氷弾の魔術師

カタナヅキ

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王都での日常

第112話 扱う事と極める事は違う

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「学園長の話だと、さっきの魔法は魔石だけの魔力で作り上げたんですよね」
「そうね」
「じゃあ、もしも魔石が無かったら……」
「当然、魔法は使えないわ。私はバルルと違って火属性の魔力をする事はできないのだから」


マリアは小杖から火の魔石を取り外した後、念じるように目を閉じて小杖を構える。しかし、いくら時間が経過しようと杖の先端部に変化はなく、魔光すらも発生しない。


「ふうっ……見ての通り、魔石を外せばこの通りよ。世間では天才魔術師と言われようと、魔石がなければ私だって適性のない魔法は生み出せない。この魔術痕も火属性の魔力を操る事しかできないわ」
「あ、じゃあ……もしかして僕達の試合に時に使用した魔法は火の魔石から魔力を利用して作り出したんですね」
「ええ、その通りよ。あの時は急いでいたから魔石の魔力を使い切ってしまったわ」
「ま、魔石を一回で使い切ったんですか!?」
「安物だから気にしてはいないわ」


さらりととんでもない発言をしたマリアにバルトは驚愕し、この世界における魔石は高級品で宝石と同程度の価値が存在すると言っても過言ではない。マリアは二人の試合の際に火属性の魔法を使用するためだけに魔石一つ分の魔力を使い切ったという。

バルトはマリアの魔石の使い方に驚いたが、コオリとしてはむしろ魔石一つ分の魔力を一度に引き出して攻撃に利用したマリアの魔力操作の技術に驚きを隠せない。彼女は本来ならば適性がないはずの火属性の魔力を巧みに扱い、普通ならば使用する事もできない魔法を繰り出した事になる。


(やっぱり学園長は凄い……けど、どうして利き手じゃない方に魔術痕を刻んでるんだろう?)


魔拳士であるバルルは利き手に魔術痕を刻んでいるのに対してマリアの場合は明らかに利き手ではない方に左手に魔術痕を刻んでいた。以前にバルルは利き手とそうではない手では魔法(魔拳)を扱う際の感覚が異なるため、基本的に魔術師は利き手で魔法を発動させると聞いていた(コオリも両手で魔法を扱えるが、彼の場合は両利きなので両手で魔法を扱える)。


「もしかして先生も両利きなんですか?」
「いえ、私は右利きよ」
「え?それならどうして左手に魔術痕を……」
「属性が異なると操る魔力の感覚も違うのよ。私の場合は右手は風属性の魔法を扱う時だけ、それ以外の属性の場合は左手で使うように心掛けているの」
「んんっ!?ど、どういう事ですか?」
「話せば少し長くなるのだけど……」


マリアは生まれた時から風属性の適性を持ち合わせ、魔法を扱う際は常に右手で使用していた。しかし、ある時に彼女は他の属性魔法を習得するために身体に魔術痕を刻む。

魔術痕を刻んだ事でマリアは魔石を利用して他の属性魔法も扱えるようになった。しかし、彼女は実は魔術痕を刻む前から左手でも風属性の魔法が扱えたという。


「実は私も子供の頃はコオリ君ほどではないけど利き手ではない方の腕でも魔法を扱えたわ」
「そうなんですか?」
「流石は学園長……ん?子供の頃は?」


妙な言い回しをしたマリアにバルトは不思議に思うと、彼女は左手を眺めながら過去の出来事を思い返す。まだ彼女が十代だった頃、魔術痕を刻んでからしばらくした後に気付いた出来事を話す――





――魔術痕を刻んだ後、マリアは左手で火属性の魔法を扱う訓練を行う。最初の頃は悪戦苦闘していた彼女だったが、時が経過するにつれて少しずつではあるが火属性の魔力の扱い方を掴んできた。

しかし、火属性の魔法の感覚を掴み始めるのと同時に彼女は左手で何時の間にか風属性の魔法が上手く扱えないようになっていた。この時にマリアは風属性と火属性の魔力の操作法が異なる事に気付き、どうして利き手ではない方の腕に魔術痕を刻まれたのか理解する。

マリアに魔術痕を刻んだのは彼女の師匠であり、最初は彼女は利き手に魔術痕を刻もうとした。だが、師匠はそれを許さずに左手に魔術痕を刻む。理由は教えてくれなかったがどうやら師匠は属性ごとに魔法を扱う操作法が異なる事を知っていた様子だった。


『マリア、貴女は確かに私を越える魔法の才を持ちます。しかし、どれだけの才があろうと道を誤れば終わりなのです。何時の日か貴女が私の言葉を思い出す時がくるでしょう』


マリアに魔法の基礎を教えたのは彼女の母親であり、魔術痕を刻んでから一年経過した後にマリアは母親の言葉を理解した。もしも彼女が不用意に利き手に魔術痕を刻んでいた場合、彼女は風属性の魔法を扱う事ができなくなっていたかもしれない。だからこそ母親はマリアの利き手ではない方の左腕に魔術痕を刻み、彼女が利き手で魔法を扱えなくなる事態を避けた。

