貧弱の英雄

カタナヅキ

文字の大きさ
上 下
640 / 1,110
王都の異変

第629話 森の魔物

しおりを挟む
「こ、これは……」
「どうかしたのか?」
「それは……」


エルマは前方を指差すと、そこには細い樹木が倒れていた。倒れている樹木は自然に朽ち果てて倒れたわけではないらしく、まるで鋭利な刃物で切り裂かれた様なが存在した。


「見てください、ここの部分を……綺麗に切り裂かれています」
『むっ?本当だな、いったい誰がこんな真似を……』
「まさか、私達以外にも人が入っているの!?」
「いいえ、それはあり得ません。ここは冒険者でも滅多に近づかない場所のはずです……考えられるとしたら、恐らくは魔物の仕業でしょう」
「魔物が……?」


エルマの言葉にナイ達は驚き、倒木の切断面を見る限りだと刃物の類で切り裂かれた様にしか見えない。しかも一撃で切り裂かれているらしく、相当な切れ味の刃物と樹木を切断できる程の力を持つ存在がいるとしか考えられない。それなのにリンダは人間ではなく、魔物の仕業だと確信していた。


「何か心当たりがあるんですか?」
「魔物の中には刃物のような切れ味を誇る肉体を持つ種がいます。そして森の中に生息する種で限られるとしたら、恐らくは昆虫種でしょう」
「昆虫種?」
『その昆虫種とやらがこの木を斬り倒したというのか?俄かには信じられんが……』


昆虫種の存在は黄金級冒険者のゴウカですらも初めて聞くらしく、どうやら巨人国には生息しない種なのかゴンザレスも首を傾げた。しかし、エルマは緊張した面持ちで切り裂かれた樹木の断面を確認し、彼女は確信を抱いた様に頷く。


「昆虫種は森の中にしか生息しない種です。それに王国でも生息する地域は限られているので知らないのも無理はありません。しかし、その恐ろしさは森人族として生まれた者なら幼い頃から教わります」
「えっ?」
「初めて昆虫種と聞いた方は虫型の魔物など恐れるに足りぬ存在だと侮る方が大半でしょう。しかし、昆虫種は魔物の生態系の中でも上位に位置する存在です」
『虫がかっ!?』


エルマの言葉にナイ達は驚愕するが、彼女によると昆虫種は本当に恐ろしい存在でかつて子供の頃、エルマは昆虫種に滅ぼされた「森人族の里」を見た事があるという。


「数十年前、私はマホ老師と共にある森人族の一族が収める里を訪れました。しかし、私たちが辿り着いた時には里は潰滅し、生き残っている森人族は一人だけで彼の話によると数十人の森人族がたった一日で殺されたそうです」
「まさか……」
「そう、昆虫種にです……奴等は里を襲い、そこに暮らしていた人々を殺すだけでは飽き足らず、捕食しました。家屋は破壊されて生き残った最後の一人も重傷を負っていて結局は助かりませんでした」
「ひ、酷い……」


話しを終えたエルマは悔しがるように拳を握りしめ、その話を聞かされたナイ達は何とも言えない表情を浮かべる。この時にエルマは先ほどに遭遇したオークたちの事を思い出し、ある仮説を立てる。


「先ほど、私達を襲ったオークたちは何日も碌な餌に恵まれていないような様子でした。そもそもオークたちは滅多な事では森から出てくる事はありません。そう考えるとあのオークたちは住処を追われた存在なのかもしれません」
「それは……どういう意味だ?」
「……オークたちが恐れる存在が出現し、住処に暮らす事ができなくなかった。だからオークたちは安全な場所と餌を求めて草原に進出したのかもしれません」
「何だと!?そんな馬鹿な……」
「それって……」


エルマの話を聞いた時にナイは昔の事を思い出し、彼が子供の頃に倒した赤毛熊もゴブリンやホブゴブリンが数を増やしたせいで山で暮らせなくなり、山を下りて森の方に住処を移動させた事を思い出す。

山の主であった赤毛熊は追い出され、その後はナイの村近くの山はゴブリンの支配圏になった。そして縄張り争いに敗れた赤毛熊は山を下りるしかなく、森へと移住する。魔物同士の諍いで縄張りを奪われた魔物が他の地域に逃げる事は決して有り得ない事ではなく、先ほどナイ達を襲ったオークも縄張り争いに敗れて森の外へ逃げ出そうとしていたのかもしれない。


「そういえばあのオークたち、普通の状態ではなかったな」
「私達を見た途端、餌だと認識して襲い掛かってきた様に見えます。もしかしたら縄張り争いに敗れて逃走する際中、碌な餌にありつけなかったのかもしれません」
『その仮説が正しければこの森にはオーク以上の脅威が存在し、しかも今はオークの縄張りを奪っている』
「それが……昆虫種?」
「断言はできません。ですが、状況的に考えてもその可能性が一番高いかと……」
『ふむ、昆虫種か……虫の魔物と戦うのは我も初めてだな!!』


エルマはこの時に倒木の傍に血の跡が付着している事に気付き、まだ血が乾ききっていない事からこの場所で生き物が殺されたばかりだと気付く。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最弱職の初級魔術師 初級魔法を極めたらいつの間にか「千の魔術師」と呼ばれていました。

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界から異世界に召喚された「霧崎ルノ」彼を召還したのはバルトロス帝国の33代目の皇帝だった。現在こちらの世界では魔王軍と呼ばれる組織が帝国領土に出現し、数多くの人々に被害を与えていた。そのために皇帝は魔王軍に対抗するため、帝国に古から伝わる召喚魔法を利用して異世界から「勇者」の素質を持つ人間を呼び出す。しかし、どういう事なのか召喚されたルノはこの帝国では「最弱職」として扱われる職業の人間だと発覚する。 彼の「初級魔術師」の職業とは普通の魔術師が覚えられる砲撃魔法と呼ばれる魔法を覚えられない職業であり、彼の職業は帝国では「最弱職」と呼ばれている職業だった。王国の人間は自分達が召喚したにも関わらずに身勝手にも彼を城外に追い出す。 だが、追い出されたルノには「成長」と呼ばれる能力が存在し、この能力は常人の数十倍の速度でレベルが上昇するスキルであり、彼は瞬く間にレベルを上げて最弱の魔法と言われた「初級魔法」を現実世界の知恵で工夫を重ねて威力を上昇させ、他の職業の魔術師にも真似できない「形態魔法」を生み出す―― ※リメイク版です。付与魔術師や支援魔術師とは違う職業です。前半は「最強の職業は付与魔術師かもしれない」と「最弱職と追い出されたけど、スキル無双で生き残ります」に投稿していた話が多いですが、後半からは大きく変わります。 (旧題:最弱職の初級魔術師ですが、初級魔法を極めたら何時の間にか「千の魔術師」と呼ばれていました。)

アシュレイの桜

梨香
ファンタジー
『魔法学校の落ちこぼれ』のフィンの祖先、アシュレイの物語。  流行り病で両親を亡くしたアシュレイは山裾のマディソン村の祖父母に引き取られる。  ある冬、祖母が病に罹り、アシュレイは山に薬草を取りに行き、年老いた竜から卵を託される。  この竜の卵を孵す為にアシュレイは魔法使いの道を歩んでいく。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

Shining Rhapsody 〜神に転生した料理人〜

橘 霞月
ファンタジー
異世界へと転生した有名料理人は、この世界では最強でした。しかし自分の事を理解していない為、自重無しの生活はトラブルだらけ。しかも、いつの間にかハーレムを築いてます。平穏無事に、夢を叶える事は出来るのか!?

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

処理中です...