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旋斧の秘密
第314話 その子に会いたい
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「リーナ様はナイ様に興味があるのですか?」
「それは……あるよ。そんなに強い子なら僕も戦ってみたい」
「戦いたい、ですか?」
「うん、だって腕相撲とはいえ、お父さんに勝ったんでしょ?ならどれくらい強いのか気にならない?」
リーナも武人としてナイがどれほどの強さなのか気にかかり、自分と手合わせしてほしいと考え込む。その様子を見たロウは少し考え込み、彼女に助言を行う。
「そういう事であればアルト王子様にお伺いを立てるのはどうでしょうか?リーナ様はアルト王子様とは幼馴染、ならば貴女の願いならば聞き入れてくれるかもしれません」
「えっ……そっか、アルト君に頼めばいいのか。ロウ爺ちゃん、ありがとう!!なら、すぐに手紙を書くね!!」
「いえ、お気になさらずに……」
ロウの助言を受けて、リーナはアルトに相談するために手紙の準備を行う。いくら公爵家の令嬢とはいえ、相手が王子となると簡単に会える相手ではない。それでもほんのわずかな可能性を賭けてリーナは手紙をアルトに送る――
――その頃、イチノの街に暮らす陽光教会の司教のヨウは夜中に目を覚ます。彼女は頭を抑え、何か嫌な予感がした。幼い頃からヨウは勘が鋭く、このような時の予感は一度も外れた事がない。
「うっ……これはいったい……!?」
言いようのない不安が襲い掛かり、街の中に魔物が攻めて来た時でさえも冷静沈着で対応していたヨウであったが、彼女は先ほどみた夢を思い出す。
夢の内容はヨウがよく知っている少年が強大な魔物に立ち向かう姿であった。だが、圧倒的な魔物の力の前に少年は劣勢に立たされ、最後は血塗れになって倒れる。
「また、この夢ですか……!!」
実を言えば彼女が今回のような悪夢を見るのは初めての事ではなく、彼女は机の上に置いていた水晶板に手を伸ばすと、自分のステータス画面を開く。そして彼女が覚えている技能の項目には「予知夢」という文字が表示されていた。
『予知夢――自分、あるいは他人の未来に起きる出来事を夢で見る事が出来る』
「……また、私を苦しめるというのですか」
水晶板に表示された文字を見てヨウは歯を食いしばり、この予知夢の能力はヨウが生まれ持っていた技能であった。この技能せいで彼女は幾度も苦しみを味わう。
――予知夢の能力は普通の技能とは異なり、制御できる能力ではなかった。子供の頃からヨウはこの能力によって未来の出来事を先に知り、これまでに何度も彼女の命を救ったが、逆に彼女を苦しめる事もあった。
この予知夢の能力が発動する際、ほぼ確実にヨウ本人か彼女の知っている人物に危険が迫っている時に夢を見る。最初にこの能力を発動したのはヨウがまだ5才の時であり、彼女は隣に家に暮らす住民が強盗に襲われて殺される夢を見た。
あまりにも夢の内容が現実味を帯びていたので怖がった彼女は両親に相談した。しかし、両親は子供であるヨウの言葉をまともに聞き入れてくれず、ただの夢だと言い聞かせた。だが、この翌日に隣の家に強盗が押し入り、一家全員が殺される事件が起きた。
強盗が本当に襲った事で両親はヨウの見た夢が現実となり、二人とも彼女の事を怖がるようになった。ヨウが悪夢を見る度にそれが現実となり、彼女は実の両親から気味悪がられ、他の人間にも彼女の能力が知られてしまう。
結局ヨウは成人年齢を迎えると村から追い出されるように親戚が暮らす家に送り込まれ、彼女は親戚の元で生活を行う。幸いにも親戚は優しい人ばかりで彼女の事を受け入れてくれた。
それからヨウは陽光教会へと入り、人々のために役立つ事を誓う。どうして陽光教会を選んだのかというと、陽光教会に入れば契約の儀式を受けて回復魔法が扱えるようになるため、もしも自分が悪夢を見た時に備えて彼女は人を癒す術を身に着ける。
彼女がこれまで見てきた悪夢は殆どの人間が悲惨な末路を迎えたが、幾度も悪夢に悩まされたヨウは遂に決心して悪夢と立ち向かうために行動した。
『こんな力に……負けたりなんかしない!!』
