701 / 1,110
王都の異変
第690話 大暴れ
しおりを挟む
――クノから連絡を受けたアルトはすぐに警備兵に連絡を送り、下水道に存在する白面の拠点へと向かう。下水道を数十名の警備兵と共にアルト達は移動を行い、先行するのはクノであった。
「地図に寄ればこちらでござる!!」
「ま、待ってくれ!!そんなに早く走らなくても……」
「ナイ殿達が心配じゃないのでござるか!?」
「クノの言う通り……私達も急いだ方が良い」
「そうですね!!早く行きましょう!!」
「はあっ、はあっ……」
「ま、待ってください……もう、体力が……」
普段からあまり運動しないアルトはクノの移動速度に付いて行くのもやっとであり、それは他の警備兵も同じだった。彼等はこの街を守る物として日々訓練をしているが、このクーノでは大きな事件は滅多に起きないため、警備兵達も警戒意識が薄らいでたるんでいた。
実際の所は何年も前から白面の組織が暗躍していたのだが、警備兵の中には白面の内通者が存在した。その人物は移動の際中に他の者と離れ、別の通路から組織の拠点へ向かう。
「やばいな、すぐに知らせないと……」
兵士は身に付けていた装備を脱ぎ去り、白面を顔に装着する。実を言えば内通者は白面側の人間であり、数年前に兵士に入隊して警備兵の情報を漏らしていた。
彼は急ぎ足でアルト達よりも先に拠点へ辿り着ける近道を移動し、危険を知らせようとした。だが、そんな彼に対して背後から語り掛ける者がいた。
「何をしているのでござる?」
「っ……!?」
後ろから声を掛けられた暗殺者は仮面の下で驚愕の表情を浮かべ、咄嗟に後方へ向けて裏拳を放つ。しかし、その攻撃を予測していた様にクノは頭を下げて回避すると、左手を的確に暗殺者の心臓に叩き込む。
「ふんっ!!」
「ぐはぁっ!?」
胸元に掌底を受けた暗殺者は後ろへ倒れ込み、一瞬とはいえ心臓が止まったような感覚を味わい、苦しみ悶える。その様子を見てクノはクナイを取り出し、男の首筋に構えた。
「やはり仲間がいたでござるな」
「ば、馬鹿な……お前、一番前を走っていたんじゃ……!?」
「回り道でござる。ゴエモン殿の地図にはしっかりとこの通路も書き記されていたでござる」
クノはゴエモンが渡した地図を頼りに先を移動し、回り込んで暗殺者が利用するであろう通路に待ち伏せていた。今頃はクノと離れた他の者達が戸惑っているだろうが、クノとしては内通者を見つけ出すために敢えて先を急ぐふりをしていた。
暗殺者は必死に逃げようとするがそれをクノが許すはずもなく、彼を抑えつける。毒薬を飲み込む前なので彼が死ぬ事はなく、クノは語り掛ける。
「さあ、大人しくするでござる。そうすれば命だけは……」
「命だと……笑わせるな、お前等に俺等が救い出せるのかよ!?」
「毒、でござろう?」
「な、何!?」
クノの言葉を聞いて暗殺者は驚愕の表情を浮かべ、どうして彼女が自分達に仕込まれた毒の事を知っているのかと驚くが、そんな彼等にクノは答えた。
「拙者は特殊な家系の生まれで幼少期の頃から様々な毒薬の勉強も行うでござる。その中には毒を仕込まれた途端、奇妙な紋様が身体に浮かぶ類の毒の事も話だけは聞いた事があるでござる」
「そ、そんなっ……なら、お前も暗殺者なのか!?」
「拙者は忍者でござる……安心し欲しいでござる、シノビ一族は毒薬にも精通しているからお主等も救えるかもしれないでござるよ?」
「……ほ、本当、なのか?」
暗殺者はクノの言葉に自分達が助かる道があるのかと考え、そんな彼にクノは頷いた。
「拙者を信じてほしいでござる。さあ、運命に抗うでござるよ」
「……ちくしょう」
彼女の言葉を聞いて暗殺者は観念し、僅かな可能性であろうと自由になれるのであればと彼は降伏を決断した――
――変装したナイ達が訪れた後、酒場内でくつろいでいた獣人達はしばらく経ってもナイ達が戻ってこない事に違和感を抱く。
「おい、さっきの奴ら……なんか、怪しくなかったか?」
「ああ、俺も思った」
「ていうか、あいつらの声……聞き覚えあるか?」
「臭いも何か変な気がしたな」
獣人族である彼等は人間よりも聴覚と嗅覚が優れ、ナイ達が消えた後に彼等から感じた臭いと声に覚えがない事に勘付く。
この場所を拠点とする白面の暗殺者は総勢100名であり、何年も彼等は共にこの場所で過ごしてきた。だからこそ聞き覚えのない声や臭いを発していたナイ達に対して怪しく思う。
