貧弱の英雄

カタナヅキ

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ゴブリンキングの脅威

第445.5話 聖女騎士団の復活

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――時は遡り、元聖女騎士団の団員達と共にテンは王城へと乗り込み、アルト王子の協力もあってすぐに国王と面会できた。だが、国王としてはイチノの遠征部隊に参加するはずのテンが飛行船に乗り込まず、ここへ戻ってきた事に不満な表情を浮かべた。


「……テンよ、今まで儂はお主の事を目に掛けてきたつもりじゃ。だが、今回ばかりは流石に我儘が過ぎるぞ」
「国王様のお怒りは最もです。ですが、あたしだってふざけるためにここへ来たわけじゃありません」
「父上、どうかテン指導官……いえ、テン殿の願いを聞き入れてください。王都の戦力を考えれば聖女騎士団の復活は喜ばしい事です」


国王としてはテンは信頼する人物であったが故に彼女ならば素直にイチノにいるリノ王子の救出に向かってくれると思った。しかし、彼女はイチノへ向かうどころか王都へ残り、昔の仲間を集めて今更騎士団を復活させたいと言い出した事に国王としては不満を抱かざるを得ない。

テンが現役だった頃から国王は彼女の実力を認め、亡き王妃の代わりに聖女騎士団を率いる存在になってくれると信じていた。しかし、王妃を失った後に彼女は騎士団を引き継ぐどころか解散させてしまう。結局はテン以外に聖女騎士団を率いる事が出来る人材もいなかったため、仕方なく国王はテンを指導官という立場を与えてどうにか国に留める。

それにも関わらずに王妃が死んでから10年以上も経過した今になって彼女が聖女騎士団を復活させたいと言われても、国王としてはあまりにも遅すぎる判断だと嘆く。


「お前達の言う事は理解している。しかし、テンよ……その台詞はもっと早く聞きたかったな」
「その点は私達も同意見だね」
「全くだ」
「あんたらね……」


国王の意見に関してはレイラもアリシアも同意し、ランファンさえも黙って頷く。もっと早くにテンが聖女騎士団を引き継ぎ、王妃の代わりに団長として活動する事を決意していれば今でも聖女騎士団は王国最強の騎士団として君臨していただろう。


「父上、テン殿の気持ちも汲んでください。王妃様を失った時、悲しんだのは彼女も一緒です」
「アルトよ、いくらお前の頼みであっても新しい騎士団を作り出すには簡単な事ではないぞ」
「しかし、マジク魔導士がいなくなった今、この王都にはマホ魔導士もイリア魔導士さえもいません。イチノから遠征部隊が引き返すまでの間、兄上が最も負担を負います」
「むむむ……」


アルトの言葉に国王は咄嗟に言い返せず、事実として現在の王都を守備力の低下は厳しく、マジクが亡くなった今となっては王都を守る人材は不足していた。

今回の遠征のために残された二人の魔導士も派遣し、更には王国騎士の中でも最高戦力のドリスとリンも離れた王都の守備はグマグ火山に騎士団を派遣した時よりも戦力は低下している。その事を考えると王都には新しい戦力が必要不可欠だった。


「父上、どうかここは寛大な心でテン殿の現役時代の功績を認め、聖女騎士団の復活を宣言して下さい」
「……テンよ、一応は聞くが人数はそれだけではあるまいな」
「はい、ここにいる三人とあたしを含めて現在は四人しかいませんが、片っ端から元団員の奴等に声を掛けています。王都を離れた連中もいるので集まるのに時間は掛かると思いますが、今の所は十数名の団員が戻る事を承諾してくれました」
「そうか……」


テンの発言を聞いて国王は考え込むが、アルトはすぐにテンの発言が嘘だと見抜く。確かにこの場に集まった3人はテンの説得で団員として戻ってきてくれる事を決意したが、この3人の場合は王都に元々滞在していたからすぐに集まってくれたに過ぎない。

