貧弱の英雄

カタナヅキ

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王都の異変

第690話 大暴れ

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――クノから連絡を受けたアルトはすぐに警備兵に連絡を送り、下水道に存在する白面の拠点へと向かう。下水道を数十名の警備兵と共にアルト達は移動を行い、先行するのはクノであった。


「地図に寄ればこちらでござる!!」
「ま、待ってくれ!!そんなに早く走らなくても……」
「ナイ殿達が心配じゃないのでござるか!?」
「クノの言う通り……私達も急いだ方が良い」
「そうですね!!早く行きましょう!!」
「はあっ、はあっ……」
「ま、待ってください……もう、体力が……」


普段からあまり運動しないアルトはクノの移動速度に付いて行くのもやっとであり、それは他の警備兵も同じだった。彼等はこの街を守る物として日々訓練をしているが、このクーノでは大きな事件は滅多に起きないため、警備兵達も警戒意識が薄らいでたるんでいた。

実際の所は何年も前から白面の組織が暗躍していたのだが、警備兵の中には白面の内通者が存在した。その人物は移動の際中に他の者と離れ、別の通路から組織の拠点へ向かう。


「やばいな、すぐに知らせないと……」


兵士は身に付けていた装備を脱ぎ去り、白面を顔に装着する。実を言えば内通者は白面側の人間であり、数年前に兵士に入隊して警備兵の情報を漏らしていた。

彼は急ぎ足でアルト達よりも先に拠点へ辿り着ける近道を移動し、危険を知らせようとした。だが、そんな彼に対して背後から語り掛ける者がいた。


「何をしているのでござる?」
「っ……!?」


後ろから声を掛けられた暗殺者は仮面の下で驚愕の表情を浮かべ、咄嗟に後方へ向けて裏拳を放つ。しかし、その攻撃を予測していた様にクノは頭を下げて回避すると、左手を的確に暗殺者の心臓に叩き込む。


「ふんっ!!」
「ぐはぁっ!?」


胸元に掌底を受けた暗殺者は後ろへ倒れ込み、一瞬とはいえ心臓が止まったような感覚を味わい、苦しみ悶える。その様子を見てクノはクナイを取り出し、男の首筋に構えた。


「やはり仲間がいたでござるな」
「ば、馬鹿な……お前、一番前を走っていたんじゃ……!?」
「回り道でござる。ゴエモン殿の地図にはしっかりとこの通路も書き記されていたでござる」


クノはゴエモンが渡した地図を頼りに先を移動し、回り込んで暗殺者が利用するであろう通路に待ち伏せていた。今頃はクノと離れた他の者達が戸惑っているだろうが、クノとしては内通者を見つけ出すために敢えて先を急ぐふりをしていた。

暗殺者は必死に逃げようとするがそれをクノが許すはずもなく、彼を抑えつける。毒薬を飲み込む前なので彼が死ぬ事はなく、クノは語り掛ける。


「さあ、大人しくするでござる。そうすれば命だけは……」
「命だと……笑わせるな、お前等に俺等が救い出せるのかよ!?」
「毒、でござろう?」
「な、何!?」


クノの言葉を聞いて暗殺者は驚愕の表情を浮かべ、どうして彼女が自分達に仕込まれた毒の事を知っているのかと驚くが、そんな彼等にクノは答えた。


「拙者は特殊な家系の生まれで幼少期の頃から様々な毒薬の勉強も行うでござる。その中には毒を仕込まれた途端、奇妙な紋様が身体に浮かぶ類の毒の事も話だけは聞いた事があるでござる」
「そ、そんなっ……なら、お前も暗殺者なのか!?」
「拙者は忍者でござる……安心し欲しいでござる、シノビ一族は毒薬にも精通しているからお主等も救えるかもしれないでござるよ?」
「……ほ、本当、なのか?」


