貧弱の英雄

カタナヅキ

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王都の異変

過去編 二つの伝説

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――自分の武力《ちから》の限界を思い知ったリョフは怒りを抱く。自分はもっと強くなれる、そう信じて生きていた彼だが、現実は非常でいくら魔物と戦おうとこれ以上の強さを得る事はなかった。

リョフはその後、魔物との戦いだけでは自分が強くなる事はないと判断し、それならば人を相手に戦う事を決めた。人と言ってもただの人間ではなく、武人として有名な存在に片っ端から挑む。

有名な傭兵、冒険者、時には人里から離れた場所に暮らす武芸者の元に赴き、彼は戦い続けた。しかし、誰一人としてリョフを満足させる存在はおらず、彼は虚しさを覚える。

魔物を狩りつくし、有名な武人を倒し続けたリョフの元には王国から何度も士官の話が送られた。しかし、リョフはかつては国に仕え、大将軍になるという夢も今となってはどうでもよかった。


『そうか、俺が本当に欲していたのは……権力でも、栄光でも、名誉でもない。俺は……今よりも強い力が欲しかったんだ』


幾千もの戦いを経てリョフは悟る、それは「強さへの渇望」だった。リョフは今よりも強い自分を求め続けて行動してきた。そして彼が当初掲げていた目的もただ強さを求める過程で手に入れる代物であり、到達点ではない。


『俺は……もう強くなれないのか』


武力を限界まで極めたリョフはもう自分が強くなれないという現実に打ちのめされ、何もかもが嫌になった。王国の武芸者の頂点に立ち、同時に夢を失う――





――そして時は流れ、王都の冒険者として活動していたリョフは抜け殻のような状態だった。ギルドに指示された仕事を引き受け、魔物を倒す。そんな生活を1年も繰り返した。

リョフの希望は自分のように強さを求める人間が現れ、何時の日か自分と同じ領域に辿り着く人間が現れる事を望む。そして自分と同じ強さと人間と出会い、それに勝利すれば自分は更なる高みへと到達できるかもしれないと希望を抱く。

仮に自分と同じ強さに到達し、その人間に敗れたとしてもリョフは後悔はしない。こんな無為な生活を寿命を迎えるまで送り続けるぐらいならば殺されても後悔は無いと思った。

そんな彼の元に一通の手紙が届いた。手紙の内容は「お前の望みを叶える」とだけ記され、最初はただの悪戯かと思ったリョフだが、自分を相手にこんな悪戯を送り込む馬鹿が居るのかと少し興味を抱く。


『……ここか?』
『ほう、まさか本当に来てくれるとはな……』
『誰だ、貴様は……』


指定された場所は廃墟であり、リョフは辿り着くと得体の知れない存在が待ち構えていた。その人物は全身が闇属性の魔力に染まり、姿を捉えられない。一応は人型をしているが、男なのか女なのかも分からない。


『俺の名前は……まあ、シャドウとでも呼んでくれ』
『シャドウ……影か?ふざけた名前だな……』
『あんたの方が余程ふざけた存在だろうが……渇望者め』
『渇望……者?』


シャドウの言葉にリョフは疑問を抱き、すぐに手紙の内容を思い出す。それはリョフの願いを叶えるという内容であり、改めてリョフは手紙の意味を質問する。


『この手紙は何だ?お前が俺の願いを叶える存在だというのか?』
『まあ、そういう事になるな……あんた、自分の夢を叶えるためならなんでもできるか?』
『……愚問だな、本当に叶えられるというのであればどんな事でもしよう』
『それが犯罪に関わる事でも?』
『笑わせるな……でもと言ったはずだ』


何の迷いもなく言い返したリョフに対してシャドウでさえも驚くが、すぐに彼は笑い声を上げる。そんなシャドウに対してリョフは尋ねた。


『それで……お前はどうやって俺の望みを叶えるつもりだ?』
『……俺じゃあ、お前さんの望みは叶えられない。だが、お前さんの望みを叶える存在と戦わせてやる』
『何だと……』
『俺と組めよ、リョフ』