「おい、あいつらを探し出そうぜ。もしも侵入者だったら……」
「まさか……ここまで嗅ぎつける奴なんているわけないだろ」
「分からねえだろ。この間だって、お前等変な気配を感じたんだろう?」
「いや、それは……」
白面の暗殺者の中には自分達が尾行されているような感覚を覚えた者も含まれ、彼等を尾けていたのは当然だがゴエモンである。地上で尾けられていた場合ならば臭いでばれてしまうのだが、場所が下水道だったせいで彼の臭いを嗅ぐ事は上手く嗅ぎ分ける事ができなかった。
下水道にはあらゆる臭気を吸い込む魔石が取り付けられており、そのお陰でゴエモンは白面を尾行する時は足音や気配だけに気を付ければ良かった。そのお陰で彼は巧妙に尾行を行い、白面の拠点を探し当てる。それでも勘の良い暗殺者は彼の存在を何となくだが勘付いていた。
「あいつら、ここへ来た時からずっと仮面もローブも脱がなかっただろ。仕事に戻るからって誤魔化してたけど、階段を降りてからかなり時間が経っているぞ」
「まさか本当に……?」
「い、いやいや……考え過ぎだろ、それにあいつらが外に出るとしたらここへ戻ってくるんだ。他に出入口なんてないしな……その時に正体を暴けばいいだろ?」
「馬鹿野郎、調合室と植物園にいる人間共が狙いだったらどうするんだ!?あいつらじゃないと薬も植物も育てられないんだぞ!!」
「お、落ち着けよ!!分かったよ、探しに行けばいいんだろ!?」
獣人の一人が騒ぎ出し、大声に驚いた他の者達も顔を向ける。ここでやっとナイ達の存在を怪しく思った者達が動き出そうとした時、階段の方から音が聞こえてきた。
「ん?なんだ、この音……」
「下の階段から聞こえてくるが……」
音には敏感な獣人族の暗殺者達は疑問を抱き、階段の方に視線を向ける。まるで何かを引きずるような音が鳴り響き、それに疑問を抱いた者達の何人かは階段を見下ろす。
「うるさいな、何の騒ぎだ?」
「人が酒を楽しんでいる時……」
「お前等、見て来いよ」
「ちっ……仕方ないな」
この時に数名の獣人が面倒そうな表情を浮かべながらも階段を降りていく。しばらくすると下の階から響いて来た音が小さくなり、やがて完全に聞こえなくなった。
音が止んだので酒場の者達は安心しかけたが、直後に階段の下の方から凄まじい速度で複数の物体が飛んできた。それを確認した瞬間に酒場内に存在した者達は即座に身構え、正体を見極める。
「ぐはぁっ!?」
「ぎゃああっ!?」
「何だ!?」
「お、お前等……いったい何が起きた!?」
吹っ飛んできたのは先ほど階段を降りた者達であり、階段の下から吹っ飛んできた彼等に他の獣人は駆けつける。いったい何が起きたのか彼等は身体を震わせ、痛みを来られる。
「あ、ああっ……」
「おい、どうした!?何があったんだ!?」
「に、人間が……!!」
「人間!?まさか、さっきの奴らか!?」
「くそ、侵入者だ!!戦闘態勢!!」
下から吹き飛んできた者の言葉に酒場内存在した全員が戦闘態勢に入り、仮面を装着する。彼らは鍛え上げられた暗殺者であり、精神面も鍛えられているので滅多な事では取り乱さない。
しかし、次に階段から吹っ飛んできたのは獣人ではなく、調合室に設置されているはずの薬棚だった。薬品を収めるための薬棚が下の階から投げ飛ばされて酒場内に放り込まれる。しかも数は一つではなく、合計で三つの薬棚が放り込まれた。
「な、何だぁっ!?」
「こ、これは……調合室の!?」
「馬鹿、取り乱すな!!」
「おい、誰か来るぞ!!」
階段を登る足音が鳴り響き、その足音を耳にした暗殺者達は身構えると、信じられない光景が視界に映し出された。それは一人の少年が自分の身の丈よりも大きな薬棚を片手で掲げ上げ、階段を上がる姿だった。
金属製のしかも危険な薬品を収めるために設計された特別製で重量のある薬棚をその少年は軽々と片腕で持ち上げ、やがて酒場に姿を現す。その少年は仮面やローブを身に付けておらず、堂々と酒場内に存在する暗殺者と向かい合う。
「……これぐらいの人数なら問題はないかな」
「な、何だお前はっ……!?」
「……あんた等の敵だよ!!」
薬棚をわざわざ二階まで運び込んだナイは剛力を発動させた状態で振りかざし、勢いよく自分達が入ってきた扉に向けて投げ込む――
「――なあ、おい……さっき来たガキ、本当に俺達を救い出してくれると思うか?」
