氷弾の魔術師

カタナヅキ

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王都での日常

第108話 七影

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――同時刻、王都のとある廃屋にて盗賊ギルドの幹部が集結していた。盗賊ギルドを構成するの幹部が円卓を囲み、それぞれが黒色のフードで身体を覆い隠す。


(やはり、全員来たか)


同じ幹部と言っても警戒心は解かず、むしろ最大限に高めた状態でリクは席に座る。この場に存在する幹部こそが「七影」と呼ばれる盗賊ギルドの頂点に立つ者達であり、現在はシチが無くなった事で六人しかいない。


『……シチが死んだ』


最初に口を開いたのはリクだった。彼はシチと手を組んでいる事は他の七影にも知られているため、率直にシチが死んだ事を報告する。だが、事前に情報は掴んでいたのか他の幹部たちは特に動揺した様子はない。

暗闇の中なので他の人間の挙動を掴むのは普通の人間はできないが、この場に存在するのは一流の盗賊であり、暗闇の中であろうと他の人間の一挙一動は見逃す事はない。空白となった七人目の席に全員が視線を向け、やがて幹部の一人が口を開く。


『失態だな、リク』
『…………』


予想通りにリクは他の幹部からシチが死んだ事を叱責され、彼は表面上は取り乱さないが心臓の鼓動が高まる。今回の一件でリクはもしかしたら他の幹部に粛清される恐れがあり、それだけは何としても避けなければならない。


『シチは優秀な暗殺者だった。奴を失ったのは盗賊ギルドとしては大きな損失だ』
『そうか?別に暗殺者ならいくらでもいるだろう』
『そんな事よりもシチが所有していた魔杖はどうした?まさか、奪われたのか?』


シチが死んだ事を惜しむ人間もいれば彼女が死んだ事に特に興味を示さぬ者もおり、彼女が所有していた魔杖の方を心配する幹部もいた。また、彼等が言葉を発する時は独特な響きとなっており、男なのか女なのかも分からない。

会議の際は幹部は風属性の魔石を加工した特殊な魔道具を使用し、声を隠蔽した状態で話す。同じ幹部といえども徹底的に素性は隠し、決して相手に気を許さない。だから彼等の中にはシチの存在を知らなかった者もいた。


『まさか伝説の暗殺者がエルフの女だとはな』
『リク、お前がシチと繋がっている事は知っている。シチが死んだのはお前の仕業か?』
『ふざけるな、手を組んでいたのは確かだがシチは死んだのは奴がからだ』
『ほう、あくまでも奴が死んだのは奴の責任だと言い張るつもりか?』


他の幹部はシチと協力関係であったリクが彼女の死に関わっているのではないかと疑うが、そんな疑問を抱かれるのは承知済みだったリクは事前に考えていた言い訳を伝える。


『俺がシチに指示を出したのはある女の暗殺だ。その女は元白銀級冒険者のバルルだが、お前達も名前は聞いた事があるだろう』
『バルル……』
『昔、噂になった拳姫か?』


バルルの名前を口にすると何人かの幹部が反応し、冒険者時代のバルルの渾名を知っている者もいた。


『俺はシチにバルルの始末を命じた。だが、奴は失敗してしまった』
『失敗だと?シチらしくないな……』
『その女はどうしている?』
『現在は教会で治療を受けている』
『始末しないのか?』
『バルルはどうやら魔法学園の学園長のお気に入りらしい。これ以上に下手に手を出せば我々が危ない』
『マリアか……忌々しい女だ』


学園長の話題が上がると幹部に緊張が走り、盗賊ギルドにとってもマリアは恐ろしい存在だった。かつてマリアは盗賊ギルドを幾度も壊滅の危機に追い込んだ存在である。

シチがバルルの暗殺を行おうとしたのは魔法学園の教師であるタンからの願いであり、彼女を始末すればタンは邪魔者がいなくなってこれまで通りに教師として学園に残るとリクに相談した。バルルは学園長とも関りがある相手なのでリクも暗殺を行うかどうかは悩んだが、結局は許可を出した。


(あのシチが暗殺に失敗するとは……信じられんな)


これまでにシチは暗殺対象を逃した事は一度もなく、どんな相手であろうと確実に殺していた。しかし、バルルは襲った時は彼女の死を確認せずに退散し、結果から言えばバルルは死の淵を彷徨ったが最終的には生き延びている。


(シチが暗殺に失敗したせいで奴の正体が世間に知られた。シチらしくもない……まさか、こいつらが裏で手を回したのか?)