若かりし頃のヨウは教会で真面目に勉強を行い、薬学や護身術なども身に付けた。子供の頃は悪夢を見る度に彼女は怖くて何も出来なかったが、大人になった彼女はもう悪夢に怯えるだけではなく、人々を救うために努力する。
『貴方の技能は決して貴方を苦しめるための技能ではありません。それは陽光神が与えた試練なのです』
『試練……私の予知夢が、ですか?』
『その通りです。陽光神が貴方にその能力を与えたのにはきっと意味があるのです。だから、貴方もその能力を受け入れて生きなさい』
『司祭様……分かりました、これが陽光神様の与えた試練ならば私は乗り越えてみせます』
陽光教会の司祭と出会った時、彼女は自分の苦しみを告白した。すると司祭はヨウの能力が決して彼女を苦しませるための能力ではないと説いてくれた。
しかし、現実にはヨウがいくら努力しようと悪夢を見る度に犠牲者は生まれてしまう。人が死ぬ未来を見た時はヨウはその未来を何とか覆そうとしたが、結局はいつも邪魔が入ってしまう。
例えば強盗に殺される人間の夢を見た時、彼女は助けに向かおうとしても街道で事故が起きて塞がっていたり、他の人間に助けを求めようとしても全員が別の用事があって力を貸してくれない。結局、ヨウが辿り着いた時にはその人間は既に殺されていた。
ヨウの見る予知夢は決して変える事が出来ず、もしも夢の中で誰かが死ねばその運命は変えられない。そして彼女はナイに関わる悪夢を最近よく見る様になった。
実を言えばヨウはナイと最初に会った時、成長したナイが教会の元で暮らしていた利、彼が強大な魔物に立ち向かう夢を度々見ていた。だからこそアルと出会った時、ヨウは必ずやナイが教会に来ることを知っていた。
――陽光教会にナイを引き連れたアルが訪れる前日、ヨウは彼等が来る事を予知夢で把握していた。彼女は子供を連れた老人が訪れ、自分に話しかける光景を確認する。それが最初に見ていた夢の内容だった。
この時にヨウが見た予知夢はアルとナイが陽光教会に訪れた時だけではなく、場面が切り替わって憔悴した様子のナイが陽光教会に訪れる光景も確認していた。この時のナイの傍にはアルは存在せず、彼も成長した状態で訪れていた。
つまり最初に会う前からヨウはナイの存在を知っており、未来の彼が一人で陽光教会に訪れる事も把握していた。だからこそヨウはナイがアルを連れ戻しても何も行動を起こさず、ナイがここへ戻る日を待ち続けた。
普通であればヨウの立場ならばアルを説得してナイを教会で引き取るのが正しい選択である。しかし、彼女は予知夢でナイが一人で陽光教会に戻ってくる事を知っていたため、敢えて何もしなかった。そして現実にナイは陽光教会へ訪れる。
ナイを隔離せずに自分の教会に置いていたのはここへ来たばかりのナイがあまりにも憔悴しきっており、こんな状態のナイをヨウは放置する事は出来なかった。彼女はナイが教会へ戻ってくる事は知っていたが、まさか養父であるアルどころか彼が暮らしていた村の人間全員が死ぬなど思いもしなかった。
『私があの時に行動していれば……』
ヨウがナイを自分の教会に置いた真の理由はナイが戻ってくると知っていたため、何も行動に移さなかった事だった。こんな事態に陥る前に自分が何か行動を起こしていればナイの家族や親しい人たちを救う事は出来たかもしれない。
しかし、今更そんな事を考えた所でナイの境遇が変わるわけではなく、それにナイ自身にも変化が起きていた。忌み子でありながらナイは普通の子供とは比べ物にならない力を身に着けており、実際に彼はあの凶悪な赤毛熊を倒した。
これまでに陽光教会が保護してきた忌み子の中でナイ程に特別な力を持つ存在はおらず、ヨウはナイの正体を知りたいと思った。そして彼の世話をしているうちに何時の間にか情が移ってしまい、回復魔法までも教えてしまう。
本来ならば回復魔法は教会の関係者か特別な資格を持つ者にしか与えてはならない。しかし、ヨウはナイの才能を見抜き、彼に期待を抱く。
『この子なら、運命に抗えるかもしれない』
一人になったナイが陽光教会に訪れた日、実を言えばヨウは新しい予知夢を見ていた。その内容はナイが魔物に襲われる光景であり、彼は奇妙な剣を手にして戦っている風景だった。
