇妙な事を訪ねてきた。いきなり自由がどうのこうの言われてもロランには何の話だか分からなかったが、マジクは彼に告げる。


『今のお主はまるで父親の操り人形のように見えてな……』
『操り人形……俺が?』
『そうじゃ。お主の父親とは儂も長い付き合いだが……あれの父親は親として最低だった。子供を道具だとしか思わず、自分の言いなり通りに従えさせる教育しかしてこなかった』
『俺は父の操り人形などでは……!!』
『そう、言い切れるのか?』


マジクの言葉にロランは言い返す事が出来ず、彼が王国に兵士として入隊したのも、王国騎士になれるように努力をし続けてきたのも全て父親の指示だった。そこにロランの意志などなく、彼は父親に言われるがままに行動していた事に気付く。

シンとマジクの付き合いは長く、マジクはシンの父親の事を軽蔑していた。シンと彼のが自由に生きていけなかったの彼等の父親のせいだと思い、そしてシンが自分の息子にも父親と同じように「都合の良い道具」として育てようとしているように見えた。


『ロラン、お前は本当にこのままでいいと思っているのか?父親の言う事に従い続けて生きるのに満足できるのか?もしも自分の子供が生まれた時、お前の父親の様に自分の都合の良い道具として育て上げるつもりか?』
『それは……』
『よく考えろ、ロラン……お前は自由に生きてもいいのだ』
『……俺には分かりません』


マジクの言葉を聞いてもロランの考えはまとまらず、結局は彼はその後も父親の指示に従い続けて生きてきた。しかし、マジクの言われた言葉が忘れられず、結局彼は誰かと結婚する事もなく、子供も作らなかった。

もしも子供が生まれれば父親が自分にした様に、自分の子供を都合の良い道具として育てるかもしれない。そう考えたロランは誰とも結婚する事はなく、養子を取る事もしなかった。


(父よ……もうこんな事は俺の代で終わらせよう)


自分達の一族は影から国を支え続けてきた事はロランも知っていた。しかし、そのせいで一族の人間は「自由」に生きる事は許されず、国のために尽くすという理由で「不自由」に徹してきた。ロランはもうこれ以上、自分達の子孫にそんな思いをさせたくはないと悟り、彼は自分の代で全てを終わらせようと考えていた。

しかし、父親であるシンの最後の願いだけは聞き遂げなければならず、それが
自分が父親できる最後の親孝行だと信じて彼は王都へ向かう――
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