貧弱の英雄

カタナヅキ

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逃れられぬ運命

第157話 旅立ちの前に……

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――旅立ちの前にしっかりと準備を整えておく必要があり、この時にドルトンはナイのために旅に必要な物を色々と取り揃えてくれる。旅に出るというのであればもうしばらくは会えなくなるため、ドルトンはナイのために色々と準備してくれた。

ナイの方も街を離れるとなると世話になった人に挨拶するため、誰にも見つからない様にこっそりと抜け出す。この時ほどにナイは「隠密」と「無音歩行」を覚えておいて良かったと考えた事はなく、屋敷に集まった人間に気付かれる事もなく抜けだす事に成功する。


「そうか……お前、街を出て行くのか」
「イーシャンさん、今まで色々とありがとうございました。イーシャンさんが薬の作り方を教えてくれたお陰で今日まで生き延びれました」
「止せよ、俺は大した事は教えてねぇ……こんな状況じゃなければ餞別もくれてやりたかったんだがな」


街を出る前にナイはイーシャンの元へ赴き、彼にお礼を告げた。実際にイーシャンがナイに回復薬などの作り方を教えてくれなければナイも怪我の治療を行えず、死んでいたかもしれない。

イーシャンは現在は街中で魔物の被害を受けて怪我をした人間の治療に忙しく、残念ながらナイに渡す分の薬の類はなかった。しかし、このまま行かせるのは忍びないと思ったイーシャンは古い書物を取り出す。


「これを持っていけ」
「え、これは?」
「前にうちに来た患者が置いてきた物だ。なんでも古代遺跡から発見された歴史的価値のある書物らしいが、俺には何が書かれているのかさっぱりわからん。まあ、売れば少しは金の足しになるだろう」
「でも、いいんですか?」
「ああ、俺が持っていても仕方ないからな。金に困った時に売ればいいさ」
「あ、ありがとうございます」


ナイはイーシャンから書物を受け取ると、別れの挨拶を済ませて立ち去る。書物を受け取ったナイは最後に立ち寄る場所はあと一つだった――





――旅立ちの前に最後にナイが立ち寄ったのは陽光教会であり、礼拝堂には祈りを捧げるヨウの姿があった。彼女の他には修道女の姿は見えず、ナイが入ってくるとヨウは振り返りもせずに告げる。


「戻ってきた……というわけではなさそうですね」
「はい……ヨウ先生」


ヨウは振り返りもせずに足音だけでナイが来たことを察すると、彼女は顔も向けずにナイに語り掛ける。もう自分とは顔を合わせたくもないのかと思いながらもナイは用件を告げた。


「今日、この街を発とうと思います。しばらくの間は戻れないと思います」
「そうですか、ですがもう私には関係のない話です。貴方はもう教会の保護下の人間ではないのですから」
「そうですよね……でも、最後に別れを言いたくてここへ来ました」
「そうですか、ならば早く行きなさい。こんな所をインに見られたら何と言われるか分かりませんよ」


普段のヨウはナイに優しく接してくれるが、もうナイは陽光教会から出て行った人間である。だからこそ彼女はもう以前のように接する事はできない。

最後にナイはヨウに頭を下げた後、教会から出て行こうとした。しかし、この時にヨウはナイの後ろ姿を見ると、彼女はナイに告げる。


「ナイ、これをお返ししましょう」
「えっ……?」


声を掛けられたナイは驚いて振り返ると、彼女が自分に向けてペンダントのような物を投げ込む姿が見えた。慌ててナイはペンダントを受け取ると、そのペンダントの正体がかつてナイがヨウに返却した水晶の破片を取り付けている事に気付く。


「これは……!?」
「それは貴方の物です。好きに使いなさい」
「ヨウ先生……」
「もう私から貴方に教える事はありません……ナイ、貴方は自由に生きなさい。いつの日か、貴方が忌み子の運命を打ち破る日が来る事を祈ってます」


ヨウは最後にナイに微笑むと、その言葉を聞いたナイはペンダントを握りしめ、泣きそうな顔を浮かべながらも自分の首に掛ける。

ナイは最後は何も言わずにヨウに頭を下げ、これがもしかしたら彼女と顔を合わせる最後の機会になるかもしれないと思った。それでもナイは彼女に背中を向け、歩み出す。

去っていくナイの姿を見てヨウは頷き、もう彼が自分の力などなくても生きていけると彼女は確信を抱く。これから先、ナイはどんな困難な道を辿るのかは予想は出来たが、それでも彼ならば苦難を乗り越えて生きていけるだろうと信じる。


「行ってらっしゃい、ナイ」


最後に一言だけヨウは告げると、彼女はナイの未来に幸があらんことを陽光教会の信仰神である陽光神に祈りを捧げた――
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