貧弱の英雄

カタナヅキ

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王都の異変

第662話 旋斧の変化《火属性》

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――狼男を倒した後、川から引き上げた死骸の確認をアルトが行った結果、全身が燃やし尽くされたせいで毛皮も牙も爪も使い物にならず、素材の採取は断念した。

ちなみにコボルト上位種は滅多に存在せず、もしもナイが魔法剣を使わずに普通に倒していた場合、その毛皮も爪も牙も高価で買い取られるだろう。ホブゴブリンよりも価値は高く、場合によっては各部位の素材が金貨単位で購入される事もある。


「ふむ、残念だけど諦めるしかないね。この状態だとどの素材も持ち帰っても高くは買い取ってくれないよ」
「そっか……魔法剣を使わない方が良かったかな?」
「何を言ってるんですか、こんな狂暴な相手に手加減なんて出来ませんよ」
「危うく死にかける所だった」
「素材は勿体ないと思うけど……命を大事にしないとね」
「それもそうだね……だが、上位種をここまで黒焦げにするとは驚いたよ」
「え?」


アルトによれば上位種の魔物は普通の魔物よりも魔法耐性を身に着けているらしく、生半可な魔法ではびくともしない。それにも関わらずにナイの旋斧の魔法剣によって狼男は全身を丸焦げにされた。


「火竜の魔力が残っているのならともかく、今のナイ君の旋斧は元の状態に戻っているはずだ。それなのにこれだけの強敵を真っ黒焦げにするほどの火力を生み出せるなんて驚いたね」
「そ、そうかな?」
「もしかしたら君の旋斧は以前よりも魔法剣の威力が上がっているのかもしれないね」


アルトの推察では旋斧は火竜の魔力を失った代わりに以前よりも魔力を吸収する力が強まり、魔石の通常以上に吸い上げる事で威力が強化されているのかもしれない。もしかしたらナイが魔法剣を完璧に使いこなせるようになったら火竜の魔力が宿っていた時よりも強力な魔法剣を生み出せる可能性もあった。


「プルミンちゃん、ありがとう。お陰で助かったよ~」
「ぷるぷるっ♪」
「本当に大したスライムだよ。スライムにしておくのは勿体ないぐらいだね」
「え~スライムのままの方が可愛いよ~?」


モモの命を救ったのはプルミンである事に間違いなく、全員がプルリンを褒め称える。仮に狼男が襲い掛かって来た時、プルミンが水を吐き出して相手を怯ませていなければモモは今頃死んでいたかもしれない。

プルミンと戯れるモモの姿は微笑ましいが、その一方でナイは先ほどのアルトの話を聞いて旋斧の変化を尋ねる。


「アルト、さっきの話だけど旋斧の能力が変わったというのは本当?」
「そうとしか考えられない。旋斧から火竜の魔力が消えたのは間違いないが、魔法剣を発動させたときの威力が全く変わっていなかった。恐らくだが、君の旋斧はまた進化したんだろう」
「進化?」


アルトの言葉にナイは戸惑うが、この時にアルトはナイが装着している魔法腕輪を指差し、嵌め込まれている魔石の中で火属性の魔石を指差す。


「ナイ君、火属性の魔石を確認してくれ」
「え?うん……あれ!?何でこんなに色が薄く……この間、ハマーンさんが取り換えたばかりなのに!?」
「やはりね……恐らくだが、さっき魔法剣を使った際に魔石から相当量な火属性の魔力を引き抜いたんだ。だからあれほどの威力を引き出せたんだよ」
「えっと……どういう意味ですか?」
「つまり、旋斧が火竜の魔力無しでもあれほどの高火力を引き出せたのは魔石から魔力を引き抜いた結果だ。ナイ君は気付いていなかったみたいだけど、今までとは違い、通常以上の魔力を魔石から引き出して強制的にあれほどの威力を引き出したんだ」


魔石の色合いを確認したアルトは彼の予想によるとナイが知らず知らずのうちに旋斧は魔石から必要以上の魔力を引き出し、驚異的な火属性の魔法剣を発動させた。

理由としてはこれまでは火竜の魔力があったので火属性の魔石から引き出す魔力量は必要最低限で済んだ。しかし、火竜の魔力が失われた事で魔石を引き出す魔力量を増やす事で以前と変わらぬ威力の魔法剣を編み出したとしか考えられない。