王都から離れた場所で暮らす団員とそんな簡単に連絡が取れるはずがなく、テンは国王に対して嘘を吐いた事になる。だが、テン本人は必ず聖女騎士団の団員が戻ってくると確信しており、敢えてアルトもその事を指摘しない。


(彼女がここまで言うのだから時間さえあれば騎士団の団員も戻ってくるだろう。父上はどのように判断されるか……)


正直に言えばアルトは国王が素直に聖女騎士団の再結成を簡単に認めるはずがないと思っていた。しかし、国王も現在の王都の守備力の問題は理解しており、彼は深い溜息を吐きながら告げた。


「良かろう、そこまで言うのであれば聖女騎士団の再結成を認めよう」
「本当ですか!?」
「但し、条件がある……一週間、いや五日以内に団員を呼び集めよ。最低でも10名、期日内に集めなければ騎士団の復活は認めん」
「父上、それは……」


国王の条件を聞いたアルトは流石に厳しいかと思ったが、テンは堂々と答えた。


「五日?いいや、三日で十分ですよ。あいつらなら……必ず戻ってきますからね」


彼女の言葉通り、それから二日もしないうちに聖女騎士団の団員が集まり、その数は十名どころか二十名は存在したという。

但し、戻って来た際に殆どの者がテンに対して不満を告げ、団長になる事を決心するのが遅すぎたという理由で彼女を殴りつける者も少なくはなかった。聖女騎士団という割には血の気が多い者が多く、期日を迎えた時にはテンの両頬は真っ赤に腫れていたという――





「――これはどういう事だ!!何故、あの女は飛行船に乗らずに王都に残っている!!しかも情報によると、聖女騎士団に所属していた者達が続々と集まっているだと!?」
「そ、そんな事を我々に言われても……」


前回と同じ場所で王都の闇ギルドの代表たちは集まり、円卓を囲んで座り込む。司会を務めるのは前回の会議の時に飛行船の爆破計画を立てた老人であり、彼は興奮を抑えられずに頭に血管を浮かべながら怒鳴り散らす。


「おのれ、聖女騎士団め……あの厄介な王妃が居なくなって壊滅した思っていたのに……」
「落ち着かれよ。まだ国王は正式に聖女騎士団の再結成を許可したわけではない……」
「何を甘い事を!!既に続々と聖女騎士団の元団員達がここへ集まっているというではないか!!」
「しかし、奴等も十数年の時を経て衰えているはず……少なくとも昔のような強さはないでしょう」


テンはかつての仲間達を呼び集め、たった二日で既に王都の外で暮らしていた元団員達を二十名も呼び集めていた。殆どの者が聖女騎士団の再結成の話を聞くと賛同してくれ、続々と王都へ集まってきていた。

聖女騎士団が復活すれば闇ギルドにとっては最大の脅威であり、かつて王妃が健在だった時代は王都の闇ギルドは幾度も壊滅の危機に訪れた。そんな騎士団の復活など認められるはずがなく、闇ギルドの代表たちは会議を行う。


「こうなったらなりふり構ってはいられん……テンの奴が可愛がるあの娘達を拉致し、人質として捕まえるのだ!!」
「し、しかしその方法は……」
「バーリの奴が失敗したのはあいつの詰めが甘かったからだ!!我々は同じような失敗はせん!!」
「いえ、そうではなくて……どうやらテンの奴はあの二人を何処かへ隠したらしく、居所が掴めないのです。どうやら王子の屋敷に隠れているわけでもないようで……」
「な、何だと……!?」


テンの弱点があるとすれば彼女が娘のように可愛がるヒナとモモだが、二人とも偶然にも飛行船に乗り込んだ事で王都を離れ、闇ギルドも手を出せない状態だった。他にテンに縁がある者は元聖女騎士団の団員や宿屋によく訪れる冒険者程度である。

冒険者に手を出すのはまずく、冒険者ギルドのギガンはテンと同様に恐れられており、闇ギルドも迂闊に冒険者ギルドに喧嘩を売るような真似は出来ない。だが、元聖女騎士団の団員を襲うなど有り得ず、彼女達はテンにも負けず劣らずの猛者揃いであった。


「こうなっては我々の力を合わせ、あの女を亡き者にするしか……」
「馬鹿な、年老いたとはいえ、相手は剣鬼と恐れられた女だぞ?こちらのどれほど被害が生まれると思っておる」
「……やはり、を動かすしかないのでは?」


テンを抹殺するには闇ギルドも相応の実力を持つ暗殺者を送り込むしかなく、ここで老人に視線が集まる。その視線を受けた老人は冷や汗を流し、答える。


「……確かに奴等ならばテンだろうと始末できるかもしれん。しかし、奴等を動かすとなると相当な金が必要になるぞ」
「この際、他に方法はないのでは……」
「やるしかありませぬ」
「あの騎士団だけは復活させるわけには……」
「……皆の覚悟は伝わった。では、儂の方から奴等に連絡をしておこう」


全員の意見が一致すると、老人は会議を解散させようとした。しかし、この時に円卓の中心に黒い影が差すと、影の中からローブを纏った人物が出現した。


『連絡の必要はない、話は全て聞かせて貰ったぞ』
「うおおっ!?」
「お、お前は……シャドウ!?」
「い、何時からここに……!?」


机から現れた人物を見て闇ギルドの代表たちは震え上がり、裏社会を支配する彼等でさえも恐れるのが目の前の人物であり、独特な声をしていて男なのか女なのかも分からない。

ローブで姿を覆い隠した人物は机の上に現れた円形型の影から抜け出し、影は元に戻る。この人物の正体は「闇魔導士」と呼ばれる魔術師であり、世界も極めて稀な闇属性の魔法使いの使い手である。

闇属性の魔法は生物の生命力を奪うだけではなく、異空間を生み出してその中に物体を収納する事が出来る。だが、闇属性の魔法を得意とする者は非常に少なく、恐らくは世界中を探してもこの男よりも巧みに闇属性の魔法を扱える人間はいない。


「シャドウ……お前の方から現れるとはな」
『闇ギルドの長ともあろう方々がここに集まっていると相棒に聞いたのでな……半信半疑だったが、どうやら正解のようだ』
「ぐっ……」


この場所に集まる事は最新の注意を払っていたのだが、このシャドウと呼ばれている男の魔法は得体が知れず、闇ギルドの代表たちも恐れる存在だった。


「……シャドウ、お主は何時からここに居た?」
『お前達が訪れるずっと前からだ……それにしても前回と同じ場所で会合を行うとは不用心だな』
「ふん、最初から儂はお主がここへ来ると知って追ったわ」
『ほう……』


シャドウと名乗るローブの人物は全身にフードを着込んでおり、しかも中身がに覆われて見えない。これは比喩ではなく、シャドウの肉体は闇属性の魔力で覆われている。

聖属性の魔力の適正が高い人間は強化術を発動させると全身に「白炎」と呼ばれる聖属性の魔力を帯びる。しかし、闇属性の適正が高い人間の場合は真逆に黒色の魔力に包まれ、まるで全身が影に覆い込まれたかの様に姿を確認する事が出来ない。

こうして直に話しても全身に覆う魔力の影響なのか声音も不気味で正確な容姿や性別さえも分からない。だが、一つだけ言えるのは老人はシャドウとは古い付き合いである。


(相も変わらず不気味な男よ……いや、男なのかすらも分からんな)


シャドウの言葉使いや仕草から老人は彼の事を男性だと思っているが、実際の所は分からない。彼とは数十年の付き合いだが、シャドウの正体は知らない。ひとつだけ確かな事は彼に依頼を頼めば絶対に失敗する事はない。