「馬鹿野郎、そんな事を出来るはずがないだろ」
「くそっ……このままだと、俺達は死ぬんだぞ」
調合室ではナイによって拘束された研究員たちが一か所に集まり、彼等は両手両足を縛られた状態だった。彼等は毒薬の製作を行うために拉致された薬師や医者であり、ここでは毒薬の製造を強制されていた。
ゴエモンの妻のヒメのように彼等は毒薬の製造を強制され、それと同時に秘密裏に解毒薬の製造を研究していた。彼等が解毒薬を製造していたのは自分達が助かるためでもあるが、暗殺者の一部は自由になりたいがために解毒薬の製造を指示する者も居た。
「俺達、このまま捕まって牢獄に送り込まれるのかな……」
「どっちにしろ、ここまで警備兵が来られたら組織も解毒薬なんて送り込まないだろ」
「くそ、奴ら……いったい何の素材を作っているんだ?」
「あの解毒薬さえあれば……」
解毒薬を分析できれば使用されている素材も判明するかもしれないが、生憎とこの場所に解毒薬が運び込まれる際は組織が送り込んだ「幹部」の監視の元で全員に投与が行われる。
過去に解毒薬を盗み出そうとした輩もいたが、その人物の末路は悲惨であり、全身の四肢を引き裂かれた。その後、死骸の処理はここの拠点の暗殺者に行わせた。もしも自分達に逆らえばこうなるのだと思い知らせ、改めて白面がどれほど恐ろしい組織なのかを思い知らされた。
「……そう言えば次の解毒薬が届く日はいつだっけ?」
「さあな……ここにいると時間の感覚がおかしくなっちまうからな」
「この間、やったばかりのような気がするが……」
解毒薬が送り込まれる日は決まってはおらず、早い時は前回の一週間後に訪れる事もあった。毎回、王都の本部から解毒薬が送り込まれるのだけは間違いなく、研究員たちはどうにか解毒薬を盗む方法を考えていたが、もうそれも難しい。
「そういえばあいつ……幹部の名前、何だっけ?」
「あの黒仮面の事か……」
「不気味な奴だよな……それにあいつが従えている奴もな」
黒仮面とはこの場所に解毒薬を届ける幹部の渾名であり、文字通りに幹部は何故か黒色の仮面を被っていた。白面はほぼ全員が白い仮面を身に付けているのに対し、幹部は黒い仮面の装着を義務付けられている。
20年前の白面は全員が白色の仮面に統一されていたが、現代の白面は組織系統が異なり、実を言えばここに存在する白面はただの末端隊員に過ぎない。王都には白面の幹部が存在するはずであり、彼等の事は研究員たちも恐れていた。
「あいつ、不気味だよな」
「そうだな……」
「……もしもあいつが戻ってきたら、あのガキはどうなるかな?」
「さあな……」
「……随分と若かったな、まだ子供じゃないのか?」
「俺のガキも……あいつぐらいの年齢なんだよな」
「……会いたいな、家族に」
研究員たちには家族が存在し、今も外の世界で自分達を待っていると信じていた。だからこそ彼等は何としても解毒薬を作り出して助かりたいと思っていたが、その希望も潰えてしまうのかと嘆く。
しかし、この後に起きる出来事で彼等の人生は大きく変わる事を今の時点では想像できなかった。
「地図に寄ればこちらでござる!!」
「ま、待ってくれ!!そんなに早く走らなくても……」
「ナイ殿達が心配じゃないのでござるか!?」
「クノの言う通り……私達も急いだ方が良い」
「そうですね!!早く行きましょう!!」
「はあっ、はあっ……」
「ま、待ってください……もう、体力が……」
普段からあまり運動しないアルトはクノの移動速度に付いて行くのもやっとであり、それは他の警備兵も同じだった。彼等はこの街を守る物として日々訓練をしているが、このクーノでは大きな事件は滅多に起きないため、警備兵達も警戒意識が薄らいでたるんでいた。
実際の所は何年も前から白面の組織が暗躍していたのだが、警備兵の中には白面の内通者が存在した。その人物は移動の際中に他の者と離れ、別の通路から組織の拠点へ向かう。
「やばいな、すぐに知らせないと……」
兵士は身に付けていた装備を脱ぎ去り、白面を顔に装着する。実を言えば内通者は白面側の人間であり、数年前に兵士に入隊して警備兵の情報を漏らしていた。
彼は急ぎ足でアルト達よりも先に拠点へ辿り着ける近道を移動し、危険を知らせようとした。だが、そんな彼に対して背後から語り掛ける者がいた。
「何をしているのでござる?」
「っ……!?」