ゴブリンの大群、ガーゴイル、ミノタウロスなどの魔物を相手にナイは一人で戦い抜き、勝利する。そんな予知夢を見たヨウはいずれナイが陽光教会を去る日が訪れると確信した。仮に自分が出て行こうとするナイを止めようとしても予知夢の内容は変わらないと思っていたからだった。
『行ってらっしゃい、ナイ』
街を離れて旅に出る事を告げたナイに対してヨウは水晶板の破片で作り上げたペンダントを送った。その理由は彼のこれからの過酷な運命を知っていたからであり、少しでも力になれるのならばと彼女はペンダントを用意して渡す。
ナイの未来に様々な苦難が待ち構えている事を知りながらもヨウは彼を信じて見送り、彼の無事を祈る。しかし、再びヨウの「予知夢」はナイの身に危険が近付いている事を知らせた。
「ナイ……」
ヨウは窓の外の夜空を見上げながら祈りを捧げ、どうか自分が見た最悪の運命をナイが打ち破る事を祈る。彼女は祈る事以外に何も出来ない自分の無力さを呪う――
――その一方でリーナの手紙は翌日にアルトの元に届く。彼はその内容を見て反応に困ってしまい、とりあえずはナイに相談する事にした。
「ナイ君、実は君に会いたいという子がいるんだが……」
「会いたい?誰が?」
「リーナという名前の女の子だ。アッシュ公爵の娘で僕とは子供の頃からの付き合いなんだが、彼女が君に会いたがってるみたいだ」
「え?アッシュ公爵の娘?」
「リーナさんが急にどうして……」
「ナイ、何かしたの?」
アッシュ公爵の娘であるリーナが自分に会いたがっていると伝えられ、ナイは戸惑う。アッシュ公爵に娘がいたという話は聞いていたが、その娘が急に自分に会いたいと申し出てきて反応に困る。
「どうして娘さんが急に……?」
「手紙の内容は君と戦ってみたいそうだ。彼女も父親と同様に優秀な武人だからね、父親を破った君に興味を抱いたんじゃないか?」
「破ったって……腕相撲をしただけだよ。別に戦ったわけじゃないのに」
「止めて置いた方が良いですよ、アッシュ公爵の娘さんは本当に強いですから」
「私達も前に戦った時は手も足も出なかった」
アルト専属の王国騎士(見習い)であるヒイロとミイナはリーナの事を知っているらしく、二人はリーナと戦った事もあった。冒険者との戦闘訓練という名目で二人はリーナと戦ったが、その時は手も足も出なかったらしい。
リーナの実力は王国騎士(見習い)の二人を上回るらしく、しかも彼女は冒険者の中では最高階級の黄金級冒険者に昇格している。現在の年齢は16才で彼女は史上最年少で黄金級冒険者に昇格した人物として王都でも有名らしい。
「リーナは強いよ、僕の知る限りでは金狼騎士団や銀狼騎士団の副団長達にも負けない強さだ」
「えっ!?」
「まあ、リーナの場合はあの二人と違って魔法の類は扱えないが、それでも彼女は槍の腕だけで黄金級冒険者に昇格したんだ。それに粘り強い性格だからね、きっと君が勝負を引き受けてくれるまで何度でも申し込んでくるだろうね」
「ええっ……」
「諦めた方が良い、リーナは一度決めた事は何をしてでも絶対に果たす」
「私達もそれで苦労させられましたね……」
ヒイロとミイナも過去にリーナと何かあったらしく、彼女達は疲れた表情を浮かべる。しかし、急に勝負を申し込まれてもナイの方が困り、仮にも王国騎士団の副団長達と同程度の実力を持つ人間に勝負しろと言われても困り果ててしまう。
「どうにか断れないのかな……?」
「難しいとは思うよ。でも、どうしてもその気がないのなら僕の方から彼女を説得しようか?」
「う~ん……」
アルトがナイの代わりにリーナを説得しようかと提案するが、それはそれでアルトに迷惑が掛かると思ってナイは考え込む。話に聞く限りでは勝負を受けない限りはリーナは諦めそうにない。
「勝負といってもまさか本気で戦うわけじゃないよね?試合方式で戦うとか?」
「リーナが君の実力を知れるぐらいに戦えば十分だとは思うよ」
「なら、訓練用の武器で戦うぐらいで十分ではないですか?」
「でもそれだとナイが不利になる。ナイの場合は旋斧みたいに重量がある武器じゃないと本気で戦えないかもしれない」
あくまでもリーナに実力を示すだけならば訓練用の武器でも十分だと思われるが、問題があるとすればナイが旋斧のような特殊で重量のある武器でしか本気を出せない事だった。
