氷弾の魔術師

カタナヅキ

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王都での日常

第113話 風の魔術痕

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――翌日、コオリは初めて学校に遅刻した。朝の授業の時間を迎えてもコオリが来ない事に不思議に思ったバルル達は迎えに行くと、そこにはベッドの上でうつ伏せの状態で倒れたまま動かないコオリの姿があった。


「おい、コオリ!!大丈夫か!?」
「う、ううっ……」
「コオリ、しっかりして!!」
「こいつはただの寝坊じゃなさそうだね」


ベッドに倒れたまま動かないコオリにバルトとミイナは心配そうに声をかけるが、バルルは彼のに昨日はなかったはずの紋様が浮かんでいる事に気付く。


「こいつは魔術痕かい?そういえば昨日、先生から話は聞いていたけど……」
「バルル、この部屋妙に散らかってる」
「あれ、おかしいな。俺が昨日、こいつを運んだ時はもっと綺麗だったはずだが……」


魔術痕をマリアに刻んで貰った後、コオリはバルトに肩を貸して貰って男子寮の自室まで運んでもらった。彼の部屋は常に整理整頓されていたが、部屋の中の家具や日用品が微妙に位置がずれていた。

絨毯がめくれているのを見てバルルは考え込み、眠っているというよりも意識を失っているコオリを見て彼が魔力切れを起している事に気付く。すぐに彼女はコオリの右腕に刻まれた魔術痕が原因だと悟る。


「なるほど、そういう事かい……どうやら魔術痕が暴走したみたいだね」
「暴走!?」
「そういえば前にバルルも魔術痕を刻んだ時に暴走したとか言ってたような気がしないでもないような……」
「うろ覚えかい!!いや、そんな事よりもこいつを何とかする方が先だね。とりあえずはこれをこうすれば……」


バルルは意識を失っているコオリの右腕を掴み、紋様の部分に触れると僅かにだが風属性の魔力が漏れ出している事に気付く。部屋の中が荒らされた様に散らかっているのは魔術痕から漏れ出す風の魔力のせいだと判明する。


「こいつの右腕から風属性の魔力が漏れ出してるね。そのせいで部屋の中が風圧で荒らされたようだね」
「えっ!?それってまずいんじゃないのか?」
「大丈夫だよ。こいつは元々は魔力量が少ないからね、だからこの程度で済んだんだよ。あたしの魔術痕が暴走した時は建物を危うく全焼させかけて大変な目にあったけどね」
「その話、詳しく聞きたい」
「人の黒歴史に興味を持つな!!そんな事よりもコオリを何とかする方が先決だろうが……よし、バルト!!あんたの出番だよ!!」
「えっ!?俺!?」


急に名指しされたバルトは驚いた声を上げるが、バルルはコオリの右腕を彼に差し出すと紋様の部分を抑え込むように促す。


「この中で風属性の適性を持つのはあんただけだからね。あんたは風属性の魔法に耐性があるだろ?なら紋様を抑えて魔力が出てこないようにしな」
「いや、それはそうだけどよ……」
「先輩、早くして……でないと顔を引っ掻く」
「や、止めろ!!お前の炎爪は洒落にならねえよ!!」


コオリを救うためにはバルトの力が必要であり、二人に急かされて彼はコオリの右腕を掴む。右腕に刻まれた「渦巻」のような紋様をバルトが抑え込むと、漏れ出した風の魔力が体内に収まっていく。

風属性の適性を持つ人間は風属性の魔法に高い耐性を持ち、そのお陰でバルトは風の魔力の影響をほとんど受けない。しばらくするとコオリの顔色も良くなり、やがて目を覚ます。


「うっ……あ、あれ?どうして皆ここに?」
「コオリ!!気が付いて良かった!!」
「たく、心配させるんじゃないよ」
「あの、俺はいつまでこうしていればいいんですかね?」
「ああ、そいつの意識が戻ったのならもう離していいよ」


バルトはコオリから手を離すと改めて彼を椅子に座らせ、意識を失うまでの経緯を尋ねる。コオリは昨日の出来事を思い返し、何が起きたのかを話す。


「確か先輩に部屋まで運んでもらった後、ちょっと頭が痛くなってすぐにベッドで横になって……そこから先は覚えていません」
「なるほど、やっぱり魔術痕の影響で風の魔力が漏れてたんだね」
「でも、そうなるとコオリは一晩中も魔力を垂れ流してたんですよね。こいつの魔力量の事を考えるとそれってかなりやばいんじゃないのか!?」
「いや、コオリの魔力の回復速度はあたしらの比じゃないからね。眠っている状態でも魔力を回復させて完全に魔力は枯渇させなかったんだろうね」
「コオリ、凄い。でも、無茶はいけない」
「あいてっ」


心配させたコオリにミイナは軽く頭を小突き、皆に迷惑を掛けた事にコオリは申し訳なく思うが、一方で魔術痕から風の魔力が滲み出していた事を知ってコオリは喜ぶ。


(学園長の言う通りだ。僕は風属性の魔力を生成できるんだ……!!)