その後にマリアは左手で火属性の魔法を扱えるようになり、彼女は風と火の魔法を扱える事で戦略の幅が大きく広がった。マリアは母親のお陰で魔術師として成長した事を思い出し、無意識に笑みを浮かべる。


「今でも覚えているわ。魔術痕を刻まれた時の出来事を……もしも母の言う事を聞かずに魔術痕を刻んでいたら大変な事になっていたわ」
「そ、そうなんすか……」
「それに魔術痕を刻んで他の属性魔法を扱えるようになったとしても、そこから先がかなりの苦労を強いられるわ。魔法を扱う事と極める事は別問題なのだから」


マリアによれば彼女は魔術痕の制御を完璧にできるようになるまで数年の時を費やした理由、それは彼女自身の問題だけではなかった。


「さっきも言った通り、魔術痕を利用すれば私は火属性の魔法を扱える。だけど、私自身には火属性の魔力を生成する力はない。という事は魔法を使用するには魔石の力が必要になるわ」
「それがどうかしたんですか?」
「魔石の魔力だけで魔法を構成する場合、通常よりも多くの魔力を消費する事になる。しかもそれを何度も繰り返せばいくら高性能な魔石だろうとすぐに魔力が切れてしまう。そうなると新しい魔石を用意しなければならないけど、練習の度に新しい魔石を購入すれば破産するわ」
「あ、なるほど……それは分かります」


コオリも自分の魔法を強化する際に魔石から魔力を使用しており、彼の場合はどうしても他の人間よりも魔力を多めに使用しないといけない。そのせいで何度か魔力切れを起こしてしまい、師であるバルルに新しい魔石を購入してもらっている。

魔石は魔術師にとっては魔法を強化する一番重要な道具だが、それ故に価値も高く簡単に購入できる代物でもない。低品質の魔石なら安く買えない事もないが、品質が低い分だけ魔石に収められている魔力も少ないのですぐに使い切ってしまう。


「私が魔術痕を制御できるまでに相当数の魔石を無駄にしたわ。でも、そのお陰で今は火属性の上級魔法も扱えるようになったわ」
「上級魔法!?す、すげぇっ……流石は学園長!!」
「上級魔法……」


上級魔法の話題になるとバルトは興奮し、その一方でコオリは顔が暗くなった。彼は魔力量の問題で下級魔法以外の魔法は一切扱えず、いくら努力しても中級魔法や上級魔法を覚えられる事はできない。しかし、そんな彼を励ますようにマリアは微笑む。


「安心しなさい、必ずしも階級が高い魔法の方が優れているとは言えないわ。貴方達もそれは良く知っているでしょう?下級魔法と言えども使い方によっては中級魔法や上級魔法以上の効果を発揮できるわ」
「は、はい!!」
「耳が痛いぜ……」


マリアの言葉にコオリは顔色を明るくさせ、一方でバルトの方は試合の事を思い出して背筋が凍り付く。コオリとの試合で彼は中級魔法を正面から打ち破られた事を思い出し、今でもあの時の出来事を思い出すだけで身体が震える。

試合の終盤、残された魔力を注いでコオリとバルトは同時に魔法を繰り出した。コオリは魔石の力を利用して限界まで加速させた氷砲撃を放ち、バルトは中級魔法のスライサーを繰り出した。結果から言えばコオリの氷砲撃はスライサーを打ち破り、見事に下級魔法が中級魔法を撃ち破った。


「魔術痕か……」
「コオリ君は他の属性魔法に興味があるのかしら?」
「あ、えっと……覚えられたら便利そうだなと思って」
「そうね、もしかしたら貴方なら……」
「え?」


魔術痕の話を聞かされたコオリは興味を抱き、この時にマリアはコオリの左腕を見て考え込む。バルルからコオリが両利きで魔法を撃てる事を聞いていたマリアはコオリに提案を行う。


「貴方が望むのなら私が魔術痕を刻んでもいいわ」
「えっ!?ほ、本当ですか!?」
「学園長は魔術痕も刻む事ができるんですか!?」
「ええ、母からやり方は教わったわ」


マリアは母親から魔術痕の知識と技術を継承しており、コオリが望むのならば彼に魔術痕を刻む事もできる事を告げる。魔術痕を刻めばコオリもマリアのように他の属性魔法が扱えるかもしれない。

魔術痕を刻んだとしてもコオリの適性がない属性魔法の魔力は生成する事はできない。そのため、魔石などを利用しなければ魔法は発動できないが、その点に関してはマリアに考えがあった。


「コオリ君、貴女は氷の魔法は風と水の属性の性質を併せ持つ……という事は貴方は既に二つの属性を持ち合わせていると言っても過言ではないわ」
「えっ……それがどうかしました?」
「もしも貴方に水と風の魔術痕を刻んだ場合はどうなるのか興味があるわ。多分、貴方の場合は風属性の資質の方が高いから風属性の魔術痕を刻めば魔法が扱えるかもしれない」
「えっ!?」
「そ、それは本当ですか!?」
「あくまでも可能性よ。確実に使えるという保証はできないけど、やる価値はあると思うわ」
「それなら……お願いします!!」


学園長の申し出にコオリは真っ先に賛成し、その場で魔術痕を刻んでもらう事にした――
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