貧弱の英雄

カタナヅキ

文字の大きさ
上 下
95 / 1,110
逃れられぬ運命

第95話 あの村で待っている

しおりを挟む
「ああ、そういえば言い忘れてました。ナイ、貴方にお客様が来てますよ」
「え、お客さん……?」
「ええ、貴方もよく知っている人ですよ。礼拝堂で待っていますから早く行ってあげなさい」


ヨウの言葉にナイは不思議に思い、言われた通りに礼拝堂へと向かうと、そこにはドルトンの姿があった。1年前よりも若干痩せているが、以前よりも裕福な生活を送っているのか身なりは整っていた。


「ドルトンさん!!」
「おお、ナイ……久しぶりだな、元気だったか?」
「はい、大丈夫です。ドルトンさんの方はどうですか?」
「ははは、少しばかり仕事が忙しくて最近は休む暇もないが……やっと余裕が出来たからな。お前に会いに来たよ」


ドルトンはこの街の商人であり、実を言えば彼がこの街一番の商人である事をナイは知らなかった。彼は多忙な身でありながら時間に余裕が出来た時はナイの元に訪れてくれた。

一週間に一度の割合でドルトンはナイの元へ訪れ、彼のために教会へ寄付までしてくれている。ナイとしてはそこまで気を遣う必要はないと言っているのだが、亡き親友の息子の事を放っておくことなどできず、定期的にナイの様子を伺いに来る。


「ナイ、ここでの生活は苦しくないか?何か困った事があれば儂に言ってくれ」
「大丈夫ですよ。ここの生活にも慣れてきたし、それに村にいた時と違って狩猟に出たりする必要もないから危険な事なんてないし……」
「そうか……ならばいいんだが」
「あ、でも……ビャクは元気ですか?」


ナイの言葉を聞いてドルトンは安心するが、ビャクの事を思い出したナイは彼に尋ねる。ビャクはナイが陽光教会へ訪れる時に別れたきり、一度も会っていない。そもそも現在のナイは滅多な事では外へ出る事も許されない身だった。

忌み子は外の世界の人間と関係を持つ事を極力避けるため、教会の外へ勝手に抜け出す事はできない。そのためにナイは陽光教会へ世話になってから街の外はどころか建物の敷地内から出た事もない。


「うむ……ビャクは元気にしておるよ。毎日、村の方に顔を出しておるようじゃ。儂も何度か会ったが、意外と人懐っこい狼だからな。この間なんかは儂の馬車が魔物に襲われそうになった時、助けてくれたんだぞ」
「ビャクが……」
「もうお前と二度と会う事はないとは伝えたんだが……今でもビャクは待っておるよ。あの村にお前が帰ってくる事を」
「…………」


ドルトンの言葉を聞いてナイはふさぎ込み、正直に言えばナイもビャクとは会いたいとは考えていた。しかし、今の立場がそれを許してくれない。

ナイが行動を許されているのはこの教会の敷地内だけであり、許可もなく外へ抜け出す事は許されない。だからナイはビャクとはもう会えない事を伝えたのだが、ビャクはそれでもナイが暮らしていた村に足を踏み入れている。

せめて最後にもう一度別れの挨拶をしたかったと思うナイだが、その願いは果たされる事はない。ナイは自分が忌み子である限り、もうこれ以上に他の者と関わる事は出来ないと思い込んでいた。


(ビャク……もう僕の事なんか忘れていいんだよ)


この場には存在しないビャクの事を思いながらもナイはドルトンに視線を向けると、不意に彼が右手に包帯を巻いている事に気付く。


「ドルトンさん、その怪我は……」
「ん?ああ、さっきも話しただろう。先日、儂が乗っていた馬車が魔物に襲われてな……魔物はビャクが追い払ってくれたんだが、その時に怪我をしてしまってな」
「回復薬で直さないんですか?」
「最近は回復薬の素材の調達も難しくなってきてな。魔物の被害が増加しているせいで誰もが回復薬を求めておる。だからこの程度の怪我で回復薬を使うのは勿体なくてな……」


この数年の間に魔物は急激に数を増やしており、そのせいで魔物の被害が激化したせいで回復薬などの薬品の類の価値が高騰化しているという。この街の商人のドルトンですらも回復薬の原材料である薬草の入手も碌に行えず、自分の怪我の治療もままならない。

薬草の類ならば狩人だった頃のナイは頻繁に山や森に赴き、採取の技能を生かして回収していた。村にある彼の家では薬草を栽培していたので昔ならドルトンに薬草を渡す事をできたが、今の彼にはそれは出来ない。


(ドルトンさんの怪我、包帯で隠しているけどかなり深そうだな……よし)


ナイは周囲を観察し、他の人間に見られない様に注意しながらドルトンの腕を掴む。唐突に怪我をした方の腕を掴んできたナイにドルトンは驚くが、彼は包帯を外すように促す。


「ドルトンさん、怪我を見せてください」
「ナイ、急に何を……」
「大丈夫です、僕を信じてください」
「……ふむ、分かった」


ドルトンはナイの行動に戸惑うが、彼の言う通りに包帯を解いて傷口を見せる。ナイの予想通り、思っていた以上に傷口は深く、刃物か何かで切り付けられた傷跡だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

処理中です...