後ろから声を掛けられた暗殺者は仮面の下で驚愕の表情を浮かべ、咄嗟に後方へ向けて裏拳を放つ。しかし、その攻撃を予測していた様にクノは頭を下げて回避すると、左手を的確に暗殺者の心臓に叩き込む。
「ふんっ!!」
「ぐはぁっ!?」
胸元に掌底を受けた暗殺者は後ろへ倒れ込み、一瞬とはいえ心臓が止まったような感覚を味わい、苦しみ悶える。その様子を見てクノはクナイを取り出し、男の首筋に構えた。
「やはり仲間がいたでござるな」
「ば、馬鹿な……お前、一番前を走っていたんじゃ……!?」
「回り道でござる。ゴエモン殿の地図にはしっかりとこの通路も書き記されていたでござる」
クノはゴエモンが渡した地図を頼りに先を移動し、回り込んで暗殺者が利用するであろう通路に待ち伏せていた。今頃はクノと離れた他の者達が戸惑っているだろうが、クノとしては内通者を見つけ出すために敢えて先を急ぐふりをしていた。
暗殺者は必死に逃げようとするがそれをクノが許すはずもなく、彼を抑えつける。毒薬を飲み込む前なので彼が死ぬ事はなく、クノは語り掛ける。
「さあ、大人しくするでござる。そうすれば命だけは……」
「命だと……笑わせるな、お前等に俺等が救い出せるのかよ!?」
「毒、でござろう?」
「な、何!?」
クノの言葉を聞いて暗殺者は驚愕の表情を浮かべ、どうして彼女が自分達に仕込まれた毒の事を知っているのかと驚くが、そんな彼等にクノは答えた。
「拙者は特殊な家系の生まれで幼少期の頃から様々な毒薬の勉強も行うでござる。その中には毒を仕込まれた途端、奇妙な紋様が身体に浮かぶ類の毒の事も話だけは聞いた事があるでござる」
「そ、そんなっ……なら、お前も暗殺者なのか!?」
「拙者は忍者でござる……安心し欲しいでござる、シノビ一族は毒薬にも精通しているからお主等も救えるかもしれないでござるよ?」
「……ほ、本当、なのか?」
暗殺者はクノの言葉に自分達が助かる道があるのかと考え、そんな彼にクノは頷いた。
「拙者を信じてほしいでござる。さあ、運命に抗うでござるよ」
「……ちくしょう」
彼女の言葉を聞いて暗殺者は観念し、僅かな可能性であろうと自由になれるのであればと彼は降伏を決断した――
――変装したナイ達が訪れた後、酒場内でくつろいでいた獣人達はしばらく経ってもナイ達が戻ってこない事に違和感を抱く。
「おい、さっきの奴ら……なんか、怪しくなかったか?」
「ああ、俺も思った」
「ていうか、あいつらの声……聞き覚えあるか?」
「臭いも何か変な気がしたな」
獣人族である彼等は人間よりも聴覚と嗅覚が優れ、ナイ達が消えた後に彼等から感じた臭いと声に覚えがない事に勘付く。
この場所を拠点とする白面の暗殺者は総勢100名であり、何年も彼等は共にこの場所で過ごしてきた。だからこそ聞き覚えのない声や臭いを発していたナイ達に対して怪しく思う。
「おい、あいつらを探し出そうぜ。もしも侵入者だったら……」
「まさか……ここまで嗅ぎつける奴なんているわけないだろ」
「分からねえだろ。この間だって、お前等変な気配を感じたんだろう?」
「いや、それは……」
白面の暗殺者の中には自分達が尾行されているような感覚を覚えた者も含まれ、彼等を尾けていたのは当然だがゴエモンである。地上で尾けられていた場合ならば臭いでばれてしまうのだが、場所が下水道だったせいで彼の臭いを嗅ぐ事は上手く嗅ぎ分ける事ができなかった。
下水道にはあらゆる臭気を吸い込む魔石が取り付けられており、そのお陰でゴエモンは白面を尾行する時は足音や気配だけに気を付ければ良かった。そのお陰で彼は巧妙に尾行を行い、白面の拠点を探し当てる。それでも勘の良い暗殺者は彼の存在を何となくだが勘付いていた。
「あいつら、ここへ来た時からずっと仮面もローブも脱がなかっただろ。仕事に戻るからって誤魔化してたけど、階段を降りてからかなり時間が経っているぞ」
「まさか本当に……?」
「い、いやいや……考え過ぎだろ、それにあいつらが外に出るとしたらここへ戻ってくるんだ。他に出入口なんてないしな……その時に正体を暴けばいいだろ?」
「馬鹿野郎、調合室と植物園にいる人間共が狙いだったらどうするんだ!?あいつらじゃないと薬も植物も育てられないんだぞ!!」
「お、落ち着けよ!!分かったよ、探しに行けばいいんだろ!?」
獣人の一人が騒ぎ出し、大声に驚いた他の者達も顔を向ける。ここでやっとナイ達の存在を怪しく思った者達が動き出そうとした時、階段の方から音が聞こえてきた。