子供の頃から重量の武器を使い続けたナイからすれば普通の剣では重さが物足りず、本気で扱う事が出来ない。テンが使用していた退魔刀のような武器ならば扱えなくもないが、訓練用の武器の中でナイが満足する重量の武器があるかどうか問題だった。
「それは……あるよ。そんなに強い子なら僕も戦ってみたい」
「戦いたい、ですか?」
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「いえ、お気になさらずに……」
ロウの助言を受けて、リーナはアルトに相談するために手紙の準備を行う。いくら公爵家の令嬢とはいえ、相手が王子となると簡単に会える相手ではない。それでもほんのわずかな可能性を賭けてリーナは手紙をアルトに送る――
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「うっ……これはいったい……!?」
言いようのない不安が襲い掛かり、街の中に魔物が攻めて来た時でさえも冷静沈着で対応していたヨウであったが、彼女は先ほどみた夢を思い出す。
夢の内容はヨウがよく知っている少年が強大な魔物に立ち向かう姿であった。だが、圧倒的な魔物の力の前に少年は劣勢に立たされ、最後は血塗れになって倒れる。
「また、この夢ですか……!!」
実を言えば彼女が今回のような悪夢を見るのは初めての事ではなく、彼女は机の上に置いていた水晶板に手を伸ばすと、自分のステータス画面を開く。そして彼女が覚えている技能の項目には「予知夢」という文字が表示されていた。
『予知夢――自分、あるいは他人の未来に起きる出来事を夢で見る事が出来る』
「……また、私を苦しめるというのですか」
水晶板に表示された文字を見てヨウは歯を食いしばり、この予知夢の能力はヨウが生まれ持っていた技能であった。この技能せいで彼女は幾度も苦しみを味わう。
――予知夢の能力は普通の技能とは異なり、制御できる能力ではなかった。子供の頃からヨウはこの能力によって未来の出来事を先に知り、これまでに何度も彼女の命を救ったが、逆に彼女を苦しめる事もあった。
この予知夢の能力が発動する際、ほぼ確実にヨウ本人か彼女の知っている人物に危険が迫っている時に夢を見る。最初にこの能力を発動したのはヨウがまだ5才の時であり、彼女は隣に家に暮らす住民が強盗に襲われて殺される夢を見た。
あまりにも夢の内容が現実味を帯びていたので怖がった彼女は両親に相談した。しかし、両親は子供であるヨウの言葉をまともに聞き入れてくれず、ただの夢だと言い聞かせた。だが、この翌日に隣の家に強盗が押し入り、一家全員が殺される事件が起きた。
強盗が本当に襲った事で両親はヨウの見た夢が現実となり、二人とも彼女の事を怖がるようになった。ヨウが悪夢を見る度にそれが現実となり、彼女は実の両親から気味悪がられ、他の人間にも彼女の能力が知られてしまう。
結局ヨウは成人年齢を迎えると村から追い出されるように親戚が暮らす家に送り込まれ、彼女は親戚の元で生活を行う。幸いにも親戚は優しい人ばかりで彼女の事を受け入れてくれた。
それからヨウは陽光教会へと入り、人々のために役立つ事を誓う。どうして陽光教会を選んだのかというと、陽光教会に入れば契約の儀式を受けて回復魔法が扱えるようになるため、もしも自分が悪夢を見た時に備えて彼女は人を癒す術を身に着ける。
彼女がこれまで見てきた悪夢は殆どの人間が悲惨な末路を迎えたが、幾度も悪夢に悩まされたヨウは遂に決心して悪夢と立ち向かうために行動した。
『こんな力に……負けたりなんかしない!!』
若かりし頃のヨウは教会で真面目に勉強を行い、薬学や護身術なども身に付けた。子供の頃は悪夢を見る度に彼女は怖くて何も出来なかったが、大人になった彼女はもう悪夢に怯えるだけではなく、人々を救うために努力する。
『貴方の技能は決して貴方を苦しめるための技能ではありません。それは陽光神が与えた試練なのです』
『試練……私の予知夢が、ですか?』
『その通りです。陽光神が貴方にその能力を与えたのにはきっと意味があるのです。だから、貴方もその能力を受け入れて生きなさい』
『司祭様……分かりました、これが陽光神様の与えた試練ならば私は乗り越えてみせます』
