貧弱の英雄

カタナヅキ

文字の大きさ
上 下
102 / 1,110
逃れられぬ運命

第102話 ナイの決意

しおりを挟む
「ナイ、何をしているのですか!!まさか、外へ出るつもりですか!?」
「イン先生……」
「なりません!!貴方はここから出る事は許しませんよ!!第一に、子供の貴方が外へ出て何の役に立つと思っているのですか!?」


治療を中断してナイの元にインは近づき、彼を引き留めるために肩に手を伸ばす。だが、この時に彼女はナイの肩を掴んだ途端、言いようのない感覚を覚える。


「さあ、戻って……!?」


ナイの肩を掴んだインは無理やりに引き寄せようとしたが、どういう事なのかいくら力を込めてもびくともしない。まるで人の形をした岩を掴んだような感覚であり、いくらインが引き寄せようとしてもナイは微動だにしない。

自分の肩を掴むインに対してナイは黙り込み、やがて覚悟を決めた様にインの腕に手を伸ばす。インは考え直してくれたのかと思ったが、ナイは彼女の手を離すとはっきりと告げた。


「ごめんなさい、でも僕は……もう二度と大切な人を失いたくないんです」
「……貴方にその覚悟があるのですか?」


インの手を掴んだナイは背後から声が聞こえ、振り返るとそこにはヨウの姿があった。彼女はナイに対してこれまでに見た事がない険しい表情を浮かべながら告げる。


「その扉を出ていけば貴方はまた一人で生きていかなければなりません。その意味を理解していますか」
「一人……」
「忌み子である貴方が外の世界で生きていく事の辛さ、それを理解しているのですか?ここにいれば少なくとも貴方を差別する者はいません。しかし、外に出ればいつの日か貴方は後悔する事になるでしょう」
「……それでも」


ヨウの言葉を聞いてもナイの決意は変わらず、彼は扉に手を伸ばす。この時にナイは扉がまるで岩の様に重く感じられたが、それでもドルトンを救うため、もう二度と大切な人を魔物に奪わせないために彼は扉を開く。



――扉を開いた瞬間、日の光が差し込み、ナイは一瞬だけ目が眩む。遂に自分の意志でナイは教会の外へ出て行くと、その様子をヨウは黙って見送る。



外に出たナイは状況を確認し、街道から聞こえてくる人々の悲鳴や魔物の鳴き声を耳にした。そして彼は教会に避難した人間達が建物の外に放棄した荷物に気付き、その中から役立ちそうな物を探す。


(これは……使えそうだな)


教会の前には馬車も止まっており、この時にナイは馬車の中を覗き込むと、どうやら商人も避難していたらしく、その中から武器になりそうな物を取り出す。

馬車の中には恐らくは商人の護衛の人間の武器と思われる長剣が置かれており、それを手にしたナイは遂に教会の敷地の外へ出ようとした。最後にナイは振り返ると、そこには扉の前に立つヨウの姿が存在した。


「今までお世話になりました……ごめんなさい」
「……謝る必要はありません、それが貴方の決めた道ならば最後まで頑張りなさい」
「はい!!」


ナイは最後にヨウに頭を下げると、教会の外へ走り出す。その様子を黙って見送るヨウに大してインが口を挟む。


「ヨウ司教!!本当にあの子を行かせるのですか!?このままでは魔物に殺されてしまいます!!」
「それがあの子の意志であるならば私達に止める権利はありません」
「しかし、ナイは忌み子ですよ!?そもそもどうしてヨウ司教はあの子をここへ置いたのですか!?」


インはナイを行かせる事には反対であり、本来であれば忌み子であるナイはこの教会ではなく、別の場所に預けるのが慣わしだった。

だが、ナイがここへ訪れた時にヨウは何故か彼を教会で預かり、外へ出す事は許さなかったが教会内で育てようとしていた。その事がインは前々から疑問を抱き、どうして忌み子のナイをヨウは保護していたのかを問う。

ヨウはインの言葉に彼女に視線を向け、最後に走り去っていくナイの姿を見つめると、彼女は呟く。


「あの子は……忌み子ではありません。だから私はこの教会で育てようと考えました。しかし、あの子はもう誰かの世話にならなくとも生きていける力を手に入れた。それだけの話です」
「な、何を言っているのですか!?ナイは忌み子である事は間違いありません!!あの子は普通に生きていく事は……」
「そうですね、普通の人間のように生活する事は出来ないでしょう。但し……それはあの子が特別な子だからです」
「えっ……?」