暗殺者はクノの言葉に自分達が助かる道があるのかと考え、そんな彼にクノは頷いた。


「拙者を信じてほしいでござる。さあ、運命に抗うでござるよ」
「……ちくしょう」


彼女の言葉を聞いて暗殺者は観念し、僅かな可能性であろうと自由になれるのであればと彼は降伏を決断した――





――変装したナイ達が訪れた後、酒場内でくつろいでいた獣人達はしばらく経ってもナイ達が戻ってこない事に違和感を抱く。


「おい、さっきの奴ら……なんか、怪しくなかったか?」
「ああ、俺も思った」
「ていうか、あいつらの声……聞き覚えあるか?」
「臭いも何か変な気がしたな」


獣人族である彼等は人間よりも聴覚と嗅覚が優れ、ナイ達が消えた後に彼等から感じた臭いと声に覚えがない事に勘付く。

この場所を拠点とする白面の暗殺者は総勢であり、何年も彼等は共にこの場所で過ごしてきた。だからこそ聞き覚えのない声や臭いを発していたナイ達に対して怪しく思う。


「おい、あいつらを探し出そうぜ。もしも侵入者だったら……」
「まさか……ここまで嗅ぎつける奴なんているわけないだろ」
「分からねえだろ。この間だって、お前等変な気配を感じたんだろう?」
「いや、それは……」


白面の暗殺者の中には自分達が尾行されているような感覚を覚えた者も含まれ、彼等を尾けていたのは当然だがである。地上で尾けられていた場合ならば臭いでばれてしまうのだが、場所が下水道だったせいで彼の臭いを嗅ぐ事は上手く嗅ぎ分ける事ができなかった。

下水道にはあらゆる臭気を吸い込む魔石が取り付けられており、そのお陰でゴエモンは白面を尾行する時は足音や気配だけに気を付ければ良かった。そのお陰で彼は巧妙に尾行を行い、白面の拠点を探し当てる。それでも勘の良い暗殺者は彼の存在を何となくだが勘付いていた。


「あいつら、ここへ来た時からずっと仮面もローブも脱がなかっただろ。仕事に戻るからって誤魔化してたけど、階段を降りてからかなり時間が経っているぞ」
「まさか本当に……?」
「い、いやいや……考え過ぎだろ、それにあいつらが外に出るとしたらここへ戻ってくるんだ。他に出入口なんてないしな……その時に正体を暴けばいいだろ?」
「馬鹿野郎、調合室と植物園にいる人間共が狙いだったらどうするんだ!?あいつらじゃないと薬も植物も育てられないんだぞ!!」
「お、落ち着けよ!!分かったよ、探しに行けばいいんだろ!?」


獣人の一人が騒ぎ出し、大声に驚いた他の者達も顔を向ける。ここでやっとナイ達の存在を怪しく思った者達が動き出そうとした時、階段の方から音が聞こえてきた。


「ん?なんだ、この音……」
「下の階段から聞こえてくるが……」


音には敏感な獣人族の暗殺者達は疑問を抱き、階段の方に視線を向ける。まるで何かを引きずるような音が鳴り響き、それに疑問を抱いた者達の何人かは階段を見下ろす。


「うるさいな、何の騒ぎだ?」
「人が酒を楽しんでいる時……」
「お前等、見て来いよ」
「ちっ……仕方ないな」


この時に数名の獣人が面倒そうな表情を浮かべながらも階段を降りていく。しばらくすると下の階から響いて来た音が小さくなり、やがて完全に聞こえなくなった。

音が止んだので酒場の者達は安心しかけたが、直後に階段の下の方から凄まじい速度で複数の物体が飛んできた。それを確認した瞬間に酒場内に存在した者達は即座に身構え、正体を見極める。


「ぐはぁっ!?」
「ぎゃああっ!?」
「何だ!?」
「お、お前等……いったい何が起きた!?」


吹っ飛んできたのは先ほど階段を降りた者達であり、階段の下から吹っ飛んできた彼等に他の獣人は駆けつける。いったい何が起きたのか彼等は身体を震わせ、痛みを来られる。


「あ、ああっ……」
「おい、どうした!?何があったんだ!?」
「に、人間が……!!」
「人間!?まさか、さっきの奴らか!?」
「くそ、侵入者だ!!戦闘態勢!!」


下から吹き飛んできた者の言葉に酒場内存在した全員が戦闘態勢に入り、仮面を装着する。彼らは鍛え上げられた暗殺者であり、精神面も鍛えられているので滅多な事では取り乱さない。

しかし、次に階段から吹っ飛んできたのは獣人ではなく、調合室に設置されているはずの薬棚だった。薬品を収めるための薬棚が下の階からて酒場内に放り込まれる。しかも数は一つではなく、合計で三つの薬棚が放り込まれた。