「ん?なんだ、この音……」
「下の階段から聞こえてくるが……」
音には敏感な獣人族の暗殺者達は疑問を抱き、階段の方に視線を向ける。まるで何かを引きずるような音が鳴り響き、それに疑問を抱いた者達の何人かは階段を見下ろす。
「うるさいな、何の騒ぎだ?」
「人が酒を楽しんでいる時……」
「お前等、見て来いよ」
「ちっ……仕方ないな」
この時に数名の獣人が面倒そうな表情を浮かべながらも階段を降りていく。しばらくすると下の階から響いて来た音が小さくなり、やがて完全に聞こえなくなった。
音が止んだので酒場の者達は安心しかけたが、直後に階段の下の方から凄まじい速度で複数の物体が飛んできた。それを確認した瞬間に酒場内に存在した者達は即座に身構え、正体を見極める。
「ぐはぁっ!?」
「ぎゃああっ!?」
「何だ!?」
「お、お前等……いったい何が起きた!?」
吹っ飛んできたのは先ほど階段を降りた者達であり、階段の下から吹っ飛んできた彼等に他の獣人は駆けつける。いったい何が起きたのか彼等は身体を震わせ、痛みを来られる。
「あ、ああっ……」
「おい、どうした!?何があったんだ!?」
「に、人間が……!!」
「人間!?まさか、さっきの奴らか!?」
「くそ、侵入者だ!!戦闘態勢!!」
下から吹き飛んできた者の言葉に酒場内存在した全員が戦闘態勢に入り、仮面を装着する。彼らは鍛え上げられた暗殺者であり、精神面も鍛えられているので滅多な事では取り乱さない。
しかし、次に階段から吹っ飛んできたのは獣人ではなく、調合室に設置されているはずの薬棚だった。薬品を収めるための薬棚が下の階から投げ飛ばされて酒場内に放り込まれる。しかも数は一つではなく、合計で三つの薬棚が放り込まれた。
「な、何だぁっ!?」
「こ、これは……調合室の!?」
「馬鹿、取り乱すな!!」
「おい、誰か来るぞ!!」
階段を登る足音が鳴り響き、その足音を耳にした暗殺者達は身構えると、信じられない光景が視界に映し出された。それは一人の少年が自分の身の丈よりも大きな薬棚を片手で掲げ上げ、階段を上がる姿だった。
金属製のしかも危険な薬品を収めるために設計された特別製で重量のある薬棚をその少年は軽々と片腕で持ち上げ、やがて酒場に姿を現す。その少年は仮面やローブを身に付けておらず、堂々と酒場内に存在する暗殺者と向かい合う。
「……これぐらいの人数なら問題はないかな」
「な、何だお前はっ……!?」
「……あんた等の敵だよ!!」
薬棚をわざわざ二階まで運び込んだナイは剛力を発動させた状態で振りかざし、勢いよく自分達が入ってきた扉に向けて投げ込む――
「――なあ、おい……さっき来たガキ、本当に俺達を救い出してくれると思うか?」
「馬鹿野郎、そんな事を出来るはずがないだろ」
「くそっ……このままだと、俺達は死ぬんだぞ」
調合室ではナイによって拘束された研究員たちが一か所に集まり、彼等は両手両足を縛られた状態だった。彼等は毒薬の製作を行うために拉致された薬師や医者であり、ここでは毒薬の製造を強制されていた。
ゴエモンの妻のヒメのように彼等は毒薬の製造を強制され、それと同時に秘密裏に解毒薬の製造を研究していた。彼等が解毒薬を製造していたのは自分達が助かるためでもあるが、暗殺者の一部は自由になりたいがために解毒薬の製造を指示する者も居た。
「俺達、このまま捕まって牢獄に送り込まれるのかな……」
「どっちにしろ、ここまで警備兵が来られたら組織も解毒薬なんて送り込まないだろ」
「くそ、奴ら……いったい何の素材を作っているんだ?」
「あの解毒薬さえあれば……」
解毒薬を分析できれば使用されている素材も判明するかもしれないが、生憎とこの場所に解毒薬が運び込まれる際は組織が送り込んだ「幹部」の監視の元で全員に投与が行われる。
過去に解毒薬を盗み出そうとした輩もいたが、その人物の末路は悲惨であり、全身の四肢を引き裂かれた。その後、死骸の処理はここの拠点の暗殺者に行わせた。もしも自分達に逆らえばこうなるのだと思い知らせ、改めて白面がどれほど恐ろしい組織なのかを思い知らされた。
「……そう言えば次の解毒薬が届く日はいつだっけ?」
「さあな……ここにいると時間の感覚がおかしくなっちまうからな」
「この間、やったばかりのような気がするが……」
