貧弱の英雄

カタナヅキ

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忌み子と呼ばれた少年

第90話 果たされた悲願

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「うおおおおおっ!!」
「ガアッ――!?」


視界が封じられた状態でありながらもナイは全力で旋斧を振り下ろすと、赤毛熊はその光景を見て目を見開き、必死に逃げようとした。だが、ビャクに左腕を抑えつけられ、更に右手を失った赤毛熊は回避も防御をする事も出来ず、顔面に刃が食い込む。

赤毛熊の顔面にめり込んだ刃は頭部を切断し、それどころか胴体まで切り裂き、遂には肉体を一刀両断した。左右に切り裂かれた赤毛熊は断末魔の悲鳴を上げる暇もなく、二つに分かれた肉体は崩れ落ちる。


「はあっ……はっ……勝った、のか……?」
「ウォオオオンッ!!」


目元にこびり付いた泥をナイは拭い去ると、倒れている赤毛熊の死体に視線を向け、呆然とした表情を浮かべる。一方でビャクの方は勝利の雄叫びを上げ、身体から血を流しながらもナイの元へ向かう。


「ビャク、無事で良かった……お前のお陰で助かったよ」
「クゥ~ンッ……」
「あ、怪我をしたのか……すぐに治してやるからな」


ビャクはナイに擦り寄り、この際にナイは傷口に気付いてすぐに薬を取り出す。こんな時のためにナイは回復薬を常備しており、傷口に注ぐとビャクは痛そうな表情を浮かべる。


「ク、クゥンッ……」
「ビャク、我慢しろよ……これでもう大丈夫」


傷口に回復薬を注ぎ込みながらもナイは自分も回復薬を飲み込み、怪我の治療と体力の回復を行う。ここまでの戦闘で体力は使い果たし、しばらくは動けそうにない。


「本当に倒したんだな……あの赤毛熊を」
「ウォンッ!!」


ナイは改めて地面に倒れ込んだ赤毛熊に視線を向け、我ながらに自分でも信じられない光景だった。街の冒険者であろうと討伐を果たせなかった赤毛熊をナイは倒す事に成功し、これでアルの仇を討つ事はできた。

遂に二年前に志した目的を果たす事が出来たナイだったが、思っていた以上に爽快感はなく、むしろ喪失感の方が大きかった。赤毛熊を倒してアルの仇を討った事に後悔はないが、ここから先は自分は何をすればいいのか分からなかった。


「爺ちゃん……僕、これからどうすればいいんだろう」
「クゥ~ンッ?」


ナイはその場に座り込むと、赤毛熊の死骸を前にして塞ぎ込み、これから自分は何をすればいいのか分からなかった。ナイは二年前から赤毛熊を倒すためだけに生きてきたといっても過言ではなく、その赤毛熊を倒した事でナイは目標を失う。

赤毛熊を倒した後の事などナイは何も考えておらず、大切な養父を奪った仇を討てたのはいいが、その先に自分は何をすればいいのか考えもしなかった。しかし、こんな場所で悩んでも仕方がなく、ナイはここで盾の事を思い出す。


「そうだ、ゴマンに盾を返さないと……村に戻ろう」
「ウォンッ!!」


ゴマンから借り受けた盾の存在を思い出し、ナイのために彼は家から盾を持ちだしてきたのだ。ゴマンの盾がなければナイも赤毛熊に殺されていたかもしれず、彼に感謝を告げるためにナイは立ち上がった。


(そうだ、僕には家がある……村に帰ってゆっくりと休もう)


アルがいなくなろうとナイには帰る場所が存在し、村に戻ればゴマンを筆頭に村人たちがナイを待っているはずだった。自分の戻る居場所を思い出したナイは立ち去ろうとした時、ここで赤毛熊の死骸に視線を向ける。


(……そうだ、素材だけは回収しないと)


赤毛熊の死骸から素材を回収しなければならず、素材を持ち帰れば討伐を果たした証拠となる。赤毛熊の脅威に怯えるのは村人だけではなく、街の人間達も同じように恐れている。だからこそ討伐の証を持ち換える必要があった。

養父を殺した憎き仇ではあるが、もう死んでしまっては恨む事も出来ず、ナイは役立ちそうな素材の解体を行うと、それをビャクに運ばせる。これらの素材はもしかしたら何かの役に立つかもしれず、ナイは全ての作業を終えるとビャクに告げる。


「よし、村に戻ろう」
「ウォンッ!!」


ビャクと共にナイは村へ戻ろうとしたとき、最後にナイは赤毛熊の死骸へ振り返った。かつては山の主として君臨していたはずだが、どうして急に山を下りてきたのか、ナイは不思議に思った。


(どうしてこいつは山を下りて森に住処を変えたんだ……?)


基本的に赤毛熊は滅多な事では縄張りを変更する事はない。それにも関わらずに赤毛熊が山から離れてこの森に暮らすようになった理由、その原因に関してはナイは今まで一度も考えた事がなかった。


(野生の生き物が縄張りを変えざるを得ない状況……縄張りで餌が手に入らなくなった、もしくは……自分よりも脅威の存在が現れた?)


ナイは自分の考えに嫌な予感を覚え、赤毛熊が森を降りた理由は山の中に赤毛熊よりも恐ろしい存在が住み着いたのではないかと考えた。だが、この二年の間にナイも何度も山に訪れており、その間に赤毛熊を越える存在と遭遇した事は一度もない。

ただの考えすぎかと思ったナイだったが、どうにも嫌な予感は拭う事が出来ず、急いで村に戻る事にした――
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