「な、何だぁっ!?」
「こ、これは……調合室の!?」
「馬鹿、取り乱すな!!」
「おい、誰か来るぞ!!」


階段を登る足音が鳴り響き、その足音を耳にした暗殺者達は身構えると、信じられない光景が視界に映し出された。それは一人の少年が自分の身の丈よりも大きな薬棚を片手で掲げ上げ、階段を上がる姿だった。

金属製のしかも危険な薬品を収めるために設計された特別製で重量のある薬棚をその少年は軽々と片腕で持ち上げ、やがて酒場に姿を現す。その少年は仮面やローブを身に付けておらず、堂々と酒場内に存在する暗殺者と向かい合う。


「……これぐらいの人数なら問題はないかな」
「な、何だお前はっ……!?」
「……あんた等の敵だよ!!」


薬棚をわざわざ二階まで運び込んだは剛力を発動させた状態で振りかざし、勢いよく自分達が入ってきた扉に向けて投げ込む――





「――なあ、おい……さっき来たガキ、本当に俺達を救い出してくれると思うか?」
「馬鹿野郎、そんな事を出来るはずがないだろ」
「くそっ……このままだと、俺達は死ぬんだぞ」


調合室ではナイによって拘束された研究員たちが一か所に集まり、彼等は両手両足を縛られた状態だった。彼等は毒薬の製作を行うために拉致された薬師や医者であり、ここでは毒薬の製造を強制されていた。

ゴエモンの妻のヒメのように彼等は毒薬の製造を強制され、それと同時に秘密裏に解毒薬の製造を研究していた。彼等が解毒薬を製造していたのは自分達が助かるためでもあるが、暗殺者の一部は自由になりたいがために解毒薬の製造を指示する者も居た。


「俺達、このまま捕まって牢獄に送り込まれるのかな……」
「どっちにしろ、ここまで警備兵が来られたら組織も解毒薬なんて送り込まないだろ」
「くそ、奴ら……いったい何の素材を作っているんだ?」
「あの解毒薬さえあれば……」


解毒薬を分析できれば使用されている素材も判明するかもしれないが、生憎とこの場所に解毒薬が運び込まれる際は組織が送り込んだ「幹部」の監視の元で全員に投与が行われる。

過去に解毒薬を盗み出そうとした輩もいたが、その人物の末路は悲惨であり、全身の四肢を引き裂かれた。その後、死骸の処理はここの拠点の暗殺者に行わせた。もしも自分達に逆らえばこうなるのだと思い知らせ、改めて白面がどれほど恐ろしい組織なのかを思い知らされた。


「……そう言えば次の解毒薬が届く日はいつだっけ?」
「さあな……ここにいると時間の感覚がおかしくなっちまうからな」
「この間、やったばかりのような気がするが……」


解毒薬が送り込まれる日は決まってはおらず、早い時は前回の一週間後に訪れる事もあった。毎回、王都の本部から解毒薬が送り込まれるのだけは間違いなく、研究員たちはどうにか解毒薬を盗む方法を考えていたが、もうそれも難しい。


「そういえばあいつ……幹部の名前、何だっけ?」
「あのの事か……」
「不気味な奴だよな……それにあいつが従えている奴もな」


黒仮面とはこの場所に解毒薬を届ける幹部の渾名であり、文字通りに幹部は何故か黒色の仮面を被っていた。白面はほぼ全員が白い仮面を身に付けているのに対し、幹部は黒い仮面の装着を義務付けられている。

20年前の白面は全員が白色の仮面に統一されていたが、現代の白面は組織系統が異なり、実を言えばここに存在する白面はただの末端隊員に過ぎない。王都には白面の幹部が存在するはずであり、彼等の事は研究員たちも恐れていた。


「あいつ、不気味だよな」
「そうだな……」
「……もしもあいつが戻ってきたら、あのガキはどうなるかな?」
「さあな……」
「……随分と若かったな、まだ子供じゃないのか?」
「俺のガキも……あいつぐらいの年齢なんだよな」
「……会いたいな、家族に」


研究員たちには家族が存在し、今も外の世界で自分達を待っていると信じていた。だからこそ彼等は何としても解毒薬を作り出して助かりたいと思っていたが、その希望も潰えてしまうのかと嘆く。

しかし、この後に起きる出来事で彼等の人生は大きく変わる事を今の時点では想像できなかった。
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