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しかし、現実にはヨウがいくら努力しようと悪夢を見る度に犠牲者は生まれてしまう。人が死ぬ未来を見た時はヨウはその未来を何とか覆そうとしたが、結局はいつも邪魔が入ってしまう。
例えば強盗に殺される人間の夢を見た時、彼女は助けに向かおうとしても街道で事故が起きて塞がっていたり、他の人間に助けを求めようとしても全員が別の用事があって力を貸してくれない。結局、ヨウが辿り着いた時にはその人間は既に殺されていた。
ヨウの見る予知夢は決して変える事が出来ず、もしも夢の中で誰かが死ねばその運命は変えられない。そして彼女はナイに関わる悪夢を最近よく見る様になった。
実を言えばヨウはナイと最初に会った時、成長したナイが教会の元で暮らしていた利、彼が強大な魔物に立ち向かう夢を度々見ていた。だからこそアルと出会った時、ヨウは必ずやナイが教会に来ることを知っていた。
――陽光教会にナイを引き連れたアルが訪れる前日、ヨウは彼等が来る事を予知夢で把握していた。彼女は子供を連れた老人が訪れ、自分に話しかける光景を確認する。それが最初に見ていた夢の内容だった。
この時にヨウが見た予知夢はアルとナイが陽光教会に訪れた時だけではなく、場面が切り替わって憔悴した様子のナイが陽光教会に訪れる光景も確認していた。この時のナイの傍にはアルは存在せず、彼も成長した状態で訪れていた。
つまり最初に会う前からヨウはナイの存在を知っており、未来の彼が一人で陽光教会に訪れる事も把握していた。だからこそヨウはナイがアルを連れ戻しても何も行動を起こさず、ナイがここへ戻る日を待ち続けた。
普通であればヨウの立場ならばアルを説得してナイを教会で引き取るのが正しい選択である。しかし、彼女は予知夢でナイが一人で陽光教会に戻ってくる事を知っていたため、敢えて何もしなかった。そして現実にナイは陽光教会へ訪れる。
ナイを隔離せずに自分の教会に置いていたのはここへ来たばかりのナイがあまりにも憔悴しきっており、こんな状態のナイをヨウは放置する事は出来なかった。彼女はナイが教会へ戻ってくる事は知っていたが、まさか養父であるアルどころか彼が暮らしていた村の人間全員が死ぬなど思いもしなかった。
『私があの時に行動していれば……』
ヨウがナイを自分の教会に置いた真の理由はナイが戻ってくると知っていたため、何も行動に移さなかった事だった。こんな事態に陥る前に自分が何か行動を起こしていればナイの家族や親しい人たちを救う事は出来たかもしれない。
しかし、今更そんな事を考えた所でナイの境遇が変わるわけではなく、それにナイ自身にも変化が起きていた。忌み子でありながらナイは普通の子供とは比べ物にならない力を身に着けており、実際に彼はあの凶悪な赤毛熊を倒した。
これまでに陽光教会が保護してきた忌み子の中でナイ程に特別な力を持つ存在はおらず、ヨウはナイの正体を知りたいと思った。そして彼の世話をしているうちに何時の間にか情が移ってしまい、回復魔法までも教えてしまう。
本来ならば回復魔法は教会の関係者か特別な資格を持つ者にしか与えてはならない。しかし、ヨウはナイの才能を見抜き、彼に期待を抱く。
『この子なら、運命に抗えるかもしれない』
一人になったナイが陽光教会に訪れた日、実を言えばヨウは新しい予知夢を見ていた。その内容はナイが魔物に襲われる光景であり、彼は奇妙な剣を手にして戦っている風景だった。
ゴブリンの大群、ガーゴイル、ミノタウロスなどの魔物を相手にナイは一人で戦い抜き、勝利する。そんな予知夢を見たヨウはいずれナイが陽光教会を去る日が訪れると確信した。仮に自分が出て行こうとするナイを止めようとしても予知夢の内容は変わらないと思っていたからだった。
『行ってらっしゃい、ナイ』
街を離れて旅に出る事を告げたナイに対してヨウは水晶板の破片で作り上げたペンダントを送った。その理由は彼のこれからの過酷な運命を知っていたからであり、少しでも力になれるのならばと彼女はペンダントを用意して渡す。
ナイの未来に様々な苦難が待ち構えている事を知りながらもヨウは彼を信じて見送り、彼の無事を祈る。しかし、再びヨウの「予知夢」はナイの身に危険が近付いている事を知らせた。
「ナイ……」
ヨウは窓の外の夜空を見上げながら祈りを捧げ、どうか自分が見た最悪の運命をナイが打ち破る事を祈る。彼女は祈る事以外に何も出来ない自分の無力さを呪う――
――その一方でリーナの手紙は翌日にアルトの元に届く。彼はその内容を見て反応に困ってしまい、とりあえずはナイに相談する事にした。
「ナイ君、実は君に会いたいという子がいるんだが……」
「会いたい?誰が?」
「リーナという名前の女の子だ。アッシュ公爵の娘で僕とは子供の頃からの付き合いなんだが、彼女が君に会いたがってるみたいだ」
「え?アッシュ公爵の娘?」
「リーナさんが急にどうして……」
「ナイ、何かしたの?」
アッシュ公爵の娘であるリーナが自分に会いたがっていると伝えられ、ナイは戸惑う。アッシュ公爵に娘がいたという話は聞いていたが、その娘が急に自分に会いたいと申し出てきて反応に困る。
「どうして娘さんが急に……?」
「手紙の内容は君と戦ってみたいそうだ。彼女も父親と同様に優秀な武人だからね、父親を破った君に興味を抱いたんじゃないか?」
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「止めて置いた方が良いですよ、アッシュ公爵の娘さんは本当に強いですから」
「私達も前に戦った時は手も足も出なかった」
アルト専属の王国騎士(見習い)であるヒイロとミイナはリーナの事を知っているらしく、二人はリーナと戦った事もあった。冒険者との戦闘訓練という名目で二人はリーナと戦ったが、その時は手も足も出なかったらしい。
リーナの実力は王国騎士(見習い)の二人を上回るらしく、しかも彼女は冒険者の中では最高階級の黄金級冒険者に昇格している。現在の年齢は16才で彼女は史上最年少で黄金級冒険者に昇格した人物として王都でも有名らしい。
「リーナは強いよ、僕の知る限りでは金狼騎士団や銀狼騎士団の副団長達にも負けない強さだ」
「えっ!?」
「まあ、リーナの場合はあの二人と違って魔法の類は扱えないが、それでも彼女は槍の腕だけで黄金級冒険者に昇格したんだ。それに粘り強い性格だからね、きっと君が勝負を引き受けてくれるまで何度でも申し込んでくるだろうね」
「ええっ……」
「諦めた方が良い、リーナは一度決めた事は何をしてでも絶対に果たす」
「私達もそれで苦労させられましたね……」
ヒイロとミイナも過去にリーナと何かあったらしく、彼女達は疲れた表情を浮かべる。しかし、急に勝負を申し込まれてもナイの方が困り、仮にも王国騎士団の副団長達と同程度の実力を持つ人間に勝負しろと言われても困り果ててしまう。
「どうにか断れないのかな……?」
「難しいとは思うよ。でも、どうしてもその気がないのなら僕の方から彼女を説得しようか?」
「う~ん……」
アルトがナイの代わりにリーナを説得しようかと提案するが、それはそれでアルトに迷惑が掛かると思ってナイは考え込む。話に聞く限りでは勝負を受けない限りはリーナは諦めそうにない。
「勝負といってもまさか本気で戦うわけじゃないよね?試合方式で戦うとか?」
「リーナが君の実力を知れるぐらいに戦えば十分だとは思うよ」
「なら、訓練用の武器で戦うぐらいで十分ではないですか?」
「でもそれだとナイが不利になる。ナイの場合は旋斧みたいに重量がある武器じゃないと本気で戦えないかもしれない」
あくまでもリーナに実力を示すだけならば訓練用の武器でも十分だと思われるが、問題があるとすればナイが旋斧のような特殊で重量のある武器でしか本気を出せない事だった。
子供の頃から重量の武器を使い続けたナイからすれば普通の剣では重さが物足りず、本気で扱う事が出来ない。テンが使用していた退魔刀のような武器ならば扱えなくもないが、訓練用の武器の中でナイが満足する重量の武器があるかどうか問題だった。
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劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
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