これまでのコオリは氷の魔法しか扱えなかったが、魔術痕を刻んだ事で風属性の魔力を放出できる事が明らかになった。魔術痕を完璧に制御できるようになればマリアのように魔石を使用して他の属性魔法を扱えるかもしれない事に希望を抱く。


「コオリ、当分の間はあんたは授業に出なくていいよ。まずは魔術痕を完全に制御するまで一人で頑張りな」
「え、でも……」
「魔術痕の制御に関してはあたしの方からは何も教える事が無いんだよ。魔法を扱う際の感覚は個人差があるからね、あたしが魔術痕を制御する時の感覚を教えてもあんたに合うとは限らないし、そもそもあたしのは火属性の魔術痕だからね」
「けど、魔術痕の制御はかなり苦労するんじゃないですか?あの学園長でも数年は掛かったとか……」


バルルはコオリに魔術痕の制御に関する指導はできない事を伝え、彼自身の力で制御方法を見出さなければならない事を伝える。しかし、バルトはマリアでさえも魔術痕を制御するのに数年かかった事を思い出して心配するが、それに対してバルルは否定する。


「馬鹿、先生の場合はだったから時間が掛かったんだよ。だけどコオリの場合は違うだろう?こいつはまがりなりにも風属性の適正もあるんだ。だったら制御までにそれほど時間は掛からないはずだよ」
「あ、なるほど」
「分かりました。しばらくの間は一人で頑張ります」
「ああ、そうしな。だけど、また倒れるようなことがあったら困るからね。朝はバルトの奴にあんたの様子を見てもらうよ」
「俺かよ!?」
「すいません、先輩」


男子寮に自由に出入りできるのはバルトだけのため、コオリは彼に合鍵を渡して今後は朝の時間はバルトに様子を見てもらう事にした。もしもまたコオリが倒れていたら症状を抑えられるのは風耐性持ちのバルトしかおらず、それからコオリは風の魔術痕の制御のために男子寮の自室に引きこもる――





――最初の三日はコオリは眠っている間に風の魔力を無意識に漏らして部屋の中を荒してしまった。その度にコオリは掃除を行う羽目になって大変だったが、変化が訪れたのは四日目だった。


「んんっ……ふああっ」


朝早くに目を覚ましコオリは瞼を擦りながら時計を確認すると、まだ学校も開いていない時間だと気付く。この時に彼は部屋の中を見渡すと、昨日掃除を終えた後のまま何も変わっていない事に気付く。


「あれ?」


昨日までは目覚める度に部屋の中が散らかっていたのだが、今回は部屋の中は綺麗なままだった。驚いたコオリは右腕に刻んだ風の魔術痕に触れると、魔力が全く漏れて出ていない事を知る。

戸惑いながらもコオリは机の上に置きっぱなしだった小杖に気付き、試しに彼は小杖を右腕で握りしめた。そして彼は森で魔物に襲われた時、リオンに最初に教えてもらった下級魔法の呪文を思い出す。


「もしかしたら……ウィンド!!」


小杖を右手で掴んだ状態でコオリは呪文を唱えた瞬間、一瞬ではあるが杖先から風圧が発生して部屋のカーテンが揺れた。窓は閉じ切っているので偶然にも風が吹いてカーテンが捲れたという事は有り得ず、コオリは遂に風属性の魔法を扱う事に成功した。


「や、やった……やったんだ!!」


魔術痕のお陰で遂にコオリは氷の魔法以外の属性魔法を扱えるようになった事に喜ぶが、ここで彼はマリアの話を思い出す。彼女は左手に魔術痕を刻んだ事で本来の適性がある風属性の魔法が扱えなくなったと語っていた。


「風の魔法が使えるようになったという事はもうこっちの腕だと氷の魔法はできないのか……」


コオリは小杖を掴んだ右腕を見て寂しく思い、元々はコオリは左利きだったので魔術痕を刻む時は右腕にするようにマリアに頼んだ。しかし、やはり右腕で氷の魔法が扱えない事に少し落ち込む。


「……氷《アイス》」


駄目元でコオリは右腕で手にした小杖でいつも通りに魔法を唱えると、直後に杖の先端部に氷の球体が出現した。それを見たコオリは呆気に取られ、杖先に浮かんだ氷を見て戸惑う。


「え、あ、えっと……あれ!?普通に使えるの!?」


風の魔法を扱えるようになったのでコオリはもう右手では氷の魔法は扱えないと思い込んでいた。しかし、実際にはこれまで通りに氷塊を生み出す事に成功する。

マリアの聞いていた話と違う事にコオリは戸惑い、彼は小杖を確認する。コオリが使用したのは普段扱っている「三又の杖」ではなく、魔石さえも取り付けられていない学園から支給される小杖だった。


(どうなってるんだ?)


もしも小杖に魔石が装着されていたらコオリは無意識に魔石から魔力を引きだして氷《アイス》を作り出しのかと思ったが、現実に小杖には魔石は取り付けられていない。即ち、彼は氷と風の魔法を同じ腕で扱える事が判明した――
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