バルルが生き延びた事で彼女はシチに関する手がかりを残し、そのせいで長年不明だった冒険者狩りの正体が世間一般に知られてしまう。その事にリクは疑問を抱き、何者かの策略を感じた。

シチが暗殺に失敗した事自体が不思議でならず、もしかしたらシチは罠に嵌められたのかもしれない。彼女と協力関係を築いていたリクだが、シチの行動を全て把握していたわけではなく、もしかしたら彼女を嵌めたのは盗賊ギルドの幹部の中に存在するかもしれないと彼は考えていた。


『リク、お前とシチが組んでいるのは周知の事実だ。自分には何の責任もないというのは無理があるだろう?』


予想通りにシチが死亡した事の責任を追及されたのはリクだった。彼はシチと協力関係を築いていたため、彼女が死んだとなれば一番に責任を問われるのはリクである。

他の七影はこの機会にリクを責め立てると、彼は内心では怒りを抱きながらも表面上は冷静さを保つ。ここで感情を爆発させるわけにはいかず、あくまでも冷静に話を続ける。


『シチを殺害した相手は必ず俺が見つけ出す。だが、一番の問題はシチが殺された事ではない』
『何が問題なんだ?』
『シチが所有していた杖が奪われた……現在も見つかっていない』


魔杖が奪われた話をすると他の七影も黙り込み、シチが所有していた魔杖の価値はこの場の誰もが知っている。彼女が暗殺者として何十年も正体を晒さずに生きる事ができたのはあの魔杖のお陰である事は誰もが知っていた。


『リクよ、魔杖を奪ったのはシチを殺した人間で間違いはないのか?』
『あ、ああ、警備兵の報告書によれば現場には魔杖は残っていなかったらしい。だが、魔法が使用された痕跡は残っていた』
『それはシチが魔法を使ったという事か?』
『いや、シチだけではない。現場には壁や地面の一部が凍っていたらしい』
『凍っていただと?』


シチの死体が発見された路地裏では彼女の魔法以外に何者かが魔法を使用した痕跡が残され、恐らくだが「氷」の魔法を扱う魔術師が現場に存在したと考えられる。また、シチの傍には情報屋の男の死体も倒れていた。


『シチは自分の事を嗅ぎまわる情報屋を始末するために出向いた。しかし、その途中で恐らくは魔術師と交戦し、逆に返り討ちにされた』
『とても信じられんな。魔杖を持つシチが一方的に殺されたというのか?』
『いや、魔術師とは限らん。魔拳士の可能性もあるだろう』
『もしくは特別な魔道具を所持していたか、少なくともシチを殺せるだけの実力を持っているという事か』


魔術師かあるいは魔拳士にシチが殺されたと聞いて七影に動揺が走り、リクも彼等と同じ気持ちだった。魔杖を持つシチが簡単に敗れるとは思えないが、現実に彼女は殺されている。

何者がシチを殺したのかは判明しておらず、現場を調べた兵士でさえもシチを死に追いやった犯人の行方は掴めなかった。しかし、どんな手を使ってもリクはシチを殺した犯人を見つけ出し、報復しなければ彼に未来はない。


『リク、シチを殺した犯人を見つけ出して魔杖を奪い帰せ。もしもあれが他の魔術師の手に渡れば大変な事になる』
『ああ、分かっている』
『必ず犯人を探し出して我等の前に首を持ってこい。最悪でもあの魔杖だけでも回収しろ』
『それができなければ……お前はもう我々にとっては不要な存在だ』


一方的に言いつけるとリク以外の七影は席から立ち上がり、暗闇の中へと姿を消す。残されたリクは悔し気な表情と冷や汗を流し、すぐに彼は自分の管理する酒場へと戻る――





――酒場へ戻ったリクはすぐに自分の配下を集めると、シチを殺した犯人の手掛かりを掴むために調査を命じた。彼は何としても犯人を殺し、魔杖を奪い返さなければ未来はない。


「いいか、どんな手を使ってもシチを殺した犯人を見つけ出せ!!見つけ出した者には望んだ額の報酬を渡す!!」
『はっ!!』


命令を受けた配下は即座に行動を開始すると、彼等が出て要った後にリクはこれまでの情報をまとめる。シチが死亡する前の行動を羊皮紙に書き込み、彼女が殺し損ねたという「バルル」という魔法学園の教師に注目した。


(あのシチが獲物を殺し損ねるなど信じられん。この女に何か秘密があるのか……そういえばこの女を殺すように頼んだのは奴だったな)


少し前にリクはバルルに暗殺を依頼したタンという教師も魔法学園に勤めていた事を思い出し、彼を利用してリクは魔法学園の内部情報を得ようとした。しかし、結果から言えば掴んだ情報は偽物でしかもシチを殺される事態になった。

今回の一連の出来事がただのとは思えず、リクは自分とシチが嵌められたのではないかと考えた。もしも最初から罠に嵌められていた場合、リクは罠にかけた人物は一人しか心当たりがない。


「おのれ……あの女の仕業か」


リクは魔法学園の学園長の顔を思い浮かべ、盗賊ギルドにとって彼女はこの国の国王よりも厄介で恐ろしい存在だった。


「……必ず仇は討つぞ」


死んだシチの事を思い浮かべながらリクは酒をグラスに注ぎ、一気に飲み込む。リクにとってはシチはただの仕事仲間などではなく、自分を七影に取り立ててくれた恩人でもあった。不愛想ではあるが決して仕事は手を抜かず、そして仲間を売るような人物ではなかった。そんな彼女のためにリクは復讐を誓う。
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