ヨウの言葉にインは拍子抜けした表情を浮かべ、その一方でヨウの方はナイがここへ来た時の事を思い出す――





――半年前、この教会にナイが訪れた時、親しい人を大勢失った彼は酷い状態だった。生きる目的を失い、居場所を失っていたナイを見てヨウは見捨てる事などできなかった。

この教会へナイが自らの意志で訪れた時、ヨウは成長した彼を見て最初は誰だか分からなかった。数年前にナイが訪れた時はヨウはすぐに養父のアルが彼を育てきれず、この教会へ連れてくると思っていた。

しかし、その予想に反してナイは立派に成長し、更に普通の人間の子供ではあり得ない力を手にしていた。ヨウはナイを受け入れた時に彼の状態を水晶板で調べた時、信じられない物を見た。

この数年の間に何があったのか、ナイは数々の技能を身に付け、レベル1とは思えない程の強靭な肉体を手にしていた。それを知ったヨウはナイがとても忌み子だとは思えず、もしかしたらナイは特別な子供ではないかと考える。

ヨウは色々と悩んだ末、彼がどのようにしてこれほどまでの力を得たのか知りたいと思い、教会本部に連絡を送らずに自分の元で育てる。最も教会でナイが暮らしていた頃は特にナイは変わった所はなく、聞き分けの良い子供だとしか思えなかった。

しかし、親しい人間が窮地に立たされていると知った途端にナイは豹変し、彼は強い意志で教会から離れる事を告げた。それを見たヨウはもうナイを止められないと知り、彼女は悟った。ナイは忌み子ではなく、むしろ特別な子供なのだと彼女は確信を抱く。


「大丈夫です、あの子はここを出たとしても生きてけるでしょう」
「しかし、司教も先ほどは後悔すると……」
「あれは彼の覚悟を確かめるために試しただけ……安心しなさい、もうナイは一人でも生きていける力を持っています」
「…………」


インはヨウの言葉を聞いても信じ切れず、子供のナイがたった一人で生きていけるはずがないと思っていた。しかし、ヨウはナイの力を信じて祈りをささげた。


「陽光神様、どうかあの子の未来に幸があらんことを――」







(――魔物が何処から現れるか分からない……気を付けないとな)


一応は武器は手に入れたが、もしも魔物が現れた場合はナイは以前のように戦えるかは分からなかった。この三か月は魔物とは無縁の生活を送り、碌に身体を鍛える事や栽培以外の技能を扱う時もなかった。


(多分、前のように技能は使えなくなっているはず……でも、やるしかない)


技能は常日頃から使い続けなければ発動する事も困難なため、三か月前のようにナイは自分が戦えるのかは分からない。だが、ここまできたら引き返す事はできず、まずはドルトンを探す事にした。


(ドルトンさんが無事ならきっと安全な場所に避難しようとするはず……でも、ここへ訪れていないのなら別の場所に向かったのか?)


神聖な教会へは魔物は近寄ることはできず、安全な場所といえば教会以上の場所は存在しない。それにも関わらずにドルトンが訪れた様子がないならば彼は別の場所に隠れているか、あるいは他の避難場所に移動している事になる。

最後に彼を目撃した人間の話によるとドルトンはゴブリンに追われていたらしく、最悪の場合は殺されている可能性も高い。だが、ナイは諦めずに彼を探すため、まずはドルトンの屋敷に向かう事にした。


(確か、ここからそう遠くない場所にドルトンさんの屋敷があったはず……ドルトンさんが屋敷に戻ってるといいけど)


ドルトンが暮らす屋敷には人手も多く、彼の商会が雇っている護衛もいるはずだった。そこならば魔物に襲われても屋敷の中に立てこもれるかもしれず、急いでナイはドルトンの屋敷へ向かう事にした。

街に訪れた時にナイは一度だけドルトンの屋敷は訪れていたので道に迷う事はないが、それでも今回の場合は何処から魔物が現れるか分からず、油断はできない状況だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

処理中です...