「旋斧が以前と同じように火竜の魔力無しでも火属性の魔法剣を扱えるようになった……というよりは、火属性の魔法剣の威力の上限が上がったといった方が良いだろう」
「威力の上限……」
「以前の旋斧ならこんな事はできなかったはずだ。しかし、火竜との戦闘で旋斧は火属性の魔法剣の適正が高まり、威力の上限が上昇した。だが、その反面に火属性の魔石の負担が増えてしまったんだね……今後は火属性の魔法剣はあまり多用しない方が良いよ。すぐに魔力が切れてしまう恐れがあるからね」
「なるほど……気を付けておくよ」


アルトの言葉にナイは頷き、恐らくではあるが先ほどと同等の威力の火属性の魔法剣を扱う時は魔石を使っても数回しか使用できない。その事を理解した上でナイは魔法剣を気を付ける様に心掛ける。大分暗くなってきたため、ナイ達は今晩は休む事にした――





――イリアの製作した「魔力回復薬改」のお陰で体調が復帰したマホだが、完全回復したわけではない。あくまでも彼女の症状は一時的に抑えられたに過ぎず、完治したとは到底言えない。

しかし、それでも立ち上がれる程に体調が戻ったマホの元に国王が直々に訪れる。彼はベッドに横たわるマホの隣に座って頭を下げた。


「マホ……お主には本当に苦労を掛けたな」
「気にするでない。そんな事よりも国王ともあろう御方がそう簡単に頭を下げてはいかんぞ」
「ここにはお主と儂しかおらん、誰も咎める者はおらん」


二人きりになるとマホは敬語を辞め、国王はそんな彼女に苦笑いを浮かべる。まだ彼が国王の座に就く前からマホには色々と世話になっており、見かけは若くても国王よりもマホは長く生きている。

国王が子供の時からマホの外見は変わっていないが、昔の方が迫力があった。しかし、ある時を境に彼女は迫力が消え、別人の様に変わってしまう。



――王妃が死んだ日、マホは強大な敵と遭遇してそれと戦った。その結果、彼女は魔術師として致命傷な怪我を負い、しかも未だに後遺症が残っている。



現在のマホは魔術師でありながら魔力を回復する肉体の機能が封じられているに等しく、無理に魔法を使いすぎると彼女は死んでしまいかねない。魔力とは謂わば生命力と言っても過言ではなく、これ以上にマホが魔法を酷使すれば最悪死ぬか、良くても寿命を削る。

今の所は持ち直したとはいえ、マホも自分の命がもう長くはない事を悟っていた。しかし、彼女はまだ役目が残されており、国王に尋ねた。


「ジャンヌの魔剣は……今は何処に保管しておる」
「……炎華と氷華か」


ジャンヌの話題を口にすると国王は顔色を変え、神妙な表情を浮かべて保管されている場所を話す。この二つの魔剣は王妃の墓標と一緒に残そうとしたが、マホが回収を行う。


「世界異変により、国同士の関係が乱れておる。近い将来、大きな戦争が起きるかもしれん……それに脅威は決して国だけではない、世界の混乱に乗じて奴等も動き出すかもしれん」
「闇ギルド、か……」


マホの言葉に国王は顔色を変え、愛する妻を死に至らしめた存在を思い出す。誰よりも強いと信じていた最愛の妻は闇ギルドの放った刺客によって死に至った。その忌々しい過去に彼は拳を握りしめる。


「炎華と氷華は……ジャンヌだからこそ扱えた。正直、儂にはあの魔剣を使いこなせる人間がいるとは思えん」
「どうかな……儂はジャンヌの仕事、この国中を歩き回り、様々な人間と出会った。その中にはジャンヌにも劣らぬ可能性を持った子供もおったな」
「まさか、あの少年の事か?」


国王はマホの言葉を聞いて「ナイ」の存在を思い出し、確かにナイは普通の少年ではない。しかし、彼がジャンヌの魔剣を扱えるとは思えない。第一にナイは既に二つの魔剣を所持しており、歴史上で二つ以上の魔剣を使いこなす人間など誰一人としていなかった。

だが、マホが言いたいのはナイの事だけではなく、彼女はこれまでの旅路で出会った若者たちの事を思い返し、国王に語り掛ける。


「炎華と氷華の継承者は必ず現れる……もしかしたら、既に儂等はその人物を知っておるかもしれん」
「ほう、それはいったい誰じゃ?」
「それを確かめるためにも……やらなければならんことがある」


窓の外を眺めながらマホは昔の事を思い出し、かつて「双剣の剣聖」と謳われたジャンヌを思い返す。彼女は天才だった、それは紛れもない事実だが、今の時代にも彼女に匹敵する存在がいると確信を抱いていた――
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