この日、リョフはシャドウという存在と出会い、そして自分の望みを叶えるために彼は悪魔に魂を討った――





『――おい、どうかしたか?』
「……いや、なんでもない」


時は戻り、冒険者ギルドを後にしたリョフはシャドウの隠れ家へ赴く。今日、彼が呼び出された理由、それはシャドウがリョフの願いをかなえるためであった。


『相棒、今夜だ。今夜、お前の夢が叶える。長かったな……よく我慢した』
「ああっ……」
『どうした、浮かない顔だな……ああ、そうか。今日、お前とこうして顔を合わせるのも最後かもしれないな』
「ふんっ……」
『……と謳われた王国騎士ジャンヌ、かたや最強の武人と恐れられるリョフ……俺の見立てではあんたらは互角の実力だ』
「…………」


シャドウの言葉にリョフは何も言い返さず、しかし心なしか彼は嬉しそうな表情を浮かべていた――





――聖女騎士団のジャンヌの噂はリョフも良く耳にしていた。最強の王国騎士団を率いる剣士であり、二つの魔剣を操る天才剣士の名を知らぬ人物はいない。旅をしていた時もリョフは彼女の噂をよく耳にしていた。

最強の武人と謳われたリョフ、国内において敵なしと言われる王国騎士ジャンヌ、彼女を見た時からリョフは確信を抱く。彼女は自分と同類であると気付いた。

ジャンヌもリョフも人間の限界を極めるまで強さを得た二人だが、これまでに一度も戦った事はない。理由としてはジャンヌは王国騎士団の団長ではあるが、この国の王妃である。そんな存在に黄金級と言えども、一介の冒険者に過ぎないリョフが安易に戦える相手ではない。

かつて一度だけリョフはある場所にてジャンヌと対峙し、対戦を求めた。その時の彼は仕事帰りであり、偶然にも盗賊を追っていたジャンヌと出会う。彼女が追い続けた盗賊はリョフと遭遇し、彼に全員始末された後だった。


『お前がジャンヌか……』
『貴方は……リョフね』
『こ、これは……貴様、何てことを!!』
『ひ、酷すぎる……!!』


聖女騎士団が追っていた盗賊達はリョフによって皆殺しにされ、中には死体の原型を残っていないのも存在した。リョフの有り余る力のせいで普通の人間では彼の攻撃を受けただけで肉体が崩壊する。

その時のリョフは自分の強さの限界を知り、生きる目標を失いかけていた。そんな時に彼はジャンヌと出会い、彼女を一目見ただけで同類だと見抜く。


『最強の王国騎士……相手にとって不足はない』
『な、何を言っている!!正気か!?』
『貴様、冒険者ではないのか!!』
『……下がりなさい、皆』


リョフはジャンヌを見て自分が求める相手だと判断し、武器を構えると他の騎士達が立ちはだかる。そんなリョフに対してジャンヌは剣に手を伸ばすが、彼女は腹部を抑える。


『うっ……!?』
『何!?』
『王妃様……まさか、お腹の子が!?』
『何だと……!?』


だが、この時のジャンヌは既に身ごもっており、本人でさえも気づいていなかった。この時の彼女は戦える状態ではなく、結局はリョフを見逃す――





――それから時は流れ、ジャンヌは赤子を生み、そして最近になって騎士団を復帰しした。この日をリョフは待ち続け、シャドウと手を組み、もう一度ジャンヌと戦う機会を伺う。


「……待ちわびたぞ、この日を」
『いいのか、相棒……あんた今日、歴史上で最悪の悪党として名前を刻むかもしれないぜ?』
「それでも構わない……準備はいいのか?」
『ああ……エリザ、大丈夫か?』
「……ちっ、うるせえよ」


シャドウは柱に背中を預けるエリザに視線を向けた。彼女は全身が包帯だらけであり、腹部には未だにジャンヌから殴られた跡が残っていた。それでも彼女は生きており、血走った目を見開く。


「さあ、始めようか……この国をぶっ壊してやる!!」



――後に王国史上最悪の事件が発生する事を王都の人間は知らなかった。
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