解毒薬が送り込まれる日は決まってはおらず、早い時は前回の一週間後に訪れる事もあった。毎回、王都の本部から解毒薬が送り込まれるのだけは間違いなく、研究員たちはどうにか解毒薬を盗む方法を考えていたが、もうそれも難しい。
「そういえばあいつ……幹部の名前、何だっけ?」
「あの黒仮面の事か……」
「不気味な奴だよな……それにあいつが従えている奴もな」
黒仮面とはこの場所に解毒薬を届ける幹部の渾名であり、文字通りに幹部は何故か黒色の仮面を被っていた。白面はほぼ全員が白い仮面を身に付けているのに対し、幹部は黒い仮面の装着を義務付けられている。
20年前の白面は全員が白色の仮面に統一されていたが、現代の白面は組織系統が異なり、実を言えばここに存在する白面はただの末端隊員に過ぎない。王都には白面の幹部が存在するはずであり、彼等の事は研究員たちも恐れていた。
「あいつ、不気味だよな」
「そうだな……」
「……もしもあいつが戻ってきたら、あのガキはどうなるかな?」
「さあな……」
「……随分と若かったな、まだ子供じゃないのか?」
「俺のガキも……あいつぐらいの年齢なんだよな」
「……会いたいな、家族に」
研究員たちには家族が存在し、今も外の世界で自分達を待っていると信じていた。だからこそ彼等は何としても解毒薬を作り出して助かりたいと思っていたが、その希望も潰えてしまうのかと嘆く。
しかし、この後に起きる出来事で彼等の人生は大きく変わる事を今の時点では想像できなかった。
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

【完結】神スキル拡大解釈で底辺パーティから成り上がります!
まにゅまにゅ
ファンタジー
平均レベルの低い底辺パーティ『龍炎光牙《りゅうえんこうが》』はオーク一匹倒すのにも命懸けで注目もされていないどこにでもでもいる冒険者たちのチームだった。
そんなある日ようやく資金も貯まり、神殿でお金を払って恩恵《ギフト》を授かるとその恩恵《ギフト》スキルは『拡大解釈』というもの。
その効果は魔法やスキルの内容を拡大解釈し、別の効果を引き起こせる、という神スキルだった。その拡大解釈により色んなものを回復《ヒール》で治したり強化《ブースト》で獲得経験値を増やしたりととんでもない効果を発揮する!
底辺パーティ『龍炎光牙』の大躍進が始まる!
第16回ファンタジー大賞奨励賞受賞作です。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️
異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。
そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。
【カクヨムにも投稿してます】

異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。
お小遣い月3万
ファンタジー
異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。
夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。
妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。
勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。
ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。
夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。
夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。
その子を大切に育てる。
女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。
2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。
だけど子どもはどんどんと強くなって行く。
大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる