貧弱の英雄

カタナヅキ

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旋斧の秘密

第320話 リンの決意

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「うっ……」
「ナイ君!?訓練はここまでだ、誰か医者を連れてきてくれ!!」
「ナイさん、無事ですか!?」
「……気絶しているみたい」


頭部に二度も攻撃を受けながらも無意識に「迎撃」を発動させてリンを吹き飛ばしたナイだったが、流石に後頭部と顎を打ちぬかれて意識を保つ事は出来ず、意識を失って倒れ込む。

闘技台に慌ててアルトたちは駆けつけると、すぐに怪我の容体を確認し、医者を呼び出す。その一方でリンの方は痛む脇腹と壊された自分の鞘に視線を向け、冷や汗を流す。


(本当に危なかった……)


自分の持つの真の力を使わなかったとはいえ、今回の勝負はリンとしても正に紙一重の勝利だった。もしも最後の攻防は判断を誤ればリンが逆に敗れていたかもしれない。

咄嗟に鞘を使ってナイの顎を打ちぬいた際、偶然にも彼女の鞘が岩石剣の攻撃の盾代わりになった。もしもリンが下手に逃げようとしていれば鞘を利用して岩石剣を防ぐ事もできなかっただろう。


(まさかあの一撃を耐えるとは……いや、この場合はというべきか)


リンとしては最初にナイの頭部に攻撃を的中させた時点で勝利を確信していた。しかし、その一撃をナイは耐えるだけではなく、続けてのリンの攻撃を受けても彼は反撃を繰り出した。

最初の攻撃でナイは意識を半ば失いかけ、二回目の攻撃の時には完全に意識を絶っていたはずである。それでも彼の肉体はまるで負ける事を拒むように反撃を繰り出し、リンは吹き飛ばされた。


(大した少年だ……何としても欲しくなってきた)


アルトたちに介抱されるナイを見てリンは笑みを浮かべ、彼に対する興味が更に強まり、是非とも自分の配下にナイを加えたいと思う。しかし、今は自分も治療を優先しなければならず、医者が来るまで休む事にした――





――それからしばらくすると医療室から医者のイシが駆けつけ、彼は面倒そうな表情を浮かべながらも回復薬を利用して治療を行う。医者であるイシは薬を効率よく利用し、適切な処置を行う。


「ほら、これで問題はないだろ。今日の所は顎に負担を掛けない様に注意しろ」
「……(コクコクッ)」
「たくっ、こんな所まで人を呼び出しやがって……いいか、今日はもう怪我をするなよ。医療室に来ても治療なんてしてやらないぞ」
「そ、それが医者の言う事ですか!?」
「うるせえ、城の人間ならともかく、一般人の治療までやってられるか!!」


あまりの横暴な態度にヒイロは注意するが、イシは悪びれもせずにそのまま医療室に向けて立ち去り、ナイは包帯を巻かれた頭と顎を覆い隠すためのマスクに手を当てる。

イシによるとナイの怪我はしばらくすれば治るが、顎の方は今日の所は負担を掛けない様に心掛け、喋る事も禁じられた。リンの方はナイと比べれば軽傷だったが、残念ながら彼女の鞘は使い物にならなくなった。


「リン副団長も済まなかったね、その鞘の弁償代は僕が払おうか?」
「いえ、お気になさらずに……私も訓練だと忘れてやり過ぎましたから」


リンはアルトの言葉に首を振り、壊された鞘は自分で直す事を告げると、改めてナイの元に赴いて右手を差し出す。それを見たナイは握手かと思ったが、ナイが手を出した瞬間にリンは彼を引き寄せ、耳元に囁く。


「お前の事、気に入ったぞ……必ず私の物にしてやる」
「っ……!?」
「では王子様、我々はここで失礼します」


ナイはリンの言葉を聞いて目を見開くが、今は上手く言葉が口にできず、何も言えないままリンを見送る事しか出来なかった。

他の者達はリンの呟きは聞こえなかったらしく、不思議そうにナイと彼女のやりとりを見守っていたが、アルトは何かを察したように今は喋れないナイに尋ねる。


「ナイ君、どうやら気に入られたようだね」
「えっ!?あのリン副団長が!?」
「……意外と年下好きだった?」
「……(ブンブンッ)」


首を左右に振りながらナイは必死に否定するが、その行為が逆に怪しく思える。ヒイロとミイナが本当かどうか疑わしい表情を浮かべるが、ここでアルトが岩石剣に視線を向けた。


「それにしても随分とボロボロになったね。流石はリン副団長だ、ミイナでも傷一つ付けるのも出来なかった……のに?」
「どうしたんですか?」
「何か気にな……これって?」
「っ……!?」


岩石剣に全員が視線を向けると、そこにはリンによって切り付けられ、罅割れた状態の岩石剣が残っていた。そして亀裂の隙間から金属の塊のような物が確認出来た――





――同時刻、アッシュ公爵の屋敷ではリーナが槍を構えた状態で立っていた。彼女の手にした青色の刃の槍は公爵家に伝わる家宝であり、魔法金属で構成されている。

彼女の手にするの正式名称は「蒼月」と呼ばれ、彼女は目の前に立っているミスリル製の鎧を身に付けた人形を前に槍を構えていた。


「ふうっ……」


意識を集中させるようにリーナは槍を構えると、やがて彼女は目を見開いて槍を放つ。


「はああっ!!」


次の瞬間、鎧人形の頭部と胸元に衝撃が走り、ミスリル製の鎧兜が破壊された。その様子を見てリーナは頷き、彼女は槍を振り回す。


「よし、絶好調!!早く戦いたいな……お父さんよりも強い男の子」


リーナはナイと戦える日を待ちわび、そして彼女の希望はそれから間もなく叶う事になる――





――国内に三人しか存在しない魔導士、その内のマホはグマグ火山の調査に向かい、マジクは魔術兵の指導を行っている。ならば三人目の魔導士が何をしているのか、それはに会わなければ分からない。

マホが最古参の魔導士ならば三人目の魔導士は最近に魔導士に昇格したばかりの人物であり、歴代の魔導士の中でも最年少で魔導士の地位に就いた事になる。魔導士の中では実力が一番高いと言われるマジクよりも若く彼女は魔導士に昇格したが、本人は自分が魔導士であるという自覚はなかった。

どうして彼女が魔導士になれたかというと、それは彼女自身の功績があまりにも大きかったからだった。三人目の魔導士は薬学にも精通し、彼女は若くして通常の回復薬よりも効果が高い「上級回復薬《ハイポーション》」を作り上げる。他にも彼女の手によって様々な薬が作り出され、その功績を認められて彼女は魔導士の位を与えられる。

本人は望んではいない位だったが、魔導士の立場ならば色々と優遇される事を利用し、彼女は魔導士の座に就く。他の二人と比べて目立った功績は上級回復薬の開発しかしていないが、彼女の目的は伝説の秘薬である「精霊薬《エリクサー》」の生成であった。



――精霊薬は伝説上の薬だと呼ばれ、実際にそのような薬があるのかどうかも定かではない。その精霊薬を使用すればどんな病気も怪我も治り、死んだ人間でも蘇るとまで言われている。そんな実在したかどうか分からない薬の製作に三人目の魔導士の「イリア」は挑んでいた。



どうして彼女が精霊薬に固執するのかは分からない。しかし、彼女が元々作り出した上級回復薬も精霊薬を製作する過程で生み出された偶然の産物であり、本人からすれば失敗作同然だった。それでも上級回復薬によって彼女は今の地位に就き、魔導士の権限を利用して彼女は研究に没頭する。

実はアルトが使用している研究室は彼女も時々赴き、実験に必要な道具の開発を行う。イリアとアルトは昔からの付き合いであり、アルトの魔道具に関する知識は彼女から教わっていた。

魔導士であるイリアと第三王子であるアルトのために研究室は作り出され、この研究室を使用する事が許されているのはこの二人だけである。正確にいえばこの二人以外に研究室を利用する人間などいないが、最近になってイリアはとある噂を耳にする。それはアルトが外部の人間を研究室の中に入れていると知ったイリアは真偽を確かめるため、アルトの元に訪れた。


「こらぁっ!!アルト王子!!勝手に私達の研究室に部外者を入れたというのは本当ですか!?」
「やあ、久しぶりじゃないか。イリア、少し大きくなったんじゃないか?」
「喧嘩売ってんですかこんちくしょうがっ!!」


アルトの部屋に乗り込んだのは11~12才程度の姿をした少女であり、外見はマホのように若々しいが、実年齢はアルトよりも上である。仮にも王子であるアルトに対して少女は怒鳴り散らす。


「私達の研究室に勝手に部外者を入れるなんて何を考えてるんですか!!ぶっ殺しますよ!!」
「まあまあ、それぐらい許してくれ。それよりも実は面白い魔道具を持っている子と出会ってね。今度、君にも会って欲しいんだけど……」
「お断りします。私が興味があるのは薬の製作に役立つ魔道具だけです。貴方と違って私は薬にしか興味ないんですよ」
「相変わらずだね君は……」
「いいですか、今度勝手に研究室に部外者を入れたら許しませんよ!!」


言いたいことだけを言うと少女はアルトの部屋を立ち去り、そんな彼女を見送りながらアルトはため息を吐き出す。


「気が合うと思うんだけどな……まあ、焦る必要はないか」


立ち去っていくイリアを見送りながらアルトは何時の日か彼女をナイ達と会わせる事を心の中で誓う。
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