「シャドウ……お主の力を借りたい」
『話しは聞いていた。元聖女騎士団の副団長テンの暗殺という事でいいか?』
「その通りだ。報酬は……金貨400枚でどうじゃ?」
「き、金貨400枚!?」
「正気か……!?」


金貨400枚という値段に他の闇ギルドの代表は驚愕し、テンを殺すためだけにそれだけの大金を支払うつもりなのかと驚くが、シャドウは不服そうに腕を組む。


『ふざけているのか……相手は仮にも王国の関係者だぞ。それにかなりの手練れだ、そんな程度の金額では暗殺は引き受けられないな』
「ならば……倍の金貨800枚でどうじゃ?」
「ネロ殿、本気ですか!?」
「あの女を殺すために金貨800枚など……」
「黙れ!!これは我々の組織の存続が掛かっておるのだぞ!!」


金貨400枚の時点で法外な値段だが、更に倍の報酬を用意すると言い張る老人に他の者達が慌てふためくが、ここで老人の名前は「ネロ」だと判明する。しかし、シャドウはその値段も納得できないのか、更に値段を釣り上げた。


『話にならないな。800枚では切りが悪い……1000枚だ。それでどうだ?』
「いっ……き、貴様!?本気で言っているのか!!」
「……そこまでにしておけ」


闇ギルドの代表の一人が我慢できずに立ち上がって文句を告げようとしたが、その直後に背後から何者かが現れ、を首筋に押し当てる。気配も音も立てずに現れた人物に円卓に座る者達は恐怖の表情を浮かべる。


「ひっ……!?」
「お主は……イゾウ!?何時からここに!?」
「ご、護衛は……外の護衛は何をしていた!?」
「……殺してはいない、だがしばらくは目を覚まさないだろう」


この建物には各闇ギルドの精鋭が集められ、侵入者を警戒して見張りを立てていた。しかし、イゾウは誰にも気づかれる事もなく彼等の護衛を無効化させ、ここまで辿り着いた事を告げる。

ネロはこの時に部屋の中で待機していた側近たちが倒れている事に気付き、シャドウの登場で注意が反れていたとはいえ、自分の組織が誇る精鋭を音も立てずにイゾウが気絶させていたという事実に戦慄した。


『ネロ、お前とは長い付き合いだ。闇ギルドが崩壊するのは俺達にも都合が悪い……だから特別に今回の依頼の内容を変更させてやる』
「な、なんじゃと……」
『仮にテンを殺した所で集まってきた聖女騎士団の団員は諦めたりはしないだろう。むしろ、テンの意志を継ぐなど言い出して自分達が騎士団を再結成させようとするだろう……それならばいっその事、邪魔者を全員排除すればいい話だ』
「ど、どういう意味だ!?」
『安心しろ、この件は俺達に任せろ……報酬を用意して期待しながら待っていろ』
「……命拾いしたな」


シャドウは一方的に告げると、彼は杖を取り出して地面に突き刺す。その瞬間、円形状の影が出現してシャドウはその中に飲み込まれて姿を消し去る。そしてイゾウは捕まえていた男を離すと、そのまま音も立てずに立ち去った。

二人が消えた途端、ネロは全身から脂汗を流し、他の者達はあまりの緊張感に一気に老け込んだように顔が皺だらけとなり、力なく椅子に座り込む。あの二人の迫力を浴びるだけで王都の裏社会を支配する闇ギルドの代表たちは精神的に追い込まれていた。


「く、くくっ……シャドウめ、何を考えいているのか分からんが、これであの女の命もお終いよ。あいつならばあののように殺してくれるわ」



――かつてシャドウは聖女騎士団の団長である「ジャンヌ」の暗殺の依頼を引き受け、それを成し遂げた伝説の暗殺者である。いくらテンが強くとも、シャドウと彼の相棒であるイゾウならば必ずやテンを討つとネロは確信し、狂ったように笑い声をあげた。
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